桑田光平のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ私はこれまでアフリカ文学を読んだことがほとんどなかったので、とても新鮮な気持ちで読み始めました。
この物語は、コンゴの酒場に集まるさまざまな人たちの人生や出来事を、語り手である「割れたグラス」が書き記していくという形で進んでいきます。
登場人物には「パンパース男」や「蛇口女」など、とても変わったあだ名がつけられています。最初は奇妙に感じましたが、読み進めるうちに、それぞれのあだ名がその人の弱さや性格を表していることに気づきました。
特に印象に残ったのは「蛇口女」です。彼女は愛情を強く求め続ける人物で、感情が止まらなくなる様子が描かれていました。少しメンヘラのようで読んでいてしんどい部分もありましたが、人間の弱さがとてもリアルに表現されていると感じました。
この作品の大きな特徴は、文章の書き方です。句読点が少なく、長い文章や長いセリフが続くため、最初はとても不思議に感じました。
これまで読んできた小説とはまったく違い、「こんなに自由な文章があるのか」と驚きました。しかし読み進めていくと、その独特のリズムにだんだん慣れてきて、まるで酒場で誰かの長い話を聞いているような感覚になりました。
物語の内容は下品で生々しい部分も多いですが、ただ面白いだけではなく、人間の弱さや人生の悲しさも感じさせます。読んでいて笑ってしまう場面もあれば、少し苦い気持ちになる場面もあり、感情を揺さぶられる作品でした。
この本を読んで、世の中には欠けている部分を持った人がたくさんいるのだと改めて感じました。しかし、そのような弱さがあるからこそ、人間はどこか魅力的なのかもしれません。私自身も完璧な人間ではありませんが、欠けている部分があってもそれはそれでよいのではないかと思いました。
この作品を通して、今まで触れたことのなかったアフリカ文学の世界に興味を持ちました。物語の舞台となるコンゴの雰囲気もとても印象的で、いつか実際にその土地を訪れてみたいと感じました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレアフリカ文学が6冊邦訳され飛びついた。コンゴ(共和国の方)のマバンクの小説は、不思議な味わい。句点が1つもない文章は特徴的で、170冊以上あるという文学作品のタイトル等をちりばめたのは、知っていればニヤリとしてしまうが実験小説風ではない。登場人物が語る話は、割れたグラス(ノートの書き手)の手によって奇妙な語り口で記録され、いろんな小話に引き込まれる。なんか面白くて離れがたい雰囲気がある。後半では「ツケ払いお断り」という名前のバーに入り浸る割れたグラスがとうとう自らの人生を語り始めるという話。独特の味わいで気に入った。6回の配本、全部読み切りたい。
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Posted by ブクログ
ネタバレ20年前のコンゴ共和国(本作発表は2005年)
港町ポワントノワール(←実在する)のバー「ツケ払いお断り」が舞台。主人公《割れたグラス》はバーとその常連客たちとの日々をノートに書き留めていく。
本作は誰も本名ではなくバーの主人も仮の名前《頑固なカタツムリ》と呼ばれ、バーの客たち、《パンパース男》、《印刷屋》、《蛇口女》そして主人公《割れたグラス》の人生が綴られていく。
例えば、法がないの?というぐらい人が言ったことだけで牢屋行きになって人生詰んでしまうという現代日本からすると異界の出来事のような内容。
人口の多数がキリスト教だそうですが呪術も混じって土着的なものを感じました。紙面下の注釈がないと読み通せなかったなぁ。ありがたかった…。
《パンパース男》と《蛇口女》が強烈でした。特に《蛇口女》…尿をどれだけ長い時間出し続けられるかを男性と競争する、という私にはちょっと意味が分からない競争、そして意味が分からない結末でした。
冒頭で各地の名言を調べてはNGを出しているシーンがありましたが、フレデリック・ダール(サン・アントニオ)の有名なフレーズ「兄弟はハゲたときに打て」(P27)はどんなときに使えばいいんでしょうね。 -
Posted by ブクログ
コンゴ共和国(元フランス領。元ベルギー領はコンゴ民主共和国)の湾岸都市ポワント=ノワールの中でも下町トロワ=サン地区のバー「ツケ払いお断り」で、常連客の一人<割れたグラス>は、経営者<頑固なカタツムリ>から頼み込まれてバーのこと、バーの常連客のことをノートに書いている。
「ツケ払いお断り」は、開店時に不道徳としてカトリック団体から反対運動がおきたくらいだ。<頑固なカタツムリ>は断固として店を続け、ついには大臣も口を挟む騒動となった。
そのときのスピーチが有名になり、嫉妬した大統領が「自分のためにそれ以上の名言を考えろ!」と知識人、官僚たちを招集した。だがそれらを片っ端から「ダメだ、次!」とぶった切ってゆく!
この小説では、小説の題名やセリフ、歴史上の人物の言動を元にして、言葉遊びだとか例え話をしまくってはおちょくってる感じ。大臣と大統領の「名言」も元ネタはあるのにいかに自分だけのスピーチにするかといじくり回す。
これは…原語では皮肉なニュアンスなんだろうか?
<パンパース男>
なあ、俺は女房も子供たちもちゃんと養っていたんだぜ、それなのに女房は胡散臭い宗教集団に通って、子供の一人は俺の子じゃねえかもしれねえ、だからいつもの娼婦のところに行ったら家を追い出され、そのうえ女房から事実無根の暴力亭主、特に娘に手を出す下衆亭主と言いふらされて逮捕、投獄されたんだ
ノート登場最初の常連客はいまではオムツの重ね履きをしなければいけなくなった男。
娘に手を出す(濡れ衣)男が刑務所でどうなるかは…
2年後釈放された今、オムツの重ね履きをしないと行けない下半身になってしまいましたとさ。
ええ、さらっと言ってるけどなかなかきつい描写だ…
<印刷屋>
俺はこのバーの客で一番面白い男なんだよ、だって「フランス行き」をやったんだからな、本物のフランスを知っているんだぜ、そこで白人女と結婚してたが、白人女ってのは信じるもんじゃないね
お次はパリの印刷工場でそれなりの地位についていたらしい男。
黒人が集まるようなバーにいたセリーヌという女性に声をかける。二人はダンスも、性行為も相性抜群。それまでは女とは一晩限りだった男はセリーヌと結婚して子供も生まれて幸せに暮らしていた。やがて男が学生時代に生ませた息子を引き取ることになった。だが長男は、フランスの白人社会におもねる父親を裏切り者呼ばわりして殴りかかってくる。そしてセリーヌを「黒人の男と浮気してる尻軽女」だなんて罵る。
たまらなくなった男がセリーヌを見張ると…
<蛇口女>
ちょっとそこのあんた、私より小便が長く出せたらいつだってどこでだってタダでヤらせてやるよ、
次に出てきたのは信じがたいほど大量に酒を飲み、バーの裏道で性器丸出しで信じがたいほど長く大量に放尿する女。
ある晩ひょろっとした自称優雅な暮らしをしている男に勝負を挑んで…。
ここまで出てきた常連客は、みんな「敗れた者」。
みんな相当不品行で不潔で不道徳な生活をしているはずなんだが、文章のせいかあんまり汚らしい感じがしないんだよなあ。。どのように読めばいいんだろう。
<割れたグラス>のノートは続く。
呪物師ムイエケは、通り過ぎても気が付かないような男で、詐欺を働いたとして刑務所に入れられていた。彼は「キリストの奇跡より俺が行う奇跡のほうが説明がつく」と言って、自分の裁判でも判事に金持ちにしてあげますよ、などと持ちかけていた。
串焼き肉屋台のママ・ムフォア、通称<禿の女歌手>は、天国に席が予約されてるような人間だ。
そして<割れたグラス>は自分の話をする。
彼は今では65歳の飲んだくれ。「ツケ払いお断り」に入り浸り、マンゴーの木の下で寝て、そこに排泄して、語りかける。
だが彼の書くノートは、文学、音楽、政治、世界に散った黒人有名人のことをひねりを入れる。それだけの知識はあるのだ。
彼は昔教師をしていた。だがその頃から酒、酒、酒。酔っ払って教室でとんでもないことをしでかしていた。元妻のアンジェリック(天使)、いやあいつのことはディアボリック(悪魔)と呼ぼう、は俺が飲んで庭のマンゴーでクソまみれで寝るたんびに俺に説教したが聞きゃあしなかった、ついにはディアボリックの家族が押し寄せて俺を<間違いゼロ>っていう呪物師、いや、大詐欺師のところに連れて行ったから俺は「この資本主義者、退けサタンよ」と言い続けていたらここからも追い出された
ディアボリックは俺が酒を飲むのは母親が小さな川に沈んだからだっていうんだがそうじゃねえ、俺は母が夜中に川に向かったよりも前から酒を飲んでたんだ、母は父に会えるとでも思ったのか、川はこんな体はいらないって魂だけもってったんだ
俺の教室の態度が問題になり、学校は僻地の学校に赴任を通告してきた、いやなら首にするってことだ、いやだいやだいやだと俺は言った、そしたら兵士が学校にやってきて俺を追い出した
トロワ=サン地区はかなり不潔な地域のようだがそれでも一応は都会。<割れたグラス>には人々から、酒から切り離されて田舎になんか行けないんですね。
それからは「ツケ払いお断り」に入り浸り<頑固なカタツムリ>と親交を結び、屋外で寝るような日々。
だが<頑固なカタツムリ>はそんな垂れ流し飲んだくれ老人に、文学への未練を感じた。そこでこのノートを依頼したのだ。
「この世はクソだ」といいながら、都会への未練、文学への未練を持ち、マンゴーの木とバーの店主だけを友達として、嘘か本当かわからない話を書き連ねてゆく。
酔っ払いにしては文学的で、汚い描写のはずなのにそんなに匂い立つ不潔さもなく…
私は彼のように「生まれ故郷以外は知らないわけじゃない、本で世界をめぐったんだ」という出不精本好きなんですがこんな文章は書けないな(-_-;)
<もっともこの神の十戒などいまでは誰も気に留めてはない、セックスがどこでも簡単に買えるこんな世界なら、貞節がもはや意味をなさない世界なら、羨望や僻みばかりの世界なら、聖書に「汝殺すなかれ」としっかり書かれているのに電気椅子で人が殺されるような世界なら、神の十戒をしっかり守り続けて人生を送るよりも、それを踏みにじるほうに興奮を覚えてしまう、(P128)>
<人生なんて自分でいくつも創作できるし、自分自身がこのクソみたいな世界という偉大な書物の登場人物に過ぎないと思っているはずだ、お前は作家だ、そう思うし、そう感じる、だからお前は酒を飲むんだ、(P212)>
<お前の中にある情熱を見せてくれ、爆発しろ、嘔吐しろ、唾を吐け、咳をしろ、射精しろ、(P212)>
<この市場(バザール)こそ人生だ、俺の穴蔵に入ってみろ、埃やゴミだらけだ、それこそ俺が考える人生だ、お前らのフィクションは、他の能無したちを万造させるための能無しの草案だ、おまえ等の本の登場人物は俺達がどうやって日々のパン代を稼いでいるかなんて理解できないだろう、それは文学じゃなくて頭の中のマスターベーションなんだよ、体をこすり合うロバたちみたいにうちわだけで理解し合っているにすぎないんだよ、(P215〜)> -
Posted by ブクログ
芥川賞や直木賞なんて世界の文学賞のうちに入るのだろうか?日本の作家が書いた日本語の小説しか対象になっていないのに。なんてことを思ったけれども、読んでみました。今年も話題になっているのは、もちろんノーベル文学賞。村上春樹さんがとるかどうか、メディアで騒がれました。この本を読むとわかるのですが、その根拠になっているのがカフカ賞。この賞をとった人が二人、ノーベル文学賞をダブル受賞しているんだそうで、まだ受賞してないのが村上春樹なんだそうです。カフカ賞はチェコ語の翻訳が一冊は出ていないと受賞できないそうで、村上春樹がとった2006年は『海辺のカフカ』が翻訳された年。タイトルがよかった?
そのノーベル文学賞。世界的に開かれているような気しますが、実はヨーロッパの主要言語しか読めない人が選考委員なので、そうした言語で書くか翻訳版が優秀であること、北欧諸国出身だとさらに有利、とのこと。タイトル関連でいうなら『ノルウェイの森』に分がありそうなものだが、どうなっているんでしょう。それはさておき、8大文学賞として取り上げているのは次の賞です(開始年)。ちなみに、受賞対象が作品になっているのが、*のついている賞で、何もついていないのが、作家に与えられる賞です。<>内が本書で取り上げている作家名。
ノーベル文学賞(1901年)<アリス・マンロー、オルハン・パムク、V.S.ナイポール>
ゴンクール賞(1903年)*<マルグリット・デュラス、ミシェル・ウェルベック、パトリック・モディアノ>
ピュリツアー賞(1918年)<ジュンパ・ラヒリ、スティーヴン・ミルハウザー、E・P・ジョーンズ>
芥川賞(1935年)*<黒田夏子、小野正嗣、目取真俊>
直木賞(1935年)*<東山彰良、船戸与一、車谷長吉>
エルサレム賞(1963年)<J・M・クッツェー、イアン・マキューアン、イスマイル・カダレ>
ブッカー賞(1968年)*<ジョン・バンヴィル、マーガレット・アトウッド、ヒラリー・マンテル>
カフカ賞(2001年)<フィリップ・ロス、閻連科、エドュアルド・メンドサ>
この本は、都甲幸治さんを中心に、「小説家や書評家、翻訳家など本にまつわる様々な職業の人々に、一つの賞につき一冊ずつ、合計二四冊読んでもらい、全てを読んだ上、鼎談の形で論じてみたもの」。談話形式なので、口調がくだけていてとても読みやすい。鼎談の間には、都甲さんと、僕が翻訳本を選ぶ時の目安にしている翻訳家のひとりの藤井光さんのコラムもある。外国文学って、よく分からないけど、どんな本があるのだろうと考えている人には役に立ちそう。
で、はなから外国文学好きの人たちには、もっと面白いんじゃないかな。というのも、それぞれの賞の特徴についてふれたあと、その賞の受賞者たちの小説について三人が語るんだけれど、選ばれている作家の顔ぶれが、いいんです。今までにたくさんの人が受賞しているはずだけれど、この人たちを選んでくるあたりがすごいな。本当に本のことがよく分かっていて好きなんだなあ、と思います。
それぞれの賞につけたタイトルが、その賞の特徴を表していると思うので、下手に解説するより、それを紹介します(日本の賞は省略)。「これを獲ったら世界一?」(ノーベル賞)、「当たり作品の宝庫」(ブッカー賞)、「写真のように本を読む」(ゴンクール賞)、「アメリカとは何かを考える」(ピュリツアー賞)、「チェコの地元賞から世界の賞へ」(カフカ賞)、「理解するということについて」(エルサレム賞)。
今年ノーベル文学賞の受賞者に選ばれたボブ・ディランから音沙汰がないので、財団はさぞ気を揉んでいることだろうと思います。それもこれも、この賞の選考基準としていちばん全面に押し出しているのが「人類にとっての理想を目指す、世界でも傑出した文学者」というものだからです。「最近の受賞者の傾向を考えると、どうやらこの「人類にとっての理想」というのは、「人権擁護」や「国内で迫害されている人を描く」という意味」らしい。で、ボブ・ディランなわけです。そんなノーベル文学賞ですが、都甲さんがこう言っています。
今回紹介する三人はある意味「間違って獲っちゃった」人たちです(笑)。マンローはカナダのド田舎に住んでる普通のおばさんだし、パムクは『無垢の博物館』(早川書房、全二巻)のように変態的な話を面白く書く人だし、ナイポールはそもそもどの国の作家だと言いきれない。ノーベル文学賞を獲った立派な国民文学作家について国別対抗で語り合うんじゃなくて、「ノーベル文学賞獲ったにも関わらず、別の理由でいい作家です」という人たちを紹介したいです。
すべてにおいてこの調子。マンローもパムクもナイポールも、けっこう読んでいるので、都甲さんの言いたいことはよく分かる。特にマンローはすごい。「短篇一本を読んだだけで、長篇を一冊読み切ったくらいの気持ちにさせてくれる」(都甲)という評がすべてを語ってくれています。本当にその通り。パムクについて訳者の宮下遼さんがいう「それだけで短篇、中篇になりそうな話を、一つの長篇のなかに惜しげもなくいくつも投入していく気前のよさが、僕は好きです。こんなに西欧風な人間のくせに、そこだけトルコ的な御大気質を感じてしまって。ディテールの作り込まれた奇想こそが、物語の要諦だと思います」というのもまさにその通り。
この調子で紹介していると引用だらけになりそうなので、このへんでやめますが、ブッカー賞のところで、ジョン・バンヴィルの文章についていい話があります。毎日九時から一八時までオフィスで執筆に専念し、一日英語で二百語書けたらその日は成功だというのです。「バンヴィルはベンジャミン・ブラックという別名でミステリーも書いていますが、その時はパソコンを使って書くそうです。そのときは筆が速いらしい。バンヴィル名義は手書きで、極端に遅くなる」(都甲)。このこだわりがあの美しい文章を生むのですね。ブラック名義でチャンドラーの名作の続編を書いた『黒い瞳のブロンド』。チャンドラーには及びもつかないけど、ミステリとしてはけっこういけますよ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレジャケ買いしたくなるような、印象的な装丁。
現代アフリカ文学の最前線を紹介するシリーズが刊行された。その第1回配本が本書。
著者のアラン・マバンクは、コンゴの出身… と聞いても、地名は聞いたことがあって、はて、どこだっけ? となる。今、コンゴという国はコンゴ川をはさんで2つある。あぁ、かつてのザイールか?! と、とにかくアフリカ大陸の現状について、己の無知蒙昧を恥じることになる。
まずは、コンゴがどういう歴史を辿り、今は南の旧ベルギー領のコンゴがあり、戦争と疫病で近年話題だなと認識、それに対して本書の著者マバンクの出身は旧フランス領の小さいほうのコンゴだ。川を挟んで、船で20分の対岸の国どおしだが、旧宗主国による違いがあることが、本書で垣間見ることが出来る。
「ツケ払いお断り」という名の酒場に集まる人たちを、常連客である「割れたグラス」が描き出すという建付け。このバーは港町の売春街の一角にある。トロワ=サンという著者の生まれ故郷でもある地名も売春街ゆえの所縁のある地名ということが、脚注に小さく語られている。怪しい店だが、語り手も客も赤ワインをボトルで飲んで酔っ払う。主な飲み物がワインというのも、アフリカらしからぬが、フィクションではなく事実なのだろう。少なくとも本書によるとコンゴ、―小さいほう― は、そういう場所だ。
とにかく、読みにくい。文体、というか体裁が、句点がなく文章がずっとつならなっている。日本語だから、かろうじて、~です、~ますといった語尾を締めくくる言葉で、そこで文が切れていることが分かるが、気を抜いていると、一文かのごとく読んでしまう。
あとがきで訳者が記している。
「句点(ピリオド)がひとつもなく、数え切れないほどの文学作品のタイトルが引用符なしで散りばめられており、形式的には実験的と言える作品」と。
酒場で愚痴るのは、洋の東西を問わず、アフリカでも男のようだ。女にひどい目に合わされて、この酒場に流れ着く。落ちぶれ、救いようのない話が、これでもかと散りばめられる。ただ、上記、あとがきにあるように、世界の文学作品の引用や言及が差し挟まれることで、どことなく惨めというだけでなく、読ませてしまう不思議さがあった。
男か見た女は悪女ばかりだが、アフリカは、まだ正直にミソジニー(女性嫌悪)を声高に主張できる風土なのかもしれないなとも思って読んだ。実際は、男が情けない。それだけだろう。
本書、および、このシリーズは、またアフリカを真剣に知りたいと思った時に、改めて戻って来ることにしよう。