佐藤卓己のレビュー一覧

  • メディア論の名著30

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    メディア論について疎い私からすると、入門書にしてはやや難解に感じた。

    モッセの大衆の国民化やリップマンの世論など、知っているが読んでない本について、メディア論の観点から解説されており、新しい視点を得られた。

    特に、世論ー輿論の違いからの解説は、ハッとするものがあった。

    最後に読んだことのあるピエールバイヤールの読んでない本について堂々と語る方法が取り上げられており、再読したいと思っている。

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    2021年05月14日
  • 『キング』の時代 国民大衆雑誌の公共性

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    「キング」といえば「少年キング」しか知らない世代で、戦前大部数の発行を誇り、大衆文化の代表格として取り上げられる雑誌くらいの知識しかなく、詳しいことは知らなかった。
    本書では、メディア論の見地から、国民雑誌を目指したキングについて、講談社の創立者である野間清治の人物像から、創刊に至るまでの他の雑誌の状況等の前史、読者階層ごとの普及具合い、新メディアであるラジオとの関係、戦争との関わり、大衆的公共圏形成への貢献度等々、幅広い紹介、考察がなされている。
    従来、岩波文化に比べられるものとして講談社文化という捉え方があったが、どちらかというと大衆文化という点から論じられていたと思われるが、本書は、一つの雑誌を通して見る社会の見方として、非常に興味深いものがある。

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    2020年05月27日
  • 流言のメディア史

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    ネタバレ

    メディアはどうあるべきか、「何をどのように伝えたのか」から考える。

    フェイクニュースは、SNSが発展したから生まれたのではない。SNSがすべての悪の権化ではない。とかく新しいもの=悪者にしたがる自分を反省した。史料の引用も多く、簡単には読み進められなかったが、筆者の言わんとするところは明確に説明されている。

    新聞やラジオ・TVなどのマス・メディアが「正しい」と思うから、事実でないことが報道されているのに神経をとがらせてしまう。知識があれば、誤った情報に飛び付かない、それは間違いだ。皆が望むものを報道してしまうマス・メディアの一面という視点は、今まで自分の中になかったので、特に新聞に関して、事実を伝えるだけでなく、望むもの/望まれるものを伝えるという性格について考えていきたい。知識がある人こそ、「知りたい」という思いから、トンデモ情報を入手していくということも、改めて指摘されればその通りである。そして、AIによって「真実」のみしか流通しない社会になってしまえば、逃げ場がなくなるという恐怖も感じる。

    メディア流言はあるものという前提で、あいまいな情報に耐えながら、それでも何が信じられるのかを情報の受信者でもあり発信者でもある一人ひとりが考えていかなくてはならない。でも、変わったのは、そこではない。量やスピードが変わったのであって、本質は変わっていないのだ。

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    2021年05月05日
  • 流言のメディア史

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    最近の流言のメディアまで扱っているので参考になる。特にヒットラーをめぐる日本での関連性の事件についてはいままで扱っている本がなかったのでめずらしい。
     惜しむらくはメディア・リテラシーとの関連とフェイクニュース対策の欠点などももっと書いてほしかった。
     さらに戦中のマスコミのフェイクの問題をもっと詳細に書いてくれることでフェイクニュースの参考文献として役立ったと思われる。

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    2019年08月30日
  • 流言のメディア史

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    学者、ってカンジ。たまに哲学入ってる。私にはレベル高すぎだが、ところどころ心に響いた。最後、ヒトラー神話はメディア流言(この言葉は正しくないと著者は言ってる)とは外れてないか?と思いつつ読んでいたら、突然、キレイに締めくくられた。我が闘争を禁書にしようとしたこともあるドイツ、現在では全文がウェブ上でも読める。「表現の自由」は市民的公共性の理想型に依拠している。ナチズムに関しては「許すことができない」「自由を守り抜かねばならない」といったディシプリンの話法が多用されるが、もともとこれはファシストの語り口ではなかったか。必要なのはファシストの話法によらないファシズムの語りであり、ファシストの裏返しでない非ファシズム的解釈(難しいでしょ?)
    「ポスト真実」の時代に問われるのは、私たち自身の姿勢。誰もが情報の発信者になる現代は誰もがメディア流言の作り手になりかねない。

    「日本人論っていうジャンル自体非科学的」「新聞が官報と化すに連れ、3流紙やデマ流言に人が群がりやすくなる」「戦時中大本営の言いなりだった新聞は、次の新たな情報戦ではGHQの言いなりとなる」「GHQのラジオ番組『真相はかうだ』は、同じラジオ局がどの口をして…(by宮本百合子)と思うほど戦時中とガラリと主張を変えた」

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    2019年06月25日
  • 現代メディア史 新版

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    今のメディアは過去のメディアに準拠しつつ前に進む、という話を聞いたことがあります。例えば、ページじゃないのにホームページ、フォンを忘れてもスマホ(スマートフォン)、そして強引にテレビであろうとしているAbemaTV、等々。通信と放送が融合し、コンテンツとデータが結合し、AIが生活のすべてをメディア化している「今」だからこそ、著者がまえがきで述べている「バックミラーを覗きながら前進する」ことが、結果的に未来を見ていることになるのかもしれません。本書の初版は20年前の刊行、その時点にバックミラーに映っていた世界に、新たに20年分の進んだ分を付け加えての新版です。すべての歴史が近代までは体系づけて語れるのに、現代の領域に至ると妙に不安定になるのと同じようにメディア史も旧版までは、力強い分析なのですが、デジタルが登場してからは、茫漠として来ます。フォーカスが拡がりすぎるのは、現在のメディア環境の反映なので、いいとして、最後の最後にメディア教育に対する問題提起で終わっているのが、著者のメッセージなのだと受け取りました。メディアが発信するのは「人」に対する情報だとしたら、「人」がどんな情報を情報として欲しているようになるのか、そうこれからは、テクノロジーの問題ではなく、リベラルアーツの問題がメディア論の前景に出てくる、という予言だと思いました。

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    2019年05月02日
  • 歴史学

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    著者自身認める通りタイトル詐欺感はぬぐいきれないが、歴史学をきっかけにしながらメディア史研究にのめりこんでいく様子を、著者自身が自著を紹介しながら語っていくスタイルの本で、個人的にとても良い読後感が得られた。(著者の本をよんだことがあり割と好きだというのもあるが・・・)。タイトル詐欺なので星4つです。
    歴史学は「ここまでわかった」「これより先は分からない」と明言することが大事。ということから、歴史学の史料批判を情報リテラシーにつなげていく。歴史学に向かうものにひちようなのは不全感に堪えながら一歩づつ進もうという姿勢である。ランケ「それが本来如何にあったか」を追求する。そのなかでゼミナールという形式が大学で誕生し、それこそが歴史学のすすみかたである。フンボルトに継承される。言語論的転回をうけて、史料実証主義への批判は高まったが、結果としてテクストの揺らぎを自覚したうえでの史料実証主義がやはり大事だと議論される。p16あたり。この辺の議論は重要であるが説明がわかりづらい感がある。
    ブントをうけて「それは本来どのように成ったか」いいかえれば「それは本来どのように作用したか」を念頭に置いているという。

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    2019年02月20日
  • ファシスト的公共性 総力戦体制のメディア学

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    メディアの連続性が歴史学的検討で主張している。新聞学会や東大の新聞研究所が、戦前からの継続性があるということがはっきり書いてあるものは非常に少ないが、これからどんどん明らかになるであろう。

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    2018年11月30日
  • テレビ的教養 一億総博知化への系譜

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    テレビの黎明期から度々論じられてきた「テレビによる悪影響」と利点について、多くの見解や研究を集めて振り返る。

    戦後のテレビ放送開始時にはアメリカ的思想を植え付けるためのプロパガンダ的な使い方を念頭に普及を図ろうとする動きがあったらしい。また、教育・教養的な番組を一定比率編成しなければならない規制もあったとか。

    2008年の本なので、情報技術のその後の発展度合いを考えると古い話題が多いのは否めない。しかし新しい技術が登場する度に、人への影響(良くも悪くも)が議論される歴史が普遍的なことがわかる。

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    2026年09月06日
  • 受験戦争のメディア史 無名戦士たちの合格体験記

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    ネタバレ

    オリオンの文字に思わず手に取った一冊。何故NHKブックスなのか?不思議な本だった。
    合格体験記から受験戦争のプロセスを明らかにする試み
    合格体験記とはバトンリレーのバトンに過ぎない
    重要なのは、バトンリレーので走者を動かしているのはバトン(内容)ではなく、リレーという媒介mediumのシステム(形式)であることだ
    志願兵士の動員言説としてのORION
    凱旋兵士の戦勝報告としての合格作戦

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    2026年08月11日
  • あいまいさに耐える ネガティブ・リテラシーのすすめ

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    ネタバレ

    目の前に溢れるあらゆる情報に対して、「リテラシーを身につけよう」という姿勢で立ち向かうことの限界を感じて、この本を手に取りました。
    「耐えを忍ぶ」ネガティブ・リテラシーの大切さはその通りだと思いますが、アテンションエコノミー全盛のSNSがある中で、答えに飛びつかないことの難しさも感じました。

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    2025年10月13日
  • あいまいさに耐える ネガティブ・リテラシーのすすめ

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    東日本大震災後の論考なども含めて今の、ファスト世論への視点に富んでいる。ちょっと上から目線ではある。

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    2025年09月14日
  • あいまいさに耐える ネガティブ・リテラシーのすすめ

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    流し読み。
    公的意見としての輿論と、大衆感情としての世論をキーに、これまでのような情報の受け手としてだけではなく、発信者となり得る今、性急な判断をせず、どうでも良いものをスルーする、本当に考えるべきことを熟慮する。
    内容としては前書き後書きにあるその程度だが、輿論、情報という語への注意喚起には注目。

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    2025年07月31日
  • 『キング』の時代 国民大衆雑誌の公共性

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    キングという雑誌がどのように作られ、そして時代とともにどのように書かれていったかという話である。最初のキング発行についての話に力が入っていた。講談社文化、社長の経歴など多種多様で面白い。
     ただ残念なことは、学生にとっては、当時のキングをほとんど手に入れて自由には読めないということである。メディア史の研究以外の学生には興味が持てないであろうということである。青空文庫に入っているか講談社が会社のサイトで自由な閲覧にしてくれればまた別であろうが。
     佐藤が書いているように、自分がキングを読んだからこそ、こうした書籍ができあがったのであろうと思う。学生にとっては、ジャンプであるのかもしれない。

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    2023年01月31日
  • 「専門家」とは誰か

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    専門家とジャーナリズムの比較等があった。討論ではなく大学の研究者がそれぞれの専門において専門家について述べたものである。
     学生にとってはあまり役に立つものではないような気がする。

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    2023年01月10日
  • 「専門家」とは誰か

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    隠岐さやかさん、瀬川至朗さんの論稿が面白かった。
    隠岐さんの論稿は、近代フランスにおけるprofession(法律家・聖職者・医師等の、特定領域での公的判断を行う者)とexpert(個別領域における技術的な助言を行う者)の関係性を取り上げ、expertがどのように地位を確立していったかについて文献に基づいて解説している。
    瀬川さんの論稿は、自らの記者としての失敗経験をもとに、記者としてどのように専門家への取材に臨むべきか、専門家としてどのように記者からの取材に臨むべきかの提案を記載している。

    その他たくさんの著者による論稿があるが、誰がどのような視点で稿を寄せているのかを、冒頭でまとめておいてもらえるとより読みやすい。書名になってる「『専門家』とは誰か」からは若干距離がある議論をしている著者もいくらか見られたので、それぞれがどのようなスタンスで議論しているのかが明確になると、より立体的な内容になるのかな、と感じた。

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    2023年01月05日
  • 叢書パルマコン01 大衆の強奪 全体主義政治宣伝の心理学

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    解題や説明が長い本であるのは、それだけわかりづらいものである、ということが前提になっているからであろう。解題を先に読むとわかりやすい。

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    2020年11月17日
  • 流言のメディア史

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    佐藤卓己氏の史実資料を基にしたメディアと流言の歴史。

    メディアと流言が切っても切れない関係にあったことが多くの事例を通して示されている。

    かなりマニアックな事例が多く理解するために一定の知識が必要になるだろう。



    やや揚げ足取りになるが、「パニック」に関する定義がないまま、いくつかの「パニック」が語られている箇所がある。そのため、個人のパニックと社会的なパニックの違いが明確でなく、佐藤氏の主張がくみ取れない箇所がある。

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    2020年06月30日
  • 流言のメディア史

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    ネタバレ

    トランプが最初じゃないよね。という話。面白かった。まとめるのはやめておく。やると悪酔いしそうだから。

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    2019年07月28日
  • 歴史学

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    現・京都大学大学院教育学研究科准教授(メディア史)の佐藤卓己による自らの研究遍歴紹介

    【構成】
    1.歴史学ゼミナールの誕生 -歴史学はどのように生まれたのか
    2.接岸レンズを替えて見る -歴史学を学ぶ意味とは何か
    3.歴史学の公共性 -歴史学は社会の役に立つのか
    4.メディア史が抱え込む未来 -歴史学の未来はどうなるのか
    5.歴史学を学ぶために何を読むべきか

    『現代メディア史』『言論統制』『8月15日の神話』『輿論と世論』などのメディア史研究で知られる佐藤卓己が大学の学部時代から現在に至るまでの自らの研究遍歴を通して、歴史学のあり方を論じようとするものである。

    著者は京都大学文学部西洋史学研究室において、ランケ以来の実証主義歴史学の伝統であるゼミナール形式で「批判」「精密性」「透徹性」を確保するための方法論を学び、1910年代のドイツ社会民主党の宣伝活動を中心とした修士論文を書く際に、ハバーマスの影響を受けてメディア史へ関心を移していった。
    その際、大衆の『国民化』や大衆公共性、社会主義を手本としたナチの「宣伝」といったキーワードを用いながら、ナチス時代を連続する現代ドイツ史の中に位置づけようとした。

    著者は、「高度情報化社会」「メディア社会」と表現される現代の歴史はメディア史であると見なし、メディアによる宣伝効果、情報の受け手である大衆の反応などを明らかにすることが、既存の歴史学の枠組みをメタ化することになり、歴史研究者自身の位置拘束性(ポジショナリティ)を批判的に検証することも可能となったという。

    個人的にはメディア史=現代史だとは全く思わないし、論文も含め佐藤氏の著作はいくつか読んだことがあるが、氏の研究手法が既存のものと大きく異なると感じたことはない(内容は大変面白いとは思うが)。「歴史学」のガイドブックとしては、内容に偏りがありすぎるように思う。

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    2011年07月02日