国谷裕子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ実家に住んでいた頃は、
よく見ていた番組、「クローズアップ現代」。
キャスターの国谷さん、カッコいい女性だなあと思っていました。
本書を読んで、相当な覚悟で挑んでいた番組だったことがよく分かりました。
私事ですが、
ちょうどこちらを読んだ時期、
この先、無謀と思われる大きな仕事が待ち受けています。
ときどき、
「引き受けなければよかったなあ」と不安に思う時があり、そんな最中に、本書を読みました。
勇気づけられました。
「真正面から取り組み覚悟」
「ひたむきに」
「全身で」
「真剣勝負」
このような言葉が、私のプレッシャーを心地よいチャレンジ精神に変化させてくれました。
また、国谷さんの「フェアへのこだわり」が強く感じられました。見習おうと思います。とても強い方です。
真似できないかもしれませんが、真似したいです。 -
Posted by ブクログ
普段読まないジャンル。
監査でもよく言っている、フレームワークを使って考える、の憲法版(憲法がフレームワーク)。
・国家権力の三大失敗「無謀な戦争」「人権侵害」「権力の独裁」
・憲法はこれを防ぐためのもの
(リスクに対するコントロールですね)
・訴訟戦略の巧拙
・道徳よりも法務教育!
・人権侵害は、少数の人にのみダメージがあり、その他の大多数にとっては、あまり影響がない。だからこそ、憲法で保障される。
→民主主義と多数決は同じでないという理解が大切。
一番意外だったのは、松田さん(松田公太)の参議院での質疑。議院内閣制にあって、弊害も目立つようなこの頃を鑑みると、こうした質疑を憲法を使い倒してやっていくっていう議員がいたことに、驚きました。
さて、憲法なんて、大学時代の、芦部憲法とやらの分厚い教科書を思い出すけど、その本にも触れていた。
「あまりにも緩くて、理論的に突き詰められているとは言えない」
「こんなに粗い議論では人権は守れない」
一生懸命読まなくて正解?? -
Posted by ブクログ
今年5月14日に大阪弁護士会が主催して行われた憲法講演会の講演と対談をもとに、加筆・修正してまとめられた本。講演会に行けず残念に思っていたので、読むことをすごく楽しみにしていました。
先の見えない息苦しい世の中、その原因を突き止め進むべき道を確かめるためには学問に触れること。そこには人類が積み重ねてきた歴史や知恵があり、何らかの筋道を見つけることができるのではないか。憲法を学ぶことで、「『込められた本当の力』を伝えたいし見つけてほしい」とのメッセージから始まりました。
第1章「日本国憲法と立憲主義」では、
+憲法は国家の失敗を防ぐための法律
+尊厳の担い手になった個人が公権力担当者に憲法を守らせる
+過去に国家がしでかしてきた三大失敗(①無謀な戦争②人権侵害③権力の独裁)を踏まえ、①軍事統制②人権保障③権力分立が置かれてきた
+憲法の条文も置かれた文脈や背景が大事
+国連憲章2条n4項・武力行使に関する規定から考えても、憲法9条は特別な存在というよりスタンダードな考え
等々、どのように考えられ組み立てられてきたかがよくわかりました。
第2章「人権条項を活かす」では、
婚外子相続分の問題や昨年12月に最高裁で出された夫婦別姓に関する判決を取り上げ、
+民法750条は、女性に対して氏の変更を強制しているわけではない。婚姻の法的効果を受けたければ夫婦の性を統一しなさいと言っているだけ
+「不当な扱いを受けている」という怒りを抑えて冷静になる。自分の不利益や生きづらさの原因を落ち着いて分析する。憲法の判断枠組みに基づいて一つ一つ丁寧に分析することが大事
+理論がガタガタのままでは裁判には勝てない
等々、なるほどと思うことがたくさんありました。
第3章「地方自治は誰のものか」では、
沖縄・辺野古基地問題を取り上げながら、
+統治機構論ーこの権限は誰の権限なのかを延々と議論する分野。
+主権者である国民が、憲法を通じて国家機関にどのような権限を与えているのかを考える
+辺野古移設に関する法的な根拠が見つからない。あるのは、2回の閣議決定だけ。
+立法とは法律事項を決定する権限。国政の重要事項については国会で定めなければならない。
+憲法41条(立法)、92条(地方自治の本旨)、95条(住民の投票)というところから組み立て(「木村理論」)た移設に関する国会質問に対する国の回答、国が根拠をもっていないことがわかった。
+民主主義や法の支配といった基本原理に基づく国家運営をしていないことの表れ。安全保障は国の事務だから国が決める。地方自治体の自治権制限は発生しないとの態度。
+今まで仕方ない、我慢するしかないと思っていたことも憲法を見直すことでよりよい形に変えていく可能性がある
+憲法は日々を生きる私たちの味方。うまく使いこなさなければ活かすことはできない。
等々、これからの憲法の可能性を感じることができました。また、国と地方自治体の関係・福祉制度に存在する地域間格差について、深めていく視点をもらったように思います。
第4章「対談“憲法を使いこなす”には」(国谷裕子×木村草太)では、
講演会の対談をまとめたもので、第1章〜第3章までに触れられたテーマを深めるもので、
+立憲主義の危機ではあるけれど、今だからこそ憲法の価値を考えることができるチャンス
+権利を学ぶということは、自分が主張できる権利についてだけ学ぶというものではない。相手にどのような権利があるかも同時に学ぶということ
等々のメッセージが、当日参加していなかった僕にも具体的なやりとりがイメージできる臨場感溢れる展開でした。
他にもたくさんのメッセージがありました。運動の専従者として、自分自身の足りないことにことにも気付かされたように思います。
+多様な意見に耳を傾けながら、よりよい解決策を見つけていこうとするのが民主主義の基本的な思想
+政府のこの活動はおかしいのではないか、個人の権利が侵害されているのではないかという勘を働かせる能力が大事。
+自分らしく生きようとした時に感じる息苦しさ、自分が我慢すべきことか社会の側が変わるべきことなのかを考える
とてもいい本です。みなさんにお勧めします。 -
Posted by ブクログ
国谷裕子(1957年~)氏は、大阪府生まれ、聖心インターナショナルスクール、米ブラウン大学卒。父の勤務に伴い、幼稚園から中学校まで、ニューヨーク、サンフランシスコ、香港、日本を行き来しながら過ごした。P&Gジャパンに就職するも1年で退職し、その後、知人の紹介でNHKに仕事を得、「NHKニュース」英語放送の通訳者、ニューヨーク総局のリサーチャー、「ワールドニュース」駐米キャスター、「NHKニュースTODAY」の国際コーナー担当等を経て、1993年4月から2016年3月まで23年間、「クローズアップ現代」のレギュラーキャスターを務めた。現在は、東京藝大理事、国連食糧農業機関(FAO)日本担当親善大使、等として幅広く活躍。菊池寛賞(国谷裕子と「クローズアップ現代」制作スタッフ/2002年)、日本記者クラブ賞(2011年)等を受賞。
私は、国谷さんの少し下の世代だが、若い頃から「クローズアップ現代」は好きで、その看板である、知的で凛々しい国谷さんのファンでもあったが、昨年末の「クローズアップ現代・放送30周年 年末拡大スペシャル」に、ゲストとして出演した国谷さんを久し振りに見て、本書のことを思い出し(本書のことを知ってはいたが、読んではいなかった)、早速入手し読んでみた。
本書は、基本的には、国谷さんがNHKに仕事を得てから、「クローズアップ現代」のキャスターを降板するまでの、キャスターとして成長していく過程、「クローズアップ現代」制作の舞台裏、印象に残る放映やインタビューの相手、更には、キャスターとはどうあるべきか等を、率直に綴ったものである。
その中で特に印象に残ったのは、テレビ報道の持つリスクと、それを踏まえてキャスターはどうあるべきかという部分である。
テレビ報道は、その映像の力により、当該事象を端的にわかり易く伝える強力なツールになり得るし、加えて、メッセージがシンプルな方が視聴率を稼げるともいう。しかし、世の中の事象の多くは、実際にはそんなシンプルなものではなく、安易にわかり易くすることは、当該事象の深さ、複雑さ、多面性をそぎ落としてしまうことになる。そして、更に危ういことは、視聴者がそのようなシンプルなメッセージに慣れてしまうことにより、わかり易いものにしか興味を持てなくなることである。そのようなテレビのデメリットを補うために、キャスターは、テレビに映し出された映像がいかなる意味を持ち、その背景に何があるのかを、言葉にして視聴者に伝える必要があり、それはときには、難しい問題を難しい問題として、視聴者に受け取ってもらうということでもあるのである。
翻って、昨今は(本書の出版から5年ほどしか経っていないのだが)、テレビすら見ることなく、インターネットやSNSで自分の知りたい情報・わかる情報にしかアクセスしない人が増えており(そもそも、閲覧履歴からそのような情報ばかりを提示するようにプログラムされている)、それが、社会の分断を煽る原因のひとつとなっていることは周知の通りである。
そう考えると、国谷さんが提示する、「テレビ報道とは、キャスターとは、どうあるべきか?」という問いは、我々の民主主義の将来につながる重要な問いでもあるのだ。
また、終章では、「ここ二、三年、自分が理解していたニュースや報道番組での公平公正のあり方に対して今までとは異なる風が吹いてきていることを感じた。その風を受けてNHK内の空気にも変化が起きてきたように思う。」と書き、特定秘密保護法案や安全保障関連法案について(十分に)取り上げられなかったことを指摘しているのだが、それが何らかの巨大な意思によるもので、また、国谷さんの降板とも関係があるのだとすれば、由々しきことである。
ともあれ、本書は、テレビ報道とキャスターに焦点を当てて書かれているが、「クローズアップ現代」が扱ってきた様々なテーマについての国谷さんの思いも聞いてみたいと思う。
(2024年1月了) -
Posted by ブクログ
著者が書いたというのではなく、大阪弁護士会が主催した講演会での講演をもとにした本。後半は国谷裕子さんとの対談になっている。国谷さんの夫が大阪の弁護士さんだからこういう企画ができたんだろう、きっと。
ふだん新聞やメディアで見かける著者のコメントからすると私と同じ左寄りの人という印象だったんだけど、初めて著書(この本)を読んでみるとそうでもない。ま、それも当然で、著者は憲法学者として原則的に憲法という枠組みに沿って物事をとらえ発言しているに過ぎない。そして、それがやや左寄りに聞こえるということ。そうなるってことはつまり、現在の日本国憲法では「自由」や「平等」といった左派的思想が味つけのベースになってるってことなんだろうな。
憲法や法律、条例といった類のものは、ガチガチに固めるのでなく運用でどうにかなる余地・あそびを残しておくものだと思う。そういうことがこの本からも読み取れる。書中で解説されている夫婦別姓を男女差別という観点から違憲と訴えたのが認められなかったことや、辺野古への米軍基地移設にあたって住民投票がなされるべきといった主張は、なるほどと納得がいくとともに、憲法に含まれる余地やあそびをいかに使いこなせるかが知恵の見せどころだということが示唆される。
法とか決まりごとというと、何となく縛るもののような印象で忌避したくなりもするが、憲法や法律を良識に沿って身近な道具として使いこなせるようでないと。忌避すべきものでなく、自分たちの味方にできるものというメッセージが書題の「憲法という希望」には込められている気がする(これは著者の講演の演題でもあって、演題自体は主催者がつけたようだけどね)。 -
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ネタバレキャスターという仕事 (岩波新書) 新書 – 2017/1/21
キャスターとは不明瞭なものをはっきりと定義付けすることだ
2017年4月3日記述
クローズアップ現代で23年キャスターを勤めた国谷裕子氏による自身とクローズアップ現代を振り返った書籍である。
ただ単純にわかりやすいだけを目指すのではなく、ものの底流に何があるのか
どんな背景があるのか等の映像では伝えきれない面を言葉で伝えてきたのだという。
確かに本書を読むとクローズアップ現代という番組がそうだった事に気がつく。
普段ニュース7の後でそのまま見ていることも多かった。しかしもっと注意深く視聴しておけばと悔やまれる。
彼女が1993年にはじまったクローズアップ現代のキャスターを行う前にニューストゥデーの国際担当キャスターを外されるという挫折を味わったと
述べる項目はあの国谷裕子さんが!という思いがしたし意外だった。
(誰でもはじめは素人だし最初からバリバリ凄い人は極わずかであろう)
キャスターとしてのはじまり(海外のNYだが)、リベンジとして1000本ノックとして修行したのも衛星放送だった。
そういう意味で著者は幸運であった。
また再び訪れたチャンスをものにする力を持っていたのだ。
(何がダメでどうすれば改善できるか正確に把握し実行することは案外難しい)
中国の天安門事件を録画したテープを持って空港を出る為、機材をヘアドライアーと述べて日本国内に持ち帰る場面はリアリティがある。
またジャーナリズム魂を感じる。
また冒頭で紹介したハルバースタム、途中に紹介するテッドコペル氏のナイトラインのあり方は今でも放送機関のあるべき姿を示していると思われる。
当事者がナイトラインに出演を避ければ、視聴者は何か説明できない都合の悪いことがあるに違いないとまで思わせる存在感のある番組だったと。
今、森友学園への不当に8億円も安く国有地を売却した問題が報道されるがナイトラインのような存在感ある番組が厳しく安倍内閣を追求出来ていない
今の日本は未だにジャーナリズム後進国としか言えないのだろう。
第4章でキャスターとしての役割について述べている。
視聴者と取材者の橋渡し役自分(キャスター)の言葉で語る(個人の主観、私見を語ることではない)
言葉探し(新しい事象に言葉、名前が与えられることで不明瞭なものがはっきりしてくる。
後半には出家詐欺騒動についても振り返っている。
ただ試写の段階で気が付かなったというのは同情する。
取材そのものを全否定するまでは判断出来ないだろう。。。
難しい問題である。
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Posted by ブクログ
大量監視社会はコロナ禍の今、切実な問題と化しているように感じる。中国のように人々の行動を監視し、感染拡大を防止することが良いという捉えられ方だ。
だがこの本に出てくる方だけでなく、コロナ収束の名目で政府が一度監視という強力な権力を持ってしまえば、収束後もその力を手放すことはないだろうと警鐘を鳴らしている専門家が多くいた。
また、先日監視カメラを追跡したことによって犯罪の容疑者を早く確保することができたとの報道を受け、やはり監視は必要だというネットでの書き込みも見られた。
このように監視は致し方ないことという風潮が強まっているが、もう一度監視について考え直す必要があると、この本を読んで感じた。
また、人格を発達させる権利として、プライバシー、表現の自由、情報の自由が挙げられていたのが印象に残った。 -
Posted by ブクログ
<目次>
第1章 大巻伸嗣
第2章 菅英三子
第3章 山村浩二
第4章 前田宏智
第5章 江口玲
第6章 黒沢清
第7章 熊倉純子
第8章 黒川廣子
第9章 小沢剛
第10章 日比野克彦
第11章 高木綾子
第12章 箭内道彦
<内容>
当然「クローズアップ現代」のもじり。プロデュースは、第12章の箭内道彦教授(いつの間にか藝大の教授なんだ)。そして著者(インタビュアー)の国谷裕子は藝大の理事になっていた。「クロ現」の通り、著者は藝大教授にグイグイ鋭いインタビューが続く。それも面白いが、「芸術」と「社会」とのつながりを皆が真剣に考えていることが凄かった。自分も「芸術家」は浮世離れした人ばかり、と思っていた。しかし藝大生も藝大の先生もそれに悩んでいたのだ。そして、教授たちの活動を紐解いていくと、閉塞感の漂う「現代」に風穴が開きそうな気がする。(この間見ていた「マツコの知らない世界」で、世の中が等身大すぎて、芸能界とかにかつてのような「非日常」が欲しい、と言っていたことを思い出した)