イハレアカラ・ヒューレンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ久しぶりにホ・オポノポノを読んだ。今回は「ウニヒピリ」との関わりについて。どんなことが起こっても、それに対して自分が感じることは、自分の記憶の再生にすぎず、その記憶を消去することで、自分の問題だけでなく、他人の問題も解決できるというのは、いつもながら感心する。だけど納得。
「ウニヒピリ(潜在意識)」が記憶として保管している限りは、記憶は再生し続け、何度でも同じ問題が繰り返される。どんなに寂しくて、つらくても、それはウニヒピリの記憶が再生されているにすぎないからで、それでも「ウニヒピリ」はその記憶を消去させるために、気付かせようとしていて、つまりはクリーニングするいいチャンスを与えてくれているんだと思うと、ありがたく思えてくる。
早速、「ウニヒピリ」を意識してクリーニングしてみる。ちょっと楽になる。その先には何が待っているのだろうか。 -
Posted by ブクログ
すべての出来事は、自分の記憶が再生されることで起こっている、というホオポノポノ。
それはきっとそうなんだろうし、ありがとう。ごめんなさい。許してね。愛してるよ。の魔法の言葉を言うだけでクリーニングできる(小ワザはあるけど…)というのは手軽でいいと思う。
言葉をイメージしたり、信じる必要はない。ただ、クリーニングするだけ。
というやり方は私は好きだ。
ただ、理論とか、目に見える速効性とかがハッキリ書かれているわけではないので、そこが大切な人は読んでて面白くないかも。
私としては、ありがとう。ごめんなさい。愛してるよ。許してね。の魔法の言葉をいう事が、自分や世界を愛し、大切にすることに繋がり、そのことが自分に嬉しい出来事やインスピレーションとなって帰ってくる…
ということなのかなと思った。
無の境地になって、インスピレーションに従って生きるのが究極の理想らしい。 -
Posted by ブクログ
以前読んだホ・オポノポノの本に比べたら基本的なことが書いてあった。すべてのことは自分のうちに原因がある、ウニヒピリ(インナーチャイルド)が抱えている記憶(カルマ)をクリーニングを通じて手放してゼロになっていくことが生きている意味。クリーニングとは基本的には「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています」の4つの言葉をマントラ的に唱えることで行われるけど、自分のインスピレーションに従って好きなクリーニングツールを使えばよい、というようなことだと理解しました。何度も何度も同じ事が繰り返して書かれています。仏法にも通じるなと思ったけど、より自由なところ、自分の好きにやっていいところがいいな。きっと宗教や哲学の根っこはずっとつながっているんだろう、って、改めて思いました。
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Posted by ブクログ
ホ・オポノポノの本として初めて読むにはあまりふさわしくなかったのかも。本質的なことが書いてありそうでした。ありそう、と書いたのは、何が具体的に書いてあるのか、私ではよく分からなかったから。
ウニヒピリというのはインナーチャイルドのことで、ホ・オポノポノでは、ウニヒピリが記憶(カルマ)をたくさん抱えていてパンパンな状態になっていて、私たちの表面意識が感じること(苦しいとか、寂しいとか、辛いとか、嬉しいとか)はすべてウニヒピリの記憶の再生と考えるそうです。記憶が再生された時にクリーニングすると、その記憶が手放されてウニヒピリにゆとりができ、記憶の再生ではない自分の人生を生きることができるようになる、みたいなことらしいと理解しました。とにかく、記憶が再生された時はいつでもクリーニングすることが大切、それもウニヒピリと共に、何も期待しないでやることが大切、ということが、何度も何度も書いてありました。 -
Posted by ブクログ
他の本で紹介されていたので。
正直、胡散臭い!と思ったんですが…
体験談がミラクルすぎるし、Ceeportグッズの宣伝もあるし。
でも、「信じていなくても効果はある」ということで、
試すだけ試してみることにしました。
ひとつわかったことは、クリーニングすることで、脈々と続くマイナスな感情に歯止めをかけられること。
心の中でプラスな言葉を唱えることで、なんとなくスッキリすること。
たとえ、クリーニングしてうまくいかないことがあっても、マイナスな感情もクリーニングできて、事実として受け止められるようになる気がします。
こうして分析するのはよくないかもしれませんが、感情の整理術とも言えるのではないでしょうか。
そして、すべてが好転していくように感じられます。
悲しみ、怒り、幸せは全部自分の心が決めるものなので…
偶然かもしれませんが、クリーニングしていると、いい事が起こるような気もします。しばらく続けてみます。 -
Posted by ブクログ
スピ系の本で「記憶」は常にキーワードになってきます。この世で経験した過去の記憶、前世で経験したであろう記憶。目の前に起こる事象は記憶が見せているものとされます。だったらこれを消去し、常にまっさらな状態で人生を送る。苦しみの悲しみも怒りの全ての負の感情にしがみつくことなく記憶をクリーニングし続けることに集中する。で、その具体的な方法が、4つの言葉「ありがとう」「ごめんなさい」「愛しています」「許してください」これらを唱えるということ。
記憶、経験が今の自分をつくっている、だから今の自分にとって記憶や経験は必要なもので、その消去にいそしむだなんて、最初は理解できず混乱しました。村上春樹の本で「人は記憶をエネルギーにして生きている」という言葉に納得していたし。
頭でっかちなので、どうしても理論を理解しようとして混乱するのですが、記憶や経験で、価値観がつくられ、そして何か行動を起こすときの基準になっているのは事実です。その価値観が自信になることもあれば、不安を煽ることもある。また、先入観もそう。初めて会う人に対して先入観で仲良くなれないかもと判断し、せっかくの出会いを無にすることもあるはず。ということはやっぱり記憶や経験は不必要だ、ということになる。
この本の中で、感動したり喜びを感じたりした瞬間から、その記憶を消すようにとのことでした。消しすぎじゃないか?と思いましたが、きっとその良い感情も後に比較の対象となり、自分をあのときは良かったのに、という今そのときを否定してしまうから、ということだと思います。
またスピ系キーワードとして「今ココ」がありますが、ホ・オポノポノもそこにリンクしています。今ココに集中する、今の自分を感じること、という意味です。過去や未来を考えれば考えるほど苦しみや不安を作り出す。そしてそれはただの妄想でしかない。なぜなら自分は過去や未来には存在していない。今ココで問題が起こっているわけではない。記憶にふりまわされないようにするという意味において、ホ・オポノポノと同じ考えです。
20代は、刹那的快楽主義者である自分に辟易していました。今が楽しければいい。だから未来は考えない。でも、このときの自分は今よりも今ココに集中していたのかなと思います。知らず知らずのうちに実践していた。
人間は無から生まれて、年を重ねて色んなものを背負っていく。記憶や価値観、先入観をずっしりと背負っていく。人生にこれから起こる出来事を楽しむために、背負ったものを整理する必要はありそうです。
でも記憶を0にするって相当大変です。ほんとに4つの言葉で消せるかどうか。
おっと、そういう不安になる前にクリーニングということですかね