伊集院静のレビュー一覧
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・子供を鮨屋に連れていくな。大人が2人、「これでお前と逢えるのも最後になるのか」といってお酒を酌み交わしている横で、子供が「トロのさび抜きお願い」などと言っていたら無条件でひっぱたくのは自然なこと。
・金さえ払えばその席に座れると思っているのが間違い。世の中には金を払っていようがいまいが女、子供がいてはいけない場所がいくらでもある。
→こういった考えはなかった。公共マナーを守れないやつは来るなっていう主張でもなさそう。理屈はいまいちわからない。
・大人には口に出してはいけないことがある。言ってもどうしようもないことは「一度言葉を口に噛んでから」話す。
→言わなきゃわからないことがあるのと同時 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの人あんまり好きじゃない、と思いつつこのシリーズだけは読み続けてしまうのは何故でしょう。
それはやはり響く言葉があるからなのかなぁ。
許すということは確かに心がけだけでは出来ることではありません。許さないけど続けていく、関係を断ち切らないというのも大切なことなのかもしれないと本書を読んで考えました。
(引用)
忘れることができないのは承知で、大人は若者に告げなくてはならぬことがあるのだ。
人はさまざまな事情を抱えて、それでも平然と生きている
大切なのは、許せないものをわざわざ目の前に引っ張り出して凝視しないことである。
じーんと心に染みていく言葉です。
特に響いたのは
(引用)
風景 -
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”時間はクスリ“という言葉がある。最愛の人を亡くして絶望の淵にいても、時間はいつかその気持ちをやわらげ、新しい光さえ見せてくれる。
楽して得られるものなんてない。
私は時々、彼に言う。野球だけが人生じゃない。人生を好打できる方が百倍もイイ。
「生きて帰ってこられたんです。それだけで十分ですよ」
「いろんな環境で伊集院、頑張ってます」
落ち着いて、落ち着いて……。年が越せるか、と大晦日まで心配した年もあったが、年が明けて、元旦の青空を見ると、ああなんとか越せたな。と思うのが常だった。以来、”過ぎてしまえば……“が、私の年末の心構えとなった。 -
Posted by ブクログ
今から約30年前、山口瞳の「草競馬流浪記」の中で益田競馬場の話に登場した色川武大は、その魁偉な容貌とナルコレプシイという奇病をもって、その本に登場する数多の人物の中でもひときわ異彩を放った存在であった。
私は麻雀はしないけれども、既に阿佐田哲也もまた名も馳せており、最後のレースで出目を読んで乾坤一擲の勝負を仕留めた件りは、流石にその名に恥じぬ登場っぷりと思わせた。
さて、この本、妻を亡くし荒んでいた時期にあった作者が、色川武大との出会いと繋がりを通じて再生していく物語。
伊集院静の文章は、実はスポニチの競輪競輪の予想でしか読んだことはなく、この本もある意味、色川と伊集院の旅打ちの話と読める。