妹尾武治のレビュー一覧
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■「ベクション」(vection)とは,「視野の大部分に一様な運動する刺激が提示れされるときに,その運動と反対の方向に自分が移動して行くように感じる現象。なお,この間,実際の体の移動は伴わない」
■「クオリア」とは,自分固有の独特な感覚,赤の赤さ,青の青さの個人的な感覚(感覚の感覚),質感のこと。
■0.5秒の持続した刺激があることで,ようやく人間は「触られている」という意識を持つようになる。
・この結果は脳の場所を変えても頑健に現れ続ける
・万事0.5秒の意識の遅れがある
・我々の脳は意識を伴わず無意識の力で,環境の変化に遅れないように,それに対応した適切な行動を取捨選択している
・意識は行動に事後的に追随するだけの存在
■何かの課題を適切にこなそうと思ったら注意の力(注意資源)が必要。
・オレオレ詐欺に引っ掛かるのは二重課題による注意資源の搾取が原因。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ確かに、脳の働きが我々が思い込んでいることとはかけ離れている、という意味ではこのタイトルかもしれない。
しかし、それについて深く掘り下げてある、というより、我々が思い込んでいる様々なことが、実は知覚心理学的に説明するとこんな風に現実と乖離がある、というのが様々な切り口から説明してあって面白く読める。
本来は難しい知覚心理学の研究を、その検証の実験や結果のエッセンスを丁寧に分かりやすく、そして時にはユーモアを交えて説明してあるので、楽しく最後まで読める。
もし、自分が大学に入る前にこういう書物に接していれば、心理学の道を志したかもしれない。 -
Posted by ブクログ
人間は自己の満足感を最大化するようプログラミングされた機械にすぎないという主張は、かなりセンセーショナルではあるが、それは決して人間が無機質で思考力のないものと卑下しているわけではない。むしろ、キリスト教的価値観の中で当たり前とされていた物心二元論など、人間にあると思い込まれていた心の存在に疑問を呈し、大きな世界の中の一つの構成要素としての個人という新たな見方を提示しようとした作品に思える。こうした考え方は、特に日本人からすると馴染みやすいものだと思うが、キリスト教的価値観の強い欧米諸国に与えた影響は大きかったのではないかも思う。漫画であったが、深い解説などもあり、かなり考えさせられた。
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Posted by ブクログ
この世界のシナリオはあらかじめ決められていて、私たちは外界の刺激に対して決められた反応をしている。我々人間は意識レベルが高度であるため選択肢を与えられているように錯覚しているが、これが自由意思があると思わせる神が与えた罠である。
意識とは情報。これが結論としている。
私たちの見ている世界は私たちの脳内で電気信号として構成されており現実と妄想や夢との区別は曖昧で、頭のなかにあるもの全てが現実である。
いまの生活も、これを書いている私も、私の文章を読んでいるあなたも、年老いた自分が夢を見ている若き日の自分である可能性もあり、その可能性を否定できる証拠はどこにもない。
この理論の魅力的なところは、自分=世界であるから、何をしている自分も宇宙の一部として認められ、尊敬するあの人もぜんぶ自分の一部であり、人と比べて自分は劣っているとか狭い視野で物事を考えることから解放してくれるところである。
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Posted by ブクログ
「トムソーヤの冒険」「ハックルベリーフィンの冒険」等、一度は聞いたことがある様な少年向けの冒険譚の著者、マーク・トウェイン。
その彼が「匿名」で残したとされる「人間とは何か?」が漫画化された本です。
『人間とは機械である。』
ある青年は人間には自由意志が存在すると主張し、ある老人は人間は機械であると主張する。それらの問答を通して、人間とは何なのかを考えていく物語です。
人間が持つ意志やそれに基づいた行動とは、それまでの環境や経験から蓄積されたものから導き出された自動的な行動であり、自己欲求を満たす為だけに弾き出された主衝動である、と本著では語られている。
それはつまり、人間は全て考えてから行動する生き物ではなく、過去の蓄積したデータを基に最適解を自動的に導き出す、機械だと述べている。
内容の哲学感の強さにも驚きだが、原作が書かれたのは今から100年以上前ということも驚きだった。
そして、本著は『人間とはどうあるべきか』を、AI化していく未来の人間に当てたメッセージの様に感じた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ人間は自らの承認を求めて動く単なる機械に過ぎない
人間にはあいも憎しみもない、そんな名称をつけているから本質が見えなくなる、あるのは主衝動だけ、満足したいという機械的な心だけ
結局すべては主衝動だ、あくまでも自分の良心を満たしているに過ぎない
そしてその良心は教育できる、環境しつけ書物などから
人間は不愉快でなければ人の不幸などどうでもいい
愛も憎しみも慈悲も貪欲も善意もみんな自己陶酔、自己満足だけが私たちの原動力であり機械と変わらない
自由意思は幻覚
人間は環境からの刺激を受けて全自動的に体を動かしている
人間は自己満足のために行動しその欲望もまた外部からの影響 自分から生み出しているものなどなにもない 自分の心すらコントロールすることができない
君が自由だと思っているその心も気質と教育から自動で導き出されているだけなにも自由じゃない
金も宝石も悪評も地位も世界的名声も誰かが価値があると思っているから価値があると
誰もが見向きもしなくなったら一門の勝ちもなくなるんだよ
人間は善に向けて鍛練はできるがどんなに高水準になろうとも自己満足だ
それは心の満足が自動作用の動力になるよう設計されているからだ
自らの無力さを自覚したとき人間は他社にも自分にも寛容になれる
まずはいい鍛練を積める場に身をおいてみたらどうだ
五木寛之
人間は大河の一滴
人間が他人の援助を自己満足のために行っていたとしても人に喜ばれることで自らの心が満たされるのであればそれはむしろすばらしいこと
人間は過去からの寄せ集めのガラクタですべては気質と外的環境できまる
その前提に立てば自らを誇ることもなくまた他社を批判することもなくアリのままの自分を認められるのではないか
人間は機械であると主張したマークの本当の狙いはアリのままいきられない人間に対する許しの思想だったのかもしれない