宇山卓栄のレビュー一覧
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【経済と宗教の密接な結び付きを分かりやすく解説】
ユダヤ教に始まり、キリスト教、仏教、儒教、イスラム教など宗教はたくさんあることは知っているが、なんせ日本人は無宗教なために、その重要性を理解してないことが多い。
また、戦前の天皇崇拝が破滅に向かう戦争に突入させたことから、「宗教=悪いもの」というイメージも多い。
本書は、とても分かりやすく、宗教と経済の密接な結び付きを解説している。グローバルな時代に、宗教という文化の根幹をなすものを知らないと、他の国の人達を理解することはとても困難になる。
筆者が、日本人は無宗教だからグローバル人材になりやすい。なぜなら他の宗教のことを理解できるマインドを持っているからだ。という論理には大反対だが、それ以外の内容はとてもすばらしい。
オススメの一冊。 -
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薩摩・長州は幕府の鎖国政策のおかげで、密貿易という形でありながらも、対外貿易を独占することができた。
黒船の来航以来、幕府は開国政策を余儀なくされます。開国すれば、薩摩・長州は対外貿易を独占することができなくなってしまいます。
開国、横浜開港、薩長の没落という心配
薩長に近代革命という理想への志向や情熱が芽生えていたかどうかは疑わしい
将軍という世俗の権利者の上に、天皇という超越的な存在があったことが、近代日本に幸いしたともいえます。
景気のサイクル
キチンサイクルとジュグラーサイクルは、2012年に谷をつけ、上昇に向かっている。クズネッツサイクルは2001年に谷をつけ、上昇に向かっている。
自由貿易のベテラン日本
日本は世界の中で最も開かれた国で、関税なども他国に対し、優しすぎるのではないかというくらい低く、自由貿易の先端を走る国なのです。・・外国人労働者の受け入れなど、一部の分野で閉鎖的なところがあるのは否めませんが。
攻めの姿勢、イギリスに学ぶ
イギリスや、過剰な保護を受けていた時代にはなかった新しい時代の農業経営のモデルを構築することに成功していたのです。そのため、1870年代に保護貿易に回帰したときも、イギリスは自国の農業生産だけで、十分に食料需給をまかなえました。
南北戦争、血によって獲得した関税
リンカーンが国内勢力拡大と国際世論を味方につけるため、奴隷解放宣言を行ったりしたため誤解されがちですが、南北戦争の本質は、関税や貿易政策のあり方とその利権をめぐって争われた戦争といえます。
中世においてバルト海の物流を担ったのが、ヴァイキングと呼ばれるゲルマン人の一派でした。彼らは、北方に住んでいたため、北方の人=ノルマン人とも呼ばれます。
水上の交易ネットワークを独占したノルマン人は巨万の富を蓄積し、9世紀バルト海沿岸にノブゴロド国がつくられ、これがロシアの母体となります。ロシアの語源は、ノルマン人のルス族のことです。
ドーヴァー海峡にはノルマン王国がつくられますが、これがイギリスの母体となります。
日本の経済の中心は瀬戸内海を取り囲む西日本でした。
京都は、瀬戸内海の交易圏と琵琶湖の交易圏をつなぐ中継都市としての機能を持ち、地政学上、日本の物流を統括する地位にあった。
平氏もまた、ヴァイキングの将であった
香辛料はヨーロッパでは生産することができず、遠くアジア・インドから運ばれていました。胡椒バブルも起きた。
信長の時代に、日本はヨーロッパを超える世界最大の銃保有国となる。
働かない者と働けない者
カトリック的な教義の価値観では、金を貯め、利益を追求することは卑しいこととされていました。これに対して、カルヴァンは「すべての職業は神から与えられたものであり、それに精励することで得られる利益は、神からの恩恵である」として、利益の追求を認めました。
アローが主張するように、供給は需要を生むというするセイの法則が医療の世界ほど、見事にあてはまるマーケットはほかにありません。
日本の、国家負担の医療費は増大していくので、遅かれ早かれ財政は破綻してしまいます。
アメリカはじめ諸外国は、巨額の支出が伴う可能性があるため皆保険制に踏む込むことができません。
欧米とイスラムの紛争を、キリスト教とイスラム教の文明対立と容易にとらえるのは大きな誤りです。実態は、領土や利権の争いにすぎません。
植民地政策
輸出用の商品作物を作らせ、モノカルチャー化し、現地の経済をグローバルな商品市場に組み込み、偏った生産制のもと、自給能力を失わせます。
モノカルチャー化された旧植民地でも、独立後、高度成長をとげた国があります。韓国です。
日本は、気候は温暖であるものの、地震や台風など、厳しい自然にさらされている。そのような自然が日本人を受容・忍従型な性質にした。和辻哲郎
ハダルは快適な都市生活の中で連帯意識を失っていく
砂漠の勢力であるバドウは虐げられた状況や試練に耐え、連帯意識を強め強大化していきます
バドウは中心たるハダルを征服し、自らが新しいハダルとして君臨します。イブン・ハルドゥーン「世界史序説」 -
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初めて目にする著者の本の場合、少しは中身を見てから買うようにしている私ですが、この本だけは例外でした。タイトルと帯を見た瞬間に買って読もうと決意してしましました。
読後感は、自分の直感に従って行動して良かったと思いました。歴史を学ぶことは大事で、過去に起きたことと似たようなことが現在にも起きる可能性があります。
この本は、日本の今の問題を解決するヒントとして、過去の世界史に学ぶことができるのでは、という問いかけをしたものです。私にとってはこの種の本は初めてだったので、GWに良い読書ができたと思います。
特に、この本で初めて知りましたが、あれだけ騒いでるTPPの件ですが、アメリカはまだTPP加盟国ではなく、日本と同じ位置づけのTPP交渉国のようですね。もっとも交渉をし始めた時期が早いので、アメリカが有利だとは思いますが。TPPも数ある経済協定の一つであることも再認識しました。
以下は気になったポイントです。
・歴史から教訓を得る、のではなく、歴史から視点を得る、歴史とは山の上から広い風景を見渡すことのできるポジションを我々に与える(p11)
・明治維新は、ブルジョワ市民ではなく、特権階級の武士によって起こされたもの。大商人や町人には革命を指導する力はなかった(p13)
・2000年以上の世界史の中で、自分で自分の特権を切り捨てた勢力などない。さらに、ブルジョワ市民階級が育ち始めると彼らに政治の門戸を気前よく開いた(p14、19)
・最大の密貿易は薩摩藩によって行われていた、藩主の島津氏は幕府による領土縮小案を受け入れる代わりに、1609年、琉球の支配を幕府に認めさせた。狙いは琉球を介して中国と密貿易を行うこと。長州藩は、対馬と経由して、朝鮮や中国と密貿易をした(p21、22)
・幕府が鎖国政策をやめて、横浜を開港し欧米諸国と貿易を始めれば、日本の対外貿易の中心は横浜になる、薩長は打撃を受ける可能性があったので利害が一致した(p23)
・グラバー商会は、革命の成功をもって、商会の資産と経営を、三菱財閥の岩崎弥太郎に引き継がせた。三菱財閥と協働して、三菱関連会社を設立(p28)
・フランスにおいてジャコバン派は、財政赤字の大問題を一気に終わらせるべく、ルイ16世とマリーアントワネットを処刑して、ブルボン王朝を終わらせてデフォルト宣言した(p53)
・イギリスでは、1688年の名誉革命によって制定された「権利の章典」で、国王による借金や課税は、議会の承認を必要とした(p55)
・1937年、日本国債ポンド建ての金利は10%を超えて、1939年には20%を超えた、このとき国債は日本銀行に引き受けさせていた。インフレが進行して敗戦前に日本経済は崩壊(p61)
・現在、TPP加盟国は、シンガポール・ニュージーランド・チリ・ブルネイの原加盟4カ国のみ、アメリカはTPP加盟を目指すと表明したのみで決まったわけではない。日本も2013年3月に表明したのみ、交渉国は現在8カ国、中国・韓国・インドネシアは加盟しないと表明(p75)
・日本は、TPPは交渉中だが、FTAは多くの国と発効すみ、FTA交渉中は、モンゴル、韓国、カナダ、EU、日中韓、TPP(p81)
・アメリカは政治的に、北部勢力は共和党を組織、南部地主の農業者は民主党であった、南北戦争の本質は、関税や貿易政策の在り方や利権をめぐって争われた戦争(p98,99)
・バイキング=食べ放題は日本人がつくった和声語、1957年帝国ホテルで、北欧ブッフェ形式の「スモーガスボード」が発音しにくかったので、北欧の人々を表す古い呼称「バイキング」が使われた。(p109)
・京都は、瀬戸内海の交易圏と、琵琶湖の交易圏をつなぐ中継都市としての機能があり、地政学上、日本の物流
を統括する位置にあった(p110)
・コロンブスが大西洋の探検を主張したとき、ポルトガル国王はすでに東回りのインド航路を開拓していたので、支援しなかった。そこでスペインに助けを求めた。新航路開拓で後れを取っていたスペインは援助した(p120)
・スペイン人が、アステカ王国、インカ帝国を征服できたのは、病原菌のため(p132)
・古今東西の歴史上の国家が、失業保険制度、社会福祉政策を実施するうえで、最も悩ましいのは、「働かない者」と「働けない者」をどのようにしていくか、補償対象をどのくらいの範囲にするか(p138)
・16世紀イギリス産の毛織物がヒットするので、羊毛の原料を増産するために、農地を牧草地に転換した、これを「囲い込み運動」といい、このため多くの農業労働者が浮浪者となった(p143)
・ドイツは統一されても国民意識は統一できていなかったので、ビスマルクは社会保障制度によって国民の連帯を形成しようとした。1883年に、疾病保険、1884年に災害保険、1889年に老齢保険を創設した。史上初の拠出型積立保険で、今日の社会保障制度の先駆け(p153)
・社会保障制度は「ネズミ講」と同じで、人口増大がとまれば、制度がただちに破綻するもの(p156)
・ローマは、1~2世紀末に、少子化問題に直面したので、結婚しない女性に独身税、相続権認めず、3人産むと家父長権から解放され、経済的に男と同等の権利を認められたが、少子化を止められなかった(p157)
・フランス民法では、財産の均等分割を認めていたので、財産規模が小さくなることを嫌がる人々は出産をひかえた(p159)
・アジア地域で、イギリス商船を守るために集団的自衛権を行使した日本が、欧州地域で苦戦しているイギリス本軍を見捨てたという事実は、イギリスやフランスを怒らせた(p175)
・集団的自衛権が行使された事例として、2001年アフガニスタン攻撃、イギリス・フランス・オーストラリアが米国支援のために行使、1990年は、アメリカ、イギリスが、ペルシャ湾地域のために行使、アフガニスタン侵攻では、ソ連がアフガニスタンのために行使、ベトナム戦争も(p187)
・集団的自衛権の三類型について、明確な基準がないのが問題(p189)
・イスラム教とキリスト教は文明の衝突は起きていない、スペインのグラナダ攻防戦にキリスト教勢力が勝ったが、イスラム様式のアルハンブラ宮殿を保護継承した、同様にイスラム教徒は、コンスタンティノープルにあった、アヤ・ソフィア聖堂の建物を継承している(p210)
・第二次世界大戦にて、ソ連の犠牲者とされるのは殆どが、ウクライナ人で、1000万人以上。ドイツ侵攻の際に前線にウクライナ兵を投入し、守らなかった(p246)
・オスマン帝国は、軍の統率権をイスラム教徒から選ばずに、キリスト教徒から選ぶことで、キリスト教徒を懐柔、両教徒の勢力の均衡の上に権力を強化した(p251)
・綿製品が毛製品と決定的に異なるのは、水洗いできること、欧州人は水洗いのできない不潔なウール衣料をきていたので病原菌に侵された、そして乳幼児の死亡率が高かった(p266)
・ドイツと朝鮮で経済成長に明暗が分かれたのは、民族の気質の問題ではなく、体制が異なっていたから。私有財産権が保証され、貯蓄促進、投資の金融メカニズムがあるほうが栄える(p297)
・我々は今でもローマ帝国とあまり変わらない生産システムに依拠している、奴隷という言葉は使わないが、それに等しいことが行われている。貧困層を大量に雇い入れて安い賃金で生産に従事させている(p310)
2015年5月5日作成 -
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地理的決定論という考え方から、地理的な条件から、世界の政治・経済、宗教などを読み解こうとする一冊。
地政学という言葉がよく聞かれるようになりましたが、こういう視点で歴史を見るのは非常におもしろいものです。著者は、ビジネスの最前線で戦うエリートたちが、今、こぞって学び直している「地理」は、目の前の事象の「なぜ?」を解き明かす、最強の「武器」となる、と冒頭で述べ、その重要性を指摘します。
本書では、様々なジャンルにおける事例を出していますので、興味深い話も多かったと思います。イギリスで産業革命が最初に起こった理由や、三角貿易誕生の背景、イスラム教が豚食を禁じている理由など。。一方で、水の豊富さや自然環境で政治体制や宗教観、文化の違いが出るといった話は、地理だけでは説明できない部分もあるのではと感じられます。ただ、こういう環境によって制約されることで国の戦略が変わってくるのは事実だと思いますので、こういった面も定期的に学んでいきたいと思います。
また、今後気候変更により、大きく変わっていく可能性を指摘しており、こちらの視点は非常に重要であると感じます。
▼気候、地形、資源の有無、海へのアクセス、隣国との①関係・・・。こうした「動かせない物理的な条件」が、その土地に住む人々の行動を規定し、経済活動のルールを決め、やがては政治システムや宗教観さえも形成していく。この因果関係のロジックを読み解くことこそが、本書が提案する「地理的思考」です。
▼地政学リスクとは、「地理」的な条件と、「政治」的な意思のズレから生じる摩擦熱のこと
・地理の強制力:変えられないもの。資源の場所、海への出口、隣国との距離、地形による防衛のしやすさなど。
・政治の意思:変えられるもの。国境線、同盟関係、貿易協定、国家の野心など。
▼日本、スイス、シンガポールといった、資源を持たない地理的に「貧しい」はずの国々が、なぜ今日、世界で豊かで自由な国になれたのか。それは、彼らが「人間こそが唯一の資源である」と覚悟を決めざるを得なかったからです。土地を掘っても何も出てこないから、人の頭脳を掘り下げるしかなかった。教育に投資し、技術を磨き、法制度を整えて、法制度を整えて、人が働きやすい環境を作るしかなかった。その、数百年におよぶ「地理的欠乏に対する工夫」の蓄積こそが、真の国富だったのです。
▼日本人が「無宗教だ」と言われることがありますが、それは間違いです。特定のドグマ(教養)を持たないだけで、「自然の摂理に従い、調和を乱さない」という、湿潤地帯特有の極めて強固な宗教観(アニミズム)を持っています。
▼ビジネスにおいても、相手が「砂漠の論理(契約と絶対的正義)」で動いているのか、「森の論理(調和と状況判断)」で動いているのかを見極めること。それは、グローバル社会での無用な衝突を避けるための、地理的思考の活用法なのです。
▼島国の人々の精神構造には、大陸に対して常に二つの矛盾した感情が同居しています。それは「憧れ」と「軽蔑」です。
▼「文化は取り入れるが、支配は受けない」「尊敬はするが、同化はしない」この絶妙な距離感こそが、島国根性の正体です。
▼「人間は変わるが、地理は変わらない」これが、これまでの地政学の大前提でした。
▼21世紀に入り、この大前提が根底から覆りつつあります。「地理そのものが、物理的に変化し始めた」のです。原因は二つあります。一つは「気候変動(地球温暖化)」による物理的な地形や気候帯の変化。もう一つは「テクノロジーの進化」による、人間の活動領域の劇的な拡大(宇宙空間への進出)です。
▼「地理」とは、山や川のことだけを指すのではありません。重力、温度、距離、資源の分布。人間が生きるために向き合わざるを得ない、あらゆる「物理的な制約」の総体が、地理なのです。
▼海という天然の防壁に守られ、豊かな雨と四季に恵まれたこの土地は、私たちに「和を尊ぶ心」と「独自の文化を育む余裕」を与えてくれました。しかし同時に、外の世界の過酷な生存競争に対する鈍感さと、変化を極端に嫌う同調圧力をも生み出しました。これからの時代、私たちは「島国」のメリットを最大限に活かしつつ、そのデメリットを自覚し、意識的に克服していかなければなりません。
<目次>
第1章 経済を地理から読み解く 富める国、貧しい国の地理的条件
第2章 金融を地理から読み解く マネーは「地形」に沿って流れる
第3章 政治を地理から読み解く 国家の「性格」は地図が作る
第4章 宗教を地理から読み解く 神は「環境」に宿る
第5章 国民性と文化を地理から読み解く 思想と地理の因果関係
終章 未来を地理から読み解く 変化する盤面と「新しい地図」 -
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「始まり」を告げる極東の巨人
最後に、東京市場です。シンガポールや香港の台頭により、東京の地位低下が叫ばれていますが、地政学的な視点で見れば、東京には他のアジア都市には真似できない決定的な役割があります。それは、「世界で最初に開く、本格的な巨大市場」という役割です。
日付変更線の関係上、オセアニア市場(ウェリントンやシドニー)が最も早く開きますが、参加者が少なく流動性が低いため、世界の機関投資家は「様子見」をします。真の意味で世界の市場が動き出すのは、巨大な実需を持つ日本勢が参入してくる「東京オープン(日本時間9時)」からです。
東京には、シンガポールにはない圧倒的な強みがあります。それは「実需の厚み」です。
日本はGDP世界4位の経済大国であり、トヨタやソニーといった巨大な輸出入企業を抱えています。「1ドルいくらになろうが、今日中に部品代をドルで払わなければならない」といった、投機ではない切実な実弾(実需)が、毎日必ず発生します。これが市場の底板となり、安定性を生んでいます。
ニューヨーク市場が閉じた後の「空白」を埋め、新しい1日のトレンドをセットする。 このアンカーおよび第一走者としての地理的役割は、どれほど経済が停滞しようとも、 東京から失われることはありません。
「曖昧さ」という生存戦略
現代のビジネスや外交の場において、よく「欧米人は白黒つけたがるが、日本人やインド人は曖昧にしたがる」と言われます。これは性格の問題ではなく、数千年にわたってインストールされてきた「地理的な遺伝子」の違いです。
乾燥地帯や寒冷地(一神教圏)では、ルールを明確にしないと生き残れませんでした。 契約社会や法治主義が発達したのはそのためです。一方、湿潤地带(多神教圏)では、白黒つけずに「和」を保つこと、状況に合わせて柔軟に変化することが、最も生存確率を高める方法でした。
日本人が「無宗教だ」と言われることがありますが、それは間違いです。特定のドグマ(教義)を持たないだけで、「自然の摂理に従い、調和を乱さない」という、湿潤地帯特有の極めて強固な宗教観(アニミズム)を持っています。
ビジネスにおいても、相手が「砂漠の論理(契約と絶対的正義)」で動いているのか、「森の論理(調和と状況判断)」で動いているのかを見極めること。それが、グローバル社会での無用な衝突を避けるための、地理的思考の活用法なのです。
島国との決定的な違い
こうして見ると、同じユーラシアの端にありながら、「島国」である日本と、「半島」である韓国の思考回路が、根本的に異なることがわかります。
日本(島国マインド)
・海に守られているため「他者」への警戒心が薄い。
・「話せばわかる」「水に流す」という解決法を好む。
・独自の文化をゆっくり醸成する余裕がある。
・国境が変わる恐怖を知らない。
韓国(半島マインド)
・陸続きの敵に晒されているため、「他者」への警戒心が極めて強い。
・「白黒つける」「絶対に忘れない」という解決法を好む。
・常に最新の国際情勢をキャッチアップし、変化しないと死ぬ。
・国境は常に動くものであり、油断すれば国が消える恐怖を知っている。 -
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世界史で読み解く天皇ブランド 宇山卓栄 悟空出版
はじめに選民主義ありきの天皇論なので
矛盾だらけ
天皇家の内情に干渉し目一杯口を挟みながら
世界に冠たる天皇の唯一性を崇める矛盾
天皇はシャーマニズムによる平安時代以降武士による君主制の風よけとしての
宗教的位置付けによって
君主が変われど決して矢面に立つことなく
その地位を失わずに来たのである
明治以降も建前上君主となっただけで
天皇すり替え説があるぐらいで
実質は政府と財界と軍属が政治を動かしていたのだ
男系継承でなければならないとか直系継承が望ましいとか主権者である国民が議論する現状の矛盾
著者は現状においても立憲君主制による帝国だと主張しているが
事実は米国の植民地であり
その傀儡政権の統治下にあるのが象徴天皇の実態である
日本は共和制による民主主義国家でも無いし君主国家でも無いのである
憲法も民主性を唱えながら第一条に天皇を担いでいる矛盾を孕んでいる -
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今年(2024)のGWの大掃除で発掘された本のレビューは大方終わりましたが、その前に娘夫婦が宿泊した時に大慌てでスースケースにしまい込んだ本があり、それらの本のレビュー書きを終了させたく思っています。
記録によれば、日本ではコロナ緊急体制が出された2年程前(2022.7)に読み終えた本です。宇山氏の歴史に関する本はこれで6冊目となりますが、レビューを書きながら中身を振り返りたく思います。
以下は気になったポイントです。
・中国の統一王朝で漢字を使う漢民族が作った王朝は9つある中で、秦、漢、晋、明の四つしかない。秦と晋は短命政権なので、わずか漢と明だけが実質的な漢民族の統一政権である(p17)瑞や唐を作ったのは漢民族ではないので中華帝国ではない、隋の建国者・楊氏も、唐の建国者・李氏も鮮卑民族というモンゴル人の出身である(p18)
・中国では黄河文明とともに長江文明も栄えており稲作も盛んであった遺跡が多く見つかっているが、教科書などにはほとんど扱われていない。理由は、黄河文明を擁した漢民族こそが中国唯一の文明の発現者であるという定型的な中華思想があるから(p27)元々甲賀流域と長江流域とでは、言語や文化の異なる民族が住んでいた、黄河には、シナ・チベット語派の漢民族、長江流域には中国語と関係がないオースロアジア語派(東南アジアのインドネシア半島系)が住んでいた。(p29)黄河文明では甲骨文字、長江文明では、紀元前4世紀、秦に征服されるまで巴燭文字が使われていた(p31)
・長江文明の民が黄河文明に追われ、南西の貴州省や雲南省に逃れて苗族となったとされるが、苗族の子孫の村が日本の古代の村と似ており、急勾配の山地に棚田を作ったり、醤油や味噌の発酵食品を食べることも日本人と共通している(p33)
・GDPの推計(OECDやマディソンによる)では、1820年中国のGDPのシェアはトップであり、欧州全部を合わせても及ばない、当時の清王朝が世界経済において巨大であった、しかし、1820年を境に中国は急激な衰退に向かっている、欧州が覇権を握り、世界を支配していった(p47)
・中国の市場では、イギリスが機械で大量生産した綿製品よりも、中国人が手で織った綿製品の方が安かったので、アヘン戦争でかったイギリスの綿製品は中国では売れなかった。このような状況はインドでもそのまま当てはまった。日本の場合は19世紀の労働コストは中国よりも高く明治維新後は一気に各産業で機械化が進む。中国は商品作物(茶、砂糖、タバコ、桑)の生産が盛んで、大きな利益を上げていたので土地の痩せたイギリスなどとは異なり、あえて工業化する必然性はなかった。(p51)
・イギリスはインドに進出することで画期的な商品(キャラコと呼ばれるインド産の綿製品)に出会った、軽くて丈夫、通気性良いくシャツにも製品化しやすかった。綿花を栽培できない欧州では毛織物が主流、重くて嵩張り加工が困難であった。綿製品が決定的に違うのは、水洗いできること、欧州人は水洗いできない不潔なウール衣料を着ていたので、病原菌に侵されやすく、乳幼児の死亡率が高かった、清潔な綿製品導入により乳児死亡率が劇的に改善される(p52)
・経済学者・シュンペーターによると、経済成長には、1)資本の蓄積、2)技術革新(イノベーション)、3)人口増大、の三つの要件が必要である。イギリスはこの3つの要件が全て揃っていた。中国には技術革新の要件を欠いていた(p54)
・日本人はモンゴロイド系人種の種々雑多な混合民族で形成されていて彼らがやってきたルートは四つ、1)琉球諸島経由(マレー系南方系海洋民)の沖縄ルート、2)東シナ海経由(中国長江流域民)の九州ルート、3)朝鮮半島から対馬経由(黄河流域民)する対馬ルート、4)サハリン経由(北方遊牧民)の北海道ルートである(p58)
・日本語は朝鮮半島の南西部に建国された、ツングース系の古代国家の百済で使われていた言語に共通性があったという指摘がある、古代において日本は任那日本府を中心に朝鮮半島南西部を統治しており、百済と日本は密接な関係であった(p69)
・朝鮮は歴史的に独立した国家ではなく、中国の属国であった、そのため朝鮮の王は「陛下」ではなく一段格下の「殿下」で呼ばれていた。中国皇帝の配下である朝鮮王は「陛下」と呼ばれる一国の主権者でなかった、その世継ぎも「太子」ではなく、一段格下の「世子」と呼ばれる。朝鮮王には「万歳」は使われない、万歳は中国皇帝のみに使われるもので、朝鮮王には「千歳」が使われた、これは「華夷秩序」と呼ばれる(p75)
・日本書紀によると初代天皇の神武天皇の即位日が、紀元前660年(辛酉(しんゆう):天変地異が起きやすく改元されることもある年)1月1日とされ、それをグレゴリオ暦に換算すると「2月11日」になる(p78)古代日本が1年を2年とする年数を使用していた(春に耕し、秋に収穫したことを計算して年紀となす)を想定し、計算をやり直すと、推古天皇以降の歴代天皇の生没年は実年を当てているとされているので、そこから遡って春秋歴を実年で計算すると、神武天皇の即位は「紀元前36年」となる(p79)
・唐は百済討伐のために、13万もの大軍を朝鮮半島に覇権した、新羅軍は5万で合計18万の連合軍に日本はなぜ挑もうとしたのか、日本は4万7000の軍を送ったが勝てる公算はほとんどない。当時の孝明天皇(中大兄皇子:後の天智天皇の母)自らが出陣している、天皇が自ら外政に乗り出すというのは、日本史上、この一件しかない。(p89)
・1609年薩摩藩は、江戸幕府の許可を得て、琉球に侵攻し、尚寧王を捕え、江戸に連行した。秀忠は琉球王の地位存続を認める代わりに、琉球を薩摩に藩属させた(p99)1872年、明治政府は琉球を薩摩藩の支配から切り離し、政府管轄として琉球藩とした。この時、外国との直接交渉は禁止され、琉球の尚泰王は藩知事となる、琉球王は君主としての立場を失い、王室の一族は華族となる。1871年に廃藩置県を実行しているので、政府は琉球藩を廃して沖縄県にしようとしたが、琉球の宗主権を主張する清王朝が抵抗した(p101)1879年に沖縄の廃藩置県(いわゆる琉球処分)が実行されて、琉球藩は正式に沖縄県となり完全に日本の領土に組み込まれ、歴史的に続いた中国との良俗状態が解消される(p101)
・中国の支配が及ぶべきでない独立文明圏は、南モンゴル(内モンゴル自治区)、雲南、新疆ウイグル、チベット自治区などがある(p175)
・北モンゴルはロシア帝政派とソビエト政権の代理戦争となり最終的には共産主義者が勝利、北モンゴルは1924年、世界史上2番目の社会主義国としてモンゴル人民共和国となった。民族の英雄チンギス・ハンの名を名乗ることも許されなかった、1991年ソ連が解体されると、モンゴルは社会主義を放棄し、1992年「モンゴル国」と改称した(p187)
・14世紀には、イル・ハン国などのモンゴル人の後継政権であるティムール帝国がイスラム教国家として建国される。建国者ティムールは、その出自に説いて、トルコ人やモンゴル人の血が混ざっているが、チンギス・ハンの後継者を自称し、モンゴルを支持基盤として台頭した、首都をシルクロードの要衝、サマルカンドに置き、東西交易とともに発展した(’p123)sその後、3国に分裂、この3国を総称して「ウズベク3ハン国」と呼ぶ、トルコ系のこの国は強大な力を持ち、イスラム世界の盟主であったオスマン帝国、イランのサファヴィー朝にも屈しなかったが、19世紀後半にロシアには征服されてロシア支配がソ連商会まで続く(p124)
・中国の不当支配をウイグル人は被っているが、中央アジア諸国は同胞のウイグル人を助けようとしない、中央アジア5カ国のうち、新疆に接するのは、カザフスタン・キルギス・タジキスタンの3カ国だが、これらの国は中国から経済支援を受けている。1996年、中国・ロシア・カザフスタン・キルギス・タジキスタンの5カ国による、上海協力機構を結成し、中国からの経済支援を引き換えに、ウイグル人分離独立運動に介入しないと約束している(p231)
・アフガニスタンは、中国文化圏、インド文化圏、中東文化圏、中央アジア文化圏の結節点にあり、古来「文明の十字路」として要衝の地であった。シルクロードが横断するアフガニスタンを征することは東西交易を征することと同じであり、多様な勢力がアフガニスタンをめぐり争奪戦を続けてきた。イギリス、ソ連、アメリカが侵攻したが失敗している(p242)
2022年7月25日読破
2024年8月2日作成