戸高一成のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
本書は、「失敗の歴史」の教訓とある
1941年12月08日から1945年08月15日に至る、太平洋戦争を、海戦というフィルターでみたドキュメンタリーである。
冒頭にある次のことばこそ、日本の運命を決めた、足掛け5年の戦争の重みである。
「日本の歴史を振り返るとき、太平洋戦争の持つ意味は極めて大きいと言わなくてはならない。それは失敗の歴史こそ、大きな教訓を含んでいるからに他ならない。」
・真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、ガダルカナル島攻防に関わるソロモン諸島での諸海戦も、戦局の流れを方向づけているが、海軍としての決戦意識から見れば、それは、マリアナ沖海戦(あ号作戦)とレイテ沖海戦(捷1号作戦)となる。
・マリアナ沖海戦が、日本海軍の真の決戦であり、マリアナ沖海戦の敗北こそが日本海軍の敗北を決定づけた戦いであったという事ができる。
・レイテ沖海戦の特徴は、日本海軍の水上艦隊の事実上の消滅であり、作戦指導の破綻の象徴として特攻作戦の実施であるといえる。
・連合艦隊第一主義と艦隊決戦主義への偏重は、太平洋戦争の展開において、きわめて大きな弊害をもたらした。連合艦隊は早期の艦隊決戦を追求しつづけ、その作戦が破綻して戦力を使い果たしたのちは、いたずらに特攻作戦のみによって戦死者を増やすだけに終始した。
気になったものは、以下です。
【真珠湾攻撃】
・部内一般では対米衝突不可避という認識のもの、航空機の要素強化が加えられた
・日本海軍の潜水艦はあくまで敵主力艦隊漸減のためのものであって、郵送船を攻撃するために適してはいなかった
・日本海軍の艦隊派の根底にある考えとは、戦術的先制と奇襲による短期決戦重視の思想であった。
・かねて山本五十六は、海軍伝統の迎撃作戦計画では敵艦隊を撃滅するような戦果は到底期待できないと考えていた
・対米迎撃作戦の図上演習でも、日本海軍は一回も徹底的な勝利を得ることができず、中途半端な戦果で演習中止を余儀なくされるのが常であった
・海軍内の強硬派は、興隆いちじるしかったナチスドイツをかねて高く評価し、第二次世界大戦勃発後は、ほどなく、イギリスがドイツに屈服するものと予測していた。
・山本は、1940年11月自身の主宰によって蘭印攻略作戦の図上演習を実施したのである。その結果は、「蘭印攻略によって日本は米英相手の戦争は避けられない」というものであった
・日米開戦やむなしとなれば緒戦で真珠湾を攻撃して敵艦隊主力を撃滅すると提唱し、その本格的研究を推し進めた当事者が山本五十六であることは疑いない事実である
・山本は「自分は連合艦隊長官として、どんな犠牲を払っても真珠湾攻撃をする決心だ。今後はこの計画を進めるように全力を尽くしてくれ」と応じて彼らの反対を封じた。
・山本は理詰めに根気よく説得するタイプの指揮官ではなく、「断固たる決意」の表明のみをもって反対論をねじ伏せるスタイルで構想を実現した。
・対米戦争は、尋常一様の方法で遂行できるものでは到底ない。開戦劈頭に航空部隊で真珠湾を空襲するしか方法はないが、それは部隊の全滅を賭した理外の戦法なのである。
・航空機の威力を重視して作戦を構想した山本からすれば、ハワイ所在の米艦隊の第一目標は当然、空母でなくてはならない。ところが、連合艦隊司令部が目標の第一順位に定めたのは、「戦艦の撃沈」であり、空母の目標順位はその次であった。
・むしろ機動部隊が空母を第一目標とするよう要望したのだが、山本長官によって却下されているのである。
・空母機動部隊の有効性をいち早く認めたのは日本海軍であったが、大規模な変革に乗り出したのはむしろ米海軍であった。
【ミッドウェー・ガダルカナル】
・真珠湾航空攻撃作戦の最大の問題は、日本国民はもとより、日本海軍の当局者もすべて攻撃の成功にすっかり酔ってしまい、作戦実施上の問題を真剣に検討しなかったことである。その結果、以降の作戦計画も機密保持も非常に杜撰なものとなり、連合艦隊司令部のスタッフは、軍令部の意向をほとんど無視して作成を立案するまで増長していった。
・南雲機動部隊が敵の航空攻撃をうけたときに、空母が全滅、あるいはそれに近い大損害を蒙る恐れがあるということはハワイ作戦、ミッドウェー作戦それぞれの検討における図上演習で予測されていた。
・ミッドウェー海戦の現実がこの図上演習通りの結果を招いたのも当然の帰結であったと言える。
・軍令部は、天皇に虚偽の上奏をしたのである
・ミッドウェー海戦の敗戦によって、山本五十六の意図した積極攻勢決戦の構想は挫折した
・ミッドウェーで山本構想が破れたあとは、日本の国力から補給線の長さを考慮し、多くの地上兵力を伴う作戦線は、のちに決定された絶対国防圏に限定して、それ以上の遠方は艦艇・航空機のみの機動作戦に依頼するのが適当であった
・ガダルカナル島の戦いでは、日本海軍の動向は敵艦隊の撃滅に集中しており、陸軍部隊に対する支援は全く有効でなかった。
・攻勢から見れば、太平洋戦争の勝敗は、ガタルカナル島争奪戦が終了した時点で決したといえる。
・海軍は絶対国防圏の決定にもかかわらず、早期決戦の願望に囚われ、従来の作戦を継続して実施した。
【マリアナ沖・レイテ沖】
・遅きに逸した艦隊決戦から、空母・航空機決戦
・高度測定用レーダーにより、米軍は、戦闘機をもっとも効果的な攻撃位置に誘導できた。
・戦艦武蔵に重大の弱点があり館長に共有されていなかった。
・レイテ沖での敗北で、日本海軍は壊滅的な打撃をうけた。
【特攻】
・マリアナ攻防で艦隊を失った事で、日米の戦力の差は決定的なものであり、通常の攻撃では日本側に勝ち目がなくなっていた。
・そこで生み出されたのが、特攻であった。
・合理的な作戦がすべて破綻したとき、残っていた作戦が非合理であったことは、あるいは、自然なことだったかもしれない。
・源田参謀は、ミッドウェー以後の作戦は、搭乗員の生命は作戦の遂行のあめにはあえて考慮しないという、恐るべき方針を打ち出していた。
・大和の最後、乗員3332名のうち、戦死者3056名、救出されたのは、わずか、276名に過ぎなかった。
・米国では、「将兵が死ななくてもよい場所で無駄に命をおとしたのではないか」ということで裁判が引き起こされた。
・一方、太平洋戦争における日本軍の反省を記した書籍や、雑誌を見ると、将兵の義務、責任、そして権利といったものについての考察はほとんどない。
(結論として最後の言葉は以下である。)
・軍隊の本体が人間の集団である以上将兵の一人の人間としての権利と義務に基づく立場の確立こそ、精強な軍隊の第一歩であると考えるべきであり、日本軍についてもこの観点から研究がさらに必要と思われる。
はじめに 「失敗の歴史」の教訓
第1章 真珠湾攻撃と山本五十六の真意
第2章 ミッドウェー海戦の敗北、そして消耗戦へ
第3章 連合艦隊の壊滅 マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦
終章 「全軍特攻」と化す日本海軍
おわりに
参考資料・参考文献/図版出典
ISBN:9784041100837
出版社:KADOKAWA
判型:新書
ページ数:218,3ページ
定価:724円(本体)
発行年月日:2011年11月10日初版発行 -
Posted by ブクログ
当事者たちが亡くなる現在だからこそ重要な議論。軍事研究の泰斗二人が語る資料、オーラルヒストリーなど調査の留意点。
今年読んだ本の中でベストワンかもしれない。二名の歴史研究家が、調査の過程で身につけたワザ、バイアスについて語る。資料そのものには記載されていないが、重要な視点を多く指摘している。
書籍だからといって100%は信用できないという。海軍は戦後もヒエラルキーが生き続け、通史と違う内容の記載は否定されたという。戦闘詳報など公文書も同様。言われてみれば当たり前だが軍人は国家公務員。自分たちの組織に都合の悪いことは書かない。
公文書、私文書とオーラルヒストリー。それぞれの長所がある。ほとんどの関係者が亡くなった今、お二人のように旧軍人との接点が異常なほど多かったことがありがたい。そして本書でその経験を後世に伝えようとする姿勢も素晴らしい。
澤地久枝、吉村昭の取材スタイルを絶賛しているところも本読みとして面白い。
今や戦争を知らない世代がさらに知らない世代に伝承していく時代。残された資料そのまま信用するわけにもいかないし、証言も記憶の変化、バイアスがかかっていることもある。そんな状況でどのように資料に向き合うか、本書は貴重な視点を与えてくれる。 -
Posted by ブクログ
対談形式でかなりマニアックな書。本当はとか、背景にはとか、現代にも往々にして存在する忖度がサラッと書いてある。故の信憑性を感じたり、歴史書には表っつらしか書かれていないちょっとした真実が垣間見れとても考えさせられました。
特に山本五十六が何故選ばれたのかについては成る程と驚嘆だった。
取材した時には、涙して聞いていたが原稿が上がってくるとそこまで書かれていないとか。人って…とか、寝て起きたら気持ちが変わる…とか、取材側も色々大変そうだ。
書籍でも版によっては書かれている事が変わっているものもあるそうで、著者のピックアップも関心度がまします。
取材と出版で数名の作家の名が上がっているが、吉村昭さんは読み手からしても感じていた取材に対する真摯さはこちらでも評価してが高く、やっぱりそうでしょと思いながら読んだ。 -
Posted by ブクログ
大和型戦艦の設計思想と造船技術について深く知ることのできる本。設計に携わった技術将校である著者が,敗戦時の焼却命令にもかかわらず私蔵していた資料をもとに執筆した文章に,大和ミュージアムの所蔵写真・図面等を加えた,非常に史料価値の高いものになっている。
一般書籍としては,戦艦大和の技術面の記述がこれ以上詳細にわたるものはないようだ。大和の戦歴や乗組員の生活・運命,そちらにより興味がある人には少し退屈かも知れないが,機械や技術に目がない人なら夢中で読破すること請け合いだ。
例えば防御の設計では,直接防御(装甲)と間接防御(水密区画と注排水)についてそれぞれかなり詳しい説明を加えている。砲弾と爆弾と魚雷で艦の被害様相がどのように異なるかや,あの41cm厚の舷側甲鉄の傾斜の決め方など,膝を打つ情報が満載でとてもためになる。(ちなみに大和型では,装甲の設計条件は舷側では距離20km,甲板では30kmからの射撃に耐えることとしたそうだ)
ユトランド沖海戦の戦訓から至近に着水した砲弾も大きな威力を維持することが分かり,それが甲鉄を水線下まで延ばす設計に繋がったこと,また逆に着水後も威力を落とさぬよう砲弾の被帽に工夫が施されたことなど,攻撃と防御のせめぎあいの中で作られていった技術史としても興味深い内容が多い。
空前絶後の攻撃力・防御力を備えた大和型戦艦の技術を記した第一部のほか,第二部では開戦前に帝国海軍が経験した技術的問題についても大きく扱っていて興味深い。
著者の松本氏も究明に関わった昭和九年と十年の事故がそれで,前者が水雷艇友鶴の転覆事故,後者が特型駆逐艦初雪の切断事故だ。
友鶴は兵装の重量過大のために重心が高くなってしまい,荒天の中,復原力不足により転覆に至り,ドックに曳航されるも浸水により百名が殉職,生存者は13名。艇内の壁面等には「天皇陛下万歳」などの遺書が多数見られたという。
初雪は台風の大波により強い縦曲げがかかり,強度不足によって艦首から1/4の位置で切断され,その艦首部は沈没,殉職25名という惨事を起こしている。波の波長は艦長と同程度の100-150m,波高がその約1/10という想定外の厳しい海象だったとはいえ,初雪を含む第四艦隊の他の艦も大きな被害を受け,海軍関係者に大きな衝撃をもたらしたそうだ。
ともあれ,これらの事故の教訓に基づいて,海軍艦艇の安定性と強度の見直しが急遽行われた。
失敗に学び,その後の改善につなげるという,技術の発展になくてはならないサイクルが,明治以降きちんと回ってきた一例であろう。 -
Posted by ブクログ
対談の形で進行するが、整理されているのと、注釈が細かくつけられているため、非常に読みやすくわかりやすい。
本書の最後に、各人が書いた文章があり、その主題で、それぞれがどこに主眼を置いているのかがわかる。それを前提としてもう一度読み直すのも興味深いと思う。
「永遠の0」で、本当にこんな戦争だったのだろうかという疑問がわいた。小説は史実ではない。
そしてこの本を読んだのだが、戦争というものがはじまり、継続していくということが、こういう形で行われていたのか、という再確認でもあった。国を存続させるために、やむなく開戦に至ったのだという認識を改めざるを得なかった。
日本人とはどういう民族なんだろう、という混乱も起きる。 -
Posted by ブクログ
「海軍反省会」全131回の内容をそのまま残すために発刊されている、『[証言録]海軍反省会』の第四巻。
第31回から第37回までの議論が収録されている。
主だった内容は、第32回における、軍令部参謀三代一就氏の、ハワイ作戦決定までの、軍令部と連合艦隊の衝突といってよいほどの対立が興味深い。
第34回では、日本軍の捕虜問題と、船が沈没するとき、艦長が船と運命をともにするという、いわば習慣について議論されている。
第37回では、ゲストとして第一委員会の高田利種元少将が出席し、海軍時代の及川古志郎大将が世に誤解されているとして、その思い出を語っている。
巻末に、末国正雄氏の「指揮官の所在位置と指揮について」の論文を資料として付す。 -
Posted by ブクログ
6名のそうそうたる面々が大東亜戦争を討議。討議のかたちだが文章がうまく補足されてるので、戦史全体像と事件経緯もよく分かる。注釈も見開きごとにあるし。
日本の戦略性ゼロというか「エイ、ヤー」の勢いってのはこんなにもヒドかったのか。かなりコキ下ろす一方で、昭和天皇の評価は高い。天皇と大元帥の二役で苦しいなか最大限の情報発信をしてきたと。
それにしても「バスに乗り遅れるな」の勢いって、いまのTPPで騒いでんのといっしょだろ。日本人ってホントに歴史から学ばない民族なんだなあとつくづく思った。逆に外国からみればそれが不思議以上に得体の知れない恐怖を感じるのかもしれない。
あの戦争で日本人は「攻勢の限界点」を軽々超えてしまった。ちょっとずつ目標上げてくうちに、いよいよ収拾つかなくなるというのは日本人の癖らしい。ユニクロもヤマダ電機も身のほどを知らんといかん。