伊井直行のレビュー一覧
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街を左右に分断する激流と、それをつなぐ改築に改築を重ねた異形の橋。それを取り巻く左岸と右岸の人々の物語。連作短編。
帯に「寓話的都市」とある通り、この街は現実の都市には似ていない。左岸と右岸にまたがる露骨な格差、文化の違い、想像を絶する大渋滞、役所の無能、ずさんな工事、利権がらみの政治、街に支配的な4つの姓から感じられる閉鎖性・・・。週刊誌をにぎわすようなありきたりな噂話の数々。
解説にある通り、現実に比べてこの小説に登場する世界は分かりやす過ぎる。ステレオタイプだ。
にも関わらずこの話は面白い。
この前読んだベルンハルトの『消去』で、芸術とは誇張だ、誇張こそが実存へ架橋する手段だ、とい -
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笙野頼子の解説にあるとおり、濁った激流にかかる「橋」が人格化したように存在感をもち、それに翻弄されるかのような住民たちをめぐる連作短篇。橋が意志をもっているかのような描写は、まさにカフカの「橋」を連想させます。
考えてみれば、伊井さんは『草のかんむり』でカフカ的な変身譚を書いていました。しかし、それは氏の作品の魅力が「カフカ的」という言葉で済ませられるということではなく、むしろ「~的」と形容すればするほど微妙かつ確実にズレているような気にさせるところに氏の魅力があるのです――と言ったとたん、また微妙かつ確実にズレているような気がしてくるのです。 -
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激流によって二分された町、唯一架かる増殖する巨大な橋、左岸と右岸に分かれて住む市民。9つの短篇で描かれる町はどこかにありそうな町では決してない。この町は現実にある町のどのリアリティにも属さないのにもかかわらず、現実の町の全てに思い当たる部分を見出すことができる。変な頭を持つ一族、常軌を逸した恋愛譚、自己増殖のように膨らむ巨大な橋、広大で濁った激流。現実を寓話的に扱ったり、非現実的に描いて、逆にリアリティを獲得する作品は多くあるが、これはわざわざ捨て去ったリアリティをいったん再構築していながら、次元の違う現実感を得ていると思う。それは舞台の書き割りのようなセット世界ともいえるのだが、世界をそのよ
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どなたかの「会社員とは何か?」の感想を読んで、読んでみたくなった記憶が……。
そしてだいぶ長いこと積んであった……。
伊井直行氏の著作を読むのは初めて、たぶんお名前すら、しかとは存じ上げなかったんだけど……。
おもしろかった! これ、もっともっと話題になってもいいと思うんだけど!(いやわたしが知らないだけで話題になってたのか?)
すごく好きな感じだった。わたしはこういう小説をもっと読みたい!
主人公は家庭環境が複雑で今はハケンで仕事している青年、その義理の弟でひきこもりの青年、ベトナムから難民として入国して団地にすんでる人々、となかなか困難な状況の人々ばかりで、主人公は未来にまったく希望がも -
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著者は<会社という条件の中で生きる人間とその関係を描くことで>成り立っている小説を「会社員小説」と定義する。このカテゴリを見いだしたことは、文学にとってひとつの収穫だとおもう。とくに<企業や業界、そこで働く人々や事件などを扱った小説>である「経済小説」とは明確な線を引いた。この分野において登場人物は、効率的に情報を伝えるために比較的紋切り型に近いキャラクターとして使われるからだという。「会社員小説」は「経済小説」とは違い<人間を描くことが、手段ではなく目的であるような世界>―つまり、近代文学の世界の作品を指すのだとする。
具体論に入ると、まず取り上げている作品の趣味がいいなぁと感じる。会社 -
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ネタバレ伊井直行『さして重要でない一日』講談社文芸文庫版。
以前読んでいたんだけど解説が柴田元幸せんせいということで再読。
「会社員小説」という特異なジャンルを切り開いた作家の初期作品で野間文芸賞受賞作。
地の文の与える奇妙な印象はいろんなところで言われるけど、
それこそ「会社」というなんだかわからんものの体内で生きている
「会社員」っつう奇妙な生物の住む環境のアレゴリーでござろうな。
一人称と三人称が溶けたような、誰の視線かわからない眼に監視されて
(しかもその視線は彼の眼にすら起源している瞬間がある)動き続ける「彼」。
テキストの間から実存のうえに、不可思議な「相」が立ち現われてくる。
生々しい -
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週刊ブックレビューのお勧めを見ていてタイトルにググッツと来たので買ってみた。実は、このタイトルが示唆するような「何もないような話」というのがすごく好きなので。この分野(?)での個人的ナンバー1は保坂さんの「カンバセイション・ピース」なのですけども。柴崎友香さんもその流れで大好き。
残念なことに読み始めて直ぐに気付いたのだけど、この本はタイトルが言うほど何も無い日常の中の特異さみたいなものは描かれておらず、むしろきわめてフィクショナルな設定のストーリー性が少々鼻につく小説という感じがする。どうせそういうことなら、三崎亜記みたいに不自然な枠組みの中でとことん日常に徹する(それでいて物凄い皮肉が