大久保博のレビュー一覧
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ウォルトディズニーが少年時代に愛読していたと知り、同じように感じで見たくて完訳を読んでみた。
1876年に書かれた、更に外国の児童文学を読むなんて初めてで途中で挫折すると思いきや、最後までワクワクしながら読んでしまった。1989年生まれ。
特に当時の子どもの姿が生き生きしていたのが印象的だった。
おもちゃや公園がなくても小さな虫を眺めたりいじったり。ゴミのガラクタを物々交換したり。私も子ども時代があり、今子育て中なのだが、子どもは何も与えなくても自ら生み出す力があるんだと再認識させてくれた。
またトムの女の子に対する態度やベッキーの乙女心も懐かしい様に思う。彼らのように甘酸っぱい、悔し -
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1876年に出版されたアメリカの小説。ミシシッピー川のほとりの小さな町に暮らす少年トム・ソーヤーが仲間たちと共に繰り広げる事件や冒険をユーモアたっぷりに描く。今作の続編である『ハックルベリ・フィンの冒険』と併せて、後のアメリカ文学に大きな影響を与えた。
この本を読んだきっかけは、カート・ヴォネガットが最も影響を受けた作家にトウェインを挙げていたからだ。二人の語り口は、とても良く似ている。しかしさらに調べてみるとアメリカの作家が一様にトウェインの名を挙げていた。
『トム・ソーヤーの冒険』のタイトルは誰でも知っている。児童書で大人が読むものではないように思っていた。しかしこうして読んでみる -
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ネタバレ私は純粋に、冒険小説としてこの物語を楽しみました。各章ごとに続きが早く読みたくなるように物語が展開されており、ハックと同じようにハラハラドキドキしていました。しかし、冒頭で著者のマーク・トゥウェインが述べているように、この本の主題は単なるハックの大冒険ではありません。一連の物語を通して、著者はものすごく深いメッセージを読者に送っていたのです。最近の小説でも、物語を通して何かメッセージを発信することはよくありますが、大抵の場合はメッセージの方が物語よりも意識されすぎているか、メッセージが高度すぎて物語の面白みが欠けるかのどちらかになってしまっているように思います。この本のすごいところは、メッセー
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ハック・フィンとの冒険が終わってしまった。
これが、この本を読み終わったときの最初の感情だった。
この本は、たくさんのものが詰まっている。
黒人奴隷、キリスト教的道徳観、詐欺、集団リンチ等々。
そういう点は非常に興味深く映る。
ただ、なにより主人公ハック・フィンが魅力的なのだ。
自由を求めて、故郷も財産も捨て冒険に出るハック。ハックは人を助けるときや物を盗むとき、それは善いことなのか、正しいことなのか、いつだって一生懸命悩み、考える。賢いわけでも格好いいわけでもない。だが、たまらなく愛しいのだ。
著者は冒頭にこう記している。
「この物語に主題を見つけようとする者は、告訴されるであろう。教 -
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ハックの精神的成長を描いた作品。
黒人奴隷ジムの逃亡幇助をめぐる、
人間的かつ道徳的な「健全な判断を下せる心」と
奴隷制度を容認する南部社会が生んだ「歪んだ良心」との葛藤が素晴らしい。
原子力発電の推進を援護する方々に、ハックが持っているような「人間として何が正しいか」という意識を持ってもらいたい。
まあ表向きにはハックの成長がこの小説のテーマみたいになってるけど、(おそらくそれはトウェインが講演旅行の下準備のノートブックでの言葉がそうさせている。すなわちトウェインは、道徳的危機に際して、へたな修練を積んだ良心などというものよりも健全な判断を下せる心が、より安全に人を導いてくれ -
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Pipoさん、ありがとうございます!堪能しました。「SFの元祖」(カヴァーより)とか、どーでもいいです。…、ってくらいに、面白かった、です。面白がりながら、ちょっと切なくなったりもしました。例によって引用しますが、「コネチカット生まれのちゃきちゃきヤンキー」「中世円卓の騎士」「アーサー王」「…現代文明を痛烈に批判」、なんて謳い文句を「ほほー、面白い!」と感じる方に、お薦めします。何よりも、マーク・トウェインはジャーナリストだったんだ、ということを、身に凍みて思い知らされました。もちろんパロディではあるけれど、単に「オモシロオカシイ」だけのパロじゃ、ない(これこそ、ホンモノのパロディの真髄です)
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人間は外部からの影響でしか何かを生み出すことができないという刺激的かつ挑戦的な論が展開され、非常に興味深かった。
特に、善行の話は凄く面白かった。人が善行するとき、その人は外からの目線や、自分の良心に耐えられないなど結局は自分自身を第一に考えているというのは凄く納得してしまった。
人間は機械だとするこの論は一見酷いものだと思うかもしれないが、勇気づけられる人もいるのではないかと思った。とある選択をずっと後悔して悩んでいる人や、自分の勇気の無さに嘆いている人などには救いとなるような気がする。ともかく、これが良い悪いではなく、一つの考えとして吸収できて良かった。 -
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1885年発行。口語体で書かれたはじめての小説。ヘミングウェイがあらゆるアメリカ文学は本作に由来すると言ったことでも有名。
前作『トム・ソーヤーの冒険』(以後『トム・ソーヤー』)で大金を得て、養子となったハックルベリ・フィン(以後ハック)が窮屈な暮らしから脱出し、逃亡奴隷のジムとともに自由を求めてミシシッピ川を下る冒険に出る。
前作『トム・ソーヤー』が、少年と退屈との戦いを描いた無邪気な物語であるのに対し、本作では子どもの目線で描きつつも、アメリカ南部の社会を皮肉を交えて痛烈に批判している。
明るい『トム・ソーヤー』の続きを期待してしまったために、背後に流れる暗い影に一度は本を閉じてし -
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■評価
★★★★☆
■感想
◯人間とは機械であると主張する老人と、それを否定しようとする青年の対話。
◯「自己の精神を満足させることが、行動原理の全て」とする考え方は、かなり納得感があった。
◯サイコパスの考え方は、実は本質的なのかもと考えさせられる作品だった。
◯鉄を精錬・加工していくアナロジー(鋼鉄・銑鉄・鋼で、不要な成分を除いて性質を向上させていく)は、非常にわかりやすく、面白く読無事ができた。
◯金の延べ棒に水蒸気を吹きつけても変化しないけど、気化水銀を吹きかけると溶け出てしまう話や、鉄の精錬の話のアナロジーも面白い。外部からの影響力でいかに左右されるかというのと、それを受けうる気質 -
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『トムソーヤの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』で知られるマーク・トウェインのタイム・スリップ小説。
イギリスのウォリック城を見学していた”私”が、奇妙な男に出会うところから物語が始まります。その男の話す内容は、アーサー王と円卓の騎士について、まるでその時代にいたかのような口ぶりです。驚きから我に帰るといつの間にか男の姿はなく、夕刻に宿泊先のホテルにいると、男が部屋に訪ねてきて自分の来歴を語りだしました。
男の父は鍛冶屋、叔父は蹄鉄工で、2人の元で手先の腕を磨き、軍需工場に勤めてからは、当時考えられるあらゆる技術を身に付けて現場監督の親玉にまでなります。しかし、手下と喧嘩して鉄梃で殴