大久保博のレビュー一覧
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1885年発行。口語体で書かれたはじめての小説。ヘミングウェイがあらゆるアメリカ文学は本作に由来すると言ったことでも有名。
前作『トム・ソーヤーの冒険』(以後『トム・ソーヤー』)で大金を得て、養子となったハックルベリ・フィン(以後ハック)が窮屈な暮らしから脱出し、逃亡奴隷のジムとともに自由を求めてミシシッピ川を下る冒険に出る。
前作『トム・ソーヤー』が、少年と退屈との戦いを描いた無邪気な物語であるのに対し、本作では子どもの目線で描きつつも、アメリカ南部の社会を皮肉を交えて痛烈に批判している。
明るい『トム・ソーヤー』の続きを期待してしまったために、背後に流れる暗い影に一度は本を閉じてしまっていたが、本作を黒人奴隷目線でリライトした小説『ジェイムズ』が刊行されたのを機に、最後まで読んだ。(この『ジェイムズ』が問題で、この小説を読んでしまうと本作の見方が大きく変わってしまう。もはや切り離せないので、本作の考察は『ジェイムズ』の感想にまとめた)
後半の皮肉や社会風刺はこれぞマーク・トウェイン!実に痛快で楽しく読んだ。それでも読後に振り返ると寂しさが残る。ハックはとても残酷な世界で暮らしている。この地獄巡りのような旅で唯一救われるのは、ハックがさっぱりとした性格だったことだ。重いテーマを軽口で描き切ったところに、この物語の物凄さを感じる。 -
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■評価
★★★★☆
■感想
◯人間とは機械であると主張する老人と、それを否定しようとする青年の対話。
◯「自己の精神を満足させることが、行動原理の全て」とする考え方は、かなり納得感があった。
◯サイコパスの考え方は、実は本質的なのかもと考えさせられる作品だった。
◯鉄を精錬・加工していくアナロジー(鋼鉄・銑鉄・鋼で、不要な成分を除いて性質を向上させていく)は、非常にわかりやすく、面白く読無事ができた。
◯金の延べ棒に水蒸気を吹きつけても変化しないけど、気化水銀を吹きかけると溶け出てしまう話や、鉄の精錬の話のアナロジーも面白い。外部からの影響力でいかに左右されるかというのと、それを受けうる気質があるかというたとえとして使われている。 -
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『トムソーヤの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』で知られるマーク・トウェインのタイム・スリップ小説。
イギリスのウォリック城を見学していた”私”が、奇妙な男に出会うところから物語が始まります。その男の話す内容は、アーサー王と円卓の騎士について、まるでその時代にいたかのような口ぶりです。驚きから我に帰るといつの間にか男の姿はなく、夕刻に宿泊先のホテルにいると、男が部屋に訪ねてきて自分の来歴を語りだしました。
男の父は鍛冶屋、叔父は蹄鉄工で、2人の元で手先の腕を磨き、軍需工場に勤めてからは、当時考えられるあらゆる技術を身に付けて現場監督の親玉にまでなります。しかし、手下と喧嘩して鉄梃で殴られて気を失ってしまい、目覚めるとそこは1300年以上の昔、528年のアーサー王在位の宮廷でした…
この物語、前半のマーリンとの魔法比べとその後に地位を固めてしばらくの間がとても面白い。持ち前の技術力の高さと豊富な知識や学力で、次々と改革をして行く様を、風刺の効いたギャグで笑いを誘います。
中盤は、アーサー王と2人で身分を伏せた隠密行動で、民衆の不満を垣間見る旅に出ます。しかし、奴隷制や教会への不満、選挙や共和政治など、風刺を散りばめて語っているのは、ちょっと欲張りすぎかなと思いました。そのせいで全体が560ページもある長篇になってしまっているのが残念。言いたいことはわかるけど、もう少しコンパクトにして欲しかった。
終盤は、ある経済政策がもとで内戦状態になり、力を持った教会の騎士たちとの戦いで、著者が生きていた19世紀の技術力と兵器による圧倒的(一方的)な戦いが繰り広げられますが、ちょっと残酷な気もしました。
ラストは”私”に手記を手渡すくらいなので、当然、元の時代に帰ってくる方法があるのですが、それは読んだ人だけのお楽しみ。
それにしても、タイムパラドックスもなんのそののやりたい放題な描きっぷりは、ある意味で著者の晩年に訪れる精神状態を垣間見ているようで興味深かったです。 -
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アメリカで奴隷制度があったこと、今でも黒人の差別で何かとニュースになることは何となく聞いたことがある。しかし、「奴隷」の黒人がいた時代のアメリカでどのように扱われていたか、白人黒人がお互いどのように日々を過ごしていたかを多少なりとも理解を深めさせてくれる話だった。それとアメリカにおけるキリスト教徒としての在り方とか。
さて本書はハックの冒険日記みたいなものである。トムソーヤーとは異なるハックならではの苦しみを背負いつつ、巧み過ぎる世渡りでなんとか生きていくサバイバル。冒険というよりもっとふさわしい表現がある気がするが思い浮かばない。ゆく手に現れる、ギリギリ普通そうでかねり危険な大人たちがその都度怖い。渡る世間は鬼ばかり、ってのが頭に浮かんだ。
冒頭の黒人の話題に戻るが、ハックとジム、さらにその他の黒人とのやりとりが一番印象に残った。ハックはジムはお互いを大事な理解者とはしているが、親友とか相棒、というのとは違い現代から見たら差別的なものでもある。しかしそこに悪気とか見下すとかではない自然な意識に見えた。例えるなら農家が家畜を大事にするようなものだろうか。勿論、黒人をひどく扱う白人もたくさん出てくる。また、黒人の側もそれを差別とは意識せず白人との違い自然なものとして生きているように見えた。それが自然だったのだろう。キリスト教の話もよく出るが、教えの中でも白人と黒人の差別は不自然ではないのかな?事情に詳しく無い人間の感想だが、、、
最後に、なんで終盤にあの人が急に出てきたんだろうか。そこはもやもやするし、あとかなり長い話なのも気になるが読んで良かった話でした。 -
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ネタバレ19世紀のコネチカット出身の男が6世紀のアーサー王の時代にタイムスリップして、もっている知識で王の側近にまでなっちゃう話。
題名が「ヤンキー」なので、どんな話だとビビってたが、いわゆる「ヤンキー」は出てこない。アメリカのヤンキーのことだった… 雰囲気は「吾輩は猫である」に似てる。笑いどころもあるし、社会批判チックなところもあるし。「猫」物に飢えてた私としては満足。
にしても、貴族ヤバすぎ。やりたい放題すぎて読むのに手が止まる箇所もあった。あの時代に生まれなくてほんとよかった…
教育の重要性も感じた。小さい頃からの教育は洗脳にもなり得るよね。自分にも子どもがいるので、ちゃんと考えさせる教育をしようと決意。
あとラスト。マーリンってずっと小物扱いだったけど、ちゃんと魔法使いじゃん…19世紀まで眠らせるとかそんな魔法使えるんじゃ、一流だよ… -
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ネタバレ若者 それなら明らかに、人間というものはすべて、善人にしろ悪人にしろ、どちらも、その身を捧げるのは自分の良心を満足させるためなのですね?
老人 そうだ。それが一番ふさわしい名前だろうな、それを呼ぶのには。「良心」――あの自主独立した「主権者」、あの傲慢なる絶対の「君主」。人間の内部にあって、人間の「主人」なるものだ。良心にも、ありとあらゆる種類のものがあるからだ。暗殺者の良心だって場合によっては満足させられるし、博愛主義者の良心だって、守銭奴の良心だって、押し込み強盗の良心だって、やはり満足させることができる。一つの指針ないしは動機として、それが厳然と規定されたどんな道徳や品行(ただし鍛錬は別だが)にたいしても役立つかと考えた場合、人間の良心などというものはまったく価値のないものなのだ。
老人 だが、彼らを鍛錬するんだ。そして戦闘を一つや二つやらせてみるのだ。そうすれば、彼らだって兵隊になるはずだ。そう、兵隊だ。兵隊としての誇り、兵隊としての自尊心、兵隊としての理想をもったものにな。そうなれば、彼らは兵隊としての精神を満足させなければならなくなるはずだ。事務員としての精神でもなく、整備工としての精神でもないのだ。その精神を満足させるのに、兵隊としての義務を避けていたのではとてもできることではない。そうだろう? -
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なんだか平家物語を見ているような…日本の武士となんら変わる所が無いような「騎士」
魔法や伝説という不可思議なものが生き、たくさんの人物によって織り成されているのに、ひとつの物語として、筋(まとまり)が貫かれている。――騎士道。
アーサー王のやっていることはどうみたって侵略行為であるし、ランスロットは気性の荒い無法者であったのだと思う。だってそれが戦であふれる中世のイギリスで生きる者だから。騎士がこんなに精神的だったら戦争などとっくに放り投げている。それを捻じ曲げてでもこの物語は騎士道を貫く。この書き手による、ひとつのまなざし。それによってトリエステとイゾルデのロマンスが生まれるし、ランスロットへの乙女の死が輝くのだ。
どうみたって略奪や殺し合い。血で穢れた手のひらだというのに。正当化と言い切ってしまえばそれまでだが、騎士道という精神で、英雄の名を負うことで、神に委ねることで、それを浄化する。
エクスカリバーの存在やマーリンの魔法の逸脱さをご都合主義だと切り捨てるのは一面的である。奇跡や不可思議なものの存在によって、その騎士道という精神の形が実現するのだから。
それにしても、なぜマーリンはガーウェインに聖杯探索を指示したのだろうか。彼ほどの力があれば、円卓の騎士たちの、探索の結末など簡単に予想できたはずである。それほどになぜ、聖杯にこだわったのか。
聖杯を手にすることが目的というよりかは、聖杯を見出すことを、信仰というものの実現をマーリンは望んでいたのではないか。聖杯を手にできるのは、その生が清く正しいものでなければならない。殺しを職とする騎士が騎士道を実現するために、神聖なものの前に跪くことを望んだのではないか。聖杯は各々内にある。そうでなければ聖杯はずっとアリマタヤのヨセフの下で眠り続けていただろう。彼ら騎士の力で聖杯が実現するとともに、騎士はその血で汚れた自身を浄化される。
宗教と騎士の精神が融けた、物語(ロマンス)の世界。戦の絶えない世界にあって書き手が望んだひとつの形。 -
Posted by ブクログ
トムソーヤからの続きで読書開始。
まったくの続編なので期待しつつ読んだのだが
最初の方がどうもとっつきにくかった。
終盤もトムの行動が良く分からないというか、
自分の考えに固執した行動しかとらず、
読み手はいらいらさせられる。
解説を読み、そういう解釈の仕方があるのかと、
ある程度納得はしたが。
面白いのは、この本がただの冒険小説ではなく、
所々に奴隷問題、人種差別、宗教問題、当時の風俗というものが
ちりばめられていることだろうと思う。
また、解説にもあるが、ウォルター・スコットなど、
各所にトゥエインが暗喩しているものを探し、
その意図を考えてみるのも面白い。
そしてまた、こういう時代から
まだ200年も経ってないんだなぁと改めて考えてしまう。