佐藤高子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ冒頭の作者の前書きが1919年という血生臭い第一次世界大戦を経た世界に病に苦しむ作者から送られた物語であることを思い出させる。
ストーリーはキキ+ラゲドー、トロット+キャプテン・ビル、ドロシー+魔法使いの3つのグループを追いながら一つの流れに集約されていく。キキ+ラゲドーのシンプルな悪い心が魔法の力を使って決して愚かではない森の獣達をそそのかしていく過程は時代の暗喩なのかもしれない、などという考察はあまり意味がないかな。ちょっとした緊張感、機転で話がどんどんと展開していき楽しく読める。最後にはラゲドーが悪意に満ちた放浪から解放されたようで嬉しい。ガラスのネコの扱いやピンクのネコもそうなんだけど作者はネコが嫌いなのか二つネコのキャラがいるのはネコが好きなのかどちらだったんだろうね。
**備忘あらすじ
マンチ山に住む元魔術師の息子キキ・アルーが、父の隠していた変身魔法を盗み出し、元ノーム王ラゲドーと手を組んでオズの国の征服を企てる。
一方、エメラルドの都ではオズマ姫の誕生日が近づき、皆がプレゼント選びに奔走していた。ドロシーはケーキ作りを、トロットとキャプテン・ビル、そしてガラスの猫は魔法の花探しの旅に出る。
キキとラゲドーは森の動物たちを騙してオズの人々を敵だと思い込ませ、協力者にしようとする。しかし、サル捕りにやってきたドロシーや魔法使いたちと遭遇してしまう。
キキは慌てて仲間たちを動物に変身させるが、魔法使いを探しにきたガラスの猫が変身させられた仲間たちを発見。魔法使いが変身魔法を身につけて反撃し、キキとラゲドーを木の実に変えてしまう。
魔法使いは足に根が生えて動けなくなったトロットとキャプテン・ビルをマルハナバチに変身させて救出。キャプテン・ビルの知恵で魔法の花を無事に持ち帰る。
オズマ姫の誕生日パーティーでは、ドロシーの猿入りケーキと美しい魔法の花がプレゼントされ大成功。キキとラゲドーは忘却の泉で記憶を失い、改心してエメラルドの都で新しい生活を始めることになった。
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ネタバレ割と一直線めのロードトリップ的ストーリーはシンプルだけど、昔のエピソードが繋がる感じととポリクロームの軽やかな愛らしさ、ミセス・ユープのエピソードのちょっとした緊張感、もう一人のブリキ人間の出現とその過程で生み出された寄せ集め人間のホラー感、かかしと木こりのなんとなしに滲み出る性格の歪さが味わい深い。これまでシリーズを読んできていればとても楽しめる。
以下備忘的あらすじ。
暇を持て余すブリキの木こりとかかしのもとにウートが現れ、木こりの薄情さを非難して元恋人ニミー・エイミー探しの旅が始まる。
一行はルーンの国で大暴れし、ユープの城でミセス・ユープの魔法により動物に変えられるも脱出。ジンジャーの家で木こりが「わたしがニミー・エイミーをさがし出してウィンキーの国のお妃にしようなどとつまらん決心をしたばっかりにやっかいなことになっちまって。別に誰も責めるつもりはないが、わたしの頭の中にこんな考えを持ちこんだのはウートなんだよなあ」と愚痴るのは木こりらしくひどい発言だった。オズマとドロシーが合流してミセス・ユープの魔法を解いて、再びニミー・エイミー探しへ。
森でもう一人のブリキ人間ファイター大尉と出会う。彼もニミー・エイミーに惚れてブリキ化した経緯が判明。職人クー・クリップスから、二人の元の体を寄せ集めて作られた合成人間チョップファイトの存在も明かされる。
様々な障害を乗り越えてようやくニミー・エイミーの家に到着するも、彼女は既にチョップファイトと結婚済み。二人のブリキ男に対してはあまり関心を示さず、わりと哀れな結果に。
ポリクロームとの美しい別れのシーンで終わっても良かっただろうが、やはりオズマたちとの終幕となる。ギリキンに派遣されるファイター大尉はちょっと可哀想。 -
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サスペンス風味があってこれまでのオズの物語と少し違う雰囲気で面白い。カエルマンという身も蓋も無い名前の新キャラをはじめとして多彩なキャラたちもそれぞれいい味を出している。途中までは表紙の目つきの悪い鳥は何?って感じだけどなるほどねという感じ。グリンダをも困らせる悪役ウグはなんか知的な悪役でこれもいい味。クマ・センターのラベンダー・クマとピンクのコグマもなんか不思議。ピンクのコグマはチクタク以上にすごいマシン。そしてスクラップスの陽気さがとても良い。ドロシー、ベッツィ、トロットのアメリカから来た少女たち3人組が揃い踏みだけど変なキャラたちに囲まれるとドロシー以外はやはり目立てないな。あと急にトトが饒舌になるのはちょっと違和感。
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ネタバレなんかこれまでの作品と少し雰囲気が違うところがあって面白い。少しだけではあるけど作者がメタに作品に関わるところとかドロシーやオズマとは性格の違うベッツィやポリクローム、アン女王などの個性豊かな女性たちとか(薔薇のオズガ姫はあまり活躍しないけど)。訳者あとがきにもあるけど過去作との矛盾上等で筆のノリで書いているようなところも感じられる。ポリクロームとモジャボロはオズへ続く道で会ってるのに初対面になってるとか、モジャボロの愛の磁石が磁石なのにちゃんと見せなければ効果がないとか。ノーム王はエメラルドの都で記憶が消えて悪人でもなくなったはずなのに前以上の悪人になって再登場とか。
でもそんな細かいことは置いておいて次から次への展開で楽しく読める。最後のみんなの疑問への答えもニヤリとさせられる。
調べてみると舞台の脚本が先にあってそれを元に小説化したんだな、それで以前との作品の繋がりとか雑になってるのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ハヤカワ文庫で原作の順番を変えて優先的に日本語訳が出版されたこの作品。確かに間に挟まれた「オズの不思議な地下の国」「オズへつづく道」と比べると面白い。この作品ではおおよそ最初から最後まであからさまな悪役としてのノーム王とその仲間の悪意が継続する。やはりそういう面があると物語としての緊張感が出てくるのだろうな。この前の2作品は困難を与えるキャラクターは出てくるもののすぐに解決する話の連続で優しみに溢れるサイドの部分が多かったのがやや冗長に感じられるところはあった。オズの世界にはこの様な悪意は余りないとすればオズの世界に住むことが楽しいことなのかどうかわからなくなってくるが。
これまでのオズシリーズは基本的に一直線の話の構成だけどこの作品はドロシーのストーリーとノーム王のストーリーが並行して進むのも構成の若干の複雑さとして緊張感を高めていく。最後に大団円とオズのお話の一旦の終わりが作者からも宣言される。人類が空を飛ぶ様になり本当にフロンティアがなくなっていった20世紀初頭のリアルでもある。
間の2作を飛ばしているからやむを得ず唐突に登場するキャラクター(モジャボロとか)の一部に表記揺れ(後のジョニー・スグヤールはこの時まだジョン・ドゥイット)がでてくるのも翻訳当時のリアルが感じられて良い。 -
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ちゃんと再読したのは四十数年前の小学2年生くらい以来かもしれない。その後もオズシリーズはハヤカワ文庫で追っていてオズのリンキティンクまでは新刊で読んでいたけどその後は読めていなかったのでここでシリーズ全巻再読しようと思っている。
新井苑子さんのイラストが改めて素晴らしいな。今の時代だともっと多様性がある様に書かなければ、みたいになりかねないけどオズだけではない外国自体への憧れを感じさせるイラスト。
最後のドロシーがカンザスの草原に帰ってくる場面を描いたイラストは初めて読んだ小学生の時にドロシーたちの長い旅路の物語が終わる寂しさを感じた夜の2段ベッドの上段オレンジ色の薄暗い電球の中でお話に夢中になっていた情景をまざまざと思い出させてくれた。
・ジュディ・ガーランドの映画で印象的だったThere is no place like home のフレーズは中盤のドロシーとかかしの会話で出てくるんだな
・空飛ぶ猿は黄色い帽子の契約に縛られているだけで悪いやつではないんだな。そしてその契約は西の魔女、ドロシー、グリンダによって使われる
・グリンダのところに行くまでの陶器の国や頭が伸びる種族のエピソードが取ってつけた様で逆に面白い -
Posted by ブクログ
読み終わってしばし呆然。ずっしりと重い課題と、ひとかけらの希望を飲み込んだような気分。SFという括りを超えた名作だと思う。
ウラスとアナレスの双子星が舞台。ウラスは自然豊かで長い人類の歴史を持つけれど、競争主義社会で貧富の差がどうしようもなく広がっている。対するアナレスは荒涼とした植民星で、人々は協力し合い、飢えと闘いながら必死で生きている。一見すると共産主義礼賛のように捉えられてしまうのか、発表当時は作者の政治的思想に対して様々な批判があったらしい。私には、現代の政治的イデオロギーなどを超えた、普遍的な問題提起だと感じた。もっとも作者は、問題提起など全く意図していなかったらしいけれど。
主人公が述べた、「誰かが飢えている一方で、他の誰かが腹一杯食べているということはあり得ない」というアナレス星を表した言葉が心に残る。今、世界は「ウラス的」な方向に向かいつつあるのではないか。人類にとってのユートピアとは?それを実現するために、人間の「所有する」欲望をどのように扱っていくのか?作者の意図を超えて読み手に様々な課題を突きつける、希有な本だと思う。 -
Posted by ブクログ
共産主義社会を思わせる世界の荒涼とした惑星アナレスと、現代の資本主義社会や地球環境をほとんど写したかのような惑星ウラス。
この二つの惑星を舞台に、アナレス出身の科学者、主人公シェヴェックという個人の人生と社会、人々との関わりを重厚なスケールで描いた一冊。この本そのものが膨大な思考実験であり、なおかつ一人の男の物語としても一級品で読みごたえ抜群。
所有せざる人々の住むアナレスと、所有主義者(プロバタリアン)の住むウラス。
アナレスに生まれたシェヴェックがウラスに出発するに至るまでと、ウラスに到着後の人生が交互に描かれていくが、どちらの惑星でも個人というよりも社会そのものがシェヴェックに苦難の道を歩ませる。爽快感のある小説ではない。SFであってどこか他の惑星の物語なのに、ひたすら現実の重さみたいなのがふりかかってくる。
作品の基礎となっているだろう思想部分にはまったく自分の知識がないのだけど、確かにこれはいろいろと語ることができる内容らしい。
後半、ある惑星から来た人物の描写を皮切りに、第三の視点がはさまれ、シェヴェックの意志の強烈さが輝く場面が個人的ハイライト。
解説の作者の言葉を読むまで、本作がユートピアについて語っていたことに気づかなかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレジョン・レノンが『イマジン』の歌詞の三番で「少し難しいかもしれないが想像してほしい」と歌った"所有のない世界”を実現した惑星アナレスから、資本主義と社会主義が対立しながらも美しい繁栄を謳歌する惑星ウラスに降り立った孤独な物理学者の物語。
無政府主義を現実のものとしたアナレスでも、最後の障害は「人々の慣習にすがる態度」だった、というのが衝撃的だった。
しかし、ほんの小さな希望が、長い、長い旅を終えて、アナレスに帰還する宇宙船の中、遠く離れた、古い歴史を持つ恒星系セインから来たひとりの下士官によってもたらされる。
彼は命の危険があり、二度と戻ることができないかもしれないアナレスへの同行を願い出たのだ。
シェヴェックはかすかな皮肉かあきらめを込めて、
「良かった。われわれの特権を享受したがる人間はあまりいないからね!」
と言ったが、ハイン人は即座にこう答える。
「おそらく、あなたがお考えになっているより大勢いると思いますよ」
ハインは、すでに何百万年もの歴史を有し、その間にはアナーキズムも共産主義も、あらゆることを試してきた人々。しかし、その下士官は言う。
「しかし、わたしはまだ試みていません」
だから、アナレスが見たいのだと。
以下、印象に残ったシェヴェックの演説。引用メモの字数を超えていたので、こちらにメモ。
P436「われわれを結束させるものは、われわれの苦悩であります。愛ではありません。愛は心に従うことなく、追いつめられると憎しみに転ずることがあります。われわれを結ぶ絆は選択を越えたところにある。(中略)与えていないものを人からもらうことはできません。だから、あなたがたはあなたがた自身を人に与えなくてはなりません。<革命>を買い取ることはできません。<革命>を作ることもできません。あなたがたにできる唯一のことは、あなたがたが<革命>になることです。それはあなたがたの魂の中に存在します。それ以外のどこにもありません。」
それから、アナレスのアナーキズムはオドーという女性の思想に基づいているが、シェヴェックがその女性の墓をウラスで訪ねたシーン。その墓に刻まれた言葉がまたいい。
「真の旅は、帰還である」