久生十蘭のレビュー一覧
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国書刊行会の8月の本で『黄泉から』を読んだことや、別の作家のエッセイの中に度々登場していたため存在は知っていた久生十蘭。彼の小説の美技に魅せられた読者を『ジュウラニアン』とか『ジュラニアン』と呼ぶらしい。
厳選された短編集ともあって読み応えがあり、特に『黄泉から』、『泡沫の記』、『白雪姫』はとても幻想的だと思いながら読んだ。『予言』などは現実と夢の境界が曖昧になり読者が迷路に迷い込んでしまい、解説にもある通り泉鏡花をモダンに洗練したよう。夢野久作のような一人称語りの書き方が好きなので『猪鹿蝶』も楽しく読んだ。 15の短編が収められているが、ほとんどに共通しているのはどれも『死』を描いており、どこか仄暗い印象を受ける。それが幻想的な効果を強くしていて、私は結構好みだと思った。 -
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十二代将軍家慶の時代。旗本次男坊三男坊は江戸では食いっぱぐれ。風来坊の仙波阿古十郎(せんば あこじゅうろう)は、目鼻口は顔の上半分に固まって下半分は巨大な顎という異相の持ち主。しかし彼の前で「あご」なんて言おうもんなら斬り付けてくるもんだから、皆は面と向かっては「あ こ 十郎さん」と呼び、だが密かに「顎」と呼んでいる。
親戚の叔父さんっていうのは北町奉行所の取締役与力の森川庄兵衛。南町奉行所に比べたら地味だし実績も上がらん。この叔父さんは頑固一徹なんだが、顎十郎はひょうひょうと訪れてはサラッと事件解決して叔父さんからも小遣いせしめるちゃっかりっぷり。庄兵衛も「こやつ、案外目の付け所が良いぞ?」ってことで奉行所の「例繰方(れいくりかた)」という、判例やら刑律を調べる案外高いお役目を与えてやった。さらに江戸のお屋敷の中元達が彼の吉風に惚れてるもんだから、寝転がってりゃいくらでも情報は入ってくるし、ちょいと出かければ茶だの食事だのにありつける。
庄兵衛叔父の一人娘で従妹に当たる花世、捕物の腕をライバル視してくる南町奉行所の花形同心の藤波友衛、顎十郎の推理力を頼りにしている北町奉行所の御用聞きのひょろ松。
お江戸の難事件、怪事件を緩やかに鮮やかに解決するが「盗人の肩に手を置くような真似はしねえ」という根っからの風来坊顎十郎の捕物帳や如何に。
久生十蘭は華やかな言い回し(口述筆記なので本当に言い回し)に漢字の多い文章なので、ページを捲るたびに漢字・漢字・漢字が飛び込んでくる・笑。顎十郎の説明がこんな感じ。
<生得、いっこう纏まりつかぬ風来坊。二十八にもなるというのに、なんら、なすこともなく方々の中間部屋でとぐろを巻いて陸尺、馬丁などという輩とばかり交流っているので、叔父の庄右衛門がもてあまし、甲府勤番の株を買ってやったが、なにしろ、甲府というところは山ばかり。勤番衆といえば名だけはいかめしいが、徳川もそろそろ末世でいずれも江戸を喰い詰めた旗本の次男三男。端唄や河東節は玄人跣足だが、刀の裏表も知らないようなやくざ侍ばかり。やくざの方では負は取らないが、その連中、気障で薄っぺらで鼻持ちがならない。すっかり嫌気が差して甲府を飛び出し、笹子峠を越えて江戸へ帰ろうとする途中…(後略)(P7〜)>
編集者さんが振り仮名振ってくれてるからいいけど、目に漢字が飛び込んでくるし、「ベベン」って音入れたくなるし・笑
『捨公方』
今の公方様家慶公のお世継ぎ、家定様には双子の弟の政之助がいた。生まれてすぐに寺に預けられたが、出家を嫌がって出奔した。老中水野はこの政之助を要して幕府乗っ取りを企み!?
推理というより、軽いスパイ冒険物語って感じです。
最後、政之助様はちょっと可愛そうな気もする。
『稲荷の使』
連続毒殺事件の証拠が森川庄兵衛の座敷から消えてしまった!?このままでは責任を取っての切腹も免れない。青くなる庄左衛門だが、顎十郎はひと目見ただけで真相を見抜いた。
『都鳥』
近頃馬の尻尾が来られるという怪事件が勃発している。犯人としてあげられた男は切腹してしまった。だが辞世の句がどうにも怪しい。
そのころ顎十郎は、近頃江戸で大流行の舶来物の反物に、日本で織ったとしか思えない印を見つけて…。
勇気ある兄妹。しかし全員が助かるわけではないというのがこの時代のリアルなんだろうなあ。
『鎌いたち』
江戸に流行る辻斬りの鎌鼬。顎十郎は現場にあった釣り針から犯人を探り当てる!
『ねずみ』
ある店の夕食後に三人の死人が出た。南町奉行所(藤波たち)はコロリと診断したが、北町奉行所(庄左衛門、顎十郎たち)は毒殺だとして取り調べを続ける。腹が収まらない藤波は顎十郎のやり方を探り…。
『三人目』
清元(三味線、浄瑠璃の流派)の千代春が死んでいた。南町奉行所と北町奉行所の取り調べ競争だ。だが男を思いのままに操っていた千代春の死に対して、二人の男が「たしかに私がやりました」と吐いたのだ。顎十郎は、さらに事件の真相を当てる。
『紙凧(たこ)』
勘定屋敷に送る御用金を船で運ぶ途中にちょっとしたトラブルが。勘定屋敷についてから中を改めるといくつかの金箱の中身が古鉄やら古釘やらにすり替えられている!あの一瞬のトラブルの隙に盗まれたのか?
江戸時代の造幣局である「金座」の仕組みや、小判や銀を鋳造するシステムの解説もあります。
『氷献上』
江戸の夏の行事である「加賀様の雪振舞い」。冬の雪を氷室で保管し、夏に徳川将軍家へ献上する。その時に一部を庶民にも配っている。重大な将軍への献上品であるこの氷が盗まれた!?
人情物語。
『丹頂の鶴』
徳川将軍鷹狩の一つである「鶴御成(つるおなり)」。鶴御飼場で最初に狩った鶴は将軍に献上される。しかし鶴御飼場の鶴が不審死をした。老中は、南町奉行所の藤波友衛と、北町奉行所の顎十郎に、将軍の御前にて事件解明を行う「捕物御前試合」を命じた!
真面目で堅物の藤波に、のほ〜んと構えたような顎十郎は口八丁手八丁で「皆損しない解決☆」へと導くのだった。
『野伏大名』
顎十郎は、訪ねてきた侍にお屋敷の跡取り若君が行方不明になったので助けてほしい…と頼まれる。まさにお家の一大事どころか、天下をひっくり返す大事件にも繋がりそうな出来事だ。
身元を隠した依頼人を顎十郎がシャーロック・ホームズ並の観察眼で、身元も、事件も言い当てる。
『御代参の乗物』
大名の愛妾とその腰元たちが芝居見物に行った。その帰り、腰元たちが乗った籠が消えてしまった!
『咸臨丸受取』
近頃江戸での小犯罪がピタッと止まっている。本来なら善いことなんだが、あまりの静けさに奉行所は不気味さを感じている。顎十郎は大きな事件の匂いを嗅ぎ取った!
『猫屋敷』(「都鳥」の異稿)
『都鳥』の馬を猫にしたもの。『都鳥』のほうが凝ってたが、ラストの哀しみはこっちのほうが余韻がある。 -
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『彼を殺したが…』
ポートから落ちて溺れている友人を醒めた目で見ている。わざわざ殺す気もないけど、彼がいなければ自分のものだったはずのものを思うと助ける気にもならない。そんな薄情さが伝わったのか、彼は溺れ死にかけながらものすごい憎しみの眼差しを向けてくる。それを見ながらますます白々しい気分になっていく。
『犂(カラスキー)氏の友情』
パリ勅任官の山川石亭先生は下町に屯する人たちにやってもいない悪行自慢をしていたら、それを見込まれ強盗の片棒をかつぐことになってしまった。困った石亭先生に泣きつかれた甥の山川は、カラスキー氏に会いに行く。カラスキー氏は犂(からすき)の柄のように痩せたウクライナ出身の亡命ロシア人だ。そして彼が石亭先生を助けるために追い払ったのだと聞く。カラスキー氏はもうなくなった故郷の美しさを語る。
そのカラスキー氏はポール・ドゥメール大統領暗殺(1932年5月)犯人として新聞に載った。
人の気も知らずに石亭先生は野蛮だと散々避難する。甥はついつい石亭先生をからかって釘を差して起きたくなった。
『勝負』
パリに芸術留学する主人公、高須とその妻の四季子、軍人の有本の四人は、余暇に車で田舎道を走り論議を交わしたりセーヌ川でくつろいだりゆっくり昼寝をしたり、違法の闘鶏に興じたり。だが高須と有本は四季子を引っ張り合う三角形のようだ。第二次世界大戦が近づき有本と高須夫妻は日本に帰り、高須も招聘された。遅れて日本に戻った主人公は、高須、有本の両方から、いがみ合っているかに見える二人の本心を聞く。
『プランス事件』
1933年フランスで、贈賄事件絡みで詐欺師スタヴィスキーが不審死、審理官のプランス氏が行方不明になり列車轢死体として見つかった。
久生十蘭はこの事件に関心を寄せて他の小説の題材にもしているが、1949年に日本で酷似する下山事件が起きてさらに興味を掻き立てられたらしい。
こちらの短篇はドキュメンタリーで、プランス氏が行方不明から死体発見の経緯、いかにも怪しい証言が取り上げられ非常に不名誉な結果の自殺とされ、承認が死んだとか捜査担当が配置換えになったりとかで有耶無耶になっていった経緯。
『悪の花束』
これもドキュメンタリーなのかな。在職26年の間に多くの事件を解決したゴロン刑事(最初の職位)の回想録からむき出した、という形式。
考え抜かれた犯罪がちょっとしたことから明かされてしまった事件、他の人物(実在も架空も)を犯人に見せかけ逃げようとした事件、偶然が絡まってやたらに面倒に広範囲になってしまった事件などなど。
『海と人間の戦い』
ドキュメンタリー。
「最悪の」と言われる海難事故について。読んでいると「船長が経験ないし、自分のことしか考えていない」だとか「救命ボートに一部の人しか乗らなかった」だとか「救命ボートで殺し合いがおきた」だとか、海難事故は災害だけど死者の多さはまさに人災(-_-;) そして「戦争こそ最大の海難事故」とも。最後は唐突に終わります。
『南極記』
小型機で南極大陸見学をしていたアメリカ人大佐が、南緯80度付近で日章旗を見つけた。そこで彼は法螺吹き扱いされた日本人探検家が「80度超えたが諦めて戻ってきた」と言っていたという記録を思い出す。
当時南緯80度を超えたのが、シャクルトン、ジェームズ・クック、そして日本の探検家だけだったのに、あまりにもボロ装備、あまりにもさり気ない探検家の言葉は歴史から抹殺された。
南極の自然描写、欧米が競った南極探検の歴史を書き、そのなかで、白瀬矗をモデルにした日本人探検家を通してあまりにさり気ない功績を静かに称えるような短篇。
日章旗を見たアメリカ人大佐が(南緯80度というのはかなりの功績なのに)「こんなところでお恥ずかしい」と言っているように感じた、というのが日本人気質を表しているなあ。
『爆風』
南方の前哨基地から飛び立つ飛行士の日常。防空壕や鍾乳洞に隠れ、敵機の音で情勢を聞き分け、不眠不休で飛び続ける。満月の夜など何日間も眠らない。「この世に月ほど悪いものはないと思うようになる。」
実に冷静、実に写実的、主張を前に出してはいないが当時の空気がはっきりと感じられる。やっぱり久生十蘭はすごいなあ。
『公用方秘録二剣』
「犬」
徳川家茂の時代、フランス大使が日本に通商を求めてきた。宿泊地となった寺の警備の侍と、フランス大使の一人が西洋式のピストル決闘を行った!
事の起こりは、二番隊の青沼竜之介というぼーっとした感じの侍が、フランス大使のモーズ公爵(渾名:モスの守)が飼っている犬を撫でたら、モスの守があっからさまに「汚え!触るな!」と追い払ったのだ。さすがに怒った青沼は犬を連れて帰る。二番隊の仲間も大激怒。モスの守から詫びがなければ警備を引き上げる!といきり立つ。モスの守はモスの守で犬を返さないと許さん!と一歩も引かない。
さて、ピストルなんて初めて触る、ぽーっとした甘いもの好き動物好きの青沼と、フランス紳士モスの守の決闘の結末は如何に。
ここまで両方が怒ったのは、通商条約を求めるという立場の外国人があっからさまな日本人への敬意がまったくない態度を取ったということで、ここでひいてはならん!ということと、やはり警備を任せられたからにはの侍の意地。そしてフランス側にも「我ら正式な大使をこんなところに押し込め返事も寄越さん!」という意地がある。
決闘も「外交とは国と国との精神の戦いだ。」とモスの守にすれば「日本は勇武の国で侍は戦いに長けているという。自分だって勇気を持って彼らの勇気を見届ける」という覚悟を持った。
まさに一歩も引けない決闘となったんだけど、この相手の勇気を認めたうえでの戦いなのでさっぱりした読み心地。
「鷲:唐太モイガ御番屋一件」
日本とロシアの北蝦夷(樺太・唐太)の国境は、北緯50度のはずだった。だがロシアは「日本人住んでねーじゃん」と押し通してくる。いまさら慌てた幕府公用方は、二人の若い松前藩士の林俊作と山口多仲に「国境に小屋を建てて住め。露国兵が攻めてきても戦わず逃げろ。そして戻ってまた小屋を作って住み続けろ。」という命を下す。
林と山口は、たった二人で!なんと50年も!自給自足で!ロシア兵からの打ちこわし、焼き討ち、たまには捕縛にも無抵抗でしかし小屋を再建して住み続けたのだ!!
最初は届いた物資も数年で届かなくなり、明治政府からも忘れ去られ、時代が変わったことも全く知らず、二人で50年!
最後に明治政府の役人が訪ねてきた場面は読みながら頭に「うわーうわーうわーーーーー」と感嘆の声が上がった。
『不滅の花』
パリに留学した住職兼大学講師が、パリで客死した日本人の墓巡りをした。その中で「明治5年5月のパリ・コミューン市街戦で、薩摩藩密航学生がコミューン戦士とともに攻撃に加わり、死んだ」との記録にあたった。その男の墓をどうやら見つけたらしい。はたして彼はどのような人物なのかを探ろうとするんだが、あれこれ行き当たっちゃって…。
探偵みたい! -
購入済み
名作は普遍です。
45年前からよんでます。
岩波文庫からか2冊も出ています。再評価の時は、特異の文学でした。今は普遍的名作になりました。色褪せることはありませんでした。短編の名手と言われますが、魔都、新説鉄仮面、とか良い長編小説もあります。 -
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初めて読む作家。
何かで紹介されていて興味を持ったか、購入して積読になっていた。
買っておいて良かったと思う。美文である。
初出はほとんどが終戦から5〜6年のもの。
まだ戦争の傷が癒えない時期で、戦争がらみの物語も多い。死が身近である。
悲劇的な話多く、伝奇的な要素もあるが、おどろおどろしさは感じられず、透明感がある。
描かれていることは無惨なのに、なぜか美しい。
『母子像』なども、戦時中サイパンでの日本人の悲劇はあったが、物語の中の本当の地獄はそこではないところにある。
『白雪姫』では、氷河のクレバスに落ちた女性の遺体が20年以上の歳月を経て生前のままの姿に凍り付いて出てくる。性悪な女だったが、魂は洗われ、男の胸の憎しみも長の年月に消え、浄化されたような結末だ。
ギャンブルにのめり込み、確立の研究に人生を費やす『黒い手帳』は、呆れるほどの執念に恐ろしさと同時に滑稽を感じる。
なかなかそこら辺にはない作品の数々だと思う。
先が知りたくてストーリーばかりを追ってしまったが、地の文章をもっと味わわなくてはと思った。
編者による解説は難しく、ほとんど研究者向け。
一般人としては、物語をただ味わいたい。 -
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体言止めや四字熟語による独特な文章のリズム感がまず印象に残る。読みやすいとは思えないが、講談師の噺を聞いているような気分になってきて、癖になりそう。
文集は濃く、やたらと多い登場人物は残らず胡散臭く、次から次へと事件がおこり、新事実が後出しされ、筆者自らネタバレする。
連載物で読者を飽きさせないような仕掛けいうことなんだろうけど、まるで大音響のお祭りを至近距離で見させられているような感じでした。読み終えてなんだかヘトヘト。
この作品をどう捉えたらよいのか分かりませんが、おかしなエネルギーに満ちあふれた一冊でした。ここは確かに魔都でした。 -
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1937(昭和12)年-1956(昭和31)年に発表された作品を収めた短編小説集。
初めて読む久生十蘭作品で、私はこの作家を探偵小説の作者と思い込んでいてのだが、本書を読み始めてびっくりした。最初の3つの短編「骨仏」(1948)「生霊」(1941)「雲の小径」(1956)は、驚くべき純粋芸術としての結晶だったのだ。この作家、かなり推敲を重ね改稿するらしく、ごく短い簡潔な言葉の中に、実に芳醇な意味とニュアンスが込められており、その簡素な豊かさはたとえばシャルル・ケクランの音楽を思わせる。こんな見事な芸術小説を書く人だったのか!と愕然とした。なんだこの作家は!?
が、久生十蘭の作風は全ジャンルを横断するような多岐にわたるものらしく、明らかに娯楽小説と思われるような作品も入っている。相変わらず推敲しまくっているのかもしれないが、文体が芸術の域にまで達しているとは思えないものもある。芸術性の高いものと比べると、アイディアとストーリーの作品はやや美しさに欠け、玉石混淆の短編集のように感じた。
本巻の中でエンタメ系に属するものにおいては、「ハムレット」(1946)が優れている。あるいはミステリに属する作品で、文体はそんなに素晴らしくはないが、構成等よく出来ていて、この時代にしてはずいぶんと秀でた小説と思った。
作風が雑多にも感じられるが力量は傑出している。多彩すぎて正体が掴めない感じが、この作家を文学史上、一部の熱狂的な愛好者を除いてさほど重要な作家と目されなかった原因かもしれない。
この得体の知れない作家の作品を、これからいろいろ読んでみようと思う。 -
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探偵小説であり、幻想小説であり、怪奇小説であり、冒険小説であり…ミステリでもある。
ルポタージュ風の語り口が独特。物語と世界観の妙を引き立てている。毎度、章のはじめに前回の説明があるのだが、作者の言い訳がましい解説やら補足は微笑ましい。
不可思議な謎はどこへ行く?事件の謎は、大きな拡がりをみせて、あらゆる方向へ…畳みきれないのね。この熱量はどこへ発散しようか笑
世界にどっぷり浸かり、味わう。に尽きる作品。そこには、ミステリの概念だけでは言い尽くせない、小説の楽しみと感動が詰まっている。
文体の読みにくさもあり、とても時間がかかってしまった。それだけ長くこの世界を堪能できたことは幸せという他ない。
奇書の定義はわからない。が、ミステリ好きに勧めるべき作品ではないと思う。 -
Posted by ブクログ
文芸・演劇評論家、川崎賢子セレクト、
主に戦後に発表された久生十蘭の短編選集。
作品のテーマ・雰囲気に合わせて
自在に文体を変えているが、どれも見事。
個人的には終戦直後の作、
どことなく内田百閒に似たテイストの
「黄泉から」「予言」など、
少し素っ気ない感じの話が特に好み。
何となくいい雰囲気を醸して上手いこと誤魔化す、
みたいな姑息な手を使わず、
鋭い観察眼と深い洞察力で人間の心に切り込み、
その断面を覗かせるような描き方が素晴らしい。
女の読者に、
登場する女性キャラクターを愛らしい、
愛おしいと思わせる手腕たるや……(茫然)。
三一書房『中井英夫作品集Ⅸ「時間」』自作解説にて
「他人(よそびと)の夢」で
> 久生十蘭の「姦」を模した電話のお喋りで繋げた
部分への言及がある(p.513)が、
この本に収録された「猪鹿蝶」というのが
「姦(かしまし)」の元のタイトルだそうだ。
電話での話題に立ち現れ、
当人のマシンガントークを冷笑するかのような、
優雅な客体の涼しい佇まいが小気味いい。 -
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1930年代から最晩年までの作品から選び出された8編。
改稿を繰り返し、彫琢を重ねたという名品揃い。
物語が面白いだけでなく、文章そのものが美しくて、
鳥肌や眩暈を催した。
故・中井英夫が終生、師と仰ぎ続けたという話にも頷ける。
以下、特に感銘を受けた作品について。
■「雲の小径」
飛行機での移動中、
奇妙に感傷的な気分に陥った男の心の揺らぎ、
その長くて短い旅。
泉鏡花と内田百閒を掛け合わせて
戦後風の味付けを施したかのような逸品。
■「湖畔」
不貞を働いた妻を手打ちにした華族の男が、
経緯を綴った手記を幼子に宛ててしたため、家を去る。
そこで明かされる真実とは。
リアリティの薄さなぞ、どうでもよくなる、
無茶苦茶だが愛おしい物語。
人は誰かを心底愛したら、
他の人間にはいかようにも冷酷になり、
それ以外の物事には徹底して無頓着になり得るのかもしれない。
■「虹の橋」
どこでどんな風に誕生したか、という、
本人には何の責任もないことから自由を制限されながら、
懸命に生きようとしたものの、
身に覚えのない罪を背負わされた女が、
たった一つのささやかな希望に縋る――。
胸が痛む悲惨な話で、読むのが辛かった……が、
きっといつか読み返す気がする。