安田菜津紀のレビュー一覧
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フォトジャーナリストの佐藤慧が、2014年の夏から3年にわたり通って取材した牧場について書いた。牧場は、中洞正さんが経営する宮城県泉町にある「なかほら牧場」。この牧場は、放牧酪農の中でも山で放牧する山地酪農を行っている。
中洞さんの子どもの頃、生活の中に牛が当たり前にいた事、その頃から牛飼いになりたいと思っていた事、それから数々の苦難を乗り越えて、現在の形になったことを描いている。「中洞正物語」と言っても差し支えなさそうな本。
中洞さんの不屈の精神には驚かされる。自分が常識より自分を信じることが出来るのかを問われる。
食のこと、家畜のこと、世間、常識など考えさせられた。
また、この本を読んで、私はアニマルウェルフェアという考え方を知った。 -
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シリア。2017年の今も戦火が飛び交う。人口2000万人ほどの国で1000万人が避難生活を送っていると言われる。その難民となった人達の思い、叫びを記している。
掲載されている写真の中の人々、特に子ども達を見ると、1日も早く内戦が終わってと願わずにはいられない。
内戦が始まる前のシリアの風景、そして破壊されたシリアの風景。心が痛みます。
シリアの他にも、紛争が絶えない地域は他にもあります。どうして紛争は終わらないの?そう問う著者にイラクの青年の言葉に目を覚まされる。
「人間だから、じゃないよ。どうせそういうものだって諦めてしまう、人の心がそうさせるんだよ」
諦めてしまう。それはどうして?相手があまりにも強すぎるから?それもあるだろう。でも、もっと大きな理由は自分たちが"忘れ去られている"と感じてしまうからなのかもしれない。
「そこに生きる人々の声を伝えることで、彼らを孤立させない」と著者が言うように、忘れてはいけない、無関心になってはいけない。直接には何も出来なくても、世界の何処かにまだ、自分たちのことを気にかけてくれている人達がいる、と分かれば、少しは力になるのかもしれない。そんなことを考えた一冊です。 -
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女性フォトグラファーのルポでした。
なんて 場所に行っているんだろう。
と 心配してしまう地域ですね。
でも、そこで暮らしている人達の
今を誰かが伝えなくてはいけないと 思って
出向いて 写真を撮っているのですね。
ヨルダンの難民キャンプは 当初はひどいものだったそうです。
今では かなり改善はされつつも 複雑な気持ち。
環境が良くなることは 嬉しいと思いつつも
ずっとここにいなくてはならないと 言われてる気がすると 思うそうだ。
キャンプにいる限りは 働いてはいけないそうだ。
かといって 外に出て働く場合。家賃など払えるかどうか・・・
キャンプの中にいるだけの 生活。
命からがら 逃げてきたので とりあえずは
安心して暮らせるのは嬉しかっただろうけど
人として 生きていくという事は この環境では 夢も希望もない。
著者は何度か カメラでは彼らを救えないと
カメラを投げ出そうとした事もあったそうだ。
あるNGO職員に 役割分担と 言われた事。
NGO職員は 現場にいて 人をサポートするけど その情報を発信するのは難しい。でも 著者のような 人は この現場に 何度も通って それを伝える事ができると。
私たちも こういう 情報を見ても 何もできないと まずは思ってしまうけど
高額の寄附ができなくても わずかなら寄附ができる。
寄附を継続できなくても こういった 現状を知る事も 大切な役割だと思う。
日本以外の地域では どのような事が 起きていて
多くの命が 失われている。
なんと 悲しい事でしょう。
この 悲しみを 止める為には
私たちは これから どうしたら良いのか 考えてみる必要があると思います。
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Posted by ブクログ
ネタバレ岩手県岩泉町にある「なかほら牧場」。牧場主の中洞正(なかほらだたし)さんは、幼い頃から牛を普通に飼って生活してきて、大人になったら牛飼いになると決めていた。ほとんどの友達が成長するにつれ都会に出ていき牛飼いになる夢など持たなくなってからも、中洞さんは牛のことしか考えていなかった。16歳で、埼玉の牧場で近代酪農を学びました。牛飼いに勉強はいらないと思ってきた中洞さんだったが、高校・大学で酪農を学ぶ事にしました。
近代農業を学び、最先端の酪農をしようと意気込んだのですが、効率的に、牛をモノのように扱う近代農業に疑問もあった。そんな時、山地酪農を知り、これこそ自分が本当に求めていた牛と一緒に幸せに暮らす美しい酪農だと確信した。
はじめは貸してもらった、電気も水道も通っていないジャングルのような山で、数頭の牛からはじめた酪農。貯金がたまるはずもなく、数年を過ごした。
限界かと思った時に、酪農家を増やすという国の事業が立ち上がった。国のお金で、50ヘクタールの土地と牧場施設、牛舎、冷蔵庫、トラクター、酪農家が生活する家までも揃えてくれる。総経費は2億円だけど、そのうち1億3千万円を国が払ってくれる、残り7千万は酪農家の借金で働きながら返していく事になるという。
中洞さんは、このチャンスに賭けた。
国の指導も入って近代酪農のやり方を押し付けられる事もあったが、中洞さんが理想とする、日本のもともとの草を育ててそれを牛たちが食べる酪農。牛たちは山で自由に動きまわり、氷点下にまでなる冬でも山で過ごせる強い牛たちが育っている。ふたの裏にクリームができる自然な牛乳。
今の牧場になってからも、たくさんの困難を乗り越えてきた中洞さん。熱い思いが伝わるノンフィクション