水村美苗のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「読まれるべき言葉」(文学テキスト)が読み継がれなくなったら国語は亡びる。国語としての日本語を護るには、国語教育において日本近代文学(漱石や鴎外)を読ませなければならない。
そのためには国語の時間を増やす必要があり、英語の時間を減らす必要がある。「全員バイリンガル化」のごとき英語教育の「充実」をやめる。英語教育は限られたエリートに与えればよく、ただし本物の英語力を育てなければならない。学校は英語を読むことへの入り口を提供すればよい。充実すべきは国語教育であり、日本近代文学を読む時間である、という主張だった。
それには納得した。ただ、ぼく自身は、国語教育の本来的な使命として、「論理的に考え、伝える技術」の訓練も重視している。いまの文学偏重の国語教育は、それが扱う作品が現代であれ近代であれ、生産的ではないと考えている。 -
Posted by ブクログ
本の評価うんぬんの前に、漱石という日本を代表する文豪が手掛けた未完
の遺作に手を加えようとする試みを決心した水村氏にまず敬意を表したい。
これは、未だかつて誰もやろうとしなかったこと、あるいは過去に誰かが
やろうと思いつつも勇気を出せずに思いとどまったことであろう。
水村氏は本作がデビュー作ということだが、新人作家にしてこの決断力は
他に類を見ない。現代文学界の歴史に名を刻まれる偉業だと信じて
止まない。
それだけに、作品の出来が非常に惜しく思われる。
漱石の文体はうまく真似できており、雰囲気だけであれば漱石のそれと
大きく変わらない。問題は、心理描写のカットである。これは本人が
認めているように、実力不足から来る断念せざろうえない省略である。
清子が初めて登場するのは『明暗』の後半部分である。
そのため、漱石が描いた清子の心理描写はお延らと比べて圧倒的に
少ない。したがって、清子が何をどう考えているのかといった、清子の
人となりを決定づけるヒントがあまりにも少ない。水村氏はこの不利な
スタートラインから駆け出し、本作の鍵を握る清子を動かし、物語を
締めくくらなければならない。キーパーソンの清子が不十分な描写で
終われば、読者は皆本作に好意を抱かないであろう。
ストーリー自体は評価したい。
私の考えた結末とは異なるものの、水村氏の結末もまた一つアリだと
認めたい。
全体的に心理描写が足らず、特に清子に至っては思惑が読み取れず、
ある意味謎の人物のまま表舞台を去ってしまった印象を受けた。
これが物語を薄っぺらくしてしまっている大きな要因であると考えられる。