一川誠のレビュー一覧
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ネタバレp92
感情が生起してから、それに対応した身体的反応が生じると考える人が多いことでしょう。たとえば、悲しいから泣く、怖いから震える、楽しいから笑う、などなど。ところが、感情と身体的状況との関係については、逆のパターンもあります。泣くから悲しい、震えるから怖い、笑っているから楽しいといったことです。
実際、感情の生起によって生じると考えられるさまざまな生理的反応、たとえば、心拍が早くなったり、発汗したりすることは、自分の情動の生起を経験するよりも早く生じることが知られています。ただし、身体の生理的反応だけで感情が生起するわけではなく、そうした生理的反応の原因をどのように帰属させるかによって、情動の種類や生起が決定されます(情動二要因理論)。つまり、自分自身の感情の内容は、外界や身体情報にもとづいてラベルづけされることで決定されるのです。
・マガーク効果
視覚が聴覚に影響
・ラバーハンド錯視
・ダブルフラッシュ錯視
視覚が聴覚に影響される
p148
自分の持つ信念に合わないことは認識されにくいという特性があります。仮にその事柄が認識されたとしても、記憶には残りにくいのです。
逆に、自分の持っている信念に合致することが生じた場合は認識されやすく、記憶にも残りやすいのです。そのため、いったん獲得された信念は強化されやすく、破棄されにくいことになります。このような信念の維持されやすさは、「確証バイアス」と呼ばれる認知的錯覚の一つです。
実際の事柄と対応しない信念は「迷信」と呼ばれます。
p152
自尊感情とは、自分自身が意義のある存在であるとする感情的判断のことです。…
私たちは、自尊感情を傷つけないように、自分の失敗はあまり認知しませんし、記憶もしません。うまくいったことだけ覚える傾向があります。
自分の引き起こした出来事に対するこのように都合のよい認知を行う傾向の基礎には、自我防衛機制という自尊感情の保全の仕組みがあると考えられます。おそらくは、自分の本当の能力を正当に評価することは、自我の安定にとっては厳しすぎることなのでしょう。
この自我防衛機制には、さらにやっかいな特性があります。自分の信念と一致しない情報の提供者や、自分が高く評価しているものの価値を低下させる人やものについては、心的価値を落としたり、嫌いになったりしやすいのです。
これは、自分が信じていることがら、自分が信じている高く評価している対象と、その対象を低く評価する情報やその情報の発信源の両方を認めることで生じる認知的な不協和を避けるための自動的調整によるものと考えられています。
・虚記憶
・現状維持バイアス
・正常化バイアス
・楽観主義バイアス
・確証バイアス
・同調バイアス
・コントロール幻想バイアス
・損失回避バイアス
・計画の誤謬
・集団浅慮バイアス -
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ネタバレ時間の使い方が生き方として納得できるものであるか確認する。優先順位の入れ替えで、直近のものは動かさないほうがよい。長年続けてきてうまくいかないことは、経済合理性で判断する。行動スケジュールに実際できたこと、できなかった理由、かかった時間を記録する。早めに取り掛かる。目的勾配を利用するために。休憩は、注意補足への対応。どうも主観的時間が他の人より遅そう。ウエブ検索は予想外が少ないので主観的時間を短く感じがち。記憶について、ピークエンドの法則を考えて行動。記憶は上書きされる。大きな決断については、遠い将来のこととして考えたり、遠い過去のこととして現在を振り返り適切な意思決定はどうなるか考えてみる。対象までの時間的距離を変えてみる。現在志向バイアス。サーカディアンリズムはなるべく逆らわない。
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人間の記憶と心理の仕組みから生じる誤記憶や判断の誤りについて解説している。
前半は人間の身体能力や本能を他の動物と比較。個々の能力値としては決して優れているとは言えず、むしろ弱い部分が多いことを示している。ここまでは「生物としての人間」からのアプローチが面白かった。
中盤では各種心理テストを基にし、人間が「合理的な判断」を誤る例を紹介しているが、調査方法が「結論ありきでは」と思えたりテスト数が分からなかったりで、眉唾の印象が拭えない。
後半はこれらを踏まえて、機械を使った判断の合理性、妥当性をSFの要素も交えて説明して結んでいる。「囚人のジレンマ」の話は分かりやすく、少なくとも今の技術ではこのジレンマを解決できないこと、それを自覚した上であらゆる環境に適応しなければならないことを結論としている。 -
Posted by ブクログ
時間を物理的な時間と体感時間に分けて解説。
体感時間は伸びたり縮んだりして変化するものであり、著者の専門分野、心理学の観点で解説している。
実際、時間を長く感じたり、短く感じたりする状態を不思議と感じつつも、そういうものと勝手に思い込んでたけど
この本を通じて言語的に理解ができた。
スマホ見ている時間が早い理由もわかり、逐一時間を意識することで以前よりもスマホを使用する時間が少なくなった。
時間を意識するってことを学んだ。
評価はもっと高くても良かったけど、途中から様々な研究のことなどいろんな角度から解説して言って、自分には難しかったな -
Posted by ブクログ
特別な時間を増やす。過去の記憶を思い出すことにより、人生が幸福になりますという内容であった。
最近の時間関係の本は、やるべきことを効率化して自由な時間をつくれ!
のような本が減少しつつあると感じる(自分が選ぶ本がその類になっている可能性もある)。
本書では、時間を作ったとしても、その時間が有効的に活用できるとは限らないことと、タイムパフォーマンスを上げることは、時間を圧縮するだけで、人生が味気ない物になってしまうということとのこと。
では、どうするか。
•過去の記憶を記す。反芻する
→思い出すことでポジティブになれる。ネガティブだった記憶でも、プラスに働くことがある
→詰め込みすぎると、『忙しかった』という感情のみ残って内容が残らないので、写真を撮り記録を残す。振り返る。
→複数の作業を連続してやらない。区切りをつける。(例えば:場所変える。ランニング)
•人生を流れるように過ごすのではなく、事柄一つ一つに意味を見出す。
そうすることで、豊かな人生になるということだ。今思えば、高校生のときに頑張ったことや、社会人に成り立ての頃の失敗があり、自信が付き、心が鍛えられてきた気がする。
今後は記憶。エピソードが少しでも濃く残るように意識的に日常を振り返りたい -
みんなそれぞれ 心の時間
- カート
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試し読み
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Posted by ブクログ
以下、引用
●では、こうした言語を駆使した能力によって、知覚や認知のさまざまな問題を解決することはできるでしょうか?このことに関しては、興味深いことがいくつかわかっています。まず、経験や文字による伝達によって得られた知識によっては、なかなか錯覚や錯視は補正できないという点です。ただし、知識によって観察の際の枠組みを与えられると、錯覚や錯視を減らせる可能性があります。たとえば、「ミューラー・リヤー錯視」という有名な図があります。「<―>」「>―<」という二図を並べて見ると、中央の線分は、両端の矢羽根が内向している(前者)とより短く、外向していると(後者)とより長く見えるというものです。この錯視において、観察者に、それぞれの主線の端点をつないだ線が平行に見えるかどうかを判断させると、錯視の量が減ることが知られています。観察の枠組みについてのこうした知識を得ることで、錯視の程度を軽減することは可能です。しかし、こうした知識による効果は、当然のことながら、そうした枠組みのもとで観察できる状況に限定されます。
●たとえば、エビングハウス錯視(第一章図1-2)では、周囲の円の大きさとの対比と、その差の強調によって、中央の円の大きさが違って見えるという錯視が生じました。ところが、中央の円を、オセロゲームの石のようなものに置き換え、人差し指と親指とで「摘まむ」ときの指の間隔を測定すると、周囲の円の大きさが大きくても小さくても、錯視は認められませんでした。(中略)つまり、見るための視覚情報処理と、身体的動作のための視覚情報処理とでは、どうやら処理様式が異なっていて、同じ対象を観察していてもそれらの間には乖離があるようです。→指さし点呼、五感を使っての確認。
●テレビコマーシャルなどでよく使われているテクニックに、売り込みたい商品と人気のある俳優やスポーツ選手とを、同じ映像中に示すというものがあります。さらに、BGMに有名なヒットソングを流したりするのもコマーシャルではおなじみの手法です。一度であれ繰り返しであれ、人気者や高評価の音楽などと対で提示された対象は、その後、単独で提示された場合であっても、魅力的と評価されやすくなる傾向があります。この効果は、一度だけの対提示でも生じることがありますが、繰り返し提示する方が、より大きな効果が期待されます。
●カウネマンが指摘したように、人間は認知的に怠惰です。そのことを考慮すると、この現状維持バイアスは、状況を変えることで生じるかもしれない実質的な不利益や心理的負荷を避けようとする傾向の現れかもしれません。実際、意思決定を長時間繰り返した後に個人の決定の質は低下することが知られています。意思決定は、それを行なうためにある程度の認知的負荷がかかります。そのため、意思決定をすること自体が、それなりにストレスフルな認知課題と言えます。
●実は、私たちは、自尊感情を傷つけないように、自分の失敗はあまり認知しませんし、記憶もしません。うまくいったことだけ覚える傾向があります。(中略)失敗を起こすかもしれないという、自分に不利な情報も自尊感情を傷つけることになります。そのため、失敗しやすさ自体、一般的には認知されにくく、記憶されにくくなります。逆に、自分に都合の良い情報は、他の情報よりも認知されやすく、記憶もされやすいのです。このような特性があるため、人間には失敗のリスクを過小評価しやすく、そのことによって、かえってリスクが大きくなりやすいという困った特性があります。
●たとえば、家屋や家財の損害を避けようとするような損失回避バイアスが、避難行動を遅らせることを指摘しましたが、(中略)避難をしないと、あるいは避難が遅れると、命や家族など、家屋や家財といった目の前にある物品よりもずっと高価なもの、大事なものが失われる可能性が高まることを指摘するのです。(中略)同調バイアスについては、周囲に先んじて自分だけ避難することを困難にする可能性を指摘しました。しかし、自分以外の多くの人がすでに避難行動を起こしていると認識すれば、同調バイアスによって、それと同様の避難行動を誘発しやすくなります。たとえば、実際に避難をしている人たちの行動を見せたり、あるいはその映像を見せたりすることで、それを見た人に避難行動を促すことになるでしょう。(中略)また、危険の兆候が認められた場合、あらかじめ早めに避難行動を採ることを自治会などの集団内でルールとして決めておく(中略)そうしたルールは、自分一人で決めてもなかなか実行できません。ところが、集団で決められたルールは、その集団への帰属意識が高いほど守られやすいのです(集団浅慮バイアス)普段から自治会で集会を開いたり、集団で避難訓練を行なったりするといった帰属意識を高める工夫と、こうしたルールを組み合わせれば、さらに効果的に避難行動を誘発することも可能です。
●ある状況を実際に体験していなくても、その状況を繰り返し想像すると、その状況について体験したような虚記憶が形成されます。つまり、実際に自分が行ったことがない行為でも、その行為をしたところを繰り返し想像していると、やがて、虚記憶が形成され、自分で実際にその行為をしたように思い出されるようになることがあるのです。この現象は「想像力の膨張」と呼ばれています。この想像力の膨張は、記憶の元が、実際の体験なのか、あるいはそのことを想像したことなのかが混同されるという点では、ソース誤帰属の一つとみなすこともできるでしょう。
●過去の感性的体験に関する記憶は、事後の情報によって捏造されたり、膨張されたりしたものかもしれないし、ピーク・エンドの法則に従ってあまりに簡易に集約されたり、自我防衛規制によって検閲的に編集されたりしたものかもしれません。感性的判断に関する記憶については、正確さを求めるのは困難で、変容された可能性が高いものとして受け入れるしかないようです。
●さらに、機械まかせの判断が多くなることは、日常生活上の私たちの覚醒度を低下させることも予想されます。自分自身で注意を配っていなくても、何かあれば機械が警告してくれるのですから、そうした道具がなかった場合と比べると覚醒度が低下してしまうのは当然のことかもしれません。覚醒度の低下は、全体的な認知処理のレベルを低下させることになるでしょうし、その結果として、日常的なさまざまな気づきは今より減ってしまう可能性もあります。そのことが私たちの生活に及ぼす影響は小さくないでしょう。