先崎彰容のレビュー一覧
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ネタバレ「ものさしの不在」「処方箋を焦る社会」をキーワードに、二項対立や型にはまった価値観に対して筆者が覚えた違和感について、歴史や思想家のことばを参照しながら考える。
現代日本は「普遍的な価値や真理」が存在しない相対主義の時代、各人バラバラに正解を導き出す必要がある。その困難と不安に耐えきれず、「反原発」や「アメリカ批判」といったわかりやすいスローガンについ飛びついてしまう。そして、友と敵を明確に分け、敵対する勢力を排除することで友=つながりを強固にしようとする。しかし、自分の考える「正義」を声高に叫ぶのではなく、微妙な均衡点を探りだし新たな秩序をつくりあげるために、理解困難な他者と粘り強く交渉を -
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「知の巨人」ともいえる国学の大成者、本居宣長の前半生とその和歌論、源氏物語論を中心とする著作に焦点を当て、宣長の儒教や仏教等の「西側」の普遍的価値との葛藤を明らかにするとともに、これまでの「もののあはれ」論の更新を目指し、宣長は恋愛や女性的思考を重視し、「肯定と共感の倫理学」を提起したと主張する、宣長の実像に迫る論考。
単なる本居宣長の伝記というのではなく、日本文学史や日本思想史を縦断する重厚な中身の作品で、本居宣長の思想にとどまらず、江戸時代の儒学の展開、和歌論、源氏物語論、日本の国号論などのトピックも含め、とても勉強になったし、考えを深められた。
原典も豊富に引用しつつ、丁寧に読み解かれて -
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現代の思想家の中で頭一つも二つも抜けていると思っている先崎彰容氏のナショナリズム論。
江戸時代〜現代に至る日本の思想史論でもあり、氏がとにかく頭脳明晰の天才だと言うことがよく分かる著書。
その知識と熱量が、新書と言うフォーマットに収まりきっていない。
江藤淳も丸山眞男も未読なので、日本思想史もより深く学んでいきたい。
当時先崎氏は福島の大学に勤務されており、本書の執筆時は東日本大震災直後の仮設住宅という特別に極限の状況だったようだ。
さらに出版からも既に月日が経過しており、今この本に感想を書くのは適切ではないかもしれないが、読書メモとして下記を。
冒頭に、ナショナリズム=全体主義と誤解され -
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最初の方は理解しやすかったけれど、途中から難しくてついていけなくなった。
とはいえ、ナショナリズムに対する誤解があること自体は理解できた。
ナショナリズムは、全体主義や擬似宗教、民主主義のいずれともイコールではないこと。
著者の言うとおりにまさに「誤解」していた私にとっては、勉強になった。資本主義は変化や移動、破壊や拡散が前提となっており、安定した世界とは程遠い。
拡大は帝国主義であり、収縮は独裁や擬似宗教。いずれにしても安定していない世界であり、価値観が変化し続けているから、物事の判断軸がぶれて自分自身が不安定になっている人が増えているのかもしれない。
だからこそ、反対に確固たる自分の軸を持 -
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「ものさし不在」で、さまざまな「正義」が跋扈し、騒々しいまでに「処方箋を焦る社会」に対する違和感を先崎先生が斬る。
東日本大地震後の原発反対運動、安保法制反対デモ等が激しかった頃、著者が感じた違和感をベースに論じられる日本の姿は、驚くまでに今、コロナ禍で感じられる違和感とも相似している。
自らの正義を疑わず、「〜であるべき!」「反◯◯」を唱える人々。権力を持つものは悪で、民衆は善であるという決めつけ。
我が正義こそが普遍的であると押し付け、人の意見に聞く耳を持たない人たち。相手の尊厳をも尊重しない言葉の暴力が溢れた社会に疲れ果てている私に、この著書は静かに語りかけてくれる。
この本に引用 -
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この本から感じるのは、何よりも「思考の熱量の高さ」。新書という紙幅の制限の中に、葦津珍彦、ハンナ・アーレント、江藤淳、オルテガ・イ・ガゼットなどの思想を援用、敷衍しつつ、健全なナショナリズムの復権を説く。
個人的には、海外の左翼と日本の左翼との大きな差は、夫々の属する国への思慕の軽重にあるように思っていた。どうも日本の左翼には、「自分の国」を何とかしようという意識が薄すぎるのだ。
非常に多くの要素が熱く語られており、少々とっ散らかった印象を持ちつつも、最後半部に、高坂正堯の有名な「国家を形成する三つの要素」の話があり、何とかまとまった感がある。以下引用。
『国家には三つの要素がある。「力 -
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YouTubeで先崎さんが話されている動画を見て、この方の考えに触れてみたいと思い読んでみた。
日本古典というものは、学校の古文の授業で触れた程度。本居宣長という人物もテスト勉強で名前を覚えた程度の人。
そんな私にはなかなか難しく、堅苦しいものではあったが、こういう種類の本は読んだことなかったので新鮮だった。
何が言いたかったのかは正直よくわかってはいないが、日本の人々はこんなにも昔から「西側」の普遍的価値観との間に揺れていて、揺れたときには自分の起源や根元的なものへ遡りたくなるのだなと思った。外国と対峙しなければそんな必要もなかったのかもしれないけど、対峙したそのときから自分と相手を比較 -
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「西郷隆盛」という存在に何をみたのでしょう?
著者は私たちが抱く「維新の英雄」という記号化された西郷像を5人の思想家を通じて鮮やかに解体してみせます。本書の核心は、西郷を「巨大な矛盾を内包した人物」として捉え、近代化の光と影の狭間で藻掻く姿を描き出した点にあります。
明治維新という時代の転換は、単なる政治体制の変化ではなく、価値観の根本的な断絶をもたらしました。特に印象的なのは、「経済に政治が飲み込まれる」過程への指摘です。合理性や富国強兵が優先されるなかで、西郷は取り残される者たち、すなわち「滅びゆくものへの愛」を貫こうとしました。彼はロマンチストであり、大久保利通とは異なり、冷徹な計算 -
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明治から昭和にかけて、西郷隆盛という人物にどのような思想が投影されてきたかを論じた本。
様々な思想家たちの西郷に対する考えが説明されてきたが、西郷の思想を表す言葉である敬天愛人の「天」をどう捉えるかが異なっているのだと理解した。つまり、思想家たちの間で反近代の象徴として、西郷を掲げることは一致しているが、その代わりに何を「天」として重視すべきかという考えが異なっているのだと思う。
西郷を論じてきた思想家たちと比べて私の知見はあまりに少ないが、それでも個人的な意見を述べるのであれば、もっとシンプルな思想の持ち主だったのではと考える。つまり、その時々で、理屈ではなく感覚的にこれが天命だと考えた -
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『古今和歌集』や『源氏物語』にかんする本居宣長の思想を中心的にとりあげて、「もののあはれ」の解釈と「日本」のアイデンティティについて、彼がどのようなあたらしい見かたを提示したのかということが追求されています。
著者は、2023年におこなわれたG7広島サミットと、1943年におこなわれた大東亜会議の写真をならべて比較することで、本書の議論を開始しています。この二枚の写真は、普遍的な価値をもつ国際社会を意味する「西側」への日本のかかわりかたが、この間に大きく変わったことを示しています。しかし前近代においては、中国が普遍的な秩序を意味する「西側」の役割をになってきました。著者は、「西側」の秩序のな