あらすじ
これから先、日本はどうなるのか?どのような国のかたちが皆の幸せになるのか?経済成長だけ追い求めていていいのか?日本人らしさとは何か?天皇制とは?福澤諭吉から保田與重郎、丸山眞男、橋川文三、網野善彦まで、23人の思想家が、自分の喫緊の問題として悩んだ、近代化と戦争、維新と敗戦を軸に、日本の150年を振り返る。思想家の悩みは普遍であり、危機の時代の私たちのロールモデルなのだ。
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
明治期から戦後にかけての思想家の紹介をしている前半パートがとてもよかった。
高山樗牛や伊東静雄は知らなかったが、この本をきっかけに興味を持った。
現代日本の精神的な課題の根っこは、明治、大正期の近代化の時代にあり、様々な思想家が語ってきているのだと知り、この時代のことをますます知りたくなった。
Posted by ブクログ
何せ取り上げる思想家の数が多いから、一人一人の浅い紹介だけで、しかもそれの参考図書をつけてのレビュー本に見えるが、全く違う。一人一人の紹介も浅くないし、全編通し、一冊を読み込んで見えてくるものがある。この本には近代日本思想における「巨人の肩」がしっかりとある。
思想家とは時代を診る医者である。これは、著者先崎彰容の言葉だが、であれば時代に巣食う病理とは何か。その処方箋たるは、近代日本ではどう自覚的に変遷したのか。本著は、価値の転変、過去の思想たちの言葉の世界に没入すると決めた先崎が日本人の思考の足跡を追いかけ、結晶化された思想史だ。
大衆はいまだに「ワンフレーズ」で、集団化する。集団化した後、為政者が戦争や政権交代などで変わり、価値観が転変しても大衆は生きる。戦前、求めていたワンフレーズを失っても、ただ生きる。思想家に嫌悪されようとも、為政者に利用されても、生きる事が先ずあるのだから、思想とは、結束の道標として、むしろ大衆に利用されるだけのものでもあるのでは。つまり、構造的には、それは天皇制でも、自民党政権でも、飯が食えてれば良い、というのが土台であって、現代社会が飢えや理不尽な暴力を齎さず、安全衛生である限り、我々は従順であり続けるはずだ。
ー 丸山のような「思想家の言葉」はなぜ、私たちに必要なのだろうか。たとえば改治家の失言は、国内外に反響をひき起こす。日銀総裁の言葉は、株式相場の動向に直結することだろう。彼らの言葉は現実に密着していて、人びとは新聞やニュースで日々、彼らの言葉を注視する。たいして思想家が何か言ったからとて、眼前の現実は変化しないように思える。思想家など、しょせん時代を批評しているだけではないか。腕組みして社会を眺め渡し、分かったような正論を吐いているだけではないのか。
ー 橋川文三、と聞いてもピンと来ない人も多いだろう。彼は政治思想史家・丸山眞男の、いわば「鬼子」で、晩年の三島由紀夫とのあいだに論戦をくり広げ、三島も一目置いた思想家である。三島は天皇についての自分の考えが橋川に論破されたとき、彼を天才であると認めている。
ー 民俗学者・柳田國男は、敗戦間近であることを知らされた当時、すでに七十歳を過ぎていた柳田は、「いよいよ働かねばならぬ世になりぬ」と思った。今度の戦争で、多くの若者が死んだ。若者が死ぬことは、二重の悲劇をもたらす。「家」の中心を担うものの死は、同時に、親の死を受け止め送りだすものの不在を意味するからだ。本人だけの問題ではない、家の存続が脅かされてしまう。だから棚田は、日本人にとって家とは何か、死をどう考えて来たのかを解き明かしたい、そう決意したのだった。日本人の死生観を見ていく上で、もっとも重要なのが、多彩な柳田の学問の骨格をなす「氏神信仰」だった。日本人の仰について考えることは、結局、この現実世界でどのように生きるべきかという倫理問題につながり、ひいてはどのように死んでいくかにつながっている。その死生観と倫理観は、ともに氏神信仰を調べることによって分かるわけである。膨大な無名の人びとの足跡、資料をめくりながら柳田は思いをめぐらす。すると私たちが死を意外なほど怖れず、死者となった後も故郷近くの小高い山のうえに留まり、親族を見守っていることが分かってきた。盆には家族のもとへ舞い戻り親しく食事をともにし、しかも死者は次第に生前の人格をうしない「先祖」になっていく。
ー 敗戦とは政治的な敗北に過ぎず、政治に指示されて、天皇への評価など変えれば、それは学問の敗北も意味する。文化が政治に敗れる事は許されないと和辻哲郎は思った。
ー だが敗戦のあの日以来、世間の評価は一八〇度変わってしまった。戦争は誤りであり、悪であり間違っていたのだ。だとすれば、あのとき自分の全てを懸けてだした結論は、不正解だったことになる。どれだけ真剣に真面目にだした結論であっても、人間は間違う可能性があるのだ。
戦争中、日本人はきわめて緊張した連帯感をもち、生活を送っていた。それは非日常が日常であるような日々であった。それが終戦によって決定的に解体したとき、吉本には人間が連帯することへの決定的嫌悪感が襲ってきた。いっぽうで、闇市でエゴイズムの極限状態を生き、連帯感を放棄して顧みないバラバラの人びとにも、違和感を覚えたのである。そして何よりもそうした人間の一人である「自身」に激しい嫌悪を覚えた。
でも大半の人びとは何事もなかったかのように、戦後もしたたかに生きている。「民主主義」であれ何であれ、戦後に配給された価値観になんら疑いをもたず、飛びつき生きている。この事実が吉本には理解できなかった。骨の髄まで「正しい」と思っていたことが崩れる。なのに人はなぜ傷つかないのか。躓かないのだろうか。
徴しい人間不信が、吉本を襲ってきた。社会全体が嘘で塗り固められている。しかも自分もまた、いくら真剣に考えてもその嘘に騙されてしまう。私たちはなんとつまらない存在なのだ
ー かくして吉本は、戦前の天皇制であれ戦後の民主主義であれ、人間存在とは「幻想」を喰って生きる生き物であると断定した。とりわけ国家は、私たちの共同幻想の典型的な産物であり、どのような経緯で国家が成立するのかを、その起源にまで遡ることによってはじめて批判解体できると考えた。「国家は悪い」と決めつけ、反権力的発言をする者ならいくらでもいたが、吉本を特異な思想家にしているのは、国家を起源にまで遡ってあきらかにするという独自の方法だったと同時に、絶対的真理や普遍的正義などはしょせん共同幻想にすぎず、この世に存在しないと気づいた以上、この究極の相対主義をどう克服するかが課題となった。
ー 三島由紀夫が果たしていない約束。あの戦争で死んでいったものとの約束。彼らが何のために命を投げ出したのか、三島なりに答えなければならなかった。
ー 戦争・天皇・終戦・民主主義、いずれにしてもワンフレーズの言葉が世間を覆いつくし、善悪の判断基準になってしまう。このような蛮勇を安吾は嫌悪し拒絶した。たとえば安吾は、「政治」という言葉を二つの意味に使い分けている。ひとつは、人びとを集団化する熱狂的な行動のこと。この熱狂の中には民主主義や共産主義も含まれている。
ー 後発国家の日本が西洋文明に触れると二つの人間類型ができる。両者は、風習や感情まであらゆる価値の転換をせまられ、はげしい葛族に見舞われた日本人のある種の典型である。豪傑君は、この二種類の人間を「昔なつかし」と「新しずき」の人たちと呼び、批判すべき側は「昔なつかし」の連中だとする。なぜなら彼らは、昔気質の悲情峡慨型の人間であって、フランス革命の歴史を読ませても、立法議会や国民公会ができたことには目もくれず、ロベスピエールの暴虐に興奮を覚える連中だからである。
Posted by ブクログ
【福沢諭吉】
16
政体(政府の仕組み、立憲主義など)と政務(政府の事務、制度のあり方などの議論など)
【中江兆民】
26
「新しずき」=理論に傾きすぎ、時と場所を忘れる否定的側面
【高山樗牛ちょぎゅう】
33
「今後のわが日本は、快活に能動的に、日本の自己主張をせねばならない」
【北村透谷】
【石川啄木】
51
弱々しい個人主義
【岡倉天心】
62
アジアの連帯
【頭山満】
【三木清】
【保田與重郎】
【萩原朔太郎】
93
漂泊者、家郷喪失者
【伊藤静雄】
【丸山眞男】
【江藤淳】
119
文学者=政治を行わない。政治的連帯を叫ぶ丸山などの知識人を否定した。
【竹内好】
126
日本浪漫派
【橋川文三】
【柳田國男】
138
氏神信仰
【和辻哲郎】
【吉本隆明】
【三島由紀夫】
【坂口安吾】
169
政治
【網野善彦】
【葦津珍彦うずひこ】
【高坂正嶤まさたか】
193
絶対平和主義
203
福沢諭吉と西郷の評価
226
nationalismとpatriotismの対立の解消
275
三島の天皇観と後醍醐天皇