高峰秀子のレビュー一覧
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高峰秀子が1975年に「週刊朝日」で半年にわたり連載した半生記。改めてまとめて読むと、貧困の幼少期から、大スターに寵愛される少女時代、大人の自我が芽生えてからの養母との激しい確執、その間もただひたすらに働きに働いて、やっと松山善三という魂をゆだねられる人に会ってからの幸せと、一大叙事詩子が1975年に「週刊朝日」で半年にわたり連載した半生記。改めてまとめて読むと、貧困の幼少期から、大スターに寵愛される少女時代、大人の自我が芽生えてからの養母との激しい確執、その間もただひたすらに働きに働いて、やっと松山善三という魂をゆだねられる人に会ってからの幸せと、心打たれることばかり。
晩年の旅行や美味や生活のこまごまを綴ったエッセイにあふれる幸福感は、これらの苦難を背景に成り立ったとてもとても尊いものだと、改めて思うのです。 -
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「私の渡世日記(上・下)」に続き、映画女優の高峰秀子さんによるエッセイ集。女優を引退して70代になってから、それまでかかわった人たちとの思い出をつづっている。ここに紹介される人たちの多くは故人であり、彼女自身が人生の総まとめ・備忘録的に書いたようだ。
子役で学校に行かれなかったから本人は「学が無い」というが、読書家であったこともあり教養があり、文章はこなれていて読みやすい。また、大女優だったという尊大さが全くない。黎明期の日本の映画業界の裏話や、誰もが知る有名な映画監督や演出家たち、芸術家や作家や政治家とのやり取りも興味深いが、一番面白かったのがタイに住む知人の話だった。
彼女は独身のころ、今でいう毒親ともいえる養母との関係に悩んだようだが、晩年は素晴らしい伴侶と幸せに暮らせたようだ。彼女の人柄が良くわかるエッセイ集である。 -
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5歳で子役に抜擢されて以降、晩年まで女優として生き抜いた高峰秀子さんが50歳ごろに書いた、自叙伝。2011年に亡くなったそうで、リアルタイムで彼女の演技を観た記憶がないが、もう少し上の世代にはなじみがある女優のようだ。数えきれないほどの映画に出演していたので、子どもの頃からの写真がたくさん載せてあって興味深い。
華やかな世界に身を置いているが故に、家族・親戚や知り合いからも経済的に頼られ何人も養わなければならず、自分は学校にも行く暇もなく働きづめだったと書いてある。そして人生で一番輝く時期であるはずの10代後半に太平洋戦争があり、青春時代を楽しむことができなかった。普通の日本人とは全く違う人生を送ってきたようだ。文章から、比較的楽観的でおっとりした性格であることがわかる。学問が無いのがコンプレックスということが書いてあるが、時世をきちんと把握していて、知的な人柄である。
動画で彼女の出演した映画を観てみようと思う。 -
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「高峰秀子」のエッセイ集『にんげん住所録』を読みました。
「高峰秀子」作品は昨年10月に読んだ『おいしい人間』以来ですね。
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大切な人々とのかけがえのない思い出
「小津先生」と行った御茶の水、「クロサワ」が手の甲に置いた「蚊」、「美智子妃」からの一筆など、極上の思い出を端正な語り口で綴った一冊
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「高峰秀子」が、かけがえのない想い出… 「小津安二郎」と行った「お茶の水」、「黒澤明」が手の甲に置いた「蚊」、「木下恵介」が胸ポケットから取り出した一枚の写真、「佐藤栄作」夫人の「寛子さん」からの電話、そして「美智子妃」より思いがけぬ一筆など、大切な人々とのとっておきの記憶を、端正で歯切れのよい語り口で綴るエッセイ集です。
■あなた食べます
■店仕舞
■もうすぐ春です
■住所録
■人間スフィンクス
■クロさんのこと
■老いの花道
■私だけの弔辞
■私のご贔屓・松竹梅
■たけしの母と秀子の母
■栄作の妻
■五重塔と西部劇
■美智子さまへのファンレター
■呼び名
■身辺あれこれ・年金化粧
■私の死亡記事「往年の大女優ひっそりと」
■あとがき
『私のご贔屓・松竹梅』で、「沢木耕太郎」作品の愛読者で、自分がテレビ局のCMスポンサーなら「スカッと爽やか耕太郎」というキャッチフレーズで登場してもらいたいと思っていたことと、自らの死亡記事を書いた『私の死亡記事「往年の大女優ひっそりと」』が印象的でしたね… 結果的に本作が遺作となってしまったんですから、ご自身の死を意識して書かれたんでしょうね、、、
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女優・高峰秀子さんが三ケ月ほど前に死亡していたことが判明した。
生前「葬式は無用、戒名も不要。人知れずひっそりと逝きたい」と言っていた。
その想いを見事に実践したようだ。
彼女は十八歳の時、盲腸炎の手術を受けて以来、その死までの数十年間、医師、病院の手を煩わすことは全くなく、健康保険証には一字の記載もなかった。
故に死因は不明。
死亡診断書を認めた医師は「病名はわかりません。強いていえば天寿でしょうね」と言った。
昭和五十四年にスクリーンを退いたが、その死に至るまで多くのファンの親切と厚意に支えられ、高峰節といわれた達意の文章で随筆集を重ねてファンに応えた。
「死んでたまるか」という文章も書いたが、相手が天寿では以って瞑すべし、しあわせな晩年であった。
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これが全文です… 実際はひっそりと亡くなることはできなかったようですが、幸せな晩年を過ごされたんでしょうね。
亡くなられたのは残念ですが、柔らかでユーモア溢れている文章は残りますからね… これからも時々、読ませてもらおうと思います。 -
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「高峰秀子」のエッセイ集『おいしい人間』を読みました。
「高峰秀子」作品は今年6月に読んだ『にんげんのおへそ』以来ですね。
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素晴らしき仲間との交友エッセイ
「内田百けん【門+月】先生」からの一通の手紙、「イヴ・モンタン」との再会、「藤田嗣治」のアパルトマンでの日本食作り、「司馬遼太郎」との食膳に「有吉佐和子」からの長電話など、大切な人々とのくすりとする思い出。
そしてカレーを訪ねてインド・スリランカにすっ飛ぶ行動力に、特製「老人食」リハーサルメニューもあって、心にも胃にもおいしいエッセイ集。
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「高峰秀子」が、素敵な友人知人たちとの想い出をユーモアと情感溢れる素敵な筆致で描いたエッセイ集、、、
素直な心と優しい眼差しで描かれる人々の人生… その人生の一部分を一緒に愉しんでるような気持にさせてくれる作品です。
■私の丹下左膳
■パリのバラ、東京のバラ
■『小僧の神様』
■気になる本『浮雲』
■夏のつぎには秋が来て
■縫いぐるみのラドン
■レースのショール
■ふしぎの国のオギス
■ヘチャプリ大王
■ちょっと描いてみたくなっちゃった
■マリー・アントワネット
■薔薇
■翡翠
■甘茶でカップリ
■人間たらし
■「アンノー」という人
■おいしい人間
■タクシー・ドライバー
■しあわせな位牌
■お姑さん
■おかげ人生
■死んでたまるか
■喫煙マナー
■羽ふとん
■カメラの中の私
■自力回復―台湾薬膳旅行
■梅原龍三郎と、キャビア
■出口入口
■眼から芽が出た
■白日夢―北京宮廷料理
■文庫版のためのあとがき
素敵な知人友人との交友録的なエッセイ、旅行記的なエッセイ、料理や食事にスポットを当てたグルメリポート的なエッセイ等があるのですが… イチバン印象に残ったのは、カレーライスへの拘りや探求を描いた『眼から芽が出た』ですね、、、
私もカレーライスに限らず、カレー&ナンも含めて、カレーは大好き… 読んでいると、お腹が空いてきて、カレーが食べたくなりました。
明日はカレーを食べるかなぁ… と、そこまで本気に考えながら読んでしまいました。
描かれている内容には、海外旅行や高級な食事等、一般庶民の生活とはレベルの違いを感じさせるものもありますが、気取らない口調で思い出が綴られているので、親近感を感じることができる作品でしたね、、、
何気ない日常にキラリと光る部分を見つけだす観察眼が優れているうえに、柔らかでユーモア溢れている文章で生き生きと描かれていることが、その要因なんでしょうね… 疲れた頭をリフレッシュするのにぴったりです。 -
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「高峰秀子」のエッセイ集『にんげんのおへそ』を読みました。
「高峰秀子」作品は3年前に読んだ『巴里ひとりある記』以来ですね。
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晩年の暮らしと感慨を達意の筆で掬った名随筆集。
「高峰秀子」が大切にした「日常という宝物」。
撮影所の魑魅魍魎たちが持つ「おへそ」とは何か?
そして、四十代から考え始めた「人生の店じまい」の心得とは?
肉親との永年の苦闘の果てに手に入れた夫「松山善三」との穏やかな暮らしを守る中で、女優にして名文筆家の「高峰秀子」が自らの歩んだ道を振り返りつつ示した矜持と鋭い人間観察眼。
人生を味わい尽くす達人による、ユーモアとペーソスあふれる珠玉のエッセイ集。
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醒めた目をした人気子役時代、撮影所のヘンで素敵な人々、人生の店じまいの仕方…… 心に残る事々が爽やかな筆で綴られているエッセイ集です、、、
1988年(昭和63年)から、1998年(平成10年)に書かれたエッセイが収録された作品です。
■四十三年目のウェディングドレス
■オッパイ讃歌
■おへそ
■ひとこと多い
■馬よ
■梅原龍三郎と周恩来
■風の出会い
■午前十時三十分
■ウー、うまい
■きのうの「人間」きょうの「人」
■アコヤ貝の涙
■ただ今自分と出会い中
■死んでたまるか
■ピエロのおへそ――文庫版のためのあとがき
元銀幕の女王が、イチ女性として、気取らずに日々の暮らしや、思い出を綴っているので、好感が持てるというか… 親近感を感じることができて、「高峰秀子」という女性の魅力を、さらに感じることができた作品でしたね、、、
風のように爽やかな「幸田文」、魅力の英雄「周恩来」、ぼけた妻に悩まされる「谷川徹三」、超変人の「木下恵介」、「黒沢明」、漬物と味噌のない夫「松山善三」との食生活、画家「梅原龍三郎」や作家「谷崎潤一郎」とのお付き合いや別れ、そして無名の素晴らしい人たち等々… 一歩退いた場所から周囲を観察して、何気ない日常にキラリと光る部分を見つけだし、人間模様の数々にスポットを当てて、柔らかでユーモア溢れる無駄のない文章で生き生きと描かれています。
淡々と批評する部分もあるけど、それが嫌味にならないところが、本人の魅力であったり、文章を描く才能だったりするんでしょうねぇ、、、
読書好きな「高峰秀子」が、帝国ホテルのグリルでのランチ後にラウンジに席を移してカプチーノをすすりながら「沢木耕太郎」の短篇集を読むシーンが、妙に印象に残りました… 個人的には大好きな「高峰秀子」と「沢木耕太郎」ですが、二人には接点がないと思っていたから、何気ないシーンでもインパクトがあったんでしょうね。
新しい発見もあり、愉しく読めた一冊でした。 -
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自分の芸、つまりは顔に責任を持てる俳優になるにはどうしたらいいか、と聞かれれば、やはり「勉強するよりほかはない」としか答えようがない。が、具体的に、どんな勉強を?と言われても私には正直いって分からない。本を読むのもいいだろう、人の話を聞いて知識を広めるのもいいだろうし、人生経験を積むのもいいだろう。それなら人生経験とはいったい何か?……。よく、子供を産んだから母親役が身についたとか、離婚をしたら演技が上達したとかいわれるけれど、それなら泥棒の役を演るには実際に泥棒の経験をしなければならない、ということになる。私にいわせてもらえば、人間になるには、俳優になるには、「ものの心」を「人間の心」を知る努力をする以外にはない、と思う。もっと簡単に言うならば、「人の痛さが分かる人間」とでもいおうか。
いつの世にも、何事においても、人の見る眼は十人十色だが、「とんちんかん」と「ないものねだり」だけは困る。受け取りようも返答のしかたもないからである。私はそうした批評への不満を新聞に発表した。過去、何百本という映画に出演してきたけれど、その映画の批評に自ら反発を示し、私の演技を正当化しようとしたことは、それまでただの一度もなかった。俳優は素材であって、素材がものを言うべきでない、と思っていたからである。
私たち日本人にいちばん欠けているのはユーモアとウイットだという。笑いは生活の潤滑油である。私はユーモア女房に徹しようと心に決めた。人を巧みに笑わせるには、並々ならぬ努力が要る。私は、森繁久彌や伴淳三郎の苦労のほどが、結婚によってはじめて理解できたわけである。演技と実生活は違うけれど、相手がいる限り、ただやみくもに自己を押し通すばかりが能ではない。それなら結婚などというシチ面倒くさいことはしなければいい。一人で暮らすほうが気楽ならそれもよし、この人と一緒に生きたいと思うなら、それ相応に努力をするのが当たりまえということだろう。古人間の私はそう考えている。 -
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楠木センセが影響を受けた本と紹介していた著書。5歳から俳優を続け、まともに小学校も行かせてもらえず、仕事に明け暮れた凄まじい半生を描いている。
しかし、丹羽宇一郎の「人は仕事で磨かれる」という著書があるが、まさにその通りで、寝る時間も十分に与えられないほどに、ずっと仕事に取り組み、また、一流の人々と交流を続けたからこそ、このような素晴らしい文章が書けるのだと思った。とても学校に行けなかった人の文章ではない。自分が恥ずかしい。
私はいつも、自分の人生を「おかげ人生」だと思い、今もそう思っている。まず、映画俳優の仕事は画家や彫刻家と違って、一人だけでは絶対にできない。だれかがライトを当ててくれなければ、だれかがカメラをまわしてくれなければ、私がいかに熱演しようとも画面には映らない。そんなことは百も承知だが、それをあえてここに書くのは、私が感傷的なのかもしれないし、お年のせいで涙腺がゆるんできたと言われるかもしれないけれど、人間は一人では生きることも死ぬこともできない哀れな動物だ、と私は思う。
私は中国のことわざにある「昼のために夜がある」という言葉が好きだ。苦労は苦労のためにするのではなく、明日という光明に向かっての下塗りだと思わなければ、とてもじゃないが無数の「恥」をブラブラぶら下げて生きてなどゆけるものではない。