仁藤夢乃のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
子どもを巡る、保育、養護、療育、貧困対策、性の多様性、居場所作りなどについて各テーマごとにコンパクトにまとめられており、第一線で活躍しマスコミにもよく登場する筆者たちが現場発の生の声で語っている。
今保育士の受験勉強の途中で、児童養護や福祉について学んでいるので、乳児院や養護施設、里親、虐待からの保護などいろいろディープな環境にある子どもたちの事情に興味があって読んでみた。
正直読んでいて辛くなる。
一般人に縁がありそうなのは保育園の待機児童問題くらいで、その他は不幸にして家庭や親に恵まれなかった子たち、または、生まれつきの障害や性的マイノリティーなどの苦労を負った子たちだ。
しかしその子たちに罪はないわけで、より傷つかず幸せな人生が送れるよう周りの大人や社会が配慮してあげる他ない。
家庭というスタッフ差し替え不可能な閉鎖環境での子育てではなく、スペシャリストの介入を受け入れながら幅広い人たちに見まもられる成長が、普通の子にも苦境にある子にも与えられるとよい。
江戸や明治の頃のように養子や里子が一般的だったり、住み込みのねえやや下働きなど家族と従業員の中間みたいな人がいた方が豊かだった気がする。
夫婦を超えていく逃げ恥ではないが、もっと気楽に血縁を超えていけないものか。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ現状は、行政や民間の支援者より、よほど裏社会の大人たちの方が女子高生たちと関係を築き、支援を提供し(但し、自分たちの商品として囲って搾取するために)、居場所をつくることに成功している。支援の窓口に来るのを待っていては、必要な支援を手元に届けられない。彼女たちのほとんどは生活に困窮して生きるために「JK産業」で働いている。「寂しさ」や「好奇心」といった類の動機ではない。
支援を届けるために積極的にSOSをキャッチして、繋がりをつくり、切れ目のない支援を行う必要がある。1つの支援機関で生活支援、就労、メンタル、家族関係などフォローすることは到底できるものではない。支援の網を広げていくことが必要。そして、1番重要なのは、子どもが「助けを求めてもいいんだ(SOSを出してもいいんだ)」「信頼できる大人って居るんだ」と思って貰えることではないだろうか。そこがスタートラインなのだと感じられた。
以下、心に残った言葉の抜粋。
「『ぐ犯少年』に対する措置はあるのに、なぜ、売春する
おそれのある男性や、少女を利用し違法に搾取しようとする大人たちに対しては何の対処もないのだろうか。少年たちは補導され、家庭や学校に連絡が行くのと同じように、犯罪予備軍の大人たちにも注意と家族や職場への連絡をしてほしい」
「日本では、学校教育における性教育やDV防止教育がほぼなされていない」「子どもや女性が性被害や暴力に遭わないための教育、身を守る方法を教育するだけでなく、男性が加害者にならないための教育や、被害に気付ける人を増やすための教育をしなければならない」
「厳しい状況にある人は大人も子どもも『人に頼る勇気』
がもてず、社会保障に繋いでくれる人とのつながりもない」
「子どもが『助けて』と言えない社会はおかしい」
「子どもを利用しようとする大人たちは、『困っている声』を敏感にキャッチし、アプローチしている。(中略)裏社会の大人たちは、具体的に彼女たちを支える仕組みを作っている。生活が困窮し、食事や住まい、託児所付きの生活支援をうたう風俗店で働く若年女性が増えている」
「彼女たちに必要なのは、①生活が困窮していても教育を受けられる状態にすること、②安心して過ごしたり眠ったりすることができる家、③安定して働ける仕事、の3つだ。それに加えて、『そこに繋いでくれる大人との出会いや関係性』」
「中高生は世間知らずで当たり前だ。世間知らずのまま裏社会へ流れ、そこで出会った大人に教育され、関係性も狭められていくケースは後を絶たない」
「『JK産業』に取り込まれていくような少女は、行政や若者支援者が窓口を開いているだけでは自分からは来ない」「表社会は彼女たちへの声かけをほぼまったく行っていない」
「裏社会のスカウトは、少女を最後まで見捨てない。一度
店に繋いだら終わりではなく、困ったことがあれば相談ののり、合わなければまた別の店を紹介し、少女の生活と成長をサポートし続ける」「一方、行政も民間も、卒業したら終わり、支援機関に繋いだら終わり、就職先が決まったら終わりという関係性や制度が多い」
→「一見、裏社会のスカウトは良いことをしているように見えるかもしれないが、商品として扱っているに過ぎない」
「どんなに社会保障が充実しても、そこに繋がることができなければ利用されるまでには至らない。社会保障の目的は『1人でも生きて行けるようにすること』ではない。人と人とが支え合い、知恵を出し合いながら生きて行くことができる社会をつくり、ほっとできる時間や笑顔になれる瞬間、気持に余裕をもてるような生活を誰もが送れるようになるための保障であるべきだ」
「少女たちに必要なのは、特別な支援ではなく、『困ったときに相談できる、信頼できる大人との関係性』」
「私にできないことなら、できる人につなぎたい。誰もいないより、ともに歩むほうがいい。だから、1人で抱えず声に出してほしい。声を出してもらえるような大人でありたい」
「一般論ではなく、あなただから、目の前のその子に
だからかけられる言葉をかけてほしい」 -
Posted by ブクログ
カタリバの同期が書いた本。
悔しいけど、乗り越えてきた波の数が違って、現時点では全く適わないと思った。
僕は「普通」すぎる。まだまだ足りない。
本書には筆者の高校生時代、高校中退後、大学入学後、震災後、と様々な場面が子細に描かれている。
ドキュメンタリー系の本によく出てきては主人公の心中で皮肉られる「理解してくれない周囲」は、作中で見れば「こいつはなんで主人公を理解してくれないんだ」という感想を抱きがちだが、現実世界に照らし合わせて考えてみると、作中で指弾されているような発言を自分も軽々としていることに気付かされることがある。
今回はまさにそのような反省を伴う読書だった。 -
Posted by ブクログ
ここ数年の秋葉原の変化には、以前を知っている人には、驚くのではないでしょうか?
ちょうど、AKBが認知されたぐらいから(ここ4、5年ぐらい)、一気に、風俗店らしい店舗が、
増えました。
私もTSUKUMO通りに何回か行ったことがあります。
女子校生やら、メイドさんやらが、たくさんいて、
「えっっ、ここ秋葉原?」みたいな光景を目にしました。
自分が高校生だった十数年前と比べて、明らかに若い人が、風俗業界に入る敷居が低くなっている
ような感じがします。それは、社会の変化、ネット、スマホの普及等、多くの原因が考えられます。
「JK産業」と呼ばれる、一種の風俗産業に、足をつっこんでいる女子校生が、
「JKリフレ」やら「JKお散歩」で、気軽に働いている、もしくは、何も知らないで、働いている様子
を見ると、いったいどうなっているのか?と、、、、、
仁藤さんのフィールドワークから見えてくるのは、あの手をこの手を使って、少女を誘惑する大人達と、
その裏を知らないで、その世界に入る少女の純真さや、それを取り巻く過酷な家庭環境に
、なんとも言えない気分になります。
彼女らの周りには、信頼出来る大人なんていないのでしょう。
信頼していると思っている人が、彼女らを、搾取している(かなり巧妙に)構図に、
今の日本社会の病理を感じます。
著者は、程度の差はあれ、そういう環境にいたんでしょう。
だから、一人で這い出るのは、指南の技だと思っている。
著者の活動を支持したいと思います。
ただ、私個人が出来ることは、自分の周囲にいる人を助けるくらいですが、、、。 -
Posted by ブクログ
「JKリフレ」や「JK散歩」などの裏社会のJK産業に携わるをえなくなった少女たち。
彼女らは一体どういういきさつでそういう仕事を選んだのか。
どういった家族環境、学校環境、健康状態の子がいるのか。
個々のインタビューを通じてわかってくる、
少女たちの居場所のなさや大人とのよいつながりのなさ。
このような仕事がはびこるのは、けっして彼女たちだけの責任ではない、
社会にだっておおきな責任があることを見失ってはいけない、
そのようなことが浮かびあがってくるノンフィクション。
まあ最初は、
女子高生のインタビューからJKリフレやらお散歩やらの内容、
裏オプなどの内容をよむと、正直なところ半分勃起してしまいましたよ。
えろいぜ、と思って。
でも、半分くらいのところからほんとにひどい話になってきて、
意識もエロから離れていった。
男は無神経なんですな。
自分自身の野獣の面ってなかなか自覚していないし、
女の心理を勘違いしているところもあるかなと思った。
AVばかり見ているとそうなるのかな?
ばかな世界ですからね、エッチビデオの内容って。
ふたつ前に読んだ『採用基準』には、
自助・共助・公助のうち、共助つまり近所の人だとか友人知人だとかの間での助けあいが
大事になってくると書いてあったのだけれど、
本書『女子高生の裏社会』を読むと、
困窮していたりする彼女らに欠けているものがその共助であることがよくわかる。
現代社会では共助が弱いのです。
そして、もっと共助を大事にしようという声すらあげにくいのです。
なにかあれば「自己責任」って言われるくらいですから。
そういう氷点下レベルの冷たさはもうやめようよって感じで、
『採用基準』の著者は「共助が大事」と言ってくれたかのようで、
それには心は熱くなった。
同様に、本書の著者も、しきりにまともな大人との、
しっかりしたつながりは大事だと説いている。
ぼくはよく自助が大事だとして、
個人での努力でなんとかなるしかないと考えていたのは、
人間不信というか、冷たい社会はなかなか変わらないものだ、
という気持ちが勝っていたからかもしれない。
共助については、大変な環境にある当事者のぼく自身からは、
声の上げにくいことだったかなあと思う。
きっとこの本に登場する少女たちにも、
声のあげにくさの理由として、
「当事者すぎて言えない」というのがある人もいるのではないか。
自分を主張することが、助けを求めることであってさえ、
わがままなことを言っているととられそうで、
それこそ村八分だとか白い目で見られるとか、
そういうことに不安を感じたりするのではと思いました。
まあ、それだけ社会というもの一般が未成熟で、
信頼に足らないものだということを無意識レベルで感じている
ともいえるのですが。
それでも、ひと一人、完璧な考えってもてない。
補ってもらったり助けてもらったりということは、
こういう言説レベルでもあるもんだなあと嬉しくもありますね。
オトコ気なんていうと、
『採用基準』も『女子高生の裏社会』も著者が女性だから失礼になるかもしれないけれど、
よっぽど人のためになることをしてくれているし、その気概を感じますね。
それにしても、JKお散歩だとかしていた子って、
今のことしか考えられないであとで激しく後悔してしまうみたいです。
過去は消えないからなあ・・・。
消えない、どうしようもないような、否定したい過去を持ってしまって苦しむんだから、
今だけ良ければっていう刹那的な生き方はあまり賢くないという。
そこまで考えられない未成熟な年頃だからかわいそうなんだけれども。
しがらまないつながり、共助が大事だとあらためて感じました。
本書では秋葉原でのJK産業に巻き込まれた少女たちを扱っていましたが、
福岡とか仙台などでもあるといいます。
社会の冷たさ、セーフティネットも名ばかりで、親や大人も稚拙だというのが
こういった妙なものが出てくる根っこではないかとも思いました。 -
Posted by ブクログ
自分の過ごしてきた「女子高生時代」とは違う世界でびっくりしたというのが最初に抱いた感想でした。
JK産業に入る人たちにはさまざまな背景があると思います。
ただ居場所を探している、助けを求めている女子高生たちに対して、手を差し伸べる大人が「商品」として扱っているという現状がとても悲しくなりました。
彼女たちにとっては「ようやく見つけた信頼できる大人」が、実は自分を利用するだけに近寄ってくる存在だと気付いたら、彼女たちは余計傷つくだろうなと感じました。
簡単なことではないと思いますが、家庭や学校、地域…彼女たちの身近にあるネットワークのどこかが、手を差し伸べられるような、彼女たちの小さな「助けて」の声を拾えるような社会をつくることが大事だなと感じました。 -
Posted by ブクログ
裏社会、性的もしくはそれに近い仕事を、未成年の女子高生が行っている現場を、インタビューを通じて読者に訴えかけています。彼女たちは、行っている内容についてはしっかり把握しているのに、その意味や深刻さについては無知に近い。なぜそのような状態が発生するのか、関係性の貧困という答えにはっとなりました。もっとこの問題に対して関係していかなければならないと思わせれます。そしてその接し方、態度についても書かれています。
今までの人生の中で、この本に書かれているような状況に接したことは何回かあります。そのときに、どうすればよいか分からず、無関心を装ってしまいましたが、今後はせめてこの本を教えることぐらいはするべきかと思いました。