中村安希のレビュー一覧
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沢木耕太郎さんの紀行小説「深夜特急」を彷彿とさせるノンフィクション。
300頁にも満たないこの1冊に、広大な世界が広がっていた。
異国の文化や国民の気質、それらを著者の目を通して感じたり疑似体験できることが、たまらなくおもしろい!
これだから読書はやめられない。
その国、人の考え方や感じかたによって交わされる会話も違う。
◯◯人というカテゴリーでしか知らない異国に住む生身の一人一人と向き合い、肌でその人の暮らしや思想、体験と向き合えることが、私の目にはとても眩しく映った。
まさに一期一会の世界が広がっていました。
日本にも言えることだけど、その土地の食文化や気候、慣習に身を置いて過ごすの -
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子供の頃はすべてが新鮮だった。
父親と一緒に捕まえたカブトムシの光沢や
ここからどこまでいけるのかと
自転車を漕ぎまくったときの足の痛み。
パチパチと喉で弾けるコーラの味。
そして初めて握った女の子の手の柔らかさ。
すべての物事を自分の中に刻み込み
新しい明日、新しい刺激に心を震わせる。
しかしどうにもならないことだが
人は年を重ねるたびに心の震えを失っていく。
代わりに心のうえに積み重なっていくのは
いろいろなものを失っていく喪失感だ。
主人公であり書き手のアキは
友人のミヅキを死というかたちで失う。
ぽっかりと空いてしまった心の穴を埋めるため
アキは世界一綺麗といわれる
ラダックの -
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開高健ノンフィクション賞を受賞した時から気になっていたけれど、今まで読まずにいた。読み終えた今思うのは、『15年間損した。もっと早く読んでおけばよかった。』と。
文章は簡潔でいて筋肉質。それでいて情緒はあり、読後は感慨深い。
ユーラシア大陸からアフリカ大陸を旅して2年。序盤のアジアと終盤のアフリカではタッチが異なるが、それは国情の違いか、流れた旅の経験がそうさせているのか。
あったことをそのまま並べ、全てをアピールするのではない。
大きく心を動かされたこと、強く感じたことを、その出来事と著者の心を両方描写しているので、より著者の心の内が強調されている。読者である僕に伝わるのは -
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各国での印象に残った出来事を繋いで行くスタイル。答えがない、唐突なエピソードも多いので初め慣れるまで戸惑った。旅をつらつら書いた旅行記かと思ってた。
精神性の豊かさと貧しさについて考える。わたしも自分の哲学をもっていたい。
こういった旅をなぜするのか。特に危険地域だったり、国際援助も偽善やバランスなど考えると、何が正解か、何が個人にできるかはもとより、個人の数週、数ヶ月の体験で目に見えることも限られている。例えば"日本"という章があって、どのような1つのエピソードが相応しい?それに対しての筆者の考えがこの本に残されているのは読む価値があると思われる。先日テレビでみた、沢 -
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友達のおすすめ本。英語で書いて和訳したような、簡潔ですっきりとした文章だった。本当にそうやって書いてるのかも?これを読んで行った気分になるのは傲慢すぎるけど、筆者が感じたその国の風景や、空気が鮮やかに伝わってくる。アフリカに根付いた、将来の計画や貯蓄はないけど、助け合って生きていけるという、いわゆる「その日ぐらし」の価値観は、やっぱりなかなか理解しがたいところもあるけど、あたりまえに尊重すべきだし、先進国がズカズカ立ち入って否定していいものではない。記録に残らなくても、他人に評価されなくても、目の前の人を助けるってことをちゃんとしようと思った。
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「インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸 684日」で開高健ノンフィクション賞を受賞した中村安希さんが、とある理由からインドのラダックに星を見に行くことになった紀行文。
紀行の描写もさることながら、その心理描写が大変に素晴らしい。
動作ひとつ、視線ひとつ、心の葛藤ひとつが、締め付けられるような苦しさや、虚無感を感じさせる。
一人の女性を巡って現在と過去が交錯していく表現がなんとも儚く、過去の美しさを知っているからこそ、それがなくなってしまった現在の虚無感が響いてくる。
一歩づつ歩き続けたくなる一冊。
ちなみに僕の2018年第2位にランクした本です。 -
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26歳の女性が、アジア・中東・アフリカ・ヨーロッパを684日間、貧乏旅行でまわる。訪問した国数は47カ国。野宿は当たり前で、途中で身体を壊したり、とっても過酷な旅だ。旅行記は、たくさん読んでいるが、女性の旅行記で、ここまで過酷なものは読んだことはない。
文庫本で、だいたい280ページ程度の本だけれども、約50の短い章に分かれている。旅行の記録も書かれているが、彼女自身の感情の動きを示している部分も多い。物事を、とても真っ直ぐに見て、真っ直ぐに書いている。読んでいて、清々しく感じる部分も多かった。
書名の「インパラの朝」は、ケニアでサバンナ旅行に参加した3日目の朝に、一頭のインパラに遭遇した出 -
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2019年9冊目。
著者の旅のテーマのひとつといえそうな、世界の人々にとって「何が必要なのか。何が適切な支援なのか」。
授業でも単元計画の軸に据えたりしている。
この作品を読み進める中で、「やっぱり」と思う部分と、「そうか」と気づかされる部分があり、大変勉強になった。レビューをみると批判もあるようだが、個人的には示唆を受けた。
先進国と途上国。支援とは?国際貢献とは?そして、真の幸福とは何なのか。
支援することによって地域社会のバランスが崩れ、紛争の火種になる可能性もあること。
バランスが崩れることで、モラルやその類の「大切なもの」が消えたと嘆く人の存在。
特に印象深い箇所メモ。
p246 -
購入済み
2回目
一回目はハードカバーで、二回目が今回。
正直に、一回目のことは忘れて今回読んだことだけ念頭に置いて書くと、一回目より感動は薄れた。一回目は「途方もなく壮大な女性の旅」という印象で沢山の人に勧めて回りたくなったほど感動したものだが、二回目は「一人旅世界一周したことを書いた本」という平凡に近い感想を抱いた。完全にただ二回目で、知ってるつもりで読んでしまった自分の問題なのかもしれない。でも、だからといって自分の中でこの本の価値が下がった訳でもない。
一回目はなんか感動がでかすぎて発言のほとんど全てを盲目的に吸収した部分があったけど、二回目の今回は、冷静に批判も含めながら読んだことに要因があると分析で -
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久々に旅行記が読みたくなって、手に取った本。
最初は、やけに淡々と書く人だなあ。なんて感じたが読み進めていくにつれて、この著者の性格が率直で、なかなかの切れ者なんだと気づいた(良い意味で)
根性と体力、精神面においても非常にタフ。
相手が誰であろうと、主張するべき時はしっかり主張する。
だからこそ、この過酷すぎる旅を成し遂げる事が出来たんだろう。
そして、この本では特に中東〜アフリカ地域に関しての現実と理論が大きくかけ離れている事を初めて知った。
私は中東やアフリカ地域に関しては、ニュースやネットで得た情報、もしくは学生時代に社会科で勉強した事がほぼそのままだと思っていた。
けれど、この本の -
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ネタバレ2年間で、ユーラシア大陸とアフリカを旅する。めちゃくちゃよかった。特に、アフリカでの旅についての記述は、秀逸としか言いようがない。日頃思ってもいなかったようなアフリカの援助についての考えに驚く。日本は、国連の常任理事国になりたいがために、援助をする海外協力隊を比較的安全な国へ送り込む。中国もヨーロッパも日本も、先進国がインフラを整えるが、中古の自動車を輸出して大気汚染をばらまき、気管支炎にさせ、高価な医療機器を輸出するようにする。そして、アフリカ人たちは援助に頼るようになり、外国人が高い金額を払うことを当たり前だと思うようになる。そしてそれが、先進国の思うつぼで、先進国が金を出した援助の仕組み
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1979年生まれの著者が、ユーラシアとアフリカ大陸の47ヶ国を684日間かけて巡った旅の記録。2009年の開高健ノンフィクション賞受賞作。
著者がバッグパックを背負って日本からユーラシア大陸へ旅立ったのは、バッグパッカーのバイブルである『深夜特急』の沢木耕太郎と同じ26歳のとき(本書は「26歳の春が来て・・・」と明らかにそれを意識した書き出しとなっている)である。両者の間にある30数年という年月は、世界の情勢も、著者の意識や判断の基盤も大きく変え、作品全体のトーンは大きく異なったものとなっている。
著者は、現地の衛生状態に不快感を覚えたり、人々に騙されたり、盗難に遭ったりもするが、それは、19 -
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これは必読。颯爽としたスピード感、知的欲求心のくすぐりかた、食べてみたいと思わせる食事の描き方。読書ってこれだからやめられないという幸福感に満ち溢れる。ものすごくおもしろい。著者のオフィシャルサイトに行ってみたら、本に掲載されていなかった写真や、本にもある写真がカラーでアップロードされていました。
イスラム教徒が豚を食べないのは知っていたが、なぜ、というところまで突っ込んで調べてみたことはなかった。友達にも、宗教上の理由、と言われそれ以上聞いてしまうのが憚られた。
しかしこの本を読むと、あ、普通に聞いてみてもよかったんだなとはっとさせられる。また私の、自国の文化や歴史についての知識の浅さが浮 -
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世の中には、行って見て知らなければいけない、と思ってしまう衝動がある。そしてそこから生産的なものはほとんど生まれないし、ただの自己満足である。ただ、趣味とも違う。この欲求は強迫観念に近いものである。
情報化社会にあっても足で行かなければわからないことが沢山ある。むしろ情報化社会が他者への想像力を失わせる側面もある。それに耐えられなくなる人はどこかに行く。
無意味に思える行為の理由も、ただ知りたいだけ、でいいんじゃないでしょうか。ただそこで暮らす人々に無一文で会いたいんですね。真面目に、知らない人に会いたいだけでもいいじゃないか。最近はそう思うようになってきた。
自分の考える理想型に非常に近い。