中村安希のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレインパラの朝が衝撃的で
面白くて、あっという間に読み終えただけに
旅の話と友達との昔の話が交互に行き交って
個人的には少し入ってきにくい内容だった。
なぜ別々に書かずに
旅の話の所々にミヅキの話を入れたのかな。
もしかして旅の途中途中で思い出した場面のかなぁ
とか考えたりした。
中村さんの書く言葉は
詩的で儚げで美しさもあるのに
わかりやすく、その時の情景が目に浮かぶ。
人は悲しみや悔しさややりきれない想い、
期待、希望、夢、いろんなものを抱えて旅に出る。
そして癒されたり、忘れることができたり、
希望に変わったり、新たな目標ができたりして
いくものなのだろう。 -
Posted by ブクログ
筆者は2014年の9月7日から10月1日にかけて、北インドのラダック地方に一人旅をする。
目的は星を見ること。
「黙々と、山の中を歩きたかった。社会の喧騒から遠く離れて闇の中で眠りたかった。誰もいない孤独の中に身も心も委ねてしまいたかった。その旅には目的と呼べるものがひとつだけあった。人生観をその根底からひっくり返してしまうような、ものすごい星空に出会うこと。私は、ヒマラヤ山脈の中を二五日間かけて歩き回り、そこに完璧な星空を見つけ出すつもりだった。」
そして、それが「人生観をその根底からひっくり返してしまうような、ものすごい星空」だったかどうかは別として、筆者はラダック地方で心を動かされるような星空に出会うことに成功する。
これだけであれば、星空を見るための旅行記・紀行文であるが、本書には、もう一つのテーマがあったようである。それは、幼馴染のミズキへの想い。
筆者とミズキは、小学校・中学校・高校で同窓生となる。筆者はライターの道へ進み、ミズキは(おそらく)翻訳家の道を進む。33歳あるいは34歳の頃、筆者はミズキのご家族からのメールにより、ミズキが亡くなったことを知る。いつ、どのように亡くなったのかは、ご家族は知らせておらず、筆者にも分からない。旅の途中で、筆者はミズキのことを考え続ける。
上に「もう一つのテーマがあったようである」という曖昧な書き方をしたが、それは、私が最後まで、星を見に行く旅行とミズキへの想いの独白という形態を本作品がとる意味が分からなかったからである。
読むときに少し集中力を欠いていて、何か大事なことを読み逃していたのかもしれないが、「ミズキのことを書く必然性、あるいは、逆に、ラダックへの旅を書く必然性」「ミズキについて何を書きたかったのか」について、最後までよく分からなかった。思わせぶりな書きぶりをしている部分もあり、何か最後まですっきりとしない読後感であった。 -
Posted by ブクログ
表紙と題名に惹かれて買ってしまいました。
本書は第七回開高建ノンフィクション受賞作です。題名と表紙の清々しさが気に入り出張先で購入しました。
26才の女性が単身でアジアからアフリカを約二年間に亘り放浪した記録ですが廻った国々の殆どは貧困国や紛争地域で恐らく殆どの同年代の女性が楽しむ海外旅行とは対極な旅行?を少ない予算の中で未知の地域を進む著者と出逢った人々の生活や思想は昨今の表層しか語れないメディアで知らされている彼らの姿とはあまりにもかけ離れた素のままの日常が描かれて居ます。
現地で生活している人の目線で著者が語り感じる様は臨場感溢れ困難な放浪旅行?を実行した勇気と行動力には感心と羨望の思いです。
著者のクールで知的な思考と行動で困難な二年間の記録には物と欲望が溢れている日常生活では絶対に得られない経験がふんだんに綴られて居り素晴らしい作品ではありますが何となく先進国の時間とお金を持った人間の上から目線的な思考も目に付いたのは残念だった。
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Posted by ブクログ
2年近くに渡るユーラシア大陸、アフリカ大陸の旅をした記録をかなりの駆け足でダイジェストした本です。シニカルで勢いのある文章で、旅の一部を鋭角に切り取って放り出すような雰囲気で非常にかっこいいです。柔らかい旅行記に比べると埃臭さや土っぽい香りがプンプンして息苦しいほどであります。
世界と自分との境界線をどこで引くのかで、見えてくる世界が全く違うんだなあとしみじみ思う本でした。実は最初あまり共感できない状態で読み進めていたのですが、良く考えたら共感も感情移入も必要が無い、究極の個人主義の集合体としての集まり、それがもしかしたら本来の世界との関わり方なのかなと。そんなことを思いました。 -
Posted by ブクログ
ユーラシア大陸、アフリカ大陸をひとり縦横断した作者の旅行記。
>私は新宿のビルの谷間から、星のない夜空を見上げた。
>それから口を閉じたまま、静かに首を反転させた。
>私は「西」を見た。
序章の一節、「東」を向いて仕事をしていた作者が旅立ちを意識するシーン。
この一節でぐいっと作品に引き込まれました、旅立ちの必然性を強く感じながら。
「できれば知りたくない」、「できれば考えたくない」ことを主体的に感じに行く彼女のスタンスに、感心はするものの共感はできない私。
そもそも彼女は共感を求めてはいないと思いますが。
右傾化についてあまり意見は持っていませんが、「失敗を許さない世の雰囲気」には恐怖を覚えています。 -
Posted by ブクログ
本書は著者が、東南アジア・中東・アフリカを放浪したときの記録である。その日数は延べ684日。この旅は旅行といった生やさしいものではなく、バックパックを背負って、野宿なども行いながらの貧乏旅行である。
彼女は実際の眼でみた世界の状況を非常に興味深く読んだ。
国境を越えるために偽装結婚までして、また、女性として一人でパキスタンなどの紛争地域にも向かっている。ジンバブエでは強盗に顔面を殴られている。本当に怖いもの知らずだ。
彼女が実際に眼でみたルポを読んで感じたことは、アフリカや東南アジアに実際に今でも支援を必要としているのだろうけど、本当に必要な支援が行き届いているのかどうかということである。
P239
先進国は、アフリカや途上国へどんどん踏み込みインフラ整備を手伝って、資源の獲得と未来市場の開拓に汗を流して取り組んでいく。そしてテレビを設置して、欧米の暮らしを宣伝し、物があるということがどれだけ豊かなことなのか、物を持たないアフリカ人が、どれだけ惨めで貧しいのか熱を込めて教育していく。
P243
黒く曇った街を歩けば、あっと言う間にメガネが曇り、黒くなった鼻の穴からヘドロの玉が転がり出てきた。途上国で壊れた車や家電製品は行き場を失い、森や砂漠に捨てられたまま、醜態をさらして朽ち果てた。一部はスラムの住宅街で、鉄くずとなって錆び付いて、漏れ出したエンジンオイルが大地に染み込み汚泥をつくった。
彼女が実際に現地で眼にした現状は真に迫っている。アフリカは確かに貧しいが、生活の面ではたくましさを持っている。
P247 ニジェール「善意とプライド」
私はアフリカへ行くにあたって、一つの構想を立てていた。アフリカへ行って貧困と向き合い、現地の惨状を確認し、世界に現状を知らしめて共感を得ようと計画していた。アフリカの貧困を見極めて、貧困の撲滅を訴えて、慈愛に溢れる発送を誰かに示すはずだった。先進国の豊かな知恵を貧しい人に紹介し、不幸そう人を探して幸福を与える夢を描いた。けれど、あてがはずれてしまった。なぜなら、予想しいていた貧困が思うように見つからなかったからだ。想像していたほど人々は不幸な顔をしていなかった。
P247 ニジェール「善意とプライド」
アフリカは教える場所ではなくて、教えてくれる場所だった。助けてあげる対象ではなく、助けてくれる人々だったアフリカは貧しい大陸ではなく、圧倒的な豊かさを秘めた、愛されるべき大陸だった。
いま豊かとされている日本でも貧困の問題がよく聞かれるようになった。日本ではセイフティーネットがあるので著しい問題は発生しないと考えられているのだけど、考え方によっては日本の方がシビアな現実があるのかもしれないと感じた。アフリカには「みんなの家、みんなのお金、みんなのご飯」がある。でも、日本では都市部でも孤独死がおこる、また年間3万人を越える自殺者がいる。
著者はアジアやアフリカでたくさんの地域の人々にご飯をもらっているし居住地を提供してたくさんの出会いを得ている。私たちが先進国として得た価値とはなんであるかを考えさせられた。
また、著者がこのような旅ができることに純粋なうらやましさを感じた。僕は挑戦をするには、護るものも増えてきたし、年もとってしまった。僕は26歳の日からもう8年も経ってしまった。