菊池光のレビュー一覧
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共産主義国家ソ連が地図から消えてずいぶん経つ。冷戦を背景にしたスパイ小説を今読むと、なんとなく現実のことのような気がしなくて不思議だ。むしろ、ファンタジーのような気さえしてくる。
フランシスの小説のいくつかには情報小説的な一面もあって、共産主義国家というものを一般人の視点からレポートしてくれていて、新鮮な驚きがたくさんある。どちらかといえば憂鬱なものが多いのだけど。
そういう憂鬱な、息が詰まるような重苦しい世界の中で、馬を愛する気持ちがいわば心と心をつなげるパスポートになるという設定が美しい。ふたつの異なる世界が出会い敵視があり、その中に小さな共通語を発見し交流が始まる。普遍性を持つ物語なのではないだろうか。
その他にも、テロリズムが取り上げられるなど、フランシスの作品としては異例な要素がたくさんある。小説としてのレベルを考えるなら、苦し紛れではなく意欲作と言うべきだろう。もちろん、主人公に襲いかかる肉体的な危機をはじめとする、いつものフランシス節も魅力もたっぷり盛り込んである。
ただし、全体としてはちょっと理屈に走っている部分があるような気がするし、テーマを露骨に語り過ぎている気もする。毎度お楽しみの恋愛話も、あまり後味がいいとはいえない。全体としてどうも爽快感に欠けるのだ。
フランシス作品の入門書とはとても言えないけれど、ちょっとした変化球としては魅力的なのではないかと思う。 -
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ネタバレ嚇かしでなく本気だと気が付いた時は既に手遅れだった。
相手は慣れない手つきで上着のポケットから拳銃を引き出すと、おっかなびっくり両手を使って引き金を引いた。彼・・・元チャンピオンジョッキーで今はラドナー探偵社の 競馬課の調査員シッド・ハレーは、夜の夜中、探偵社に忍び込んで餌をかじりに来たのがチンピラのアンドリュースだとわかったからこそ、洗面所の暗がりからのこのこ出て行ったのだ。
が、明かりを消そうとスイッチの方に向きかけた瞬間、アンドリュースは撃ってきた。
弾がシッドの体を斜めに貫通した。血がゆっくりとオフィスの床の上に流れた。助けを求める事も出来ず、十二時間余、シッドはじっと耐え奇跡的に一命をとりとめた。
そして、38口径の鉛の一片がシッドの腸を穴だらけにした事が、傷の痛みの他に激しい怒りをシッドに植えつけた。
チンピラを探偵社に潜り込ませた連中は、いったいどんな陰謀を企んでいるのか?。ようやく傷も癒えたシッドは競馬界に蠢く悪辣な企みに敢然と挑戦していった。
競馬シリーズとあったので、続き物かと思っていたら、競馬が舞台の別の話でした。「興奮」のほうが私には面白かったですが、こちらもよかったと思います。 -
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ミステリーというよりも冒険小説。まさにその通りだと思う。主人公が犯罪者と戦う理由が、理不尽に妻を殺された従兄の精神を守るためというのも象徴的である。あるいは、冒険小説というよりもマンハントの物語と言いたくなるけど、敵の反撃に傷つきながらも決してあきらめない主人公の意志の力は、やはり冒険小説と呼ぶべきだろう。
主人公と行動を共にする友人夫妻が興味深い。心の中に野獣を飼っているとでもいいたくなるような男が、結婚することで何かを得、何かを失おうとしている姿は印象的だ。逆に結婚によって得たものを守ろうとしながら、それが男を縛っていることに気がついている女も複雑な色合いを見せている。独身者である主人公との対比を含めて、この3人の人間模様は事件捜査以上に読ませどころであり、何度もため息をついてしまった。
それ以外にも、オーストラリアという土地の観光案内的な要素もあるし、主人公の仕事である油絵についてのうんちくもあり、なかなか盛りだくさんで贅沢な小説だと思う。今回読み直すまではあまり強い印象を持っていなかったのだが、正直驚いてしまった。改めて「ハズレのないシリーズ」だと思った。
ひとつだけ不満があるとすれば、主人公自身がこの事件を通じて変わっていった印象がないことだ。例えば「利腕」のように、こみ上げてくるような感動がほしかったなあと思うのは、ないものねだりだろうか。 -
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ミステリーではあるのだけど、どちらかというと普通小説的な要素が強い作品であると言われている。実際に読んでみると、確かにフランシスの作品の中では異色であると言っていい。
事件らしい事件が起きるまでが長い。じっくりと主人公やその周辺の人間模様を描いてから、事件というより主人公の職業上のトラブルという形で事件が起きる。結果的にそのトラブルが犯罪によるものだったからミステリーになったけれど、そうでなければ企業の内幕を描く長編小説である。
主人公は銀行員である。かなりのエリート。なにせ巨大銀行の創業者の甥である。能力もあるし、仕事を楽しんでいる。人間関係も良好で、作品中で出世もする。まさに「名門」なのだ。なんとなく腹が立ってくるくらい出来過ぎの人物なんだけど、嫌みではない。作中で描かれる彼の恋愛が人間的だからだろうと思う。
恋愛についてわりあい印象的なエピソードを用意してくれることの多いフランシスだが、この作品はその中でも1,2を争うのではないか。全編を覆うプラトニックなやりとりは、添え物というレベルではない。ある意味びっくりしてしまった結末も含めて、この小説の大きな魅力だと思う。
こう書いた後だけど、実はミステリーとしても面白い。シリーズの中でも犯罪としての「後味の悪さ」ではトップクラスではないか。このあたりは、ふつう小説的なアプローチが実によく利いている。主人公を殺そうとする犯人の計画にしても馬をこのように扱うこと自体がまさに犯罪的で、よくフランシスがこんな設定を作ったものだと思ってしまう。基本的にはハウダットのプロットだと思うけど、意外性がある。それ以上に「なんでこの人を被害者に選んだんだよ」と作者を蹴飛ばしたくなるけれど。
ただし、もっと前のフランシスなら、さらに膨らませていたのではないかと思う部分もある。たとえば主人公が「名門」であるということについてなら「飛越」ほど作品に味わいを与えていないと思うし、むしろ名馬から生まれた不幸な子馬などだって、もっと作品に響かせることができたのではないかと感じた。主人公と犯人の関係についても興味深いのだけど「度胸」に比べたら見劣りがする。
全体としてとても魅力的な作品だけど、名作と云うには今ひとつ。ただしシリーズ中唯一の設定で切ない名台詞が詰め込まれた恋愛模様は、それだけでも一読の価値がある。 -
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「大穴」「利腕」に続き、シッド・ハレーが何と3度目の登場。今作ではデジタル携帯電話やコンピュータ通信なども扱い、時代の流れを感じさせる。
もっとも、作品内では「利腕」の1年後ということになっており、老いさらばえた主人公に幻滅する恐れはない。
ハードボイルド・ミステリに区分されるディック・フランシス作品だが、主人公が戦うのは、犯罪組織や汚職警官やプロの殺し屋ばかりではない。
シッド・ハレーは己のコンプレックスと戦い、恐怖心と戦い、辛うじて打ち勝ってきた。そして今回びの敵は、「わかってくれない世間」と「親友の理解できぬ凶行」である。
対して彼が用いる最大の武器は、機知に富んだ策略や力強い味方の支援などではない。自分自身の不屈の意志で、難局に立ち向かうのだ。
逆に言えば、鮮やかなどんでん返しやトリック解明などを今作に求めても、その願いは叶えられない。探偵小説ではあっても、推理小説ではないのだ。
それでも読む価値のあるシリーズであることは間違いない。何度も言うが、競馬の知識は必要ない。未読の方は、是非「興奮」「大穴」辺りから読んでみていただきたい。 -
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競馬シリーズ第19作。競馬写真家のジョージが交通事故で世を去った。騎手にとって屈辱的なシーンばかりを撮り続けた彼の死を悼む者は、少ない…そのジョージの家に2日連続で正体不明の男たちが押し入り、室内を物色していく。果して彼らの目的は?ひょんな事からジョージの隠し持っていた一見失敗作に見える大量のフィルムを手にした騎手のノアは、自らの趣味である写真の知識を駆使し、そこに隠された秘密の解明を試みる。試行錯誤のはてに複雑なパズルを突破したノアの眼前に浮かび上がったのは、競馬界を揺るがす衝撃の画像だった!白熱の傑作サスペンス。 競馬についてと同様に、写真の専門用語はちんぷんかんぷんでしたが、それでも楽しめました。主人公が騎手のもつ経験を生かして、窮地に陥っても自分の身体の状態を分析するところはさすがです。
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例によって再読。
フランシスの小説としてきわめて異色なのは、主人公が17歳の少年であるということだけではない。政治を取り扱った作品も初めてだし、ある意味で主人公が二人いる物語も珍しい。
17歳の少年が主人公といっても、視点となるのは後の「私」なので、それほど主人公が子供っぽいわけではない。むしろ皮肉のひとつも言いたくなるほど、大人びている。
それでもなお、ある意味で真の主人公とでも言うべき父との関係は、例えば「骨折」などで描かれたものの単なる逆というのではない素直さを持っていると思う。成長物語としてもすてきだし、本当の主人公の姿を浮き彫りにする手段としてだけだってなかなか効果的だ。
政治を扱っているのは、常に新鮮な舞台を指向するフランシスらしいといえばそうなのだけど、どうやらそれだけではない。いわゆる推理小説の「殺人事件が起こりその犯人を捜す」という枠からは完全に外れた、ほとんど政争がメインになっているような雰囲気は、この物語の根本を支えている。むしろ、こういう構造を描き出すために、戦いのリングとして政治を選んだのではないかと思いたくなる。それほど、効果的だ。
実はたくさん出てくる女性も、そして敵役もそれぞれにインパクトがあり、とっても楽しく読めた本である。それでも、もう一つのめり込めないのは、たぶん「時間の流れ方」が僕の好みではないのだ。物語のテーマとして、こういう仕掛けを作っていくのはわかるのだけど、それでもちょっと冗長な感じがするし、仕掛けのねらいほど生きていないかなと思ってしまった。
すごくおもしろいんだけど、フランシスならばもっと書けたんじゃないかっていうのが正直なところ。あと、こればかりは菊池光訳ではない方がおもしろいかもしれない。村上春樹だったら、どんな風に成長を表現するかな、って考えてみたりもする。 -
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以前読んだ時には、スペンサーシリーズの「初秋」に匹敵する、「育成もの」の傑作だと思っていたのだが、今読むとちょっと物足りなさが感じられた。
主人公は、会社の建て直しを専門としている30代男性。たたき上げではあるが、金持ちである。彼が、事故で入院している父親の厩舎にいるところを拉致され、ある少年を騎手として雇うことを強要されるところから物語が始まる。少年の父親は、まあ暴力団のボスという雰囲気で、子どもを甘やかしその夢を叶えてやろうとするのである。無名の新人をトップクラスの馬に乗せるわけにはいかず、主人公の綱渡りが始まるわけだけど、それが少年の成長と重なり合うところがおもしろい。少年自身が作中で語っているように、少年を間に挟んで、その父親と主人公が戦っているのである。
うまいなと思うのは、決して屈しない主人公の中に、少年が次第に自分の理想をする男性像を見いだしていくあたりの展開なのだけど、それ以上にうまいなと思うのは、主人公の父親の存在である。主人公の父親も、少年の父親と同じく、きわめて偏屈な暴君であった。ある時期までの主人公は、父親の甘やかされてはいたが自分の意志を許されない存在であり、ちょうど少年と同じ立場にあった。ある時期、主人公はその境遇から自由を求めて飛び出し、自らの力のみで成功を招き寄せたのであり、それが、少年に対する確信を持った「教育」を生み、また小説に奥行きを与えている。
もちろん、望みを叶えるためなら人の命など何とも思わないような少年の父親との戦いはスリリングである。それを通して、また少年との交流を通して描き出される主人公は、実にりりしくかっこいい。文句なく、おもしろく感動的に読める小説だと思う。
ちょっと物足りなさを感じるとすれば(いや、8回目くらいに読んで今回初めて感じたのだけど)、主人公がちょっと「できすぎ」ってところかな。後に新たなヒーロー像を体現したシッド・ハレーなどと比べると、差は明らかである。このあたりはやはり、作者自身の物書きとしての成熟を、もう少しあとの作品まで待つべきなのだろう。
だけど、個人的にはもっとも愛好したフランシス作品のひとつであるのは確か。殺人事件が起きてそれを解決する、というタイプのミステリではないけれど、とてもいい作品なので、たくさん読まれて欲しいと思う。 -
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強い男をとことん描くのがこの時期のフランシスの方向である。この作品の主人公も強い。強いから敵が現れ、強いから戦いがエスカレートし、結局強さで敵をねじ伏せてしまう。とても魅力的な主人公なのだけど、ちょっと息苦しくなってしまう。
強いと言っても、肉体的なことではない。逆に肩にハンディを持っていて、そこを敵につけ込まれたりもする。不正を許さず、自らの信念を曲げない強さだ。でも、こういう強さは孤独につながりがちで、たとえば小学生のいじめだって、この物語と同じ状況が起こりうる。単に強いだけではなく、ときどきチラリとのぞく折れそうな彼の姿が逆に魅力的だ。
毎回魅力的なヒロインが登場するのもこのシリーズの魅力だけど、今回はヒロインも強い(魅力的だけど)。孤独を味方につけ、誰とも馴れ合おうとしない。だから、主人公との関わりもすっきりしていて応援したくなる。ラスト直前にある「共同作業」が感動的なのはそのためだろう。
主人公の弱点のひとつである、アル中の兄の存在。ラストシーンはすばらしく涙が出る。ただその理由は寧ろ、強い強い主人公を支えていた意外な存在が見えてきたからだと僕は思う。
しかしまあ、これだけ強さを描くのはやっぱりきつくなってくるに違いないし(エスカレートせざるを得ないからね)、結局それに押しつぶされたあげく、あの名作「利腕」が生まれるのである。 -
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あらすじ: 濃霧のなかで蹄鉄がぶつかりあう鋭い音が響く。騎手のビル・ディヴィットソンが、最後の障害を跳ぶべく馬の態勢を立て直していた。アドミラルは本命馬にふさわしくその力強い後半体の筋肉を盛りあげ、緊張し、跳んだ。完璧な跳躍。鳥のごとく宙に浮き、、、次の瞬間落ちた。そしてビルは死んだ。信じられない突発事故、いや、これは事故なのか? ビルの親友アラン・ヨークはその疑いに抗し切れず、ただひとり事件の謎を追う
英国の競馬のシステムがいまいち理解しがたいのと、ちょっと恋愛シーンがいまいち、、、かな。ただ、“競馬スリラー・シリーズ”第1作としてやはり読まねば♪