黒川祥子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
福島第一原発の事故で放出されたセシウムなどの放射性物質は、その折に吹いていた南東からの風に乗り、北西方向へ運ばれて風下の地域に降り注ぎました。
福島県南相馬市や、飯館町などは計画的避難区域となり、自治体単位で避難を余儀なくされるケースが続出しました。ところが、その地域に隣接する伊達市では計画的避難区域は設定されず、除染によってその地での生活を継続するという判断がなされました。一見、建設的な判断を下したような印象を受けますが、その実態は本書を読むと180度覆ります。
放射線の強度が強い場所が面的ではなく、点として偏在するからということで住民の自宅毎に放射線を測定して「特定避難勧奨地点(以後、”地点”と表記します)」という概念が設定されました。すると、お隣さん宅は地点に指定されるのに、我が家は指定から外れるという状況が発生します。しかもその測定は”わざわざ”測定値が小さくなるような場所を選んで測定されました。地点に指定されれば、各種税金や医療費などの公共サービスの支援が受けられますが、指定から外れるとそれは受けられません。たった数か所の測定地で指定となるか、外れるかで住民間に修復し難い不公平感が残りました。
”除染によって放射線のレベルを下げる”と謳いながら、その地域の子供たちを避難させることもなく、どんどん普通の学校生活への復帰を進める行政。「除染が必要な程の地域を子供たちに通学させ、生活させる前に、まず避難させてから除染して欲しい」という親たちの願いは聞き届けられませんでした。
やがて、伊達市の子供たちの甲状腺異常が見つかりますが、それも「ただちに危険はない」等という決まり文句で片づけられ、それでも行政に子供たちの避難を求める親たちは「過剰に心配性の親」とレッテルを張られて地域からも孤立してゆきます。
伊達市は全市民に個人線量測定計を配付しており、いかにも市民の健康に配慮しているという印象を与えますが、その測定結果は市民の大半の了解も得られないままに除染の基準設定をより緩い基準へと見直す際のデータとして供与されていたという事実も判明します。これらの一連の伊達市行政の暴挙ともいえる行為を、地元出身の著者が子供を持つ地元住民からの聞き取りから丹念に浮かび上がらせたノンフィクションです。
本書の「心の除染」は子供の避難を繰り返し求める親たちに対して伊達市長の「過剰な不安感を拭い去り、”心の除染”に取り組む事で、安心して生活をしてもらうための活動を進める」との発言から採られたものです。
原子力を取り巻く各種団体や、行政の向かう方向が一致してしまうと”結論ありき”で暴挙に走りだし、ここまで酷いことをやってのけるという恐ろしい事実を浮かびあがらせています。 -
Posted by ブクログ
虐待をする側の境遇や心理、虐待の残酷さを書いた本は多いが、虐待された子どものその後を書いた本はあまり見当たらない。
本著は、被虐待児が児童養護施設からファミリーホームに移り新しい家族の中でどのように生きているのかを書いている。
被虐待児は、保護され再び社会の中で生活したらゴールではなく、まだまだ虐待の後遺症に苦しめられる。
過酷な環境の中で適応するように生きてきた子どもたちは、サバイバーである。
サバイバーとして常に緊張を強いられ続けた子たちが、保護され家庭に入ったとしても、すぐに「普通の子」にはなれない。
排泄したあとのお尻の拭き方すら知らない子。
何かのきっかけで思い出す虐待の記憶。
保護者からの愛情を受けずに育つということは、私が思っていた以上に子どもを傷付け苦しめ続けていた。
愛着障害という言葉が本著ではよく見られるが、それは脳の器質まで損傷させてしまうほどに深刻な障害であった。
そして、被虐待児を受け入れる側の苦悩もある。
サバイバーの子達が、安心して穏やかに暮らせるように切に願う。