アンデシュルースルンドのレビュー一覧
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ネタバレスウェーデンで酔客に暴行を加えて逮捕されたカナダ国籍の男は、米国で死んだはずの元死刑囚だった!?それはスウェーデン全土と米国を舞台にした前代未聞の事件の幕開けだった。
序盤でネタは想像がつくし、あーこれジョン助からないやつだわーってなるんですが。。
まさかこんな終わりとは!
フィニガンは共感しづらいけど不幸だなあ。しかしながら目には目を、がまさに自分に返って来てるのが皮肉・・・。
死刑の支持率が異様に高いことで知られる日本では、スウェーデンでの騒ぎの描写は理解されづらいかもなと思いました。が、死刑囚の拘留中の様子や執行時の描写など、あまり知られてないことがよく描かれていて、フィクションとしてでも何か考えるきっかけになればなあと感じます。
スウェーデン組はこの結末、どう思ったのかしら。。 -
Posted by ブクログ
このシリーズの根底に流れるテーマは「復讐」なのだろう。
一作目は幼い娘を殺された親による復讐、二作目は国境を超えた人身売買の被害者による復讐、今作は社会的復讐装置とも言うべき死刑制度に対する復讐劇となっている。
「死刑囚」を物語の中心としながら最終的に制度全体に対する復讐に仕上げていく構成が素晴らしい。単なるミステリー・サスペンスではなく、社会派小説とも言うべき、人物だけでなく社会、民衆全体に波及するストーリーとなっている。
ただ単に「正義」をかざすのではなく、そこに人物一人ひとりの細かいまでの描写と人としての苦しみ、悲しみも合わせて描かれている。
特に今回は主人公であるグレースンの哀切も描かれており、シリーズの深みを一層増している。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ(上巻より)
再び一獲千金を狙うレオ、
利用される父親、協力しない弟たち。
途中で少し客観的になれた。
多分、それはヨン警部が暴走しはじめたからだと思う。
ということは、私が肩入れしていたのは、
ヨン警部だったのだろうか。
こちらの作品は小説だそうだ。
そして、最初から二作書くことは決まっていた、とも。
しかし、もしこの「兄弟の血」を読まなければならないとしたら、
「熊と踊れ」を勧めるのを躊躇せざるをえない。
結末が気に入らないとか、
話がつまらないとか、そういうことではないのだが。
さらなる続編はあるのだろうか。
ヨン警部の不正に気が付いたエリサ警部補に
追及をさせてみたい気がする。
そして、もしこの次があるのならば、
レオを安らかに眠らせてやってほしい。 -
Posted by ブクログ
衝撃を持って迎えられた「熊と踊れ」の続篇。
前作は、9件の銀行強盗はじめ現金輸送車襲撃、軍の武器庫からの銃221挺の窃盗、ストックホルム中央駅での爆破事件…と、矢継ぎ早に重大事件が起きてめまいを覚えるほどでした。
今作は、前作と比べると派手さは後退したものの、その分、深度は深まっている印象を受けました。
タイトル通り、血を分けた「兄弟」が大きなテーマとなっています。
刑期を務め、刑務所を出たレオは再び犯罪を画策します(それも驚くような奇策。内容はもちろん、読んでのお楽しみ)。
前作で共に罪を犯した2人の弟は、既に社会生活に復帰しています。
再び、弟たちとともに犯行を遂行できるのか。
このあたりのレオと弟たちとのやり取りは、静かですが、ひとつの読みどころでしょう。
ぼくは、レオたちがあれほど憎んだ父・イヴァンと息子たちの関係性と、レオと弟たちの関係性が見事な相似を成していることに、痛切な思いを抱きました。
もう1組の「兄弟」も存在も忘れてはいけません。
レオを追う刑事、ヨン・ブロンクスと兄のサム・ラーシェン。
サムはかつて弟のヨンを守ろうと、父を殺害し、刑に服しました。
この2組の兄弟の関係が複雑に絡まり、物語は加速度をつけて進行していきます。
読後、レオとヨンが背負うことになった運命の悲しさに、胸が塞ぎました。
「熊と踊れ」を読んだなら、本書も必読でしょう。 -
Posted by ブクログ
北欧の新進作家として高い評価を得ているルースルンドとヘルストレム合作による2004年発表のクライムノベル。暴走する群衆心理の怖さを主題とし、息苦しく虚無的な展開で読後感は重い。
4年前に二人の少女を強姦/惨殺した凶悪犯が護送中に脱走、その足で幼児を拉致して殺す。子どもの父親は憤怒の念に駆られて復讐を決意。遂には殺人者を追いつめて、娘の仇を討つ。報復行為はマスコミによって大々的に喧伝される。刺激を受けた大衆は、画一的且つ曖昧な「正義」への使命感に昂揚/熱狂する。そこには、犯罪者の人権を優先し、新たな犠牲者を出す危険性を考慮しない国家体制/機能への不信と憤りがあった。警察を無視した性犯罪者狩りが始まり、私刑はエスカレート、制御不能となる。
或る瞬間を堺に、異常へと変わる日常。
無常にも愛する者を殺された時、法の裁きに委ねるよりも、己自身の手で罰を与え、復讐を成し遂げたい。例え当事者でなくても思うことだ。さらに、異常者による無差別殺人、それが誰の身にも起こり得た情況であり、殺害方法が冷酷/残酷であればあるほど、憎悪は増し、犯罪予備軍の脅威が高まる。
遺恨を持つ者による断罪をマスメディアが正義の行為として黙認し、「悲劇のヒーロー」として持ち上げ、より一層大衆を煽った場合、極めて粗暴な「制裁」が下層社会でまかり通る。たかが外れ倫理観を失い、怪しい奴は排除せよという暴力の標榜へと向かう。殺人者との〝狂気の差〟は、当然のこと縮まり、同化していく。無法化は、享受する者が無価値と判断した時点で起こるのである。
罪と罰の命題は、ミステリ小説の根源的テーマでもあり、殺人者を「どう裁くか」に焦点を当てた作品も増えている。娯楽性重視の〝本格推理もの〟であれば、メインの謎解きと解決で幕を閉じれば終わりだが、犯罪の〝質〟の異常性がより深刻化している現代に於いては、犯人逮捕で一件落着ではなく、社会的な影響も含めて、罪に値する罰に何が相応しいかという提議も、重要な意味を持つ。本作は復讐譚の「その後」を重点的に描くことで、極めてアクチュアルな問題提起をしていると感じた。
決着を明確に提示しやすい〝法廷もの〟は別として、物語の大きな山場ともなる罰のあり方、つまりは結末の付け方は作家の腕の見せ所でもある。クライムノベルやハードボイルドでは、大抵は暴力的な結末へと至り、善悪関わらず殺人者の死を持って終結することが多い。本作は突き詰めれば、その因果応報に沿うものだが、最後に待ち受ける復讐者の運命はあまりにも哀しい。揺るぎないはずの「正義」を容易に打ち砕く不条理こそ、この物語の終幕に相応しいとは、何たるペシズムか。