奥田亜希子のレビュー一覧
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『白野真澄はしょうがない』
奥田亜希子
著者の奥田亜希子さんは、1983年愛知県生まれ、愛知大学卒。2013年に『左目に映る星』で第37回すばる文学賞を受賞してデビューとあります。
タイトルや装丁の軽やかな印象から、軽い読み物として手に取りましたが。(いやいやいや。)久しぶりに新鮮な感覚を味わえました〜。特に最終話(表題作)に引き込まれました。(´ω`)
5話からなる短編集なんですが、主人公の名前は全て『白野真澄』です。年齢も性別も住まいも、全てが異なる5人の『白野真澄』のストーリー、興味が湧きますよね。(大矢博子さんの解説を読むと、また面白いですね。気付きがありますので、最後に解説を読まれることをお勧めします。)
あまり内容に触れないように、軽めに感想を伝えたいと思います。五人の白野真澄が登場するわけですが、一話目は福岡在住の31才助産師、二話目は千葉在住で書店アルバイトをしながらイラストレーターとしても働く25歳の男性、三話目は東京に住む56歳、四話目は愛知県に住み、居酒屋でバイトする大学生。ここまでは、大人の話なので、恋愛や夫婦間や仕事に纏わる話しになります。会話に方言が使われていたり、年齢が異なっていたりと、それぞれのストーリーがありますね。(方言については少し読み辛さを感じるかもしれませんが、“違い“が強調されているところでもありますね。)
そして、五話目の表題作『白野真澄はしょうがない』は、私にはとても印象深い作品になりました。
小学四年生の白野真澄くんは、過敏症の男の子なんですね。少し説明しますと、小さい頃は白い食べ物しか食べれなかったり(今も色んな色が入っているものは食べられない)、横断歩道は白い部分しか歩かない、大きな音や先行きの読めない展開や、突発的な出来事が苦手だったりと、普通に日常生活を送るのが大変なことなんです。読みながら、ハラハラ、ドキドキとする真澄くんの心情が重なってきます。更に不穏な空気感が漂い始めると、真澄くんのことが心配になり、心がざわつき出すような感覚を味わいました。短いお話なんですが、著者と本書を印象付けるのに十分な作品でした。(真澄くんの成長も感じられ、読後感は爽やかです。(*´ω`*))
最後に、大矢博子さんの解説より、奥田亜希子さんは“「海外ミステリーばかり読んでいた時期がある」“とあるインタビューに書かれていたそうです。奥田亜希子さんのミステリテイストの作品も気になります。(『夏鳥たちのとまり木』気になります。)また次の本を手に取りそうです…(笑)ありがとうございました。(*´︶`*) -
Posted by ブクログ
ネタバレこの本を読む前はね、
私は「使う派」でした。迷う余地なく。笑
だけど、そういうアイテムを介することで相手が見えなくなってしまうこともあるな、と、この作品を読んで思いました。
恋愛は特に、常に生身の人間同士のコミュニケーションだし、人のことなんて全て理解できるわけないので、だからこそ分かり合おうと言葉を尽くさねば、伝わるものも伝わらないですものね。
でも、そういう大事なことほどわかんなくなっちゃうんだよな〜!(自戒)
加藤千恵さんの解説に書いてあった、
「人の気持ちが、とうてい白黒つけられないものであることもまた、本作によって改めて気づかされた。気持ちはたいていグラデーションだ。」という一節が心に残っています。そう、人間ってのは純度100%でいる時の方が少ない、複雑な生き物なんだ。 -
Posted by ブクログ
本作の求めよ、さらば(与えられん)というタイトルには、2つの意味が込められているように感じた。
1つは、実力・努力至上主義に対する疑念。
志織と夫の誠太は、不妊治療を進めるも子どもを授かれず、それでも妊娠にこだわる志織を見かねた誠太は離婚を考える。
志織には進学、就職と自身の努力で望むものを叶えてきたという自負がある。
パワースポット巡りや食事など、いわゆる妊活と呼ばれるものすべてを試すも妊娠には至らず、初めて自分の努力とは無関係に事が運ぶ様を見ることになる。
もう1つは、全力でものごとと向き合えば、少しの障害があっても優に乗り越えられるということ。
タイトルの原義は宗教的なもので、心の底から祈れば信仰が得られるというもの。
誠太は結婚後ずっと最良のパートナーとして役目を果たしてきたが、まだ心の底の本当の気持ちや不満を志織は掴めていないように感じている。一方の志織も、妊娠に気を取られすぎて、誠太を正面から見られていないところがある。
最終的に離婚の危機を迎え、お互いに本音で向き合ったことで、また新たな扉が開かれていく。
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Posted by ブクログ
ネタバレコンセプトのとおり、読みやすくて楽しめた。
お金の使い方について描かれていて、以下のような点が面白いと思った。
・あげたい人ともらいたい人
・あげる(あげっぱなし)/もらう(もらいっぱなし)のバランスと居心地の悪さ
・推しを(お金を使うことによって)推すこと
・お金を持つことで得られる強さ(いくつかの選択肢の中から決断できる。他人の行動に口出しできる)
・コロナ禍で発生した経済的不公平、不均衡
また、主人公が大事にしている「正しさ」がコロナ禍でなお発揮されているところで、当時の息苦しさをありありと思い出した。
主人公の最後の爆発するような浪費には、ぞっとしてしまった。
「まだ1億5000万ある」という最後の一文はどういうことだろう。
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Posted by ブクログ
"プレゼントを送るとは、もらうとは、単なるもののやり取りではないのだ。"
"友だちを作るほうが、正しく生きることよりもよほど難しい。"
"自分には今しかない。その感覚で送る生とは、どういうものなのだろう。目の前のことがすべてで、その先は自分が生きていなくても構わない。そんなふうに思い続けることだろうか。"
"正しくあろうとする自分の気持ちもまた、欲望のひとつにすぎないのだ。"
そんなつもりはなくても、善意でやってることに対して人は見返りを求めてしまうもの、その恐ろしさを改めて感じた。
主人公・愛奈の考え方も忍の考え方もどっちも分かる。
正しさが大事か、生きやすさが大事か…。
人の数だけ生き方があるこの世界では、結論は出ないと思う。
正しさに全振りした生き方は窮屈で、極端にいえば「つまらない」のかもしれないけど、正しくあろうとする生き方を貫く人もいるはず。それがその人にとってベストな生き方なのであれば、否定はできないだろうなあ…。
モースの贈与論、ポトラッチ