奥田亜希子のレビュー一覧
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作品紹介・あらすじ
誰に何を言われようと行きたくない場所もあれば、なんとなく気持ちがのらない朝だってある。
ふとしたきっかけでサボってしまうかもしれないし、人生を変えるような決意で回れ右をすることもあるかもしれない。
ひとはいつでも「行きたくない」気持ちを抱えている。
僕たちのそんな所在なさをそっと掬い上げる、刹那のきらめきを切り取った物語。
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6人の著者による、「行きたくない」をテーマにした短篇集。「とりあえず気楽に暇つぶし程度に読めそうだな」と手にとったのだけれど、そんな安易な気持ちはいい意味で裏切られた。
●加藤シゲアキ「ポケット」
アイドル・グループ「NEWS」のメンバー。2020年と2023年に直木賞候補となる作品を発表している。本書「行きたくない」は2019年の出版なので、直木賞候補になる直前の短編。だからかどうか分からないけれど「これから本領を発揮していくのかな」なんてちょっとイジワルな感想を持ってしまったのは、この「ポケット」が今ひとつよくわからなかったから。言いたいことはなんとなくわかるような気もするのだけれど(回りくどい言い方ですが)どうもかゆい所に手が届かない。いや、違う。かゆいという感覚はあるのだけれど、どこをピンポイントでかいていいのかわからないので、とりあえずかゆい感覚がありそうな周辺をボリボリとかきまわっている感じ。決してつまらなくはないので、余計にもどかしい気持ちだけが残ってしまった。それでも矛盾しているようだけれど好感が持てた作品。
●阿川せんり「あなたの好きな/わたしの嫌いなセカイ」
楽しい作品ではないです。読んでいてもちっともハッピーにはなれないのだけれど、目を背けることが出来ないというか、変に共感してしまうような状況。淡々とした文体なのに書かれている内容は登場人物本人にしてみれば、どうしようもないほどに切羽詰まった心境になっていると思う。しかも「わかる!わかる!なんとなくその気持ちわかる!」と思えてしまうのだからたちが悪い。僕にとってはそんな作品。「面白かった」という感想は相応しくなさそうなので「物凄く印象に残った」にしておきます。
●渡辺優「ピンポンツリースポンジ」
これはもしかしたら近未来SFなのかもしれないですね。AIがどんどん進化していった結果、AI自体が「なんとなく行きたくない」という感情を表現するようになるかもしれない。そしてAIを使用している人間を困らせる。この「なんとなく」というのが、白黒はっきりしている感情よりも、より複雑なのかもしれない、という指摘だけでも「おお、そうかも」と思えてしまった。またそんな「なんとなく」という感情を持ったもの同士に仲間意識が生まれるのも、なんとなくわかる気がする。面白かった。
●小嶋陽太郎「シャイセ」
この作品に出てくる「2階の住人が床に物を落として騒音を発したら、その下の1階の住人が天井を突っついて2階の住人にクレームをつけてくる」みたいな状況は、実は僕はリアルで体験している。なので、途中までまるで自分のことのような気持ちで読み進めた。実際にはクレームではなかったのだけれど。恋人との別れ、現実とうまくかみ合えない状況とそれに対する諦念、それでも誰かと結びつきたいという欲求、コンビニや喫煙所での邂逅、DV、そして不器用ながらなんとなく結びついた2人。そんな物語が重くなることもなく、時にはユーモラスで軽快に描かれている。これまた面白かった。
●奥田亜希子「終末のアクアリウム」
これはどうなのだろう。男性である僕が読むのと、女性が読むのとではやはり受け取り方が大きく違ってくるように思う。一組の夫婦が登場するのだけれど、なんとなく不穏な空気を僕は常に感じながら読み進めていた。しかもそんな夫婦にちょっかいを出してくる第三者の存在。そしてバランスが崩れてしまったラスト。「終末のアクアリウム」とはそういうことだったのかと思い知らされる。結末は用意されていない。でも「自分の家に、帰ります」という一言にひとすじの希望が見られたような気もする。物凄く印象に残った。
●住野よる「コンピレーション」
仕事から帰宅すると毎晩知らない友達が待っている。しかも毎晩違う友達で既に400人は超えている。そしてそんな友達と楽しく交流する。主人公の女性はそんな環境に疑問も不安も抱かずに浸っている。次の夜の「初めて出会う友だち」を心待ちにしている。途中でこの環境を「初めてではない、二度目の友達」が打破しようとするのだけれど、結局はうまくいかない。
決して現実味のある設定ではないのだけれど、「二度目の友だち」が打破できずに主人公の女性が、このある意味自堕落でただ流されて生きているだけの状況を受け入れる、という点がすごくリアルに思えた。仮にここで主人公の女性が、「よし、自分を変えてやろう」なんて一発奮起したらかえって嘘っぽくなってしまったように思える。打破できなかった友達が、それでも主人公の女性とふくれっ面のまま食事をしたり、泊まっていったりするあたりも僕にはすごくリアルに思えた。
少し違うかもしれないけれど、映画「トゥルーマン・ショー」みたいな世界観なのかもしれない。タイトルの「コンピレーション」とは「編集、編集物」といった意味で、「なるほど」と思わせてくれる。この異様な状況に関する説明は作品内ではほとんどでてこないのだけれど、それに対しては全く気にならなかった。
作者は「君の膵臓をたべたい」の著者とのこと。僕はこの「君の膵臓を~」を読んでおらず、いままでは食指も動かなかったのだけれど、この「コンピレーション」を読んでみて、機会があったら読んでみようと思った。この「コンピレーション」、本書の中では一番面白かった。 -
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読み終えて残るのは、軽やかさと、少しの居心地の悪さ。
終始描かれる主人公の真っ直ぐすぎる正しさは、この作品の最大の推進力であり、同時にユーモアの源。
本人は一切ブレていないのに、周囲や状況の方が次々と歪んでいく。
そのズレに興味深さを感じつつ、ふとどこかで自分の立ち位置を確認したくなる感覚になる。
この正しさは理想論ではなく、現実の摩擦を引き受けたうえで貫かれているからこそ、他者には正しさが攻撃性として発揮されてしまうのだろうな、
他者から見たら正しすぎる主人公こそ、理想論そのものの体をあらわしているように感じるだろう。
読み進めるうちに「正しいこと」が必ずしも楽ではない、という当たり前の事実が静かに浮かび上がってくる。
重くなりすぎず、
気持ちよく読めて、少しだけ考えさせられる、そのバランスの良さが印象的な一冊だった。 -
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ネタバレ希海は幼稚園児郁登の付き添いでかるた教室にいき、競技かるたとで会う。一緒に通っていた息子は小学生になり、サッカーの方が面白くなり、また、勝てないこともあって、かるたはやめてしまう。
希海は自分だけかるた会に入会し、真剣に競技かるたに取り組んでいく。
妻の趣味に対して、理解のあるように見せているが、所詮趣味という認識の夫とのやりとりや子供の世話に消耗しながらも時間をかけて、少しづつ力をつけていく。限りある時間の中で、真剣に取り組む趣味としてかるたと向き合う希海を応援したくなる。
時間をかければ、いつかは夢もかなうし、夫も息子も認めてくれるようになるというエンディングで、読み終わってほっとした。
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息子が通う幼稚園では年長を対象とした百人一首大会が、毎年1月に開催されるが、その練習でいつもたくさん札を取ると聞いて…と初対面の親子に声をかけられて、かるた教室を紹介された希海。
希海は、子どもと一緒に参加したかるた教室で、ルールやマナーを教えてもらい、百人一首も覚えていく。
子どもと一緒に学ぶことの喜びを感じながら、かるたの札を払ったときに指先に感じた新鮮なエネルギーは、忘れられなかった。
息子が小学校になり、時間が取れなくなり久しぶりに行くと札を取れなくて悔しい思いをしてから辞める。
サッカーに通いだした息子に対して、希海は大人も通えるところがあると聞いて通い出す。
競技かるたを始めることに躊躇はしたが、好きを続けようとする気持ちを押し込めることはないのだと思った。
夫との間で揉め事はあり、どうなるのだろうと思っていたが、我を通すことよりも歩みよりも大切だとお互いが感じたことがよかったのだろう。
大学生になった息子、楽しみだ。
かるたをもっと知りたくなった。
「ちはやふる」コミックから読んでみようかな。
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ネタバレちはやふるの漫画にハマっていたこともあって、気になって読んだ。
競技かるたと、家族関係半々くらいで話しが進んでどちらも興味深かった。
よくある感じ夫婦間のいざこざと、仲直り。夫目線のストーリーも見てみたいなと思った。
終わりがけにお互いをパパ、ママではなく名前で呼びあってるところにいいなと嬉しくなった。
そして義理のお姉さんは嫌いだなぁ...
かるたに関してもかるた会や、決まり字、定位置などのちょっとした知識になるほど!と勉強になった。
エピローグ的なところで、A級になれてたことがわかって良かった。郁登くんもまたサークルでかるたをやり始めて、お母さんと一緒に練習...なんて楽しみな風景!
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Posted by ブクログ
皆川希海(みながわ のぞみ)は幼稚園の息子・郁登(いくと)と一緒に子ども向けのかるた教室に通っていたが、郁登は小学校に上るとかるたへの情熱を急速に失った。年下に負けて大暴れしたのをきっかけにかるた会をやめ、少年サッカーチームに入ってしまう。取り残された気分の希海は、自分の中でかるたへの未練があることに気づく。
勧められて一般向けのかるたの会「光のどけき会」に入るが、練習日の土曜日は、夫の勇助がコーチを務めるようになった、郁登のサッカーチームの練習日でもある。月に2回だけ、サッカーに同行せずかるたの練習に行くことを夫と息子は許してくれたが、後ろめたい気持ちとかるたを続けたい気持ちのせめぎ合いに悩むことになる。
今までは自分と息子が同じかるたという楽しみでつながっていたが、今では夫と息子がサッカーという絆で強く結ばれ、もう息子と同じ楽しみを分かち合うことは一生無いのだろうかと思うと、それも寂しかった。
夫・勇助の描写が秀逸すぎてあるあるある。客観的に見ればとても育児に協力的なパパだが、希海が大会に出たいと言うと物分かりよくOKするも、すかさず、自分もサッカーチームの監督とコーチの飲み会に参加したいと交換条件を出す。件の大会の朝、勇助に急な仕事が入って、希海は大会に行けなくなって大喧嘩。どっちが優先かわかるよね、ママってそんなに物わかりが悪かったっけ?
子どもがいるのに自分の趣味に時間を割くのは間違っていると非難する、勇助の妹にも苛立つ。
趣味は子どもが手を離れてからでも遅くないんじゃない?と夫も言う。
かるたの練習に行く日は朝のうちに家事を全部片付けて、夫と息子がサッカーに持って行くものを全て準備してから、彼らより30分早く家を出る。自分のことなのだから準備くらい夫がすればいいのに、必ず忘れ物をして「やっぱりママがやって」ということになった。
それだけやっても、
子どもがいる女性は趣味を持っては行けないのか。
いちいち夫に許可をもらわなくてはいけないのか。
葛藤の末、勇助と自分は対等な家族で、かるたは大事な趣味、という境地にたどり着いた希海は、とても清々しく見えた。
最後の章は桜の舞う中、春の日差しが暖かく、ちょっとくすぐったくなる思い。
「彼」の「隠し通そう」という決心には、いやーそれは結局は「しのぶれど」ってことになるよね?と突っ込んでおこう。 -
Posted by ブクログ
帯の「最愛の相手を手に入れるためなら、惚れ薬を使いますか?」の一文がズルすぎる。読んじゃうよね。
『傲慢と善良』に続き、「突然パートナーが失踪する」系はやっぱりおもしろい。
本作では、不妊治療中の夫婦の“夫”が姿を消す。
献身的に妻のメンタルケアや家事、仕事をこなし、温厚で穏やかな彼が、なぜ突然いなくなったのか。その経緯が少しずつ明かされていく。
気温の寒暖差が激しいと体調を崩すように、自尊心の高低差が大きいと、コミュニケーションに支障をきたすのだと感じた。
相手の気持ちを察するための「ものさし」の目盛りが合わないというか、思いやっているつもりで、むしろ傷つけてしまっていることに気づけない。
だからこそ、生成AIに何でも相談できる時代だけど、「相手との血の通ったやりとり」をおざなりにすべきではないのだと静かに刺してくる物語。
帯からはファンタジーものかと思いきや、れっきとした大人の恋愛小説でした。 -
Posted by ブクログ
料理と恋愛にまつわる短編集。
料理が絡むからか、どれも一定大人の恋愛ストーリー。
一穂ミチのエピは不思議な色気を感じる作品。地味女かと思わせといてなかなかやりおる男女だわ。
古内一絵作品はこの人の根底にあるものが伝わるので嫌いじゃない。
君島彼方の作品は性的マイノリティの葛藤がいい具合に滲み出ていてこれも好き。
奥田亜希子のズルい男とそれをわかってて演じた女の話も結構好き。転がされてるようで転がす女は勝ち組だな、って思う。
ということでどれもなかなか思いを馳せることの出来る味わい深い短編集でした。
カレー食べたくなるよ
2025.11.11
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Posted by ブクログ
一穂ミチ目当てで手にとる。あと巻末の山田詠美のエッセイ 「恩讐の彼方のトマトサラダ」も。
さすが山田詠美!この短い短いエッセイの中にユーモアの中にちゃんと彼女らしい美学が語られている。
今まで振られたことはないって、「男と別れるのは、相手が逮捕されるか、強制送還されるか、死ぬか、のどれかなんで」ってすごい。
原田ひ香の小説、(夏のカレー)初めて読んだけどこの60歳過ぎたしーちゃんと冴子の好き同士だったのに結婚には至らず40年にも渡る出会いから邂逅を経て別れまで(冴子の死)せつないラブストーリーだった。
恋、片思い、両思い、愛、婚約、浮気、裏切り、不倫、
恋愛に関することは”結婚”以外全部(冴子)とやった。
っていうとこがほんとに唯一無二の存在。
あータイカレー(グリーンカレー)が食べたくなった。