齋藤純一のレビュー一覧

  • 不平等を考える ──政治理論入門

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    平易な文章で読みやすく、また極力客観的な視点から書こうとしているのが好感する。逆にそれ故に、抽象化された概念や考え方を批判している箇所が、具体的には昨今話題になっているあの事象に対する批判なんだな、という感情的、主観的な部分が垣間見える箇所があり、筆者がこの本を通じて何を訴えたかったのかは伝わるようになっている。

    この国には政治的に、公共意識的に未熟な部分が少なくないと感じる。そのことを示唆する1冊として価値がある。

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    2019年03月04日
  • 不平等を考える ──政治理論入門

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    不平等をきっかけに政治の在り方について考えることを狙った本で、大変良い規格とは思う。ただし、前提となる現実の捉え方に不満を感じる。

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    2018年09月17日
  • 対論 憲法を/憲法から ラディカルに考える

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    改憲論議を柱とした、憲法学、政治学、社会学、法哲学など様々な分野の対談集。それぞれ異なった視点からの指摘は、示唆に富む。個人的には政治学者・杉田敦のツッコミが、もっともラディカルで刺激的。民主主義ってなんだろう⁇と改めて考えさせられる一冊。

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    2012年02月06日
  • ジョン・ロールズ 社会正義の探究者

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    政治哲学者ロールズの入門書。主著『正義論』『政治的リベラリズム』の要点や、ロールズ自身の人生を思想変遷とともに辿る試みは興味深かった。

    ロールズの社会構想は、多元的価値観の存在を前提とした、限定的な政治的言説に対する、人々が合意出来る部分に基づくリベラルなものであると理解出来た。

    ロールズの思想は、分断が進む現代日本において、寛容な社会構築のための重要な視座を与えてくれるものである。次は、ロールズの著書の読破に挑戦してみたい。

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    2025年07月17日
  • 偶然性・アイロニー・連帯 リベラル・ユートピアの可能性

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    やべ〜、『資本論』ぶりに全然頭に入ってこないし何言ってるかわかんない←哲学に造詣深くないので最初は苦戦したけど読み通していくうちに言いたいことはなんとなくわかってきた

    第三部に入ってから読みやすくなった…ような気がする。文芸批評的趣きが強いからかな。ナボコフやオーウェル批評としても興味深いのでこの機に『一九八四年』読み返したり『ロリータ』『青白い炎』読みたくなった
    『一九八四年』の拷問についての解説読んでると韓国の小説『生姜』思い出す

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    2024年02月03日
  • ジョン・ロールズ 社会正義の探究者

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    2023.04.17 予想通り、難しかった。一回で、一冊で理解できるような代物ではないので、色々とアプローチしたいと思う。

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    2023年04月17日
  • ジョン・ロールズ 社会正義の探究者

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    ロールズについて全く知らない人にとっては訳が分からないかもしれない。大学生で初めてロールズという名前を聞いた学生ならばなおさらである。
     しかし、ロールズの著書を読んで理解できず、ロールズについて少しは知りたいという人にとっては役に立つと思われる。

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    2022年03月11日
  • 平等ってなんだろう?

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    “あるいは、政府が悪いとか、隣の国が悪いとか、移民が悪いとか、どこかに悪いものを局在化して、自分とは関係のないものとしてとらえたほうが楽なのでしょう。結果とし て、そのつもりはなくても、ほかの人に対しても黙らせようとしていることにもなってしまう。”(p.169)

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    2022年02月13日
  • 講座 人権論の再定位4 人権の実現

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    ネタバレ

    《9章 国際社会における政治的責任》p197- by 押村高

    「保護する責任(responsibility to protect)」の概念が示しているように、領土政府のみではなく国際社会もまた一国内の内部の人々(この場合は、抑圧を受け、虐殺を被るおそれのある人々)の「人間の安全保障」に政治的責任を負うという論理が、徐々に了解を得てきている。p199

    ポッゲは現下の国際システム、とくに貿易の不公正なルール、先進国に有利な貿易構造、非対称な経済・外交交渉力が、貧困者や飢餓者の自己決定に対して危害にも等しい「制約」をもたらしている点に注目する。p203

    ヤングの理論(社会的連接モデル(social connection model)に即して先進国市民の責任を論じれば、次のようになるだろう。
    すなわち、先進国市民の消費・投資行動は、途上国の人権状況の悪化の充分条件を構成するわけではないが、途上国の弱者が自力で貧困や飢餓から抜け出せないような「構造的条件(structural condition)」をもたらし、支えてしまっているという意味で不正なのである。
    参照:M. Young 'Global Challenge: War, Self-Determination, and Responsibility for Justice (Cambridge: Polity Press, 2007)

    かつて各国家がウェストファリア体制の中にいて、ステイト・リベラリズムが全盛であった時代に、主権を保持し、自由で対等な行為主体とみなされた国家とその国民が果すべき明確な義務とは「無危害理論(no harm principle)」といわれるところの「他国を害してまで、自由を追求してはならない」の一点であった。
    しかし、今日、実際上、個人でさえ国外にも影響を及ぼさずに行動することが不可能になったといってよいほど、人々は影響という意味で依存しあっている。
    大気や海洋の汚染によって国外の人々の生活環境を悪化させる可能性はいうまでもなく、多国籍企業による生産拠点の海外移転、国際商社の貿易活動、国際金融資本の投資活動、買春目的の海外旅行を含めて、他国の人々の人権状況を悪化させる可能性のある活動は多い。p208

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    2013年01月17日