福嶋隆史のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレあまりにも子供の国語力がないので、ネットで評判の本書を手に取ってみた。
著者は、国語はセンスではなく、論理的な思考力の問題という。確かにそうだ。国語は言葉の学問である。いかに相手に伝えるかということか。論理的思考力とは、難しく考えることではなく、逆に、単純化する作業である。その論理的思考力は、結局は『言いかえる力』『くらべる力』『たどる力』の3つに収斂するということをうったえる。
国語は論理的な読み方・書き方を学ぶ科目であり、味わい方を学ぶ科目ではない。確かにそうだ。味わい方は個々人で違い、点数で評価できないが、論理力はテストできる。味わい方を学ばず、論理力を学べ、というのが著者の考えであり、なるほど、国語力というものだろう。
論理的思考力とは、『言いかえる力』『くらべる力』『たどる力』の3つとのことだが、それは、『バラバラの考えや言葉を整理する(関係づける)ための力』である。
一つ目の『言いかえる力』は、一見バラバラに見えるもののなかに”共通点”を見つけ出し、整理する力だ。つまり抽象化のことだ。もちろんその逆の力も必要だ。逆とは具体化である。『言いかえる力』とは”抽象化”と”具体化”の力のことだ。
二つ目の『くらべる力』は、一見バラバラに見えるもののなかに”対比関係”を見つけ出し、整理する力だ。
三つ目の『たどる力』は、一見バラバラに見えるもののなかに”結びつき”を見つけ出し、整理する力だ。下からたどりながら順序よく組み立てていく操作であり、文章で言えば”原因と結果”、つまり”因果関係”の結びつきをたどる作業だ。
なぜ言いかえる力が試されるのか。それは、発信者である著者や作者の感情・イメージ・意見を、受信者である読者(学生)は本当にありのままに受け止めることが出来たのか?それを確かめたいから、あなたが受け止めた内容を、別の言葉や表現で言いかえてごらんなさい、これが読解問題の本質という。例えば、60字以内で説明しなさい、という問題では、読者自身の言いかえる力を試されており、15字以内で抜き出しなさい、という問題では、作者自身が言いかえている部分があるからそれを見つけなさい、ア~オの中から選びなさい、という問題では、出題者によって既に言いかえられた選択肢から選びなさい、ということになるのだ。
言いかえる力とは、抽象化力と具体化力だが、この考え方だけで9割の問題が解けるという。問題の多くは、具体を抽象に言いかえなさい、もしくは、抽象を具体に言いかえなさい、というものという。すべての文章は『言いかえ』の連続で作られており、具体が問われたら抽象をとらえ、抽象が問われたら具体をとらえる。この”型”が難解な長文読解の迷路に迷い込んだわが子を出口へと導く最高のナビゲーターとなる。
『言いかえる力』のカギとなるのは、『つまり/たとえば』だ。晴れ・雨・曇つまり天気。天気たとえば晴れ・雨・曇。また、『という』もある。『という』は同じことを抽象的に言いかえる働きがある。『つまり』と同じことだ。
選択肢の問題でいうと、『選択肢は本文の言いかえである』といえる。選択肢自体を要約することで、正解できるものも多い。
次に『くらべる力』だ。くらべる力とは何なのか。それには、スピードとパワーがあるのだ。例を書こう。
”東京都の人口密度は5748だ。生活にゆとりがなくなるのも無理はない。”これだと、聞いた人は、ふーーん、5748かー、1平方キロのなかに5748人も入っているのかー。と思う程度だ。しかし、次の場合はどうか。”北海道の人口密度は72だ。それに対して、東京都の人口密度は5748だ。生活にゆとりがなくなるのも無理はない。”こうなると、聞いた人は、えーーーー桁がぜんぜん違うじゃないか、これは驚きだ!となる。ほんの一文加えただけで訴えかけるパワーがぜんぜん違ってくるのだ。これがくらべる力のパワーだ。くらべる力では、”それに対して”という言葉がカギになる。
また、くらべる力により、プチ小論文が書けるようになる。
プチ小論文の枠組みレベル1。
○○にAとBから選ぶなら、私はAを選びます。
Bは△△です。
しかし、Aは●●です。
だから私はAを選ぶのです
おやつのときにケーキとどら焼きから選ぶなら私はケーキを選びます。
どら焼きは手が汚れてしまいます。
しかしケーキは手が汚れません。
だから私はケーキを選ぶのです。
たった4行で自分の主張を展開する練習ができるのだ。
プチ小論文の枠組みレベル2。
AとBはどちらもC。(共通点の抽出。抽象化)
しかし、ひとくちにCといっても、違いはある。(逆説で展開)
たとえば、Aはaだが、Bはbである。(相違点の対比。具体化)
その点では、d。(AかBを選び主張する)
サッカーと野球は、どちらも走るスポーツである。
しかし、ひとくちに走るスポーツといっても違いはある。
たとえば、サッカーは試合中に走る量が多いが、野球は走る量が少ない。
その点では、サッカーのほうが持久力のいるハードなスポーツと言えるだろう。
最後は『たどる力』だ。因果間関係力と言いかえることが出来る。『だから/なぜなら』がカギだ。
1
”この公園にはゴミ箱があった。だからゴミ箱を撤去した”
”ゴミ箱を撤去した。なぜなら公園にゴミ箱があったからだ”
この文章が成立するかということだ。因果関係がこれで成立しているのか?10人中8人が納得できるのか?これが因果関係だ。要するに、『客観性』があるかどうかによって因果関係は決まる。上の文章で1人や2人は納得するかもしれないが、それだけでは客観性があるとはいえない。
2
”この公園にはゴミ箱があった。そのためカラスがゴミを荒らし始め、公園が毎日汚されるようになった。だからゴミ箱を撤去した”
今度は説得力が生まれた。誰もが納得できるだろう。はじめの1は急行列車で後の2は各駅停車だ。肝心な駅に停車しているかどうかが決め手になる。
これは論述問題の際にきちんと理解していないといけないことだ。答えとして、1のような答えを書いてしまっていないか。
最後に、文にとって鍵となる大切な文がある。それを探すには”・・・のである。”を探せということだ。『のである』の文章こそがカギとなり、抽象化された主張になっていることが多いのである。
本書は後段に行くに従い、少し難しく、応用になってくる。何回かページを元に戻り、読み返す必要がある。一度読み、何回か問題を解き、また本書を読み、また問題を解く。といったようにすれば、本書が言わんとしている事が身につくのではないかと思っている。 -
Posted by ブクログ
日経アソシエでの「国語力トレーニング」特集で取り上げられ、その内容に興味を持って購入。
世の中には、非常に説明のうまい人や他人の言動をうまく汲み取って要約するのがうまい人がいる。それらは「言葉の運用力=国語力」が高い人々。それでは、「国語力」とは何か?
著者は、「論理的思考力」だという。
「論理的思考力」は以下の3つからなる。
・言いかける力:一見バラバラに見えるもののなかに「抽象・具体の関係」を見つけ出し、整理する力。
・くらべる力:一見バラバラに見えるもののなかに「対比関係」を見つけ出し、整理する力
・たどる力:一見バラバラに見えるもののなかに「因果関係」を見つけ出し、整理する力
これらの力とはどんなものか、具体的な事例を交えながら解説されており、非常にわかりやすい。
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・整理とは、「筋道を整えること」です。
・コミュニケーションの究極の目的。
それはズバリ、イメージの「共有」です。
・具体から抽象へ。
抽象から具体へ。
・名詞化は、抽象化の重要な技術です。
・要するに、抽象化とは「特徴を見つけ出すこと」なのです。
・対比では「共通の観点」が必須条件となります。
・【対比の観点】
●存在の観点(あるかないか)
●変化の観点(変化があるかないか)
●量的な観点(多いか少ないか)
●空間的観点(場所・方角・高度・広さ、など)
●時間的観点(過去・現在・未来、など)
●道徳的難点(善悪、真偽、愛憎、など)
・「読むことによって技能を高める」ことと、「書くことによって技能を高める」ことをくらべると、圧倒的に後者のほうが近道なのです。
・「アウトプットがインプットを要請する」のです。 -
Posted by ブクログ
論理的思考とは、決して「難しく考えること」ではありません。
論理的思考とは、難しいことがらを「単純化すること」なのです。
「言いかえる力」
「くらべる力」
「たどる力」
言いかえる力とは「抽象化」と「具体化」の力です。
「対比関係」を見つけ出し、整理する力です。
「原因と結果」、たどる力とは、「因果関係」を整理する力です。
囲碁や将棋の論理がその長い歴史のなかで不変であったように、
言語においてもまた、論理というものは永遠不変です。
抽象的に言いかえるときに使う代表的な接続語は「つまり」です。
具体的に言いかえるときに使う代表的な接続語は「たとえば」です。
「つまり」とは「詰まり」です。
これ以上進めない「詰まった」地点、最終的な到達点、
というのが本来の意味です。
最終地点ですから、「つまり・・・・・・」という話を聞いたら、
聞いたほうはその時点で「なるほどね」と納得できて、
理解が完結しなければなりません。
「という」の3文字には、「同じことを」「抽象的に」
言いかえる働きがあるのです。
それはズバリ、主語・述語です。
要約の本格テクニック
①まず述語を見つけること
②述語をもとに、「何が?/だれが?」と自問自答すること
「言いかえる力」を身につけるための6ステップ
①「つまり/たとえば」の仕組みの理解
②「つまり/たとえば」の言いかえの学習
③マトリョーシカの理解と練習
④一文を要約する練習
⑤読解問題の選択肢は本文の「言いかえ」であることを理解
⑥課題作文を書く。具体→抽象→具体で言いかえる。
「味のある文章」とは、「優れた観点で書かれた文章」のことです。
まず「部分」、次に「全体」
まず「プラス」、次に「マイナス」
まず「与える」、次に「待つ」
原理・公式・型・方法。
教えることは、学ぶことです。
最後のこの一文はよかったです。
驚くべき視点、メタ認知、一度は読んで欲しい一冊です。
このくらい、教員なら知っておくこと。 -
Posted by ブクログ
帯には「会議・交渉・プレゼン・報連相・企画書・メールなどなど あらゆる場面で効果バツグン!」と記載。考えがまとまる、伝わる、説得力がアップする! と記載されている。では実際に社会人にとって国語力はどのように役立つのだろうか?
国語力は論理的思考力である。これは「複雑なものを単純に」、「難しいものをやさしく」表現すること。論理的思考力とは一見バラバラの言葉や文章を関係付けし、整理していくための力である。これは以下の3つに分類される。①言いかえる力 ②くらべる力 ③たどる力。①は一見バラバラに見えるものの中に共通点を見つけ出し整理する力。②は対比関係を見つけ出し整理する力。③はバラバラに見えるものの中に結びつきを見つけ出し整理する力。このうち①の言いかえる力について詳しく述べている。
①言いかえる力こそが、コミュニケーションの柱となる。言いかえる力は抽象化力と具体化力の2つから出来ている。「抽」は引き出すの意。「象」は形。「抽象」とは「形を引き出すこと」すなわち「特徴を引き出すこと」。メッセージのわかりやすさを出すためには「具体から抽象へ、抽象から具体へ」言いかえることを繰り返すことが大切。具体的な事例から特徴を引き出す。その特徴から新たに具体的な例を提示する。この両者がお互いに補い合いながら繰り返されることにより、わかりやすさが生まれていき伝わりやすいメッセージとなる。このようにブログを書くときや講演をする時には重要なポイントと考えられる。抽象的な記述にとどまっているよりも、具体的な事例を提示したほうが読みやすいし、共感を得るためのポイントだと思う。
大切なのは内容より形式
新しいことに取り組むとき、格好から入る事が多いのだが、それは邪道だと思っていた。例えて言えば、新しい楽器を始めるときにお気に入りのプレーヤーのスタイル、ファッションから入るとか。しかし著者は内容よりも形式が大事だと言う。論理的思考力の世界で「受信」とは聞くこと、読むこと。「発信」とは話すこと、書くこと。発信の技術を磨く時にこそ、受信の技術も磨かれる。「書く」ことの重要性として、「書き」によって「読み」の力もつく。例えば、ブログを書く際には自分の中にある既知の情報を整理し発信するプロセスの中で論理的思考の技術を磨く。「もっと本を読もう。本を読めば力がつくはずだ」と考えるのではなく、「もっと文章を書き、話し、発信する練習をしよう。そうすれば力がつくはずだ」と考えることが大切。また話せば話すほど、書けば書くほどに自分の「無知」への気付きが生じ、「知」への欲求が高まる。そうなれば「もっと本を読もう、もっと良質の情報を選ぶようにしよう」との知的欲求が高まる。これが「アウトプットがインプットを要請する」状態につながる。まず内容にとらわれずにアウトプットすること。ブログを書くこと、講演すること。内容は形式を追求する過程で必然的に求められてくる。 -
Posted by ブクログ
要約。
1.
国語教育が重視すべきは、文章の内容より形式。(内容が重視されるべきは道徳などの授業に一任すべし)
2.
文章の「型」を徹底して教えるべき。(文章の内容や思考を形にはめる、ではない事に留意)
3.
読み書きの能力とは、論理的思考能力そのものである。書く力は構成力、読む力は再構成力。論理的思考能力は、関係を整理する技術を使いこなす力を指し、具体的には、言いかえる力、くらべる力、たどる力である。
言語を使って思考をする技術は、人間が人間であるための大事な条件だと思うので、著者の考えには賛成。
大学でレトリックとか勉強しても、基礎ができていなきゃね…。
英語を勉強しても、そもそも言葉を使いこなす事が母国語でできないんじゃね…。 -
Posted by ブクログ
よく分析されていて、悪い本ではないと思う。
ただ、やはり筆者の言葉に熱がこもりすぎていて、話の持っていき方が少し強引かなと感じました。熱すぎて呪詛のような本でした。
小説をなくせと言ったり、内容ではなく形式だと言ったり、そんなに今の国語教育が悪いものかねえと思った。
少なくとも過去の積み上げがあってこその今の国語教育があって、それを今のセンター試験は焦点がぶれているからひっくり返せっていうのはむずかしい話で、そんな大々的な変革をためらってしまう気持ちもわかってあげるべきやと思う。
まあ国語教育に特化して考えたことのない自分にはまだ早い本かなと思いました。
あとがきに書かれていた「本書を書き終わったときに、今日死んでもいいと思った」という筆者の覚悟はすごいと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ勉強は「つまらないこと」ではなく「楽しいこと」。
勉強は「しなければならないこと」ではなく「したいこと」。
本を読めばそんな風に変化すると書いてあります。
うまく実践してそんな風になればいいと思います。
■楽しく勉強するポイント
→限定すること
→勉強のゲーム化
■勉強のゲーム化
→シビアな場、スリル、自由を奪う
→達成感を得る
■ゲームの3つのポイント
1.目標(ボスを倒すなど)
2.方法(どうやってレベルを上げるか)
3.評価(レベル、お金など)
・明確な目標を立て、明確な方法を実行し、明確に評価すること。
(例)海を泳ぐのに、「とにかく泳げ」ではなく「ここまで泳ぐ」「どうやって泳ぐ」「ここまでできたね」と限定する。
・数値化すること(回数、時間など)
■目標を明確にする前に子どもの現状を知る
→子どもが目標を立てるのは難しい。
■学力を伸ばす評価
→加点・減点の理由を説明する
→評価はプラスの点を説明し、マイナスの点を説明する。
→先にマイナスを説明すると聞かなくなる。
■国語、算数、理科、社会のゲーム化のポイント
■国語
→言いかえる力
→くらべる力
→たどる力
→漢字力
→音読力
■2冊の本の読書評論をする
→論理的に比較する能力が身に付く
■同じ文字の練習より異なる1セットを何回もする。
■算数
→数値的判断力
→概算力(基準より上か下か)
■理科
→観察力
■社会
→社会的探求力
ためになるが親がここまでするのも大変な気がする。