藤森照信のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
建築家・藤森照信&画家・山口晃による東京国立博物館探検記。
建築家と画家の視点で、トーハクを探検する。
表から裏側まで・・・それこそ屋根裏や館長室、修復の現場と、
入れない場所にも潜入。
その多数の画像と山口画伯の絵が、トーハクの魅力を誘う。
トーハク、好きです!
年に何回か、庭を散策して、国宝館と総合文化展を楽しみます。
なので、この二人の視点での探検は新たな発見が多く、
次に行くときの参考にしようと思いましたよ。
表慶館入口の階段の石とか、本館入口ホール正面の時計とか。
茶室は入る機会がないので、茶の湯「鑑賞」探検は嬉しい内容。
そして、楽しそうな両人の姿とユルさ、ぽわんとした画伯の絵!
次は、藤森館長の江戸東京博物館を探検して欲しいです(#^.^#) -
Posted by ブクログ
面白い。建築に興味あるけれど、専門的なことは何にも分かりません、という人には最適ワクワクな一冊。
さすがちくまプリマー新書。藤森照信さん。
「人類と建築の歴史」藤森照信。ちくまプリマー新書。2005年。
#
藤森照信さんというのは、「建築史家」「建築家」だそうで、僕は事前には知りませんでした。
ちくまプリマー新書、というのは割に信用しています。
なにしろ、ちくまさんが「まあある程度若い世代のために、何にしろ入門的な感じで長く無い一冊を」というコンセプトで作っているはずなので。
期待に違わない一冊。
とにかくわかりやすかったです。
建築家の名前とか、ナントカ様式とか、そういうことがほとんど出てこない。
半分くらいまでは、話は原始時代。びっくり。そして面白い。
狩猟、そして農耕と、そういう時代の人類の人生と幸福を想像していって、
そこから(恐らくは遺跡などの)証拠と合わせて創造していく建築史というか。
「イエ」っていうのはどういう役割を負っていたのか、切れば血が出る具体性で解き明かしていきます。
そこから、生活だけではなく、原始的な宗教のための建築。家屋。
それらはたいてい、土地や化け物や怨霊などのプリミティブな神様が存在したんだけれども、
それがやがて、キリスト教、儒教、仏教、イスラム教という、「ことば」が優位に立つ進化した宗教に、基本的に駆逐される。
ところが、洋の東西を問わず、なかなか完全には駆逐されない。その、魑魅魍魎なプリミティブな神々と、言ってみれば全国チェーン店のような大資本でモダンな宗教の対立。
それがさらに、大航海時代から、世界レベルで言うと、「西洋・キリスト教の価値観、建築の、暴力による強制的な輸出」というフェーズへ。
それは19世紀に、「産業革命によるパワーアップした資本主義」という暴力的なカタチで東洋にもやってきます。これが日本では「近代化」ということになる。
さらに、20世紀に入って、バウハウスというデザインのアイディアから、これまた爆発的なまでに画一的な建築の時代へと入っていく。
まさに凝縮されて荒々しく暴力的なまでにザックリと目を離せない、エンターテイメントぎっしりの大河ドラマ。
そんな1冊、もう、呆気にとられてイッキ読みです。
建築に興味はあるけれど、どう触って楽しんでいくか、手をこまねいていたのですが、藤森照信さんという人の本から入っていこうかな、と思われて貰いました。
本当に面白かった。ちくまさん、良い仕事です。感謝。 -
Posted by ブクログ
日本最古の博物館である東京国立博物館を建築家の藤森照信と絵師の山口晃が博物館の「魅力を徹底解剖」とあるように、いろいろな姿が見られるのが今回の本だ。
美術編、建築編、舞台裏編の3点から東京国立博物館を紹介している。美術編で気になったのは、家形埴輪で、「世界の美術史を見渡しても、こんなに古く、家屋を模したものが立体的に造られたことはない」という感想を藤森が述べている。よく今の時代まで残っているなあと思った。
建築編では、「日本の伝統を表した実験場、東博」というように、初代本館は、なぜかイスラム様式で、表慶館はフランス式で、関東大震災後に建てられた二代目の本館は、和洋折衷といった具合にいろいろな形式を織り交ぜている。
舞台裏では、まずお目にかかることのない博物館の裏側を垣間見ることが出来る。
上野で何か展示があるときについでに寄ってみたくなったなあ。 -
Posted by ブクログ
あの建築探偵藤森先生とあの稀代の絵師山口画伯による「トーハク」こと東京国立博物館のレポート&ガイドとくれば面白くない筈はない、と購入しました。
内容は、博物館本体や茶室といった建物や、建物絡みの収蔵品―茶室とセットで寄付された茶道具や家型埴輪など―の紹介が中心です。学芸員ほか東博を支える裏方の皆様のお姿にもしっかり言及されています。
数々の名品を収蔵する東博はどこか畏れ多い場所ではありますが、先生と画伯の細やかで鋭い観察力を発揮しつつどこか緩やかでとぼけた語り口の効果で、終始肩肘張らずに読むことができました。
最も印象に残ったのは、茶室「転合庵」のレポートでの「(茶室の)点前座はコックピット」という画伯の発言です。大名茶人・小堀遠州が建てたこの茶室は身分の高いお客を迎え入れることを前提に茶人とお客の空間に隔てを設けていますが、その一方で茶人は点前座に座ることにより、
「この茶室を操縦して仕切るのはこの自分である」
といった感覚を有することが許されるという観点は面白いと感じました。 -
Posted by ブクログ
建築史家・建築家の藤森照信と画家山口晃の日本建築探訪記。
■法隆寺
他の寺に比べ、回廊の効果がはっきりしている。
大小の建物を散らして配置し、それを回廊で一つの空間にまとめている。完璧なプロポーション。丹下健三が影響を受けた。
■日吉大社(比叡山)
全国の日吉・日枝・山王神社の総本宮。水を感じさせる神社。建築よりも石橋(重要文化寺)が有名。
石・水・建物・草木等、テクスチャーの宝庫。
■旧岩崎家住宅
建築家が手がけた日本最古の洋館住宅。ビリヤード場、洋館、和館を雁行して配置。日本の茶室の影響を受けている?イギリス様式でありながら、イスラム、コロニアル、スイスの山小屋風のテイストを盛り込んでいる。
見学者の少ない和館が実はレベルの高い建築。講談社の野間家が残した目白の焦雨園に匹敵。
■投入堂(島根)
標高900mの断崖絶壁に建つ三徳山三佛寺投入堂は、千三百年続く修験道の霊場。仏教が伝来したことで、日本人ははじめて「死後の世界」を知る。修行によって仏になることもあれば、地獄へ堕ちることもある。インドから来た仏様が、山の神様(=自然信仰)の姿をとって現れたと解釈することで土着文化との融合をはかったことで修験道という概念が生まれる。
■聴竹居(大山崎)
昭和初期、東京帝国大学卒業後、竹中工務店に入り、京都帝国大学に引き抜かれたエリート建築家、藤井厚二の居宅。欧米のモダニズムと日本の数寄屋デザインとのシアワセな関係を追究。江戸時代からの伝統的な木造住宅の基本である数寄屋造を「どう近代化するか」がテーマだった。
学者としては、空気や熱の環境を科学的にとらえて建築に適用する「環境工学」を日本で最初に取り入れ、自然エネルギーを活かした先駆的な住居を完成させた。
村野藤吾と同時代に生まれたが、49歳で早逝したこともあって、戦後二十年以上経ってからようやく評価されるようになった。吉村順三や堀口捨己ら一部のモダニズム建築家は深く影響を受けた。和風といっても数寄屋・茶室建築は、お妾さんや花柳界とつながっていたため、建築界ではタブーとされた。前川國男、坂倉準三、丹下健三ら、公共や時代を表現する建築の参考にしたのは、伊勢神宮や法隆寺といった荘厳な建築。
■待庵(大山崎)
ルールを無視した造り方。臨戦態勢下にスピード感をもって即興的に建てられたバラック。
茶室は、室町時代の九間「会所」(十八畳)→書院スタイル(八畳)→利休前(四畳半)→草庵茶室(二畳)=待庵と変革していく。「狭いこと、閉じていること」が大切で、1.8m四方の寸法は、レオナルド・ダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図と同じ発想。
■修学院離宮(京都)
江戸初期、御水尾天皇の造営。当時、徳川家康が禁中並びに公家諸法度を制定し、皇族の政治的実権を削いだため、平安王朝文化の復活を望み、州浜を備え、庭を舟で見る「浄土式庭園」を本離宮に再現した。
現存する浄土式庭園は、平等院鳳凰堂、平泉の毛越寺と修学院離宮ぐらい。
■旧閑谷学校(岡山)
江戸時代中期、農村地帯の商人や農民たちの教育のためにつくられた郷校。岡山の後楽園を造った津田永忠が建築。
■箱木千年家(神戸)
現存最古とされる室町期の民家。
縄文時代の竪穴式→箱木千年家
弥生時代の高床式→寝殿造・書院造・茶室
箱木は竪穴式と高床式の中間的位置づけ。
■角屋(京都)
外側の美学と内側の美学が全く異なる建築。
外観は格子が連なる普通の町家。入口からは長屋門、玄関に式台、屋内には武者窓と武家造りで、町人や公家はやらないスタイル。さらに、インテリアは西陣織や友禅染など布の美学で造られており、外観・屋内・インテリアの三つが全然関係していない。
■松本城(長野)
木造建築なのに五層六階建て。
「城」は、戦時の建築なので、正確さや合理性はあまり気にせず、勢いで造られたもの。織田信長の安土城が先駆け。構想の源は西欧の教会ではないかという説もある。「天守閣」=「天主堂」?
■三渓園(横浜)
生糸貿易で財を成した原三渓が、数寄屋・茶室・仏塔・門など日本の古建築を移築し、市民に公開したテーマパーク。「東の桂離宮」。
数寄屋は外(庭)を眺めるための建物。対して、茶室は利休やその弟子の段階では屋内への閉鎖性が基本。小堀遠州以降になると、だんだん外を見るようになる。それが屋敷になったものが数寄屋。
■西本願寺(京都)
親鸞聖人を開祖とする、浄土真宗本願寺派の本山。
現存日本最古の能舞台、豪華さの美学を追求した白書院・黒書院、薄くて軽い美学の飛雲閣、と日本建築のエッセンスが詰まった場所。 -
Posted by ブクログ
ずいぶん前に読み終わってた本なのですが、なぜかレビューが消えてたので再録。
新石器時代から現代に至るまでの住宅の変遷をたどり、その中で地母神信仰や集落の特性についても触れ、最終的には西欧植民地主義による世界各地の伝統建築の破壊や、西欧歴史主義を西欧が自己否定するに至った経緯までも含んだ、盛りだくさんの一冊。新書でこれだけの内容を網羅するのは、意欲的でもありチャレンジャーでもあるなぁというところ。
各章の論がなかなか面白かった分、個人的にはそれぞれのトピックをもっと深掘りしてほしかったという気持ちが強いです。概論的に知るにはこれで十分だけど、より詳しく知りたいというときには物足りない。その点から、☆は1つ減らして4つとしておきます。 -
Posted by ブクログ
これはタイトルを変えたらどうかな。「日本建築漫遊記」とかどうでしょう。
ほんとに真面目な「集中講義」かと思ってパスしてたのよ。東大名誉教授と天才絵師の組み合わせだもの。でもこのお二人、「路上観察学会」と「ヱセイ漫画」の方でもあるわけで、いやまったく面白い。こういう本って他にあるかしらん。
山口画伯の絵については、もうあれこれ言う必要もないだろうけど、何とも味わい深く、実に楽しい。圧倒的な画力あってこその飄々とした筆遣いに魅了される。今更ながら「省略」の凄さに感嘆。ささっと描かれているのに、しっかり量感や奥行きがある。各章の扉となっている絵に特にそういう感じがあって、旧閑谷学校の回などすばらしい。ご自身をヒゲのオジサン風に描かれているが、実物は長身の男前。かっこいいなあ。
そして藤森先生がこれまたケッサク。えらい先生なのに、どこへ行っても言いたいことを言い、すぐに寝っ転がり、団体行動ができない。山口画伯による似顔絵がその雰囲気をすごくよく伝えていると思う。でももちろん、お話は深い。教養と見識に裏打ちされた「講義」はもっともっと聴いていたくなる。今でも学生を連れてあちこち見学に行かれるそうだ。学生たちがうらやましくなる。
ワハハ!と笑ったり、なるほど!と唸ったりする所があちこちにあるが、二箇所だけ抜粋。
(訪れた「聴竹居」のあまりに完璧なしつらえに辟易して)
藤森「あのさ、めちゃくちゃデッサンがうまくて有名な藝大の先生っていましたよね。合唱する女学生たちを描いた…」
山口「小磯良平でしょうか」
藤森「そう。もう、ヤだよねえ(笑)」
山口(笑いながらうなずく山口さん)
藤森「あまりに非の打ちどころがなくて、直しようのないものをつくれちゃう人がいるんだ」
この後、藝大時代デッサンは上手だったかと尋ねられた山口さん、「人並み、でしょうか」と答えていた。とんでもなくうまい人っていうのがやっぱりいたけど(白黒写真で撮ったようなデッサンなんだって)、そういう人は絵を描かなくなってしまうんだそうだ。ふーん。
(横浜の三渓園がお二人ともいたく気に入って)
藤森「僕の構想段階にある建築に『車の茶室』っていうのがあるんです。(略)本物の車を茶室化して、街を走って好きな所でお茶を飲む。今まで自家用車でそれができればと思ってたけど、船形の聴秋閣を見てたら、バスでやれば、と思ったの。『建築が走ってる』ように見えるのが大事!デザインは和風にしないだろうけど、フロントガラスは障子でね」
山口「しょ、障子ですか」
藤森「フロントガラスの障子をあけて『さあ、出発!』ってなかなかいいでしょ?運転手は僕で、車掌は山口さん(笑)」
藤森先生のご自宅であるタンポポハウス(屋根にタンポポが植えてある)や、茶室「高過庵」(名前通り木の上で揺れている)、「空飛ぶ泥舟」(ワイヤーで吊ってある)などを見ると、これがあながち冗談でもない所がすごいです。 -
Posted by ブクログ
ユーモアたっぷりの建築エッセイ集。
軽く読めるとはいえ、知らないこともたくさんあって、楽しかった。
縄文の竪穴式住居。
夏はツリー・ハウスへ移っていたのではないか、とのこと。
石器で加工するには、栗の木のような硬い木の方が向いていたという、考証も面白い。
そこから、高床式とか、柱といった建築方法に関わる話から、家具や冷暖房といった、周辺的な問題まで、日本の住宅の変遷が、エッセイ特有の自在さで繰り出される。
雨戸って、世界にはないものだともあった。
ヨーロッパの鎧戸は、むしろ暖かい地方の、日よけの機能を持たされたものであるとも。
台風のときの守り神のように思ってきた私には、ちょっと衝撃的だった。
東南アジアの台風対策って、じゃあ、どうなっているんだろう?