熊野純彦のレビュー一覧
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ネタバレ-2007.03.12
「近代から現代へ」
1-自己の根底へ
「無能な神の観念は、有限な<私>を超えている」-デカルト
2-近代形而上学
「存在するすべてのものは、神のうちに存在する」-スアレス、マールブランショ、スピノザ
3-経験論の形成
「経験にこそ、いっさいの知の基礎がある」-ロック
4-モナド論の夢
「すべての述語は、主語のうちにすでにふくまれている」-ライプニッツ
5-知識への反逆
「存在するとは知覚されていることである」-バークリー
6-経験論の臨界
「人間とはたんなる知覚の束であるにすぎない」-ヒューム
7-言語論の展開
「原初、ことばは詩であり音楽であった」-コンデ -
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ネタバレ-2007.03.12
良書である。著者独特の語り口がいい。
-やわらかな叙述のなかに哲学者たちの魅力的な原テクストを多数散りばめつつ、「思考する」ことそのものへと読者を誘う新鮮な哲学史入門-と、扉にうたわれるように、採り上げられた先哲者たちの思考を、著者一流の受容を通して、静謐な佇まいながらしっかりと伝わってくる。
岩波新書の上下巻、「古代から中世へ」、「近代から現代へ」とそれぞれ副題された哲学史は、著者自らがいうように「確実に哲学そのもの」となりえていると思われる。折にふれ再読を誘われる書。その章立ての構成を記しておこう。
「古代から中世へ」
1-哲学の資源へ
「いっさいのも -
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一通り目を通した。
読み終わったというにはほど遠い理解度かもしれない。
レヴィナスといえば、他者論。
前半を中心に扱われるフッサールやハイデガーとの接点は、自分の中で少しクリアになった気がする。
一方、6章以降、レヴィナス自身の他者論が中心となる部分になると、とたんに難しくなるのはなぜだろう?
文章も独特な感じ。
使われている言葉は、術語もあるけれど、全体としてはやさしい言葉が使われている。
何か、詩のような感じさえ受ける。
ところが、言っている内容は、なかなか頭に入ってこない。
こちらのセンスとレディネスの問題だろうけど。
なんだろう、この見かけの平明さとのギャップ。 -
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古典哲学を解説本でなく直接原訳を読もうと思い立ち、デカルト、カントの次に選んだのがこのヘーゲル。カントの認識論を読んで大陸合理論に興味を持ったのが理由の一つだが、調べてみるとどうやらヘーゲルは哲学研究者の間では素人が迂闊に手を出してはなら哲学者の最たるものとされているらしい。普通はもっと他の哲学者に親しんでから手を出すべきもののようだが、しかしそんな遠回りをしていては僕のような門外漢の遅読者はいつまで経ってもヘーゲルに辿り着かずじまいだろう。だから、順序なんか関係ない、理解できなければそれまで、という軽い気持ちで読み始めた。僕は学徒ではないのだし。もちろん徒手空拳で挑む愚を避けるべく、事前に
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上下巻を合わせて久しぶりに体系だった哲学史を読んだ。ただし著者も書いているとおり、限りある紙数から著者の重要だと思われるポイントだけに絞って書いているので、全哲学的思想を網羅しているわけではなく、一部分の切り出しなので完全な理解は到底無理。また、哲学者同志の人間関係に関する記述が頻出したり、後世哲学者による評価が出てきたりと、重要なのかどうかわからないようなトリビア的な記述が出てきて少々無駄なような気がする。ただし、なんとなく古代からの哲学の流れを知るためには良い本だと思う。ヘーゲルが何を言っているのかがは全くわからないということがよく分かっただけでも収穫。著者の「ヘーゲルはおそらく間違ってい
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廣松渉は大森荘蔵と並んで戦後日本の二大哲学者。
本書は廣松哲学の入門用として熊野純彦が編んだ。廣松の主要論文が6篇載っている。彼はマルクス主義者だったが、これらが書かれた頃になると廣松哲学と呼べるほどの独自の哲学を論じている。量子力学や相対性理論もその哲学に取り入れている。だが、数式は少ない。それでも物理の素養もあることをうかがわせる。ちなみに、彼の文体は難しい漢字の訓読みが結構出てくる。これで読み手に負荷をかける。それ以上に内容が抽象化されている。一読しただけでは理解できない。もちろん、理解できる部分はある。だが、その論文全体の真意を理解するには並大抵のことではない。ただ、本書を読んでい -
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本書は西洋哲学史を体系的に説明するものではなく、西洋哲学史の基本的な知識を持つ人を対象にしてより一歩踏み込んだところについて書いたものである。そういう意味では、少しわかりづらい面は正直あるが、より一歩踏み込んだ考察は、それはそれで勉強になるし面白いので、読んで損はないと思う。
本書と前編を通じで、物事を哲学的に考えるということと、哲学的に考えることの重要性が何となくではあるか多少は理解できたつもりである。社会変容の多い現代社会においては、一つ一つの物事を多角的に捉え評価することは重要であると思うので、このような哲学的思考はより意味を為してくると思う。 -
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ネタバレtwitterのまとめですいません。
明治以降、フィロソフィーという考え方が移入されて以降の日本人による「哲学する」ことの営みを一望する、コンパクトながら本格的な一冊。副題「近代100年の20篇」とある通り、明治から昭和までの20編の論文をたよりに思索を概観した好著。
第一部は、「近代日本哲学の展望」として、移入の経緯から咀嚼への過程を概観、第二部は、「ことばへの視線」、「身体性と共同性」、「具体性への思考へ」、「社会性の構造へ」、「哲学史への視点」という5つの問題群で20の詳論を人に即して紹介しています。
興味深いのはその冒頭。フィロソフィーが日本に紹介されるのは明治期。前史以前として「 -
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ネタバレ[ 内容 ]
はたして「神は死んだ」のか。
言葉はどこまで「経験」を語りうるか―デカルト以降の西洋哲学は、思考の可能性と限界とをみつめながら、自然科学の発展や世界史的状況と交錯しつつ展開してゆく。
前著『西洋哲学史古代から中世へ』につづき、哲学者が残した原テクストから思考の流れをときほぐしてゆく、新鮮な哲学史入門。
[ 目次 ]
自己の根底へ―無限な神の観念は、有限な「私」を超えている デカルト
近代形而上学―存在するすべてのものは、神のうちに存在する スアレス、マールブランシュ、スピノザ
経験論の形成―経験にこそ、いっさいの知の基礎がある ロック
モナド論の夢―すべての述語は、主語のうちに