須賀敦子のレビュー一覧
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アン・モロー・リンドバーグの『海からの贈り物』は、名著として名高い。試しに、ある程度本を読んでいそうな女性何人かに訊ねると、「読みました」とか「勿論読みましたよ」と返ってきた。中には「私の一番の愛読書です」と答えたひともいた。単なる随筆の域を超えて女性の生き方の指針たり得る一冊であるらしい(「らしい」というのは、私自身は男で『海からの贈り物』もよく読んではいないからだ)。
そのアンも、多くの場合姓名ではなくてリンドバーグ夫人と呼ばれてしまう。実際、新潮文庫版の著者名でさえ「夫人」となっている。まるで、歴史的な冒険旅行家であるチャールズ・リンドバーグの配偶者であるということが、この女性の最 -
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須賀さんの本を読むのは初めてではないけどすごく久しぶり。
本に対する思いや本をめぐる出来事について書かれたエッセー集。
この方の感受性に触れることで誰もが優しい気持ちになれるんじゃないかと思います。
全部楽しく読めたんですが、その中に「人間のしるし」という本に関するエピソードがありました。
(私その本知ってる?多分読んだことある?)と思ったものの、借りたのか買ったのか詳しくどんな話だったとかは思い出せません。(後から探してみましたが家にも見当たりませんでした。)
もやもやしつつ読み進んでいたら須賀さんがその本の中の一文を引用してました。
それを読んだ瞬間、鳥肌!
私もその部分抜粋してノートに書 -
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著者の読書遍歴とその作品たちへの思い。夫と噂話をしていたらイタリア人の義母が、ひとりの人を理解するまでには、少なくも一トンの塩を一緒に舐めなければだめなのよ、とやんわり諭したことに由来する書名。
読んだ本、これは読んでみたいという本がいっぱい。特になるほどと思ったのは、谷崎の「細雪」について。作者が源氏物語の現代語訳をやっていた時期に書いたのだそうで、蒔岡家の雪子と妙子を日本古来のあでやかさと奔放さと表現し、作品中の文章についても和文の優しさをつたえる文章と、漢文のかっちりした味を伝える文がある、源氏物語派と非源氏物語派だと。
塩1トンの読書。読んでも読んでも、どんなに長生きしても、人の一生で -
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イタリアはミラノの教会の一部を改造して設けた書店。そこに集った仲間たちとの思い出や書店が辿った運命を綴ったエッセイ集。
著者は1929年生まれ。まず、この年代に生まれた女性で、日本から遠く離れた異国に留学していた方がいたことに驚きます。
私にとって本屋は、まだ見ぬ面白い物語を探しに行く場所ですが、彼女がいたコルシア書店は、理想的な共同体や自分たちがどう生きるべきかの意見を交換したり詩や書物にまとめたりして出版する重要な活動拠点であり、政府や教会側から監視され活動を制限されるほど、存在感のある場所だったようです。
当時の思想や国を取り巻く環境、理想とされた共同体について、私は正直「難しいことは全 -
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つい先日イタリア旅行から帰って読んだ本
淡々とした筆致なのに妙に惹きこまれ、読み終えたとき何とも言えない不思議な感動があった
海外留学、ましてや移住する日本人なんてほんの一握りだった時代の空気感
生活もものの考え方も違う人々とこうして心を通わせることができたのは、人柄や語学力だけでなく、幼い頃から筆者の中にキリスト教が根付いていたからだろうか
私はたった数日のイタリア旅行に行っただけだけど、やや不安や心細さを感じつつも、その歴史や文化に圧倒され、街並みの美しさに惚れ惚れとしたことを思い出した。
日本の文化もそれはそれで素晴らしいと思ってるけど、西洋への憧れはいつの時代も変わらない。
遠い -
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読書会で須賀敦子の存在を知り、手に取る。
自分もイタリアが好きで何度も訪問しているので、懐かしさもあり。
ただ、内容的には家族のこと、特に父との関係がテーマになることが多く、その家族史も興味深く、且つ心を動かされる。(「オリエント・エクスプレス」は涙を誘う)
時代は60年代~70年代のイタリアなので、時代背景の理解は必要かもしれない。
文章もとても読み易く、巧い。
以下抜粋~
・そのころ読んだ、サン=デグジュベリの文章が私を揺り動かした。「自分がカテドラルを建てる人間にならなければ、意味がない。できあがったカテドラルのなかに、ぬくぬくと自分の席を得ようとする人間になってはだめだ」
・たえ -
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須賀さんの本は、三冊目。
本書はエッセイ集。
芦屋で暮らした少女時代から、フランス留学時代、イタリアに移ってから、そして東京に戻ってから、さまざまな時期の思い出が、各編でさらりと描かれていく。
たとえば、アスパラガスひとつとっても、アスパラガス農家の娘として育ったアドリアーナという女性の来歴から、小学生時代に叔父が庭に植えたアスパラガス、そしてパリの学生寮で出るアスパラガスの料理と、自由に思い出が綴られる。
二十年以上もたって、アドリアーナがアスパラ栽培でどんな苦労をしていたかやっと思い至るようになった、という苦い思いとともに。
ミラノ、ジェノワ、フィレンツェなどの街を歩いた印象を書き留め