無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
須賀敦子さんの本としては2冊目。
1冊目の時はイタリアの地名に慣れなかったが、今回、
冒頭の章、「ヴェネツィアの宿」を読んだ時点で既に引き込まれた。
ヴェネツィアの波音、静かな夜、霧立ち込める雰囲気、そして何より夏の雰囲気、まるで自分がそこにいて外を歩く人たちの感想や足音を聞いているかのような感覚になった。
また、2日かけてフランス人の中30キロ歩いて大聖堂の中に入れないなど報われない話もおそらく人生の数年を「消費」してしまったであろう報われない環境も隔てなく書いていてよかった。あとがきでは、「うかうかと人生を費やしてしまう」ことを許さない人であったとあるが、模索して選んだ環境の先に時間を費やしてしまったことも描かれているように感じたし、それを変えようとしていたことも書かれていた。
その後の章からも、上記に被るが、須賀敦子が感じていたしていた2つの国の間でたゆたう孤独さ、変化や人目を恐れず環境を変えていくたくましさと模索感、しかしそれが実らない時の時間の流れ、など、自身に重ね合わせられるような描写もありつつ、
多くの人との一期一会的な別れ(最初に出会って別れた後も繋がっていようがいまいが問わない感じ)、夫や父との死別が少しずつ挟まり、須賀敦子の為人を感じることができた。
勇気をもらえるようでありながら(こちらが勝手にもらっただけだが)ただありのままの1人の生き方を見られたと思う。
「黒塗りのハイヤーに平気で乗るセンスと戦ってきた」という返答に色々とが籠っていた。
Posted by ブクログ
少女期や留学時代のことを振り返ったエッセイ集。
須賀敦子の本はおそらくこれで4冊目だと思う。
読み重ねていくと、だんだん深く沁みてくる文章。
戦直後のミッションスクールの寄宿学校の様子などは、何かもう、どこの世界の話だろうと思えてくる。
英語劇のために「Lord」という言葉が「正しく」発音できるまで執拗に練習を強いる修道女がいるかと思えば、アメリカから来たシスター・ダナムは「レクリエーション」の時間に野球を導入し、「ケイトノアタマー(woolen headの直訳)」と叫びながら、生徒よりも嬉々としてグラウンドを駆け回る。
小公女の世界のようでもあり、井上ひさしの育った孤児院のようでもあり…。
留学時代、学生寮で出会った韓国の留学生のキムさんや、ドイツから中学教師の職をなげうって来たカティアなどのエピソードも、それぞれに心に残る。
若いころ周囲の反対を押し切って筆者の母を娶ったはずなのに、いつのまにか家を出て他の女性と暮らしている父親のことも、この本にはたくさん出てくる。
愛憎半ばするだろうに、亡くなったあととなってはさまざまに思い出されるようだ。
「旅のむこう」は、不仲になっていた両親と、イタリアで結婚生活に入った後一時帰国していた筆者が国内旅行をした思い出を描いている。
読み進めて、昔大学入試の問題集に出ていた文章だと気づいた。
どんな家庭なのか、その後どうなるのかと思いながら読んだので記憶に残っていたのだろう。
頼りないようなお母さんが、時に筆者の背中を押しつつ、娘が遠くに行ってしまうのを寂しく思っている様子がほろりとする。
こんな終わり方だったんだ、と知ることができてよかった。
見ぬ世の人々のたたずまいの美しさが伝わってくるような気がした一冊だった。
Posted by ブクログ
イタリア生活を書いた内田洋子さんのエッセイ集を読んだので、今度は須賀敦子さんのイタリア地名の付いたエッセイ集を読んでみた。
お二人とも素晴らしい文章力をお持ちだが、視点は全く逆である。
内田さんはご自分を透明化させて周りの人たちを小説のように描写する。 しかし、須賀さんは何処までいっても須賀さんご自身なのだ。
戦前からカトリックの学校に通い、戦後は同じ系列の修道院が経営する専門学校、それからまだ女性が大学へ行くことが珍しかった時代に大学へ進み、さらにフランス、イタリアに留学された。
確かに、裕福なご家庭に育たれており、高い学問を積んだり海外へ積極的に出たりということが出来る文化的背景のある方だったが、それでもまだまだ女性が大学まで行くことや留学まですることに偏見を持つ両親を説得して出国されたのだ。大学での文学や歴史の勉強の中で「どうしてもフランスやイタリアに行って見なければ分からない」という衝動にかられたからなのである。
戦前の兵庫から東京、戦後のフランス、イタリアとどこへ行ってもそこで出会う本や町や人が須賀敦子という人を形作ってきた。須賀さんの書くエッセイは須賀さん自身が主人公の小説のようだ。
戦後、修道院の経営する寄宿学校に入ったとき、中世のような時代遅れの訳のわからない規則縛られ、不自由な生活を送りながらも「戦争中に工場で働かされてばかりのころよりはずっといい」と、中世と現代、西洋と東洋、戦前と戦後が混在したような不思議な寄宿学校生活を好奇心を持って受け止めていた、そんな目のキラキラした少女。清貧と言う言葉が似合う。アニメ化して子供たちに見せたいな。
須賀さんが初めてパリに行かれたときの印象は安野光雅さんの挿絵入りで朗読したい。ホテルの窓からすぐそこに見えた、白く輝くノートルダム大聖堂がぽっかり宙に浮かんでいた。その「薔薇窓の円のなかには、白い石の繊細な枠組みにふちどられた幾何模様の花びらが、凍てついた花火のように、暗黒のテラスの部分を抱いたまま、しずかにきらめいている。」
その後のフランス中の学生が参加する年に一度の大巡礼の旅は映画で見たい。お弁当として、バケットを無造作にリュックに挿して歩く学生の姿。歩きながらの熱気溢れる学生たちの討論。農家の納屋に泊めてもらい、ハイジのように干草をベッドにして寝る。
病気だというのに家にちっとも帰って来ない父親を京大病院に訪ね、そこで父親の愛人と出くわしてしまったことを悩みながら母親に打ち明けるシーンは、そうだな朝ドラみたいかな。
須賀さんは14歳の時に自宅の窓から身を乗り出し、ミモザの薫りを嗅いで、「ワタシは今日のことを一生忘れないだろう」「確かに私は二人いる。見ている自分と、それを思い出す自分。」と思われたそうだ。その視点が須賀さんご自身の生涯を小説のように豊かなものとされたのだろうと思う。
Posted by ブクログ
初めて読む須賀敦子は、引き込まれるように読み終えた。
本書の解説を関川夏央が書いているが、その解説と、Wikipediaで調べた須賀敦子の生涯は、おおよそ下記のようであった。
■1929年生まれ。
■20代の終わりからイタリア在住。1961年にイタリア人と結婚するも、1967年に夫が急逝。
■1970年に父親が亡くなる。翌年1971年にご本人も帰国。大学の講師から教授まで務める。
■作家としてのデビューは、1990年、61歳の時。「ミラノ 霧の風景」がデビュー作。
■1998年没。
本書、「ヴェネツィアの宿」は、1993年の作品。
少女時代から、ヨーロッパ滞在中の出来事を綴った12編から成るエッセイ集。とても美しい文章。
特に最後の2編は、夫と父親の死を題材にしており、淡々とした中に哀しみが感じられる。死後20年以上を経てからの文章であり、逆に言えば、このような文章として仕上がるためには、20年以上が必要だったのだと思う。
Posted by ブクログ
イタリア語翻訳者の須賀敦子さんのエッセイ集。彼女が翻訳した本は読んだことがあったが、エッセイを読むのは初めて。
どれも心にしみて、とても良かった。でも妙に共感できたのは、私がヨーロッパに住んで似た人生を送っているからだろう。それにしても、彼女の感性はすごい。本書は、彼女がフランスやイタリアへの留学時代や結婚してからの生活のなかで出会った人々や、訪れた場所、日本でのミッションスクールで暮らしながら考えたことなどが綴られている。全く偉そうでないのに、教養がにじみ出る文章である。
イタリア人の夫に先立たれるところは、胸が痛んだ。ドイツ人の友人の話もとても良かったし、オリエント急行の話も素晴らしかった。
Posted by ブクログ
名文。
これは読む人を選ぶと思いますが、本好きなら一度は読んでほしい。
水のようにすらすらと読めて楽しいエッセーもいいけど、たまにはこういう文も読まないとダメになってしまう。
しっかりと意識して読まないと一つ一つの文が意味を持って入ってきません。でも、読めば読むほど、面白いし情景が心に迫る。
塩野七生や米原万里をおもわせます。
しかし、上記の二人にも通じるけど、時代から考えて外国に飛び出してそして一端の人となることのむずかしさ。その才智。憧れます。バックアップがあるとはいえ、やはり尋常ではないエネルギー。でもそれをひけらかさない。
すごいなぁ。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。