須賀敦子のレビュー一覧
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このタイトルはどういう意味だろうと興味を持って手にとってみた。
なるほど、塩一トンをなめるのにはとても長い時間がかかるけれど、それくらい本と向き合うということか(本来は人との付き合いに対して著者の義母が言った言葉だったらしい)。
前の須賀敦子作品へのレビューでも書いた気がするけど、なぜだか私は須賀敦子の文章にすごく惹かれる。今回も、私からすると、到底手の届かない高いところに達した須賀敦子の思考と、博識ぶりと、読書量と、書評の文章の上品さに、圧倒されるし、理解はできないし・・・という状態だったけれど、やはり惹かれる。
ちなみに、後半の書評については、どの本ももちろん読んだこともなければ、ほとんどが知らない本だった。
いわゆる「文学」と言われる有名な作品や海外作品に全くもって疎いことを一瞬恥じたけれど、私は私の読書をしていこうとも思った。
しかし、日本語以外の言葉で読書ができるって、とてつもなく羨ましい。一度でいいから、母国語以外で本を読んでみて、日本語と同じように感慨を得たい。
最後にとてつもなく惹かれた部分を(長いけれど)引用したい。
「砂のように眠る」(関川夏央)によせた書評より
ー著者がこの本を書きおえて二年目の一九九五年、阪神地方を襲った大震災がそれにつづく暗い時代のいやな予兆ででもあったかのように、日本人は、じぶんたちの国が、世界のなかで確実に精神の後進国であることを真剣に考えずにはいられなくなった。いったい、なにを忘れてきたのだろう、なにをないがしろにしてきたのだろうと、私たちは苦しい自問をくりかえしている。だが、答は、たぶん、簡単にはみつからないだろう。強いていえば、この国では、手早い答をいつけることが競争に勝つことだと、そんなくだらないことばかりに力を入れてきたのだから。
人が生きるのは、答をみつけるためでもないし、だれかと、なにかと、競争するためなどでは、けっしてありえない。ひたすらそれぞれが信じる方向にむけて、じぶんを充実させる、そのことを、私たちは根本のところで忘れて走ってきたのではないだろうか。この本を書いた関川さんは、そんなふうにいっているようにも、私には思える。
まだまだこの国は、人生における空虚な価値観が漂っているのではないか。あれから数十年経とうというのに、何も変わっていないのではないか。心に沁みる文章だった。 -
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ネタバレ初めて読むタイプのエッセイだった。
エッセイっていうジャンルにくくっていいのかな?
1950年代から1970年代にかけてのイタリアが、ミラノや友人たちが、あまりにも日本の…いまの自分とかけ離れていて、フィクションを読んでいるような気持ちだった。
でも、フィクションでは書ききれない、友人たちの気質、思い出、部屋の様子…明るいイメージのあったイタリアで、こんな人たちがこんなふうに暮らしているのか、と新鮮な思いだった。
印象に残っているのは、ユダヤ人の家族の話…戦争の記憶が鮮明な時代のヨーロッパは、自分が想像している以上に人の暮らしや考えに影響を与えていて、それを経験した人のことを読むのも初めてだった。
著者の体験と友人たちが、遠いものに感じていたけど、最後の一編、
コルシア書店は私たちの理想だった。仲間たちそれぞれが思い描いていた書店には相違があって、でもそれを無視していちずに前進しようとしてた。
でもその相違を知ることで、人それぞれが自分自身の孤独を確立し、人生ははじまっていく。
そのことを長い間知ることができなかった。
というような内容の一文を読んで、懐かしさを感じるとともに、まだ自分は若いので、そういう理想を追い求める場所を羨ましく感じた。
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ある土曜日、娘に"朝活しよう"と、出かけたカフェで読んだのが、『霧のむこうに住みたい』。
エッセイが苦手なわたしですが、出だしから心地よい! ちょっと何⁈ 面白い! と、感動。
実は、わたしの朝活の目的は、ピスタチオジェラートをサンドしたクロワッサンと温かいカフェラテ‼︎
歳のせいか、食い気のせいか、肝心の本を忘れてしまったわたしに、呆れた娘が『霧のむこうに住みたい』を貸してくれたのです。なので、殊勝な心で読みました。
心地よい温もり、また、押し付けがましくないさっぱりとしたところもあり、行間のノスタルジックな香り、街や人や物などの描写に愛情を感じられ、読んでいると、心が落ち着きます。
古民家カフェの懐かしいストーブに温められたわたしは、ぬくぬくと心地よい読書ができました。
須賀敦子さんの夫の従弟・ジュゼッペの妻・アドリアーナの「アスパラガスの記憶」
ミラノを引き上げるとき、なによりも置いてくるのがつらかった「白い本棚」
亡夫のはじめての贈り物・三十年後ガザグサになっても捨てられない「パラッツィ・イタリア語辞典」
そして、「芦屋のころ」など、
印象深かった。
イタリアを知らない、イタリア文学も知らない、わたしですが、須賀敦子さんの『霧のむこうに住みたい』のわたしの知らない世界に惹かれました。
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いつの時代も知らないところや新天地に行くのは、震えるような勇気がいるものだ。
米女子来季出場権トップ合格の宮里藍ちゃんだって、「おとうさんの困難に立ち向かっていく後姿を見て」と、とてもえらかったけれど、前向きの勇気がどれだけ必要だったことかを思う。
このエッセイも当時(1950~60年代)としては珍しい家族の後押しがあれど、本人の「精神的に生きたい」という強い熱意と勇気がなければできなかった、ヨーロッパでの燃える向上心を記しているのだった。
「しばらくパリに滞在して、宗教とか、哲学とか、自分がそんなことにどうかかわるべきかを知りたい。今ここでゆっくりかんがえておかないと、うっかり人生がすぎてしまうようでこわくなったのよ」(カディアが歩いた道)
「うかうかと人生をついやす」ことは避けたい。肝に命じたいと思わされる。
家族小説(父母の思い出のエピソード)のようであり、教養小説(厳しい前向きの姿勢)でもあるエッセイ。「コルシア書店の仲間たち」同様美しい何度も読みたい文章である。 -
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「…
広場に憩う。星の
かわりに
夜ごと、ことばに灯がともる。
人生ほど、
生きる疲れを癒してくれるものは、ない。」
巻頭の詩。(ウンベルト・サパ 須賀敦子訳 後半)
読み終わってこの詩をしみじみ味わうと、このエッセイを要約しているのだという思いと共に、文学に浸ることはどういうことか、の答えが出る。
遅咲きの作家ということを知りとても興味を持ち、まず読んだのがこのエッセイ。
随筆といえどもフィクションの如きだった。
11章に分けて、著者が1950年代半ばから71年までのイタリア留学、滞在中知り合った人々の話。だけれども一章一章その友人の人生が凝縮されていて、なおかつ文章がなんともうまくて心揺すぶる。さながら11の珠玉の小説。
それは著者が「オリーブ林のなかの家」で友人の文体について書いているのに表れている。
友人アシェルが創作した自伝的小説を読んでの批評に
「自分の言葉を、文体として練り上げたことが、すごいんじゃないかしら。私はいった。それは、この作品のテーマについてもいえると思う。いわば無名の家族のひとりひとりが、小説ぶらないままで、虚構化されている。読んだとき、あ、これは自分が書きたかった小説だ、と思った。……」
著者がイタリアから帰朝し30年も過ぎて、昇華したように書いた文章。
イタリアのミラノにあった「コルシア・デイ・セルヴィ書店」。
教会の物置を借りた小さな本屋さんだけれども、ある思想を持った共同体でもあった書店につどう仲間にはいった日本人の著者。
友人たちの人生は様々、ヨーロッパは人種のモザイク模様、ことさらそれを強調するでもなく淡々と書き綴る。一人一人への熱い思い、人間として息づいている認識。
やがて「コルシア・デイ・セルヴィ書店」は無くなるのだし、人々も老いていなくなる。けれど熱い人恋しさにみちあふれる喜びが残る。人懐かしくなければ孤独もない。孤独を恐れることはないと悟る著者。私も泣いてしまった。
章ごとに魅力的な人物像ではあるが、私は「家族」の家族たちが通ってきた道に強く印象を残こした。これだけでも映画になりそうだ。たった37ページなのに。「小さい妹」もモーパッサンやサキの短編の如くで魅力的である。
ああ、しかし私はどれともいえない、全部よかった。 -
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ネタバレ著者がイタリアで暮らし、そこで交流したコルシア・デイ・セルヴィ書店に集った仲間たちについて一人ずつ書いている本。
仲間たち、と言うけれど、文章の距離感は彼ら自身からは少し離れて、ゆったりと取ってあるように思う。優しいというよりは、ただあるがままに、偏屈さや悪癖もその人の一部としてユーモアを持って観察していて、まるごと受け取っている感じ。好きな作家の梨木さんのエッセイと同じ雰囲気を感じる。とても好き。なんとなく、二人とも神学に触れていてヨーロッパ留学、現地で暮らす、そのことをエッセイに…というあたり気質が似ているのかもしれないと思ったりする。
いろんな人のいろんな人生があり、その中のほんの少しの間、列車に乗り合わせたみたいに書店を介して触れ合う。あっという間に通り過ぎていく付き合い、悲喜こもごもの人生を振り返るのは切ないけれど、それだけにきらきら輝くものでもあるし…。
そのあっという間を私たち読者はさらにあっという間に駆け抜けて、振り返って寂しくなったときに来る最後の段落が沁みる。そう、怖くはない、本当は悲しいことじゃない、これこそが必要だったということが、わかるような気がする。 -
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落ち着いた文章が読みたくなると戻ってくる須賀敦子。
1990年に『ミラノ霧の風景』を出版し、1998年に亡くなっているので、生前に出版されたものは5冊と実はとても少ない。
1998年から99年には5冊が出版されているが、追悼のタイミングにあわせるために雑誌などに掲載された文章を集めてバタバタと出版された感が否めず。
この『霧のむこうに住みたい』は『須賀敦子全集』をもとに2003年に出版されたものなので、きちんと選ばれて編纂されているという感じがする。
選者の意図まではわからないけれど、最後の一文で泣かされるエッセイが多い。もともと須賀敦子のエッセイはラストの一文が見事なのだけれど、「アスパラガスの記憶」のように、ああ、あれはそういうことだったのかと過去の思い出と現在がすっとつながる。悲しい話ではないのになぜかそこでぐっときてしまう。
須賀敦子の文章がなぜすばらしいのか、なかなかうまく説明できないのだけど、巻末の江國香織の解説がそこをうまく文章化している。
須賀敦子を初めて読むという人にもその魅力が伝わる一冊だと思う。
以下、引用。
というのも、私は、ナタリアの大きい造作の容貌が、一般に女性的として肯定的に評価される種類のものではないことと同時に、それと対するときに感じる、するどい知性と深い安堵感について、どのように表現すればよいのか、解決のつかぬままにこれに触れることをずっと避けてきたからであった。
平和だ、平和だとうかれている今日の社会が、人間が、われわれの知らないところで腐敗し、溶解しはじめているとしたら、それは戦争で人を殺していたときと、おなじくらい、もしかしたら目に見えないだけもっと、恐ろしいことなのではないか。そんなことへの警鐘をギンズブルグは鳴らしているのではないか。今日の世界は、もしかすると、あの頃とおなじくらい、危機的なのかもしれない。
三十年まえに死んだ夫が、結婚して一週間も経たないころ、つとめていた書店から重たそうにかかえて帰ってきた、それがこの辞書だ。きみのだ、といって、もう夕食の支度のととのったキッチンのテーブルに、どさっと置いた、その音までを憶えているような気がする。夫になった彼からの、はじめての贈り物だった。
質量。それについて、須賀さんの文章は奇跡みたいな均整を保っている。この作家は決して多くを語りすぎないし、人々を切りとってみせたりしない。
ごくあたりまえのこととして、人には人一人ぶんの厖大な物語があり記憶があり、その向うには家族がしっかりーどういう境遇にせよどんな考え方を持っているにせよーつながっていて、街があり国があり歴史があり言葉があり、たいていのことはわからないまま光もあてられぬまま、それでも一度だけの輝きをもってくり返されていくのであり、切りとることなど不可能だし無意味なのだ、と御本人が思っていらしたかどうかはともかく、本質的には物語とはすべからく長く重く暗いものだということを、須賀さんのエッセイは思いださせてくれる。そして、だからこそ存外、ひそやかで心愉しい瞬間にみちているのだということも。
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イタリアの暮らしや旅行した先の風景、夫や友達との思い出が綴られているエッセイ。須賀敦子さんの本は初めて読んだんだけど、なんというかホスピタリティのあふれる感じの文章で心地よかった。愛が通奏低音のように流れている、と思う。様々な描写も、風景がさあっと浮かんでくるように自然で豊か。何気ない文章に深い観察と洞察がにじんでいるので、かみしめるように余韻を楽しむことができる。
「私のなかのナタリア・ギンズブルグ」と、「となり町の山車のように」が好き。
私も黙って人の話を聞いているというのが苦手ですぐ別のことを考えているので、なんだか沁みてしまった。線路に沿って、思考をつなげる…。 -
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初めて読んだ須賀敦子。
著者の幼少期〜成人して留学、結婚した頃の、とりとめない回想と追憶が、上質な映画のように綴られていく。
にしても、この方、とんでもないお嬢さんであることが読み進めると分かってくる。
終戦から10年経たずにフランスへ私費留学というのもビックリだが、お父様が戦前にアメリカ、ヨーロッパへ贅沢三昧のグランドツアーをして、実家は神戸の実業家、麻布に別宅、田舎には武家時代のお屋敷と、語るネタは尽きない。
終戦直後に東京の聖心語学校(現在のインターナショナルスクールの前身)で日本語禁止、外人シスター監視の寮生活を送るというのもハイパー。
留学自体は貧乏で、と言われても留学すること自体がお大尽な行為だった時代だから、貧乏なんだかなんだか、よく分からない。
しかし、吉田健一や永井荷風といった、洋行セレブ文学者の系譜の最終コーナーを飾る本格派、という気がした。 -
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著者最期の作品。須賀敦子のや特徴である柔らかなふくらみのある文章をこれ以上に無く味わうことができる。
ユルスナールという女性作家の作品と人生を辿りつつ、同時に自らの人生を絶妙に織り込んで自然と語りきってしまうその手腕は円熟というに他無いと思う。
筆者が作中最後にユルスナールが最晩年まで過ごした部屋を訪ねるシーンがあるが、私たち読者もこの作品を通して、筆者の人生の節目節目を、一つずつ部屋を訪ねるようにそっと垣間見ることができる。
私の中の白眉は、幼少期の親友・ようちゃんとの別れを語った、「一九二九年」の章である。相変わらず涙腺に来るのである。