吉本隆明のレビュー一覧
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ネタバレ高校の頃にはずいぶんとかぶれていた。ま、例の共同幻想論に。
大学以降は肩の力の抜けた語りに魅せられた。
生活する知識人、知識人的生活者、に。
そんな吉本隆明による、大・放・言!
きっと女性には受け容れがたいであろう母親責任論、戦中派の持つマチズモ、には苦笑い。
そう、つい苦笑いしながら、またあの偉い爺さんがねぇ、と。
ビジネス書的切り口の多さには辟易したが、やはりこの人の文芸評論は再度見直さなければ。
・物事の両面。
・人間の精神は悪くなる一方。
・本の毒。
・運命すなわち性格に素直に生きる。
・親鸞の逆説。天国は実体としてはない。宗教にとどめ。
・欲望自体が懐かしい。
・俺だけにしかわからない、と思わせるのがいい作品。
・起源をとらえる。
・天皇はもとは神主さん。
・言いにくいことを言うということ自体が自己解放。 -
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筆者は、ひきこもることは自分との対話の時間であり、これなしには自分自身の価値を作り出すことができない、と肯定的に「ひきこもり」を評価している。 個の力を信じ、むりやり何かをさせるのではなく自分で考えさせるということを基本に置いている。
ひきこもった状態は、たしかに自分の時間かもしれませんが、これが「自分を深める対話の時間」になるのかどうかはその人しだいではないかと思う。社会に出ることで自分と対話できる人もいるでしょう。
わたしは、この本は、ひきこもりの人たちにとって大きな力になるものだと思いますし、たまたま社会に出て生活している人たちにとっても振り返って自分を見つめなおすことの大事さを認識できる本ではないかと思います。 -
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読書という行為についてや、具体的な本についての文章が収録されている。
第1章と第2章はある程度興味深く読めたけど、具体的な本の話になりと不勉強故になかなか話についていけなかった。
でも、太宰治が読みたくなりました。
1番面白かったのは荒俣宏さんとの対談。
テーマは恋愛小説。
ラブ・ロマンスを「ほんとうのような嘘」という点で評価する部分が非常に面白く、荒俣さんが紹介している2冊の恋愛小説も読んでみたくなった。
今の恋愛小説は内側に障害を設けなきゃいけないという話が不倫設定がやたら多いことに繋がるのかもしれないな…なんて考えたりもした。
他のジャンルについても対談してくれないだろうか。 -
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漱石先生の作品が書かれている、ということで知人から借りた本。
漱石先生の作品と、明治という時代の男女の恋愛がどのような特殊性をもっていたか、の批評(とまでいかないけれども)は合点のいく内容であった。特に、漱石作品のなかで“三角関係”の恋愛模様が多いこと、その根底にあるものは、明治時代において西欧を目指しながらも西欧のような男女関係にはなれなかった当時の人間関係。つまり、「言えない」ことが男女の三角関係を更に複雑化させ、もうどうにもならないところまで追いつめられ三すくみの状況にまで陥ってしまう(その結果として、漱石の代表的作品『こころ』では、2人も自殺をしてしまう)。
また漱石作品の同性同士の関係性、お互いの気持ちのあり方が非常に強く、親密であることも漱石の資質抜きにしても、当時の社会性を表しているとの言説も共感する。
一部共感出来ない部分もあったが、漱石先生の作品をその時代背景と照らし合わせ洞察していることは興味深い。 -
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心がひきおこすさまざまな現象に、適切な理解線をみつけだし、統一的に、心の動きをつかまえようとして書かれた本である。
あの人はなぜあんなことをしたのだろうか?
この人はどうしてそんなことを言うのだろうか?
わたしが悲しいのはどういうわけか?
人に心があることはどうにも否定し難い事のように思われ、心が現実に及ぼす影響もかなりなものがあると思われるので私もつねづね興味を持っていたので、つい手にとってしまったが、一度読んだだけではさっぱり解らなかった。それでも、食い下がって再読してみても後半に至るまで四苦八苦した。ところが不思議なことにある点を超えると何となくわかってくるような気がしてきた。たぶん難解な言い回しや極度の抽象化に慣れたのかもしれない。三回読めばもう少しわかるようになるのかも知れない。筆者の苦闘によって大切なことが書かれているのは間違いない。
だいたいこういうことだって心的現象であるが、この本で取り上げられているのは、感情・発語・夢・心像(イメージ)である。どれも興味深い分析だった。
『共同幻想論』は共同体に共通する心的な現象を扱っていて、それに対してこの本は純粋に個体について、その個体の内部で引き起こされる現象について扱っている。しかも、序説ということで非常に抽象的、理論的な記述で難解だった。<空間化度>と<時間化度>という概念を立てこれらを軸に心的現象を分析してゆく試みである。<空間化度>は感覚・知覚に関係しと<時間化度>は了解・概念に関係しているようである。
精神分裂病の症例も多く引かれ、読めば読むほど異常とか病的とか呼ばれる心の状態と自分の常日頃の心の状態とがそう変わりないことに驚くとともに、「あぁ、やっぱりなぁ…」という気持ちになった。ハッキリとすることとそれ故にクリアな疑問が湧く。心は広大である。心とは独立して存在するこの世界と関係することで成り立っているから当たり前と言えば当たり前である。 -
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「3年寝太郎」とか「ものぐさ太郎」とか、日本には昔から民話として
引きこもりが語られてきたのではないか?
と感じることがある。
そこには、やはりイレギュラーな人ではあるが、それを
認めないということは感じられないおおらかさがある
と思う。
本書は、引きこもっていて何が悪いのか、
という現在の世の風潮とは逆のことが語られている。
だが、なんだか違う気がするのは、現在の引きこもりは、どうも
すべてが居ながらに手に入るというところと密接につながっている
気がして、なにかの準備期間ととらえることができない点だ。
引きこもりの客観的な原因が、ある程度わかっているのか?
ひきこもっているものが必ずしも考えているのか?
という条件付きで、本書は読まれるべきではないか?
と思えてしまう。