あらすじ
真っ白だった。 上も、下も、右も、左も、ただ白かった。 「見事に何も見えないな」 「見事に何も見えないね」 「でも、すぐにまた、見えるようになる」 「見えるようになるだろうね」 「ねえ。見えるようになって、目の前にきれいさっぱり何もなかったらどうする? ちょっと嬉しくない?」 「ああ。でも、そんなことはありえないことを、ボクは知ってるからね」 「晴れたら、どうするつもり?」 「そうだな……、ここにいても仕方がないし、ボクにできることもない。出発するだろうな。それだけだ」 人間キノと言葉を話す二輪車エルメスの旅の話。短編連作の形で綴られる、大人気新感覚ノベル第3弾!!
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
第一話でキノが「一緒に行きましょう」と誘う場面には珍しさを感じた。普段は一定の距離を保って旅を続けるキノが、自発的に誰かを誘うなんて滅多にないという認識。
第二話では懐かしい師匠が登場し、キノの過去や成長の軌跡を垣間見ることができた。師匠との関係性を通して、キノがどのような経験を積んで今の旅人になったのかが伝わってきた。
第三話では、自分が理解できないことは排除しようとする人間のエゴが剥き出しになっていて、ぞっとした。異質なものへの恐怖が暴力に変わる瞬間の描写は、現実世界でも頻繁に目にするものだけに、より一層リアルに感じられた。
第四話では、耐えきれない経験に直面した時に記憶を改ざんしてやり過ごすという、人間の防衛本能が描かれていた。真実と向き合うことの辛さと、それを避けたいという心理のせめぎ合いが巧妙に表現されていて、読んでいて胸が苦しくなった。
そして第五話では、物事を見る角度によって印象が全く変わってしまうという現実を突きつけられた。両者の立場で話を見聞きすると、片方からだけ聞いていた時の印象とは全く違う感想を持つことになる。一面的な情報だけで判断することの危険性を改めて思い知らされる内容だった。
このシリーズを読むといつも感じるのは、人間という存在の複雑さと矛盾に満ちた不思議さだ。善悪では割り切れない微妙なラインで揺れ動く人間の心理を、キノの旅を通して冷静に観察できるのがこの作品の魅力だと思う。