あらすじ
天才YA作家 氷室冴子 デビュー45周年
激しくも切ない「90’s青春グラフィティ」
「あたし、高知に行くまでは世間とうまくやってるいい子だったのよ。あれからずっと世間とずれっぱなしの感じがする」
大学進学で上京した杜崎拓は「ある事件」で疎遠になった高校時代の転校生・武藤里伽子が、地元大学への進学を蹴り東京に舞い戻った事を知る。
気まぐれな美少女に翻弄されながら、その孤独に耳を澄ました短い日々を回想する拓に、思いもかけない再会の機会が訪れる。
スタジオジブリの長編アニメーション「海がきこえる」の原作。
キャラクターデザイン近藤勝也氏のカラーイラストを34点収録。
トクマの特選!
イラスト 近藤勝也
〈目次〉
第一章 フェアウェルがいっぱい
第二章 マン
第三章 里伽子
第四章 里伽子ふたたび
第五章 やさしい夜
第六章 海がきこえる
あとがき
解説 酒井若菜
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
ジブリのアニメで有名な作品だが、じつは原作もいい。いや、原作の方が好きかもしれない。まだ読んでいない方は、読まないと損だ。
高知の高校を出て東京の大学に進学した杜崎拓は、地元の同級生からの電話で、武藤里伽子も東京にいることを知らされる。てっきり彼女は地元組だと思っていたのに。そこから拓は、里伽子と過ごした高校時代を回想する。
里伽子は東京から高知にやってきた転校生で、ツンとしてわがままだが、とびきりの美人だった。父親の浮気が原因で両親が離婚し、母親の実家がある高知に連れられてきたのだ。たが、里伽子は本当は父親と暮らしたかった。それでバイトに精を出していた拓から金を借り、こっそり東京の父親のもとへ行く計画を立てた。拓も成り行きでそれに同行することになる。
ところが、父親のマンションを訪れると、父にはすでに新しい家族がいた。裏切られた里伽子は腹いせに元カレを呼び出すが、彼も親友とデキていた。高知にも東京にも、どこにも居場所がない里伽子。そんな痛々しい里伽子を、拓はどうすることもできない。
拓には松野という親友がいた。松野はもともと里伽子に惚れていたが、二人が隠れて東京にお泊まりしたことが学校にバレ、噂になったあとも、拓との友情は変わらなかった。だが、里伽子をなぐさめる流れで告白した松野は玉砕し、そのことを拓に打ち明ける。心ない言葉で松野を傷つけた里伽子に、拓は平手打ちする。
一方、松野は松野で、じつは拓も里伽子のことが好きなのだと、あるとき気づいてしまう。親友なのに、あるいは親友であるがゆえに、自分が気を遣われているとわかった彼は、拓を殴って絶交する。そんな気まずい三角関係のまま、彼らは卒業を迎える。
そして舞台は現在に戻り、拓と里伽子は東京で偶然に再会する。物語が再び動き始める。里伽子で始まった物語は、もう一度里伽子に帰っていく──。
この小説を一言で表すなら、「ほろ苦い青春」だ。もちろん、こんなドラマチックな展開は、自分の人生にはない。しかし、そうとわかっていても、あり得たかもしれない青春のひとコマをみんな想像してしまうのだ。そしてその味は、なぜか甘酸っぱく心地よいものではなくて、舌の奥でじんわりと苦味が広がるような、なんとも言えない特有の味なのだ。
われわれは大人になってから「そうか、これが青春の味なのか」と気づく。いや、気づいてはいたけれど、気に入らなかったのだ。あんなもの、もうごめんだ。でも大人になると、だんだんそれが変わってくる。はじめて覚えたビールの味みたいに、そのほろ苦さを味わえるようになったとき、われわれは青春と和解する。この小説はそんな青春ソーダの味だ。
氷室冴子よいつまでも!
アラカン男性で長年のファンです。新刊がなくても、何度でも読み返します。クララ白書の札幌なまりも可愛かったが、この本の土佐弁も良いです。高知城の夜景も美しいですよね。
Posted by ブクログ
りかこの抱えている孤独や学生時代ならではの見えている世界の狭さなどが思い出として蘇ってきた
読めば読むほど、りかこのことが好きになって振り回されたくなってしまうそんな愛らしいキャラクターだった
また途中で出てくるイラストもこの本の良さをさらに引き立たせてるように感じた
Posted by ブクログ
故、氷室冴子さんのジブリの原作となった作品。懐かしくて、読みながら、Stay with meがずっと流れ続けていた。昭和の田舎の街、高知、そして東京。誰しも感じる懐かしさ、男女の関係を意識しながら、距離感を掴んで、少しずつ詰めていく。女、男、青春、高校の時の感覚、付き合っていた相手、別れた相手、親友、受験、そういう色々を、切ない思い、甘酸っぱい思い出とともに、ここまで生きてきたんだと思わせてくれる。海がきこえるという最終章まで、希望や可能性を感じられないまま、進んでいく。初めてのサークル、馴染めなかった飲み会、あるよね、きっと。大人がちょっとかっこいい飲み屋に大学生を誘い、それについていって大人の階段を登っていく女子にちょっと嫉妬しつつ、自分も早く、向こう側に辿り着きたいと焦ったものだ。過去と今を繋いでくれる、心が少し苦しくなるけれど、ハーッと息を吐き出して読むような小説。見事です。
Posted by ブクログ
めちゃくちゃ良かった!90年代良い!里伽子の気持ちも分かるし、杜崎くんの、松野くんの気持ちも分かる。リバイバル上映観たかったな。挿絵がこれまた全部素敵!
Posted by ブクログ
この作品を知ったのは一年前、ル・シネマ渋谷宮下でのリバイバル上映だった。アニメの質感や音楽、携帯電話がない時代が新鮮で、いたく感動した。
そこからビジュアルブックを購入し、気に入ったので友人と高知に旅行しに行こうと話が出たときに、旅のお供に原作小説も読みたいと思い購入した。
アニメが比較的短い時間でまとめられていた分、原作でより里伽子と拓の心情を読み取ることができて嬉しかった。自分が生まれる前の時代を描いた作品なので、昔はこんな風にデートの約束や友達との連絡をとっていたのかと思い、中々自分から動くことができないため、年下の拓や松野に感心してしまった。。
また、アニメを既に観ていても、ここまでヒロインが自分本位で身勝手に周りを振り回していく作品にであったことがなく面食らったが、高校生かつ家庭環境が複雑になった里伽子の心情におけるリアリティはあると思う。男がかわいくて我が儘(節度はあるが)且つ、甘え上手な女の子に惹かれてしまうのは時代関係ないものであることも面白いポイント。色々書きたいことはあるが、本作品は高校生らしく言いたいことをうまく言えないがゆえにすれ違っていく三人の関係性が青春を描くと共に、自分の経験と結び付いて甘くない記憶が想起されることが、個人的には最もよかった。
~つづきは続編の感想で~
Posted by ブクログ
りかこは、誰よりも誠実なのだ。身も知らない場所でそこにいる人は、りかこちゃんを排除しているつもりはないのかもしれない。でも、実際には排除している。そんなこともわからずに自分のことをただわがままな女だと言われて、まるで自分だけが悪いかのような態度を取られるのは我慢ならないに決まっている。
やっぱり僕は好きなんだ
ふと海がきこえるの電子書籍はあるのかと検索した所、偶然新装版が電子書籍で発売されたのを知りました!
やっぱり僕は「海がきこえる」という作品が好きなんだと思いました。
渋谷の映画館でも上映されているのを見つけて、最終日に映画館で観る事が出来ました。
是非アニメージュ連載版の書籍化をお願いしたいです
!
Posted by ブクログ
夏らしい本が読みたくて手に取ってみた本でした。
すごく面白かったです‼︎
私もこんな青春を送ってみたい❗️
続編も絶対読みます(≧∀≦)
映画もあるらしい。
みたいです!
Posted by ブクログ
「だれもが、これは知っている話だ、経験したことがある、こんな感情を知っているという既視感とともに、懐かしさに包まれて読むような物語。」そんな物語を書きたいと思い書いた。
作者のあとがきにはそうある。実際そのとおりで、作中の主人公と読んでいる自分自身を照らし合わさずにはいられない物語と思う。
主人公が大学1年生という時点から高校生当時を回想する、という視点で物語は進む。
この大学1年生というのはキーポイントで、それまで地方の家族のもとで暮らしていた世界と、大学がある大都会の世界はまるで違う、というのがわかる学年だ。
私自身も同じように都内の大学に通っていたので、在学中は都内で一人暮らしを経験した。これまで自分が住んでいた田舎の世界があまりにもちっぽけな一方で、大都会があまりにも魅力的な世界に思えた当時。
また、それとともに、大学1年生という身分からかつての高校時代を振り返り(とはいえ1年くらい前)、自分は何かと臆病だったな、と感じたのを思い出す。それだけ色々な人々や環境との出会いをした。
こういった、多くの人々にあったであろう世界の転換を、良くも悪くも思い出させてくれる点で、この物語は古びないと思う。
また、作中の挿絵は、90年代という時代をしっかりと感じさせてくれる点で、素晴らしいと思います。
Posted by ブクログ
そこにないはずの海が、そこにあるようだった。
忘れられないクラスメイト、青春のフラッシュバック。
読んでいて切なさ、というよりもどこか懐かしい気持ちになった。自分はこういう青春ではなかった。あの頃きっと、誰もがそれぞれの悩みを抱えながら生きていた。
そんな若者たちを氷室は鋭く、暖かな筆致で瑞々しく描いてみせる。これいいよ。すごくいいよ。続編読まなきゃ。
Posted by ブクログ
大学進学で高知から上京した青年。その一年と少し前に、東京から高知へ転校してきた少女は、とんでもなくわがままで気が強くて、でも…。高校時代の邂逅と東京での再会。
若さ、恋愛、友情、成長…そんな青春要素がギュッと詰まった、世辞抜きの素敵なお話。この年だから言えるんですけどね(笑)
ジブリのアニメ化時から知っていましたが、今回初読み。
青春が、瑞々しく、かといって過度に美化することもなく、描かれています。
読む年齢によって読後感が変わると思います。
Posted by ブクログ
ジブリアニメ化された海がきこえるの原作です。
映像作品より少し?内容が増えていると記憶しています。この間リバイバル上映されたジブリ版では多くの10代から20代の若い方がいらっしゃってたので、アニメが良かった方は是非原作である本作も読めば楽しめますし、2巻へと続けて読めると思います。
Posted by ブクログ
この空気感、、、原作も映画も好きだ。
先に映画を観たので読み進めるとあの風景が思い浮かぶ。
私の青春にあんなドラマはなかったけど、狭い世界で生きている時の居心地の悪さや選択肢のなさを思い出す。
特に昔は逃げる事が許されなかったし、選択肢がなかったように思う。
里伽子のことを「ああ、こういう子いたなー。」で終わらせたくないと、なんとなく思う。
関わりたくはないけど。
この物語の刹那的な煌めきをずっと味わっていたいから、続編は読まないことにする。
Posted by ブクログ
映画見て、「なんで俺はこんな自分勝手な女の子に振り回される話が好きだったんだっけ?」と思ったので、おそらく中学生ぶりくらいに再読。
映画とは結構違うところがあり、拓が東京行ってからの話はほぼカット。りかことの再会も映画とは全然違う。
りかこが自分勝手なのは同じだが全編拓の視点でかかれているので、拓と同じ気持ちになってなんとなく許してしまう。
拓が本当にいいやつで、ちょっと人に甘いところや腹が立った時に見境なくなるところはあるが、すごく優しくて、ちゃんと人のことを考えるやつなのが好きだ。
Posted by ブクログ
子供の頃、家にあったビデオを観ていた。
元々ジブリ作品が大好きなこともあり、何度も繰り返し観ていた。当時は小さかったので意味はよく分かってなかったような気がする。
懐かしくなり書店で見つけて購入。
思春期特有の心情や人間模様が何ともリアルだし、生々しさもあるが何故か爽やか。
Posted by ブクログ
先日、映画のリバイバル上映を観たので数十年ぶりに再読
90年代の風俗がいきいきと描かれている
若い頃はあまりピンとこなかった、むしろ苦手だった武藤里伽子や津村知紗がとても愛おしく思った
氷室冴子という偉大な青春小説家をしみじみと思い出した
Posted by ブクログ
良すぎた。既視感のある青春時代の悶々とした感じや、胸が苦しくなる登場人物の描写。所々、過去と行き交うので「?」となったりしたけど、読んでいるとわかるから問題なし。夏に読んで正解!大きくなったら我が子にも読んでもらいたい1冊。
Posted by ブクログ
映画をみてから読んだので、映像がはっきり浮かんで、以前から興味のあった高知にもっと行きたくなった。
青春群像劇と言ってしまえばそうだけど、どうしてこうも切なさを帯びているのだろう。
物語の語り手である杜崎の幼さと諦めのバランス感が映画よりも普通の高校生だな〜と感じた。映画ではもう少しどちらにも振れているようにみえて、この時代に描かれる男の子にしては、素直に周りと接しているのは、氷室冴子ならではなのかな。
Posted by ブクログ
最近リバイバル上映があり、初めて映画を見た。ジブリでまだ見てない作品があったんだ!という驚きと共に見たこの作品は、昭和レトロのような雰囲気がとても印象的だった。携帯もネットもない世界の青春って、恋愛って、こんな感じなんだ…… 電話で連絡取り合うんだ…… なんか羨ましいな。そんな気持ちが芽生えた。
原作があるのを知り、小説を読んでみたら、映画製作がいかに丁寧に作られていたかがよくわかった。心情の描写を丁寧に言葉(台詞)にしてくれていたことに気づく。
やはり映画には描かれていなかった場面もあり、さらに続編もある!とのことで、手にして良かった。
どこまでも優しい杜崎くんが幸せになれますように。
Posted by ブクログ
アニメーション映画、イラストレーター、小説家の幸福な邂逅。
映画も小説もおもしろいが、近藤勝也さんのイラストが見事にイメージをつなげており、全体として「海がきこえる」世界にひたることができる。
小説では、高知に住む者の感覚がわかりやすく書かれており、映画以上に安定した世界観を提示してあった。アニメーション映画には豊かなイメージに重きを置いてあるので、それぞれ媒体ごとの良さが高いレベルで追求されてある。
単純に好き。高校から大学へ、一番切ない時期を見事にドラマ化している。
Posted by ブクログ
3月に限定上映で見た映画よりもこちらの方が断然好きでした。挿絵もとてもよい。
映画では出てこなかった(はず)津村千紗が、2人の再会に大きく関係している。好きな人のことを引きずりつつも前に進もうと奔走しているところ、憎めない。松野はいいやつ。りかこがお金を貸してもらったのにお礼を言わないのは、映画でも原作でもやっぱり読んでいて腹が立つ。笑
私も田舎(狭い世界)で育ったから、高校生とかの女子のなんとも言えない感情とかすごく共感した。
映画で出て来た東京の線路で2人が再開するシーンは原作ではないんだと驚きました。
続編も借りたので読むのが楽しみです。
Posted by ブクログ
あなたは『修学旅行先』で、他のクラスの親しくもない異性から突然こんなことを言われたとしたらどうするでしょうか?
『杜崎くん、お金かしてくれない?』
そもそも『お金』の貸し借りというものは親しき仲であっても慎重を要するものです。”お金は人を変える”とも言われるくらい、その存在は人の心を支配もするものです。ましてや親しくもない相手から旅先でそんなことを言われても戸惑うばかりでしょう。
しかし、そこにこんな前提条件がついたとしたらどうでしょうか?
『あのね、持ってきた全財産、落としちゃったみたいなのよ』、『ぜんぜん使わないうちに、見当たらなくなったのよ』。
持ってきた『全財産』と言えばとんでもない話です。そもそもすぐに先生に報告すべき内容だと思いますが、そんな提案には『叱られるの、イヤなのよ』と本人は応じません。さて、そんな状況下にあなたはどうするでしょうか?
さてここに、『修学旅行先』で貸したお金をまさかの形で返してもらう展開が描かれる物語があります。高知市の中・高一貫校を舞台に描かれるこの作品。そんな時代を振り返る東京の大学生となった今の主人公が描かれもするこの作品。そしてそれは、激しくも切ない「90’s青春グラフィティ」の熱さを見る物語です。
『その年の三月に、ぼくはうまれて二度目の東京の土をふんだ』と、『ある私大に合格して、”上京”した』のは主人公の杜崎拓(もりさき たく)。『田舎出の母子ふたり』はモノレールから電車を乗り継ぎ『最終的に降りたのは、石神井公園』という先に、『駅から歩いて15分くらいのところにある「メゾン英」』にたどり着きます。そして、『築13年で、管理費こみで6万8000円』というアパートを掃除し、買い物もした夜、『いろいろ、世話になりました』と拓がお礼を言う中に東京での一人暮らしが始まりました。母親が帰り、『ひとりになって』、『(ここは、どこ。ぼくはだれ) という状況だ』と思う中に『もしもし、杜崎拓?』と電話が鳴ります。『おれちや、おれ。山尾やー』と話す『電話の主は、かつてのクラスメートの山尾忠志』でした。番号は母親から聞いたと語る山尾の『リカちゃんと連絡ついちゅうき、元気で盛りあがってんのか』と訊く言葉に『なんでここに、武藤里伽子(むとう りかこ)が出てくるがな』と返す拓に『知らんかったが?』と言う山尾は『母親の手前、高知大』を受けたものの隠れて東京の大学も受験し、合格後『卒業式のあとのドサクサで』高知を離れたことを説明します。『里伽子と最後に口をきいたのは、たしか学園祭の最終日』、『里伽子は思いきり、ぼくを平手うちし』、『「ばか。あんたなんか最低よ」と罵』られた時でした。あれ以来、ぼくらは口もきいていない』と思う拓。『春から、おなじ街(というか大都市だけども)に住むとわかっていて、里伽子からはなんの連絡もない』と思う拓は、『連絡がないのはつまり、連絡するつもりがないからだ』と考えます。そんな拓は、過去を振り返る中に『里伽子をすごく好きだったことに気がついて、とりかえしのつかないような哀しい気持ちにな』ります。『武藤里伽子は、ぼくが五年生の秋に、編入してきた転校生』と里伽子との出会いを思い出す拓は、高知市にある『中・高の六年間一貫教育がウリの私立の名門校』に通っていました。『お坊お嬢の学校とみられていた』学校に、『卒業まで、あと一年というときに編入してきた』里伽子。その情報を知ったのは拓が『世間でいう高二の夏休み中』のことでした。ある日の夕方、親友の松野豊から『ちょっと、学校こいや。いまやったら、まだ間にあうき』と電話を受けて学校へと向かった拓が、『三階の、五年3組の教室』へ入ると、『中庭をみおろす』松野の姿がありました。『今度、ウチの学年に編入してくる女子やと。武藤里伽子っていうがやと』と指差す松野に『おまえ、なんか興奮してないか?』と訊く拓。そんな拓に『興奮するよ、そりゃ。楽しみが増えるじゃんか。武藤はすげえ美人だぞ』と松野は続けます。そして、教室を出た拓は、松野と一旦分かれて自転車を取り校門へと向かうと、そこには『松野と、白い半袖ブラウスにチェックのスカートをはいた女の子が立ち話をしてい』ました。『こいつ、4組の杜崎拓』と松野に紹介された拓は『ぺこっと頭をさげ』ます。それに、『ひょい、と顎をしゃくるようにした』里伽子。『薄情そうなうすい唇をぎゅっとひき結ん』だ里伽子の『第一印象は、一にも二にも、まっ黒な髪だった』と思う拓。そんな中、『じゃ、あたし、これで帰る。二学期からよろしくね』と言うと『さっさと校門を出ていった』里伽子。そんな里伽子を見送る中に『(女は、みてくれで決めるきな)』と思う拓は『やっぱり武藤里伽子というの』は『特上の美少女』と考える一方で、『いかにも東京から来ましたという都会風の雰囲気に、すこしアテられていたのかもしれない』と振り返ります。そんな拓と里伽子との出会いの先に、高校時代の思い出と、大学生になった今の拓の日常が描かれていきます。
“大学進学で上京した杜崎拓は「ある事件」で疎遠になった高校時代の転校生・武藤里伽子が、地元大学への進学を蹴り東京に舞い戻った事を知る。 気まぐれな美少女に翻弄されながら、その孤独に耳を澄ました短い日々を回想する拓に、思いもかけない再会の機会が訪れる”と内容紹介にうたわれるこの作品。1993年2月に刊行されたこの作品は、元々、徳間書店のアニメ雑誌「アニメージュ」に23回にわたって連載されていた作品です。その後、同年中にアニメ化され、さらには武田真治さん、佐藤仁美さん主演で1995年にテレビドラマとしても放送されるなど人気を博した作品でもあり、このレビューを読んでくださっている方の中には懐かしい目をされる方もいらっしゃるかも知れません。そんな時代から30年の年月が経過し、すっかり歴史の中に埋もれてしまったこの作品…というのが本来なのだと思いますが、2008年に亡くなられた作者の氷室冴子さんのデビュー45周年を記念して”新装版”として2022年7月に徳間書店から新たに刊行されています。とは言え、私はこの作品について全く知識がなく、読書の次の一冊を探す中にたまたまジャケットが目に留まり手にしたというのがこのレビューに行き着くまでの経緯です。”新装版”のジャケットからは、この作品がまさか30年前の作品だとは思いもよりませんでした。そして、さらに驚いたのはあまりにも時代を感じさせない”青春物語”の姿がそこにあったということです。私は、現代に過去を描く作品のある意味での”不自然さ”はそれも一つの味としてあまり気にしない人間なのですが、それでも当時そのままに書き下された作品のリアルさにはどこまでも魅かれるものを感じます。そのため、”昔”の作品も好きではあります。この作品にもそんな表現を探して読んでみたのですが、驚くほどに時代を感じさせる表現が登場しません。それっぽいのは次の二つくらいでしょうか?
『土地カンやしなうために地図でも買おうかと、1万円札をポケットにつっこんで、駅まえの書店にいった』、『夕方まで、じっくりと地図をながめて方向感覚をつちかった』
今や世界中のどこにいてもその場所の地図というものはスマホで簡単に見ることができますが、かつては紙の地図がすべての頼りという時代だったということが分かる箇所です。もう一つは街の様子です。
『目のまえに、お城みたいな新しい都庁がそびえていて、その向こうにも、高層ホテルが建っていた』
1990年12月に竣工した東京都庁舎。『お城みたいな』は今でもそんな雰囲気はありますが、『新し』くはありませんね。今や30年で雨漏り対策に1,000億円を注ぎ込んでいるといるという残念な裏事情も抱える東京都庁舎。いずれにしてもこの程度しか時代を感じさせるものはありません。てっきり”新装刊”に合わせて時代表現を消すために手を入れられたのだと思いましたが、氷室さんはすでにお亡くなりになっていらっしゃいますからそれは不可能です。意図されたのか、こういう作風なのかは存じ上げませんが、いずれにしても物語の舞台描写に”古くささ”を全く感じさせないのがこの作品だと思いました。
では、そんなこの作品について表現上の特徴を三つご紹介します。まず一つ目はレビューに書くことができないものです。この作品の表紙は物語のヒロインとも言える武藤里伽子が読者を睨みつけるかのようなインパクト絶大なものです。このイラストは、スタジオジブリで、アニメ版の「海がきこえる」のキャラクター設計と作画監督をされた近藤勝也さんによるものです。そして、この作品には、近藤勝也さんが描かれたイラストが作品のあちこちに散りばめられています。それは物語の内容に沿うものであり、作品を読む読者の頭の中に浮かぶイメージを絶妙に補完していきます。私はアニメ版を見たことはないですが、アニメ版を見たことがある方にはイメージがより膨らむのではないでしょうか?
次に二つ目ですが、この作品では、あれ?と思う表現が全編にわたってなされていきます。この作品は終始、杜崎拓視点で描かれていますが、そんな本文中に、”( )”で括られた文章が幾つも登場します。前後の文章とともに抜き出してみます。
・『自分のやったことを後悔はしてなかったけれど、かといって、(バカしたなァ。母さんに知れたら、叱られるなァ)と脅えるだけの子供らしい判断力も、ちゃんとあった』。
・『小浜の取り乱しようよりも、(あの、自分勝手な里伽子なら、それくらいやるかもな)という気がしたのだ』。
“( )”内は拓の心の声と言うべきものだと思いますが、”( )”で括らなくても良いように思います。しかし、この表現の工夫によって、拓の内面を垣間見る感がより強調されるのは間違いないと思います。私は氷室冴子さんの作品はこれが初めてなので他の作品でも同じなのかは分かりませんが、間違いなくこの作品の一つの特徴だと思いました。
次に、三つ目として美しい比喩表現を抜き出してみましょう。まずは、『夕闇の奥に、ぼうっと浦戸湾の海が浮かびあがってみえた』という情景の描写です。
『海沿いに建っているふたつのリゾートマンションの夜光灯が反射して、海の表面は鏡の粉をまいたようにきらきらと光っていた。そのむこうの夜の海には、漁船のあかりが、ひとだまのように尾をひいて、ぷかぷかと動いていた』。
『漁船のあかり』を『ひとだま』に比喩し、それを『ぷかぷかと動いていた』と書く氷室さん。これは独特です。とは言え、昨今『ひとだま』という言葉も聞かなくなりました。ある意味これも時代を表しているかもしれません。もう一つは里伽子とある場所で偶然に再開する拓という場面の描写です。
『ぼくと里伽子の間にさざめいていた連中が、まるでモーゼの海みたいにサーッと割れたような気がした』。
誰もが知る『モーゼの海』割れに比喩する離れ業を見せる氷室さん。これは面白いですね。どことなくアニメの絵的な表現にも感じます。以上二つを抜き出してみましたが、そのいずれにも登場するのが『海』です。そう、この作品「海がきこえる」にも含まれる『海』ですが、一方で作品中に「海がきこえる」という表現がストレートに登場するわけではありません。しかし、この作品では全編に渡って『海はおだやかに光っていた』、『海の音がきこえた』、そして『遠い海の音をききながら』というように『海』を強く感じる表現があちこちに登場します。『海』とは切り離すことができないのがこの作品、そこに魅力を感じる作品だと思いました。
そんなこの作品は、高知に生まれ、高知の中・高一貫校で学び、大学から東京に出てきた杜崎拓が主人公を務めます。物語には大学生の今を生きる拓の描写と、高校時代の拓の描写の両方が描かれていきますが、その双方に共通して登場する人物、それこそが拓が通う学校に途中から編入してきた武藤里伽子です。そもそもこの作品はこんな風に始まります。
『いろいろ問題はあったけれど、やっぱりすべては里伽子に戻ってゆくんだと思う』。
物語には、この冒頭の一文が暗示する『いろいろ問題はあった』というその数多の『問題』が描かれていきます。読者としては、物語を読む中で里伽子という女性がどのような女性なのかに興味が沸きます。そんな読者に冷水をかけるかのように里伽子の第一印象はこんな文章で語られます。
『あのとき里伽子は思いきり、ぼくを平手うちした。あげくに、「ばか。あんたなんか最低よ」と罵り、口もききたくないときっぱり断言した』。
物語のヒロインとも言える里伽子に期待した読者にこれ以上ないインパクトを与える登場の仕方です。その後も物語中に登場する里伽子はとにかく強烈という言葉が似合う存在です。中でもインパクト最大級なのが、物語の中盤をダイナミックに描いていく展開の種蒔きともなる里伽子のこの言葉です。
『杜崎くん、お金かしてくれない?』
高校生活の最後を飾るのが、ハワイへの修学旅行。これだけ聞くと羨ましいと感じますが、そんな行き先で『翌日は日本に帰るという最後の日』に、突然里伽子に声をかけられた拓。そもそもクラスも異なり、『ぜんぜん、有名人じゃなかった』という拓は、『なによりもぼくの名前を知っているのがふしぎ』とさえ感じます。そして、6万円という大金を貸すことになる拓。物語は、この大金の行方に大きな展開を見せてもいきますが、とにかく突拍子もないことを言い出す里伽子の強烈さだけが印象づけられます。『里伽子に利用された』と不満な思いを募らせていく拓。しかし、大学生になった今の拓は久々に耳にした里伽子という名前に一つの思いを抱きます。
『ぼくはそのとき初めて、里伽子をすごく好きだったことに気がついて、とりかえしのつかないような哀しい気持ちになった』。
そう、この作品は主人公・拓の里伽子への想い、散々に苦労させられ、『利用され』てきたかもしれない一方で、常に気になる存在であった里伽子に対する拓の隠された本心に気づいてもいく、拓の青春を鮮やかに描き出す物語なのだと思いました。
『ぼくと里伽子の間には、なにもなかった。残念なくらい、なにも…そしてそれは、やっぱり淋しいことだった。ぼくは里伽子が好きだった』。
1993年2月に単行本として刊行され、アニメ化、テレビドラマ化もされたこの作品。そこには、高知の街に高校生の青春を生きた主人公・拓が、突如、編入という形で目の前に現れた里伽子に翻弄される姿が描かれていました。雰囲気感抜群のイラストの数々に魅せられるこの作品。青春には時代は関係がないことを再確認させられるこの作品。
眩しいくらいに青春を闊歩する拓や里伽子のあり様に「海がきこえる」という書名が鮮やかに浮かび上がる、時代を超えた素晴らしい作品でした。
Posted by ブクログ
とっても良かった。何が?って言われたら難しいけど、自分が経験した高校生活とは違うけど、でもなんか「わかる」って感じで。
この本を理解できるんだぜ〜って威張りたい訳じゃなくて、読んでもらえばきっと分かって貰えると思う。時代が全然違う私でもこんなに分かるんだから、きっと誰でもわかるんだと思う。てかだからジブリになるし名作なんだと思う。
Posted by ブクログ
10代後半の原風景という感じ。杜崎視点で物語が進むが、個人的に斜に構えた男が好きではないので杜崎の少々カッコつけた文体(彼の話し言葉で書いてある)が鼻についたが、そんなところも含めて「若いなー!」と思った。
里伽子の大人びてるけど親に対して反抗心や寂しさを持っているところ、慣れない土地で周りに対して虚勢を張っているところも10代の繊細さを感じて懐かしい気持ちになった。
これが東京とか地方都市じゃなくて高知が舞台なのがいい。
続編ありきの話かなと思うので次の話も読んでみたい。
Posted by ブクログ
勝手な先入観でストーリーを想像してたけど
読んでみたら全然違って
土佐弁は心地いいし、友だちのことを気にして好きな子にすきなように行動できなかったり
りかこはとにかく傲慢だしわがままだけど
一種の愛情不足と思春期という難しい時期で
その感じも分かったり。
主人公がみょうにきどってないもころも
がつがついかないところも好きだった
Posted by ブクログ
今年の夏にリバイバル上映されるのを知り、去年見れなかったリベンジを果たすために予習を兼ねて読みました。
1章が長いのとクセ強な土佐弁に少し読みづらさはあるものの、当時の10〜20代の甘酸っぱさを感じられ、時代背景のファッショナブルさも相まって、改めてこの時代良さを知ることができました。
この後2巻を買って読むので、同じ厚みのものをまた読むのかと思うと少し億劫ですが、リバイバル上映までの楽しみにしたいと思います。
Posted by ブクログ
読み始めてすぐに、あーこの感覚は知ってるかもって、思った。
一人暮らしを始めた頃の、ちょっと頼りないけど、好奇心が後押ししてくれる感じ。
ヒロインの里伽子は、ちょっと勝ち気で、わがままで。でも、強がっているようにも見えて。そんな女の子って、クラスでも魅力的だったりしたものだ。
近藤勝也さんのイラストも素敵。
90’sのあの頃はいい時代だったな、って懐かしさにひたれて、都会的なものに憧れていた頃の自分を思い出した。
Posted by ブクログ
高知旅のお供として別の本を持ってくつもりが、この本の裏表紙を見たら高知が舞台と知ってこれを持っていくことにした!!ただ、そこまで旅先で訪れた場所とリンクはしなかったけど…
描かれている思春期独特の自意識や捻くれた感情や振る舞いが今の年齢になって、なんか寛大に受け入れることができている気がする。瑞々しくて甘酸っぱい青春の話。