青柳いづみこのレビュー一覧
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ヴィンテージピアノの話かと思ったら、ヴィンテージピアニストの話。大半が1945年以前に生まれたピアニスト、70歳を過ぎてなお公演を行う、レジェンド40人の、2020年前後の演奏の記録が多い。
ピアニストの経歴から最新の演奏の感想まで、多彩な筆致でその違いを描き出しているのは、ピアニスト兼文筆家ならではか。
コンクールのたびに天才が現れるが、そこからさらに生涯をかけ活躍するピアニストはそれほど多くない。そして、そんな大家でも東京公演と言っても思ったより小さなホールでの公演だったりしたことに驚いた。
出版から更に数年が経ち、その後、引退した人も鬼籍に入った人もいる。今のうちに少しでも足を運んでみたいと思った。 -
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2020年刊のエッセイ集。もとは「東京新聞」連載。勢いが感じられるのは、その連載を下敷きに、一気に書き下ろしたからか。
荻窪と阿佐ヶ谷、JRの駅間は1.6キロ、ほぼ同じ生活圏。戦前・戦中・戦後にこの地域にいた文士たちは、ある時は荻窪、ある時は阿佐ヶ谷に集い、酒を飲み、将棋をさした。井伏鱒二はその様子を『荻窪風土記』に書き記した。
青柳いづみこはその向こうを張って、阿佐ヶ谷側に立ってこの界隈の今昔を眺める。「阿佐ヶ谷アタリデ大ザケノンダ」は、井伏の漢詩訳の有名なワンフレーズ。書名はその井伏へのオマージュ。
いづみこの祖父は、『荻窪風土記』に頻繁に登場するフランス文学者の青柳瑞穂。「文学窶れ」の章には、骨董に凝ったその祖父のこと、そして『荻窪風土記』のことが書いてある。ピアニストという職業柄、ほかの章には、知友の音楽家たちが登場。阿佐ヶ谷の居酒屋やライヴ事情も紹介している。
「女たちの阿佐ヶ谷会」の章は、女性の視点による阿佐ヶ谷風土記、なかでも太宰治への言及がおもしろい。なお、阿佐ヶ谷姉妹は登場しない。
(p.s. 毎年10月末に開催される「阿佐ヶ谷ジャズストリート」。阿佐ヶ谷はかつてオウム真理教の本部があったところ。そうか、1995年から始まったジャズストリートは、最初はその災厄を祓うためだったか。) -
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◼️ 青柳いづみこ
「ショパン・コンクールよ、どこへいく」
5年に1度、知名度と特殊性では世界最高峰のピアノコンクール。2025も楽しかった。そして1年後毎度の楽しみ。これで反芻する。
まずは著者に敬意を表します。私は2015年大会についての本を読んで興味がそそられ、同大会や2010年大会の動画を渉猟した。コロナで延期となった2021年、日本人の上位入賞と話題性で大いに盛り上がった回のレポートも、自分が感じたものを振り返り、隠れた多くの側面があることを教えてくれました。
ピアニストであり著述家である青柳さんはいつも技術的に、音楽的に、そしてショパンコンクールやコンテスタントたちに大なり小なり影響を与えているものに斬り込んでいる。そして、採点方式や、審査員、指導者、若い奏者について、真ん中本道、知りたいことについてすばらしいジャーナルをものしてくれる。表現の幅も引き出しも広く多く、読むのが楽しい、好きなジャンルだけに読み終わりたくない、と思う本だ。
今回も10章+前後複数の項で充実の内容となっている。ピリオド楽器、1810年から39年の生涯を送ったショパンが当時使っていたピアノでの演奏コンクールから始まり、まずは予備予選から本大会ファイナルまで全体のあらましを描いている。もちろんところどころ印象的な奏者やトピックに触れながら。
優勝のエリック・ルー、2位のケビン・チェン、5位のヴィンセント・オンを取り上げ、セミファイナル進出の牛田智大、ファイナリストの進藤実優、4位の桑原志織の演奏とエピソードに触れる。また、前回大会の優勝者ブルース・リウ、今大会の覇者エリック・ルーと2大会連続で1位を輩出しているダン・タイ・ソン門下について掘り下げる。
ゆめかとゆりあ、演奏の色合いの豊かさで反響のあった中川優芽花と15歳の本大会出場者、中島結里愛。NHKの特集番組でもスポットが当たった2人にも直接取材し章にまとめている。中島の天才的思考は興味深いし、中川への傾倒っぷりにはつい微笑んでしまう。私もコンクール後、リサイタルに行ってとても感化されたピアニストだ。
そして、YES/NO方式、つまりこの奏者を次のラウンドに進ませたいか、が中心であったという審査から、低い点、高い点を補正するルールが入り、それぞれのラウンドの点数を加算する累積採点方式、また公平性を追求する審査員、ケヴィン・ケナーについてそれぞれ1章を割いている。さらに複数の審査員への取材から、ショパンコンクールの審査基準の現在地、を探り、全体にどこか虚しさを漂わせている。あまりに違う個人の思い。
さて、本書でも取り上げられていること、2005年のブレハッチ、2010年のアブデーエワ、2015年のチョ・ソンジンというチャンピオンは、いずれも正統派な、気品のある、逆に言えばあまり演奏にクセのない、オーソドックスな弾き方だった。それが、2021年大会のファイナリストはいずれも個性的な弾き手となった。これは聴き比べると私みたいなシロートでも明確にわかる。ブルース・リウは細かく短い、速い音まで粒立ちが際立っていて、う、うまいな、と唸らせるばかりでなく、ダイナミックさも併せ持ち、かつ演奏そのものに艶がある。2位の2人、ガジェヴは哲学的、反田恭平はゴージャスでミスが少ない、3位のガルシア・ガルシアに至ってはとんでもなく緊張感のあるコンチェルトを披露するなど個性の塊だった。
果たしてショパンコンクールは今後どちらへ振れるのか。年配の審査員が伝統路線へ戻すのか、くだんのダン・タイ・ソンは比較的奏者の自由を認める指導者だという。さらに研究が進み、ショパンの、弟子への指導法などが明らかになるにつれ、これまで信じられていたショパン像とはちょっと違う様相がみえているようだ。また今回の採点方式では、例えばファイナル1位だったケビン・チェンの最終順位が2位だったように、累積で左右される部分が多く、補正により審査員の意見がダイレクトに届きにくくなったという声もあるし、なんだかなあ、とも思う。
今大会、私はルービンシュタインコンクールを視聴して、リサイタルを聴きに行ったケビン・チェンを応援していたが、個人的な感想では、正統派でテクニカルであり、まっすぐな演奏がやや四角四面気味で、実質マッチレースとなった相手のエリック・ルーを凌ぐものが出せなかったか、という感想だ。印象に残ったのはヴィンセント・オン、そしてセミファイナルには進めなかったものの、特別賞ともいうべきブコフスカ賞を受賞した山懸美季だった。24のプレリュードでは進藤実優の演奏に心が動き、桑原志織のゆるぎない演奏を生で聴きたくなり、リサイタルに行った。今大会も楽しむことが出来た。
さて、長くなったついでにあと2点。日本のクラシック業界ではコンクールはファイナルまで予選、という呼称を使うようだ。ファイナルは本選。違和感がある。予選は、いわゆる予備予選。秋は本大会なので、そこに予選、を使うのはおかしい。1次審査、1次ラウンドではいけないんだろうか。
それからよく言われる、音楽はコンクールで競争すべきものではない、という考え方について。私は聴く専なので、研ぎ澄まされた個性にいっぺんに触れられるコンクールは好きである。続けて聴くとピアニストの特徴やタイプがわかりやすいし、作曲家、演奏曲にも理解が深まると思っている。コンテスタントは大変だけども、今後も見て聴いていきたいと思っている。
これくらいで。じゅうぶんに充実した反芻が出来た。没頭できる読書だった。
これを最後と・・言わないでまた次回もぜひよろしくお願いします。 -
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ユーロに切り替わるまえ、フランスのお札はフラン。200フランはエッフェル、100フランはセザンヌ、どちらもデザインがよかった。50フランはサン=テグジュペリと星の王子さま、これもおシャレで、使うのに躊躇するほど。それに比べて、ドビュッシーの20フランは、23歳の時の肖像だというのに、使うまえから古びていた。ドビュッシーというと、どうしてもその印象がついてまわる。
単行本は1997年刊。謎多き作曲家ドビュッシー(1862-1918)の評伝。もとは東京芸大の博士論文、それを下敷きに一般向けに書き直したもの。しかし、かなりの迷宮。読みながら、深入りしてしまうと、もう戻ってこれないのではないかと心配になる。
ドビュッシーを取り巻いていたのは、普仏戦争、パリ・コミューン、印象主義や象徴主義、デカダンや世紀末やオカルティズム。音楽家よりもたくさんの詩人や作家が登場する。
時系列に並ぶ各章は、ドビュッシーをめぐる個々のミステリーの謎解き。たとえば1章は「一八七一年秋」。ドビュッシーは九歳。父親はパリ・コミューンに参加したため刑務所。一家の生活は苦しかった。それなのに、ドビュッシーはどこでだれにピアノを習ったのか。そしてどのようにして10歳でパリ音楽院入学をはたすのか。それを考えるうちに、なんと、ドビュッシーの生活圏とヴェルレーヌとランボーのあの事件の舞台とが重なっているではないか。何人かの人物が両方に出てくる。でも、ドビュッシーがランボーと知り合いだったという資料は残されていない。たんなるニアミスなのか。
ドビュッシーのさまざまな側面が顔を出す。副題「想念のエクトプラズム」からして、ミステリアス。 -
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ポーランドのワルシャワで五年に一度開催されるショパン国際ピアノ・コンクール。ピアニストをめざす若者たちのあこがれの舞台であり、その結果は彼らの生涯を大きく左右する。
本書では一九二七年の創設以来、紆余曲折のあったコンクールの歴史を紹介した上で、現地で取材した二〇一五年大会の模様をレポート。
客観的な審査基準がない芸術をどう評価するのか、将来日本人優勝者は現れるのか。
コンクールを通して日本の音楽界の未来を占う。
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これはショパンコンクールの見聞録としては古い。2015年大会のものなので約10年前の記録です。この時日本人コンテスタントで本選に残ったのは、小林愛実ただ1人だった。
この時の映像をYouTubeで見た記憶があるけど。
あまり良い印象はなかった。前々回の4位入賞の時ほど繊細で集中力を発揮している感じではなかった。何か迷いがあるような、少し雑な部分も感じた。本選の協奏曲は、入賞した時もやはり音の線が細いなという印象。身体が小さく痩せているため、音に豊かな広がりを感じない、オケに負けている印象でした。その点その時2位入賞した夫の反田恭平は、昔痩せていたけど、ショパンコンクールの時は、丸々に太っていた。それも戦略だったらしい。身体も豊かであれば音も豊かということなのだろう。
コンクールの舞台裏を読んでしまうと、芸術に優劣をつける難しさを改めて感じてしまう。
しかも世界的なコンクールとなれば、入賞するのとしないのとでは、その後の人生に大きな差が生まれる。緊張感は半端ないだろう。
私も38歳でピアノの発表会に参加した時は、コンクールでもないのに、死ぬほど緊張した。
発表会前のリハの時、バッハのフランス組曲5番の最後の曲で冒頭暗譜が真っ白になったことが忘れられない。こんなことが起きるのかと。
会場で聞いていた先生から、様々な叱咤激励を受け、身が縮む思いだったこと懐かしい。
小学生も中学生もその親御さんもいる前である。
いやー本番、止まらずに弾けたこと、奇跡のような出来事として、心の箱にしまって置きたいです。笑
‥‥個人的トピック
先日の土曜日、友人とカンパーニュ大会を開いた。のだが、、、
なんと前の日の夜に、疲れてあくびをしてベッドに入った途端、顎関節症になったのです。
激痛が走り、次の日の朝、何も食べれないほど噛むことができない!
え?今日はカンパーニュ食べるんだけど!
カンパーニュってハードパンだったよね?笑
鎮痛剤を飲んだけど、あまり変化なし。
友人に言ったらテンション下がると思って言えなかった。パンは色々失敗もあったけど、味に影響なし!とても美味しいパンが出来上がりました。
友人はどうしてもと言って、焼きたてのカンパーニュの端っこを切り、かぶりつき「うまっ!!最高ー!」と雄叫びをあげておりました。
私も誘われたけど、丁重にお断りして、1時間ほど寝かせ、落ち着いた頃薄く切りました。
コンビーフや薄切りベーコン、バター チーズ はちみつ トマト などなど乗せてオープンサンド。テーブルにはトースターを置き自由に軽く焼いて、、香ばしくて美味しいんだけど。顎が!!激痛!!!泣泣泣
(´;ω;`) 大会の様子は写真を参照
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ネタバレ5年に1度行われ、世界三大音楽コンクールで最も権威があるショパン・コンクール。
若きピアニストの登竜門として有名なその第18回大会は、日本そして世界中でかつてない注目を集めた。
デビュー以来 “一番チケットが取れないピアニスト" 反田恭平が日本人として51年ぶりに2位、
前回大会も活躍した小林愛実が4位とダブル入賞をはたし、YouTuberとしても活躍する角野隼斗、
進藤実優、牛田智大、沢田蒼梧らの日本勢も大健闘した。
さらに、優勝したブルース・リウ、同率2位のガジェヴ、3位のガルシア・ガルシアなど、予選・本選を戦ったピアニストたちは皆レベルが高く個性的で、彼らは既存の価値観を覆すような “革命的な" 演奏を見せた。
これまでと大きく変わった今大会の現場では何が起こっていたのか?
音と言葉を自在に操る著者が検証する。
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実は「ショパン・コンクール 最高峰の舞台を読み解く」を今読んでいるのですが
実は同じ作者が新しく出版したものを先に読んでたことを思い出した。w
しかもだいぶ前に。www
ってことで記録を追加しました。
この18回大会は、とても印象が深かった。
日本の有名ピアニストが(わたしの知っている)4人いたから。
反田恭平 小林愛美(この二人はコンクール後結婚♡)牛田智大 角野隼斗
角野隼斗はかてぃんとして有名なYouTuber 話題性抜群でした。
ショパコンは毎回どの会社のピアノが最後まで残るのかというピアノ自体の争いも気になる。誰が何を選んで どこのピアノが優勝するのか。
この18回では 牛田さんがヤマハを選び、そして2次で落ちた記憶が鮮明にある。
私もYouTubeで聴いたが、音が濁っている?クリアな音色じゃなく 叩いているような感じにも受け取れるような ちょっと印象の悪いイメージがあります。
本人曰く、ホールの音響との調整がよくなかったとか?
ヤマハを選んだのが悪かったのではなどという評判もネットではあがっていたような気がします。そのせいか 昨年のショパコンではSTEINWAY&SONSを選択していましたね。それでも本選にはあがれませんでしたが・・
18回も19回も優勝者はFazioli(イタリア)
それも大きな話題になりました。ファツィオリと読みます。
すごく気になるピアノです。1981年創業と比較的新しい会社です。
ちなみにSTEINWAY&SONSは、1853年です。
最近残念なのは、世界のYAMAHAを選択するコンテスタントが少なくなってしまったこと・・悲しいことですね。その代わりというか KAWAI(Shigeru Kawai)ががんばっています。 -
Posted by ブクログ
来年は5年に1回のショパン・コンクールの年。
18回目になるらしい。
演奏家でもあり、ドビュッシーの研究者でもある筆者が、コンクール「公式ジャーナリスト」として記録した前回のコンクールの記録である。
ショパンらしさとは何かを巡って、揺れ続ける審査基準。
楽譜に忠実派と、ロマンティックな弾き方か。
ルバートは左手は一定のリズムを刻み続けるのか、それとも「右と左を交互に」ずらすのか。
さまざまな対立軸があるようだ。
応募者の増加で、審査方法もルールも変更の連続。
審査員やコンテスタントをはじめ、多くの関係者のインタビューなど、多彩な情報源からそういった矛盾があぶりだされていく。
本来言語とは異質の音楽を言葉にするのは大変だ。
予選、本選の鑑賞記録は、演奏家ならではの細やかさ。
プロはこういうところを聞いているんだ~、と興味深く読んだ。
審査基準については、青柳さんは演奏家審査員寄りの立場をとるのかと思いきや、音楽学者寄りの立場だったのが意外。
ヤマハやスタインウェイ、カワイ(シゲル・カワイという最高級モデルがあるそうな)、ファツィオリの特性の違いなども、面白かった。