青柳いづみこのレビュー一覧
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2015年に開催された第17回ショパン・コンクールの模様をレポートした作品。コンクールは書類とDVDによる事前審査から始まり、予備予選、一次予選、二次予選、三次予選を経てグランドファイナルへと進む。
ちなみに予備予選出場158名のうち、グランドファイナルに残るのは10名である。著者の青柳氏は予備予選からワルシャワ入りし、注目する参加者一人一人について、臨場感あふれる詳細なレポートを行っている、他の国際コンクール同様に今大会もアジア勢の活躍が目立つ印象を受けた。
青柳氏が指摘するコンクールの難しさの中に、審査の基準が挙げられている。「楽譜に忠実に」「ショパンらしい演奏」「演奏者の個性」という、一見すると矛盾するような複数の課題を、出場者はバランスよく成立させなければならない。
唯一絶対的と思える楽譜に忠実というポイントも、実はショパン本人が書いた譜面は版によって違うらしく、審査の基準となる譜面が複数存在しているのだ。
今大会の優勝者は楽譜に忠実派で、王道を行ったチョ・ソンジンだった、しかし個性的な演奏スタイルの、リシャール・アムランが2位に入賞したのも興味深かった。やはり数ある基準の中でも楽譜に忠実である事が、優勝への第一条件であるのだろう。
もしショパン本人がショパン・コンクールに出場したら絶対に一次予選で落ちる、という青柳氏のコメントが非常に印象的だった。 -
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本に出てくるクラッシック(ちょっとジャズもあるけど)をピアニストの観点から読み説くエッセイ。
タイトルの「六本指のゴルドベルク」は、トマス・ハリスの「羊たちの沈黙」のレクター博士のことから。
青柳氏は、音楽家である自分と、文筆家である自分が、常に両立してるだなぁって思って読んだ。
「もの書きピアニストはお尻が痛い」では、両者の間をいったりきたりしてる感じがあったんだけど、このエッセイは完全に混在している。
エッセイストとして、稀有な方なのだろうと感服いたしました。
にしても、タイトルで読みましたね、思われるものがちょいちょいあって、微笑ましいというか同病相哀れむというか…。
「大いなる聴衆」とか「ピアノ・ソナタ」とか、まぁ本の中にでてくる音楽のエッセイなんだから、音楽がでてこないと話にはならないんだろうけど、それでもやっぱり多い気がする。も、これは職業病かもしれんね。字が並んでても音楽関係の文字だけが、太文字になってるみたいに目にはいってくる。そんな感じかもしれない。
あと、青柳氏のお人柄が…。
生真面目で、素直で、前向きで、ってまぁそれだけなんてことはないのだろうけど、マイナスを表に出さない上品さが素敵だなと思います。
うん、知的で上品、上質。そんなエッセイ。 -
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19世紀後半から1920年代あたりまでのパリの「サロン文化」と音楽の関係を綴った一冊。
何しろ、膨大な人が出てくる。
グノー、ベルリオーズ、フォーレ、ラヴェル、ドビュッシー、ストラビンスキー…といった有名な音楽家はもちろん。
ランボー、マラルメ、ツルゲーネフ、ヴェルレーヌ、コクトー、ブルトン。
文学者も、美術家も、ニジンスキーとバレエ・リュス、そして最後にはシャネルが登場。
人脈がネットワーク状に広がっていくさまを、本書では追いかけていく。
例えば。
自身もピアニストとして活躍したニナ・ド・ヴィヤール夫人。
彼女のサロンに来ていたシャンソン作曲家のシャルル・ド・シヴリーの妹マティルドは、ヴェルレーヌと結婚している。
ヴェルレーヌはその後、無頼のランボーを家に住まわせ、夫婦関係は破綻。
一方兄のシャルルはパリ・コミューンの巻き添えを食って、サトリー監獄に収監されたことがあるが、獄中で知り合ったのがパリコミューンで労働運動に関わっていたドビュッシーの父親。
シヴリーの母は実はショパンの最後の弟子の一人で、ピアノ教師として生計を立てていたため、まだ十歳にも満たないクロード少年を母の弟子とする約束をする。
シヴリー夫人は短期間でクロードを育て、見事パリ音楽院のピアノ科に合格させる…。
この一節はいわゆる貴族階層や新興ブルジョアジーのサロンのイメージとは異なるが、ある一つの場を媒介にいろいろな人が交差し、化学反応が起こっていくさまが見て取れる。
今まで聞き知っていたエピソードの相貌が変わって見えてくることもあった。
その一つは、サン=サーンスの献呈譜廃棄事件。
フランクがサン=サーンスに『ピアノ五重奏曲ヘ短調』を献呈し、サン=サーンスは初演でピアノを演奏しながらも、曲が気に入らず、自分への献辞が入った譜面を捨てていった、と聞いたことがある。
サン=サーンスの気難しさを語るエピソードのようにとっていたのだが。
本書ではサン=サーンスも好意を寄せていたオギュスタ・オルメスに、フランクも熱烈に恋していて、オギュスタへの思いが曲にあふれていて、不快に思ったためとされていた。
ちなみに、同曲は他の人にも顰蹙を買っていたとも書いてある。
こういうディテールをみていくと、まずサン=サーンスがちょっとかわいく思えてくる。
そして、周りの人も不快に思うというその曲は一体どんなものなのか、気になる。
いや、たぶん聞いたことがあるような気がするけど…
さて。
どんどんつながりが広がっていくと、追っかけるのが大変でもある。
一段落でもぼーっと読んでいると、たちどころにつながりがわからなくなってくる。
幸い、巻末に索引がある。
情報の海におぼれそうになる危険な一冊でもある、かな? -
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音楽ってかつては(17世紀)は教会と王様が命じて作らせていた。作曲者も彼らのために曲を提供した。それが18世紀後半、ベートーヴェンからは作曲者が自発的に創作するようになる。芸術になる。とはいえまだまだ王侯貴族からの援助がなければやっていけない。
19世紀、市民社会の到来とともに音楽の保護者はパリではサロンになる。貴族やブルジョアの女主人が、音楽家に出会いと世に出る機会を与えたことになる。これが20世紀ではコンクールになる。コンクールって民主主義の産物で、審査員が協議して優秀者を選ぶ。でも音楽の価値を多数決で測れるのだろうか。パリの音楽サロンって鼻持ちならないけど、優れた目利きが偉大な音楽家を見出した功績はあるよね。彼女たちがいなければドビュッシーは成功しなかったろうな。ましてやサティなんかてんでだし、「春の祭典」も上演できなかったろうなぁ。 -
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ドビュッシーの音楽は、パリを中心とした19世紀末の文化なくしては生まれなかった。
個人の才能だけでは、決して生まれないエポック•メイキングな文化活動が、普仏戦争〜パリ•コミューンという激動の時代にあって、時代の刻印を激しく受けながら、人と人の出会いによる刺激の中から生まれてくる様を丹念に描き出す。
ドビュッシーは、ランボーとパリの通りで一瞬間すれ違っている。
すれ違う二人の天才に世紀末の縮図を見る思いがする。
本書は青柳の大学院の卒論であるため、肩肘張った文章が読みにくいところもあるが、音楽家の視点から天才ドビュッシーに迫る迫力は流石だ。
従来の口当たりの良いドビュッシーはここには居ない。
青柳が描くドビュッシーは、世紀末の闇に妖しく呼吸する悪魔的人物だ。
決して、印象派の絵画のように光煌めく「陽」の人物ではない。
オカルティズムに耽溺し、近親相姦•同性愛者にして二重人格者、それがドビュッシーなのだ。
コレはまるでポーの小説に登場する人物そのものではないか。
彼がポーの「アッシャー家の崩壊」をオペラ音楽にしたのは当然だったのだ。
ドビュッシーは、双子の妹を愛し、且つ、生きたまま埋葬してしまったロデリック•アッシャーに自己を見たのだ。
少なくとも、ドビュッシーとポーは19世紀末の退廃と美意識を共有していた。
ドビュッシーをドビュッシーたらしめた19世紀末は、ポーをポーたらしめた時代でもあった。
時代との格闘と相剋の中で、生み出されたのが複雑怪奇(としか思えない)性格を持つ、ドビュッシーであり、ポーであったのだ。
本書は、我々のドビュッシーに対する固定観念を木っ端微塵に吹き飛ばしてみせる。
ドビュッシーこそは危険極まりない闇の住人だったのだ。
本書の読後、ドビュッシーの音楽の聴こえ方まで変わってくる。
副題にある「エクトプラズム」は、いかにも捉えどころのない、しかし、妙に生々しく心惹かれるドビュッシーの旋律(戦慄)を象徴している。
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青柳いづみこ(1950年~)氏は、東京芸大音楽学部卒、国立マルセイユ音楽院卒(首席卒業)、東京芸大大学院博士課程修了のピアニスト。安川加壽子、ピエール・バルビゼに師事。文化庁芸術祭賞受賞。大阪音楽大学教授。エッセイストとしても活躍し、『青柳瑞穂の生涯』で日本エッセイストクラブ賞(2001年)、『六本指のゴルトベルグ』で講談社エッセイ賞(2009年)を受賞。
私は、ノンフィクションやエッセイを好んで読み、今般、過去に評判になった本で未読のもの(各種のノンフィクション賞やエッセイ賞の受賞作を含む)を、新古書店でまとめて入手して読んでおり、本書はその中の一冊である。
本書は、岩波書店の月刊PR誌「図書」(2006年7月号~2008年11月号)に連載された、古今東西の純文学やミステリーの中から、音楽や音楽家を扱った作品を取り上げ、音楽との関わりを主軸に読み解いたエッセイ29篇(+1篇)をまとめて、全体を加筆したもので、2009年に出版、2012年に文庫化された。
本書で取り上げられた文学作品は、トマス・ハリス『羊たちの沈黙』、村上春樹『海辺のカフカ』、ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』、アンドレ・ジッド『田園交響楽』、ジョン・フランクリン・バーディン『悪魔に食われろ青尾蠅』、永井するみ『大いなる聴衆』、中山可穂『ケッヘル』、S・J・ローザン『ピアノ・ソナタ』、アンジェラ・カーター『血染めの部屋』等であるが、ノンフィクション中心の読書をする私としては、登場する文学作品をほとんど知らず、また、音楽もポピュラー音楽以外は殆ど聞かないため、出てくるクラシック音楽がわからず、残念ながら、最初の5篇を読んだところで、ページをめくる手が止まってしまった。
裏を返せば、著者は、あと書きで、「描かれる音楽作品も演奏家も真に迫っていて、音楽畑の人間が読んでも違和感がないどころか、かえって自分たちの世界の問題を再認識され(ママ)、教えられることが多々である。せっかくこれだけ的確にとらえているのだから、その“ツボにはまった感”を、音楽人以外の方々にも是非味わっていただきたいと思ったのである。」と書いているくらいなので、登場する作品を知っている向きには、さぞかし味わい深いエッセイなのだろうとは思う。
(2022年12月) -
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ドビュッシー研究家の第一人者でもある青柳いづみこさんによる、題名通りのドビュッシーが病気で亡くなるまでの一年余りの人生にフォーカスを当てた一冊。
雑誌に連載していたものと、書き下ろし「ヴィクトル・セガレンとドビュッシー」(セガレンとはドビュッシーとの仕事を切望した精神科医であり劇作家)の二部構成。
青柳さんは、ドビュッシーが「ワーグナーのその先の音楽」を目指しながらも、志半ばで終わったことを残念がっている。
せめて戦争が終わるまで生きていたら音楽史の方向性も変わっていたのでは?と。
ショパンやモーツアルトと比べると長生きしたけれど56歳の人生だった。
女性問題で度々世間をザワザワさせ、同じ時代に活躍したカンディンスキーやキュビズムなどの抽象絵画に対して不快を口にしたり(ドビュッシーはターナーが好きだったらしい)、自作を弾くピアニストには大抵満足しなかった。
仲が良くなったサティ(サティはピアノが家になく、週一でドビュッシーの家に練習しに行っていたらしい)とも晩年は仲違いをして、弟分だったラヴェルとも盗作問題を機に少しずつ気まずくなっていく。せっかくの才能同士の巡り合せなのに、これは悲しい・・・。
何だか気むずかしく、不器用なドビュッシー。
対人関係も度々上手くいかなかった。
だけど、ドビュッシーの死後に作られた追悼アルバムには、沢山の作曲家が参加したという。
バルトーク、ストラヴィンスキー、そしてサティとラヴェルも。
仲違いしてしまったこの二人も、最後の最後にはドビュッシーを想ったんだな。安堵。
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ドビュッシーの残したピアノのための作品を、ドビュッシーの演奏・解釈の第一人者である作者の青柳いづみこさんが丁寧に紹介していく一冊。
ドビュッシーと言えば、流麗なピアノ曲が多いイメージ。
「月の光」は誰もが知るクラシックの名曲ですね。
とは言え、私は、まだ曲も、ドビュッシーの人物像も明るくないため、これはとても勉強になった。
ドビュッシーは、ジャポニズムを取り入れた最初の作曲家だったという。
東洋の美術が大好きで、蒐集していたという。
多くの日本人がドビュッシーの曲を「美しい」と感じるのは、そのためなのですね。
ラヴェルとの関係性も興味深かった。
印象主義といえば、ドビュッシーとラヴェル。
しかし、弟分だったラヴェルとは少しずつ確執が生まれていったらしい。
独自のスタイルを完成させたのはラヴェルが先。
ドビュッシーは以前に書いたものを無意識に作品に取り込んでしまう傾向があったようで、ラヴェルに似た曲を作ってしまったことで、ラヴェルに非難されたようだ。
いつの時代もつきまとう、盗作とオマージュの問題・・・。
でも無意識で似てしまったのは仕方ない気もするが・・・。
ドビュッシーは印象主義で括られるも、特に絵画の印象主義の画家たちを好んで影響を受けていたわけではないのですね。
ボッティチェリ、モロー、ロセッティ、バーンジョーンズなどのラファエロ前派、ターナーを好んでいたらしい。
ターナーは特に好きだったようだ。ターナーは印象派の先駆けとも言われるから、やはり少なからず影響はあったんだろうな。
音楽と美術の「印象派」のつながり。気になるな。もっと調べてみようと思った。
また、青柳さんが「アラベスク一番」について述べていた章が印象に残った。
「アラベスク=アラブ風の。唐草模様という意味。
カーブを描くメロディの象徴で、左手と右手の滑らかな動きから唐草模様のような美しいアルペジオが次々に紡ぎ出される。」
と綴る。
代表曲ではないようだけど、青柳さんはこの曲が好きなんだろうな。
私も、実は今弾いているショパンが終わったら、ドビュッシーに初挑戦してみようと思っている。
私も、「アラベスク一番」が最近同じく好きで、弾いてみたい憧れの曲になっている。すごく難しそうだけど。
ドビュッシー。まだまだ知らない曲も沢山あるので、聴いてみたい。 -
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2015年にBS1で放映された「もうひつとつのショパンコンクール・ピアノ調律師たちの闘い」という番組を見ました。ピアニストが競うコンクールですが、その舞台裏ではエントリーした演奏家がどのメーカーのピアノを選択するのかというピアノメーカーの闘いが繰り広げられており、それを現地でサポートする調律師達の仕事ぶりを紹介する秀逸のドキュメンタリーでした。そんな感じの内容を期待したんですが、本書は出場した各演奏家のパフォーマンスへのコメント、コンクールが求める理想の音楽像、コンクールが抱える問題点など音楽そのものに焦点を合わせた内容でした。テレビ番組なら出場者の演奏の一部でも聴きくことができますが、何せその演奏自体を全く聴いてない状態でその演奏のコメントを読んでも想像力が及ばずに理解しにくい部分が多かったです。ただ、著者の繰り広げる音楽を表現する文章、文言の豊かさには驚かされました。ピアノを演奏する方ならもっと共感できだんじゃないかなと思います。
コンクールの抱える問題点や、日本のピアノ演奏家がこれから取り組むべき方向性などの部分はよくわかりました。 -
Posted by ブクログ
著者の本はドビュッシーの評伝の他、数冊を持っている。あとピアノ曲のCDも。評伝はドビュッシーが好きなんだナと思える処と冷たく分析する処が、演奏家としても評論としても、プロの文章の印象だった。
「亜麻色の髪の乙女」から始まる、短めの文章。ドビュッシーは髪フェチだったとの指摘。実はオペラ「ペレアスとメリザンド」の作曲中に歌曲「三つのビリチスの歌」も作曲されたとレコードの解説にあったので、そうだろうと思っていた。著者は更に証拠のエピソードを挙げている。ちょっと、嬉しい。
「ビリチス」へ言及は何度も。特に2曲目「髪」の官能の暗示、そして3曲目「ナイヤードの墓」の寒々しさ。若い頃買ったLPのアメリンクのソプラノとボールドウィンのピアノの素晴らしさを思い出しながら読む。
若い頃のドビュッシーはピアノ曲の作曲に熱が無く、オーケストラ曲や「ペレアス‥」が評判になってから、ピアノ曲を世に出していったと。意外。評伝読んでるのに、まったく知らなかった。
「ミンストレル」はアメリカから来た音楽円劇団。吟遊詩人としている世にある通説を訂正している。僕は、ギリシャ関係の何かぐらいと思ってた。人知れず赤面。
金色の魚は金魚でなく、蒔絵の箱の緋鯉がイメージ源とか、絵本がテーマになっているものが多いとか、へ~と云う話が沢山。
「雪の上の足跡」「雪が踊っている」など冨田勲のシンセサイザーで知った曲も多いなあ。フランソワとミケランジェリのタッチの違いは、えっと、そうだたっけと再び赤面。
ドッビュシーはショパンの系譜なので、ハ長調から教えるチェルニーに批判的だっとのこと。最近、吉松さんの調性の本を読んだが、まさかピアニストがハ長調が不得手とは思わなかった。
一番沁みた文章は「自分の磁場をなるべくしなやかに、どんなものでも対応できるようにするする広げておくと、そこにドビュッシーの音楽がいつのまにか忍びこんででくる。そして、一緒になってのびひろがってくれる。」
僕は単身赴任中で、手元にCDがない。やっぱり、曲を聴きながら読みたい文章だね。
映像第1集「ラモーを讃えて」が好きなんだが、触れてなかったのがチョッと残念でした。