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印象主義という仮面の下に覗くデカダンスの黒い影。 従来のドビュッシー観を一新し、その悪魔的な素顔に斬り込んだ画期的評伝。 〈解説〉池上俊一
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Posted by ブクログ
ピアニストでもある青柳いづみこ「ドビュッシー~想念のエクトプラズム~」(東京書籍 1998―>中公文庫 2008)は、ドビュッシー音楽を聴くうえでの必読書だ。フランス世紀末のデカダン風味満載で、ボードレールやマラルメなどの名が親しみ深く感じられさえする。オカルティズムも出てくるが、一般人に読みやす...続きを読むくアレンジされているのも嬉しい(元は学位論文に手を加えたものだ)。 「アッシャー言語」というネーミングさえも出てくるのだが・・・。今年は、ドビュッシー生誕150周年にあたる。
ドビュッシーの音楽は、パリを中心とした19世紀末の文化なくしては生まれなかった。 個人の才能だけでは、決して生まれないエポック•メイキングな文化活動が、普仏戦争〜パリ•コミューンという激動の時代にあって、時代の刻印を激しく受けながら、人と人の出会いによる刺激の中から生まれてくる様を丹念に描き出す。 ...続きを読むドビュッシーは、ランボーとパリの通りで一瞬間すれ違っている。 すれ違う二人の天才に世紀末の縮図を見る思いがする。 本書は青柳の大学院の卒論であるため、肩肘張った文章が読みにくいところもあるが、音楽家の視点から天才ドビュッシーに迫る迫力は流石だ。 従来の口当たりの良いドビュッシーはここには居ない。 青柳が描くドビュッシーは、世紀末の闇に妖しく呼吸する悪魔的人物だ。 決して、印象派の絵画のように光煌めく「陽」の人物ではない。 オカルティズムに耽溺し、近親相姦•同性愛者にして二重人格者、それがドビュッシーなのだ。 コレはまるでポーの小説に登場する人物そのものではないか。 彼がポーの「アッシャー家の崩壊」をオペラ音楽にしたのは当然だったのだ。 ドビュッシーは、双子の妹を愛し、且つ、生きたまま埋葬してしまったロデリック•アッシャーに自己を見たのだ。 少なくとも、ドビュッシーとポーは19世紀末の退廃と美意識を共有していた。 ドビュッシーをドビュッシーたらしめた19世紀末は、ポーをポーたらしめた時代でもあった。 時代との格闘と相剋の中で、生み出されたのが複雑怪奇(としか思えない)性格を持つ、ドビュッシーであり、ポーであったのだ。 本書は、我々のドビュッシーに対する固定観念を木っ端微塵に吹き飛ばしてみせる。 ドビュッシーこそは危険極まりない闇の住人だったのだ。 本書の読後、ドビュッシーの音楽の聴こえ方まで変わってくる。 副題にある「エクトプラズム」は、いかにも捉えどころのない、しかし、妙に生々しく心惹かれるドビュッシーの旋律(戦慄)を象徴している。
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ドビュッシー 想念のエクトプラズム
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青柳いづみこ
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