黒川伊保子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
気になったところだけ抜粋。
語尾母音のeは遜りのクオリアを持っていて、ワレは、自分自身に使うと謙譲のイメージになり、相手に使うと侮蔑のイメージになる。自分をワレという奥ゆかしさと、相手をワレという陰険さはあまりにも違う。eのクオリアは、場や状況によって正反対の意味を見せるので、慎重を要する母音なのである。
同様の副次効果が、実は、語尾母音eの名前にある。ヨシエ、ヒロエ、ヤスエなど、語尾母音がeの名前は、奥ゆかしさが美しく、大人の女性向けのいい名なのだが、人に呼ばれたときに、呼ばれた本人が疎外感を感じることがある。他の姉妹兄弟がe音以外の語尾母音を持つような場合、なんだか自分だけ親に疎外されているような感じを受ける。「アヤ」「ユカリ」「ヨシエ」……声に出してみると、何の感情もないのに、ヨシエだけがほんの少し遠くにあるのがおわかりになるだろう。これは、語尾母音の効果であって親の愛情の差ではないので、ご本人はぜひ安心していただきたい。親の側は、語尾拍を柔和にして、Ye(ヨシエ→ヨシイェ)と発音する習慣にすると、ヨシエちゃんはずいぶん傍にくるはずだ。(p143) -
Posted by ブクログ
この書籍の内容は言葉の持っている音は人間にどのような影響を与えるかといった事を難しい解説をしないで、例を沢山出しながら説明しています。
子供が産まれるまでにこの本が出ていれば良かったと思いました。
なにせ子供の名前にも色々なイメージがついてまわり、しかもそれが世界中で共通だと言うなだから大変です。
姓名判断より重要な要素だったかもしれません。
これから起業をする方にも重要です。
会社の名前付けには、それこそ重要なヒントがこの書籍の中に含まれているからです。
それとこの本を読んで良かったのは、黒川 伊保子先生の人柄がすごく良さそうなので多少難しいところが続いてもまた黒川 伊保子先生の文章に触れたくて思わず本を開けてしまう所です。 -
Posted by ブクログ
日本語の単語というより、日本語の成り立ちや発音、そして日本語のみならず日本人としての教育のあり方(「こうあるべき」というより、「こうした方がいいのでは」という、強制型ではなく提案型)について述べられている本です。
僕としては、もう少し日本語の単語に対する美しさについて述べられても良かったな、と思います。が、あまりやりすぎると自己陶酔の極地に陥ってしまう可能性がありますので、それはほどほどの方が良いでしょう(笑)
大学進学以降、様々な国籍の方と話をしたり活動したりしていましたが、やはり皆さん一様にして、「日本語は本当に美しい」と仰ってくださいます。と同時に、「一番日本語が難しい」とも……。。。
それもそのはず。この本を読んで改めて認識したのが、欧米諸国を始めとする各国の言語(特にインド・ヨーロッパ祖語系)は、子音を強調する言語であるため、母音を強調する数少ない言語である日本語は不慣れである、ということ。
加えて、様々な言い回しや活用法も複雑に存在するのが、日本語に対する難解なイメージを持たせているのでしょう。
でも、だからこそその難解の中に潜んでいる音の『心地よさ』、むしろ『雅な心』が、諸外国の方々の琴線に触れているのかもしれません。大脳皮質に蓄積された、言葉を自在に操る前の、原始動物の名残である『自然を感受する力』が、そうさせているのでしょうか?
ただ、この本はどちらかというと「女性の視点で」且つ「子育てを機軸として」述べられているため、男性で、且つまだ家庭を持つ身でない人にとって見れば、捉え難い内容に感じます。日本語を母語として幼児期に取り入れるべきと論じる以上、そういった視点と機軸は必要不可欠ですが、もう少し、老若男女幅広い視点で述べられたほうが、色々な人に『日本語の美しさ』を感じてもらうことができたかもしれません。 -
購入済み
典型的日本人の夫婦用
うちにはあまり必要無い本かな…我が家は共働き子無しで旦那が外国人なので、妻である私自身、察してほしいなどと思ったことはありません。何でも思ったこと、やってほしいことは言うので。日本人でも最近そういう夫婦は多くなってきたのでは。でも私は夫がソファで寝ても別に腹立たしくはないのでそのまま放置しておくし、靴下は丸まったまま洗っちゃいますね(笑)内容とは関係無い感想ですが、漫画の絵柄は凄い好みです!
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購入済み
面白いけど、、
面白いけど、抽象的すぎて、あまり役立ちそうには無いかな。あと、至る所にある(微笑)というのが気持ち悪い。作者はもっとサバサバしたイメージだったのに、変にいやらしいおばさんの恋愛指南本みたいな口調に編集されてるのも残念。
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DVの免罪符になりかねない。
「妻のトリセツ」のような本がうれている。
それだけ妻から夫への精神的DVが家庭で蔓延し、苦しんでいる夫が多いからでしょう。
しかしながら、DV・モラハラはまずは加害者の責任であり、加害者こそ自己制御を学ぶべきなのは当然。
それなのに、妻から夫へのモラハラにおいて加害者の妻ではなく被害者の夫に努力や我慢を要求する理不尽さが本書にはあります。
日本の家庭で妻から夫への精神的DVが横行する理由は、「脳の性差」よりも「社会的風潮」。「妻から夫への暴力・モラハラを大目に見てしまう風潮が蔓延しているから」に尽きると思います。
夫が妻におこなったら確実にDV・モラハラと言われるような言動でも、妻が夫に行う分には「しりに敷かれてる」「鬼嫁w」と軽い言葉ですまされてしまう。そんな理不尽な体験は身近でないでしょうか。
「妻のトリセツ」にも『脳科学的に「いい夫」とは、ときに妻の雷に打たれてくれる夫』という表現があり、ある程度は夫は妻から精神的DVされても仕方ないという思想がみてとれますが、これが男女逆で「いい妻とは、ときに夫の雷に打たれてくれる妻」と言えば女性差別とみなされ厳しく批判されるでしょう。
「いい妻とは、ときに夫のDVに耐えてくれる妻」という考え方が社会に受け入れられなくなっているのに、
「いい夫とは、ときに妻のDVに耐えてくれる夫」という思想に貫かれた本書が社会に受け入れられてしまうこと自体、いかに妻から夫へのDVに甘い意識が日本社会に浸透してしまっているか、よくわかると思います。
「男性から女性への暴力・ハラスメントは許さないが、女性から男性への暴力・ハラスメントは甘くみてよい」という意識こそが家庭における妻から夫への暴力に歯止めがかからない状況を生み出している。
そういった社会的要因を無視して、「妻が夫にモラハラするのは女性脳が原因」などと主張する本書は、
むしろ女性から男性へのDVに「女性脳だから仕方ない」という「脳科学的」免罪符を与えてしまい、妻から夫へのDVが許されてしまう悪しき風潮に拍車をかけてしまう悪書です。
家庭内で妻からのDVに苦しむお父さんたちを救うためには、
「DVは男→女であっても女→男であっても等しく醜く罪深い」という当たり前の意識を浸透させるべきだと思います。