猪木武徳のレビュー一覧
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数年前に流行った政治哲学のように、問題に対して経済学なりの解答を出そうとしている本だと思う。もちろん理論と実践が異なることも指摘している。
内容は下記の通りだが、処方箋を出すと言うよりも考え方を紹介してる方が強く、簡単に説明することよりもその裏にある単純化の問題を指摘している。
第1部 自由と責任
・税と国債
・中央銀行の責任
・インフレーションの不安
第2部 平等と偶然
・不確実性と投資
・貧困と失業の罠
・なぜ所得格差が問題なのか
・知識は公共財か
・消費の外部性
第3部 中庸と幸福
・中間組織の役割
・分配の正義と交換の正義
・経済的厚生と幸福
・経済学に何ができるか -
Posted by ブクログ
題名のとおり「経済学という分野に何ができるのか」そのような問いに対して、筆者なりの回答をだしている。かなり抽象度の高い話なため、一読では一体何を言っているのか、よくわからないところが多い。それはすべて読者の責だが、各章同士の連関は強くないので、関心がある章を引っ張って読むのもよし。第9章の「中間組織の役割」では、現代の経済学が個人と国家(政府)という二元的な対立図式で社会制度を考えているところが経済学の見落としであるいう。個人と国家の間には、消費者団体や労働組合、経営者団体などの「結社」が存在し、それが現在の経済システムを構築しているという。このように、個人と国家という図式は、社会制度を考える上で、便宜的に分類しただけであり、そのように単純化することで精緻な理論を組み立てつつ、一方で理論の限界をもっていたのが経済学であるという。
この本を読み、経済学が何をターゲットに研究してきたのか、その貢献度と限界、未来を俯瞰することができるのではないか。ことさら、経済至上主義への批判から経済学への批判へと行きがちな現代において冷静にその是非を考えるには一読の価値があると思う。 -
Posted by ブクログ
クルーグマンがアジアを全要素生産性から見て、アジアの成長は資本投資によるものではなく、停滞を象徴しているとしていた分析は、誤りであるとの指摘は筆者も同意する。著者による、この指摘は、鋭いと思うし、またノーベル経済学賞を採ったからといってすべての見解が正解ではないということにも通じる。
野口旭、竹森俊平、高橋洋一などによるとアジア通貨危機は、国際経済の通貨の安定(固定相場)、金融政策の自由、資本移動の自由の三つは、経済原則として、同時に実現できない。通貨の安定のための金融政策は、外貨安の場合、外貨を外国証券を購入する形で外貨準備高を引き上げるための政策に割り当てられ、金融政策の自由は拘束される。通貨の供給が増えて、これにより市中通貨供給量が増え、国内景気は過熱、インフレも過熱する。固定相場制を採用すれば、資本移動の自由を諦める、資本移動の自由を禁止する以外には金融政策の自由を採用できない。中国は固定相場制、金融政策の自由を確保するために、資本移動の自由の禁止を採用している。
しかし、資本移動の自由の禁止政策は、国内的には禁止、規制の網をかいくぐるブラックマーケットが反社会的集団によって官僚組織との結託によって生まれる。国外の投資、投機筋の資本流入の圧力が、大きくかかることになる。なぜなら、中国は貿易黒字国であり、その額と同等の額が年間ベースで資金流入があるからである。貿易黒字とは、国内の総供給が総需要を上回るときに起きる現象で、供給量が余ったときに海外に輸出されるからだ。
話題がずれたが、新書の形で手軽に読める割に、非常に大きな視点で描かれている処が非常に面白かった。たまにはこういった類の経済史を読んでみるのも気晴らしにはいい・・・。
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ネタバレ問題を未然に防ぐことが出来ない、発生してしまった問題を解決できないという点において、経済学には大きな疑念がある。
前者はバブル、後者は氷河期問題やアベノミクスのトリクルダウンが代表的である。
起こってしまったことを説明できても、解決することはできない学問を実学として扱ってよいのか。説明は後知恵なので、無責任になんとでもいえる。解釈次第で変わる。文学となにが違うというのか。
本書は経済学が経済史になしえたことを語っていない。失敗例としてマルクスとケインズを少し取り上げるのみ。
1929年の世界恐慌と2007年のサブプライム問題を比較して、経済学は成長したなどと著者は評しているが、発生を防ぐことは出来なかったし、派生した問題を根本的に解決することも出来なかった。評する態度としても、自らが取り扱う経済という題材に対して他人事すぎる。
経済学がやっていることは自然の観察と変わらず、唱える説は非常に限定的かつ根本的な誤りが含まれているモデルによるものだ。実社会に適用するにはあまりにも幼い理論だという印象が拭い得ない。
本書は戦後の世界経済史を語るもので、俯瞰して読める点はありがたい。世界経済を知ると、開国以降の日本はなんだかんだいってもうまくやってきたのだと思わざるを得ない。世界に散見される独裁者国家や社会主義国家の様をみればなおさらに。WW2の見方も変わった。
しかし、前述のように語られていないと感じられるものがあり、その理由が不明のため、鵜呑みには出来ないという懸念がある。
環境問題に対して慎重な態度を取っていることは好ましいとしても、経済学というものに抱かされてしまった不信感を払拭できるほどのものではない。
p.72 第二章第1節 新しい秩序の模索
IMFの設立理由と役割を果たしたという論とその根拠が示されている。
p.207 "第二次世界大戦中、アフリカをはじめ列強の統治下にあった国々では、多くの人々が海外の戦争に徴兵され兵器産業をはじめとする戦争関連の工業労働者として徴用されていた。戦争が終わるとこうしたアフリカ兵たちは帰還して失業したにもかかわらず、社会保障制度の保護を受けることができなかった。この不満とナショナリズムが結び付いた。"
ブリカスの罪、とどまるところをしらず。世界史を知れば知るほど。
p.309 "(ベネズエラ)政府が一九七六年に石油産業を国有化して以来、石油産業の雇用と所得は急増したが、原油産出量は大きく低下した。"
現象は書かれているが、因果関係が書かれていない。過去の事例を分析しているのだから、そこを書かないと話にならないのでは。
p.321 " 一九六〇年代初頭、オランダの経済学者ヤン・ティンベルゲンは、「共産主義経済と自由経済は収斂パターンを示すか」という論文を書き、その肯定的な結論は広く専門家たちの注目を集めた。ティンベルゲンは後にノーベル経済学賞を受けるほどの立派な業績を残した経済学者であったが、彼の「収斂理論」に対して歴史は一応、逆の裁断を下したといえる。"
この発言は「ノーベル経済学賞」の素性を知っていてのことだろうか。一読して素かアイロニーかと疑ったが、写経してみるとジェラシーの匂いがする。してみれば、素性を疑っていなかったか、疑うことを許されなかったか。権威がそれしかないがゆえに。 -
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18世紀以降のクラシック音楽の歴史的変遷を、同時代の社会思想や政治経済の視点から考察。音楽芸術という「創造の世界」が持つ、社会的意味を捉え直す。
西欧では18世紀末まで、音楽家は教会や貴族の注文に応じて作品を作っていた。その後、デモクラシーと市場経済が社会の基本制度となり、キリスト教の重みが失われ始めると、音楽も教会から劇場へと、その創作目的や演奏場所を移した。
教会から劇場へと移行する際、音楽が両者の間を彷徨っていた期間があった。このことを示すものに、ハイドンが晩年に作ったミサ曲がある。それらの曲から受ける感動は、宗教的なものなのか、劇場的なものなのか、戸惑いを覚えさせる。
音楽で起きた歴史的な変化は、絵画の世界でも起こった。西洋絵画では宗教画が大きなウエイトを占めていたが、18世紀になると、普通の人々の生活や風景を描く画家が増え始めた。
19世紀には、ロマン主義が芸術の主流となった。それは、自由な「個」の強調と「条件の平等化」を中核とする近代デモクラシーの進展と、軌を一にしながら展開した。
哲学者のオルテガ・イ・ガセットは、デモクラシーの「個の自律と平等」を尊重する思想が、芸術においては形式よりも内容を重視し、人と自然への抒情に重きを置くロマン主義という形で現れたと見ている。
中産階級が富を蓄え、劇場に通う時代になると、音楽の聴き手に2つの相反する気持ちが生まれた。1つは、自分はこの芸術が理解できるのだという「少数派」であることの誇り。もう1つは、デモクラティックな社会の原理に忠実に「多数」へと向かい、流行に順応しようとする気持ちである。 -
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戦後経済の5つの特徴
・公共部門の拡大
・グローバリゼーション
いかなる産業も集積のメリットが実現する方向へ動くが、その利益を阻む最大の障害は「距離」。地球が小さくなったり、言語が同一になったり、歴史を完全に共有しない限り、グローバリゼーションは必ずしも世界の均質化をもたらすものではない。
・所得格差
日本では年代内格差よりも世代間格差のほうが大きい。
・グローバルガヴァナンス
・市場の設計と信頼
人類は知恵を用い、技術を開発しながら巨大な富を築いて来たが、我々の視野は狭くなり、お互いの信頼感を弱めるような風土を作り上げた。信頼をベースにした自由な経済活動こそ、いつの時代も健全な経済発展に重要だ。
戦中の公の利益のみの追求から、戦後の経済発展と個人主義の拡大により、公共精神の重要性への意識が希薄化していった。
戦後ドイツへのモルゲンソープラン→ドイツの非軍事化と重工業の撤去による懲罰的対独政策
マーシャルプラン→戦後欧州経済の立て直しを目的としたアメリカの経済・技術援助プログラム
戦中既に、金本位制の硬直的、デフレデバイスがはっきりと現れ始め、保護貿易主義で分断されてしまった世界貿易を、いかに自由で多角的な通商システムとして改革するかが検討された。
戦後アメリカのインフレーションは、福祉プログラム実現(アメリカの中に貧困層が存在することを示唆する論文の流行から、この政策が打ち出された)のための巨額の財政支出、ベトナム戦争への財政負担によって進行した。このときの米国は既に資源の完全雇用状態にあり、政府支出の上昇に割り当てられる貨幣供給の増加が生まれなかったため、インフレが進行した。
このインフレが、固定相場制に基礎を置くブレトンウッズ体制の終焉を招く。ブレトンウッズ体制は、米国を国際収支赤字国にしながら、米ドルを世界に安定供給し続けるシステムとして機能していたが、米ドルのインフレによってアメリカ国内のドルが過大評価され、価値の固定が成り立たなくなるからだ。
さらにアメリカの貿易収支が悪化し続けると、米ドルの信用が無くなっていく。
戦後西ヨーロッパは驚くべき速さで経済の回復を果たした。西ドイツの通貨改革による価格統制の撤廃、自由市場での取引が活発化したからだ。
イギリスは、サッチャーが登場する前までは、市場経済を重視しつつも公共サービスの提供を重視する混合経済体制(主要産業の国有化と国民皆保険制度)へ移行する。いわゆるケインズ理論だが、これがうまく行かず、拡張政策によりインプレを招き、輸入が増加、国際収支の悪化を退治するために緊縮財政を招くという悪循環を生み出し、サッチャー登場前までのイギリス経済の低迷を招く。
フランスは、支持的計画システムから来る国民の一体感のもと、60年代まで効果的に成長を果たす。
スウェーデンは古くから福祉国家として、自由な経済活動と手厚い社会保障制度の国として機能してきたが、そうした労働条件と処遇の良好さを支えているのは、とんでもない税金の高さと、社会主義国家顔負けの再分配システム、人種の画一性にあった。
このスウェーデンモデルも、石油危機に対しては無力であり、インフレーションの進行によって高福祉高負担システムの問題点が表面化し始めた。
農地改革は、戦後の経済発展にとってきわめて重要である。耕作地が自分の所有地になり農民の営農意欲を刺激することで、利潤を生み、それがいずれ軽工業への労働力移動→重工業の発展につながるから。
戦後、東アジアの国の中で、西欧の植民地となった国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、北朝鮮)はいずれも社会主義体制を取り、ならなかった国(日本、タイ)は資本主義要素が強かった。
社会主義経済学下では、消費財産業を犠牲にして重工業化を強要するきらいがあり、国民の生活水準が上がらないまま無計画な投資を断続的に行う傾向にある。
経済的な地位改善と政治的決定権限の癒着が強すぎるのだ。
また、あらゆる規模の経済においても不確実性は存在し、変化は常に起こっているため、現場の人間が有する具体個別の知識を、中央が完全に把握することはできない。そして、市場経済では、その変化と不確実性を全て知る必要がないメカニズムーー価格によって自主計画を組むことができるのだ。
【中南米】
中南米経済は、土地や富、所得の分配の不平等が目立つ。原材料の輸出国から、保護主義下で企業を国有化し、工業国を目指すというプロセスが多い。
【アフリカ】
植民地国が多く、ほとんどは経済の政治化、悪しき政治により進歩が阻害されている。宗主国から経済や社会制度を移入し統治した国のほうが、収奪するために支配された国よりも、経済発展が早かった。
石油危機の勃発
イスラエルとの戦争をしていたアラブ諸国が、親イスラエルである米国と西欧諸国への原油輸出価格を釣り上げた。西欧諸国だけでなく、コメコン諸国にも波及する。世界的なスタグフレーション(インフレと高失業率)により、世界経済の停滞を生んだ。
この石油危機後、世界各国は小さな政府へと舵を切り始めることになる。
女性が長期にキャリア形成する仕事につくという動きは、70年代以降から急速に広まっており、そこまで昔からの現象ではない。
いかなる経済も、投資をファイナンスできるだけの貯蓄があるレベルに達すれば、「何らか」の契機を得て、自然と経済は上向きになり始める。
アジアNIESの経済成長の一つは、自由貿易体制化での工業製品の輸出によるものだ。農業・軽工業で獲得した外貨を重工業向けの投資に割り振り、輸出を志向していく戦略である。日本が主導して行った直接投資もこれを後押ししている。
ベトナムや中国といった社会主義国家は、農地改革や市場重視の政策によって高度経済成長を得た。
1980年は、石油危機後の調整期間を経て、世界の経済活動の枠組みが新自由主義に大きく転換する。規制緩和・民営化・税制改革(個人・法人税率の引き下げによる労働意欲を高める)などだ。
1980年代の途上国の債務危機は
→国際的な民間銀行が、途上国に金を貸し、輸出部分の拡大を図る
→外貨で返さねばならぬため、輸出不振になると返すため更なる借り入れに陥る。
政治的平等化の進展は、ある点を過ぎると、結果として自由が損なわれ、経済発展にもはやプラスの影響をもたらさなくなる。
人的、物的資本への投資から経済成長へ、そしてデモクラシーなどの政治制度の整備、確率への展開のほうが因果関係として重要。