高坂正堯のレビュー一覧
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お盆のとき、父親から同じ本を間違えて二冊買っちゃったからと貰った本。
1990年の6回の講演を書籍化したもの。
嚙み砕いたような語り口は読み易いが、裏付けされた知識は凄い。
序盤の第一次世界大戦前のドイツのについて、大言壮語、自信過剰という言葉が出てくる。「ドイツが世界の中で名誉ある地位を占めたい」と世界に言ってしまう。公言せずに密かにやるのが賢い、とある。この指摘に東条英機の本を読んだばかりなので反応してしまう。日本は国を挙げて自信過剰で大言壮語してたんだよな。
共産主義が絶対だった時代も語られる。結局、共産主義は失敗したけど、資本主義が正しいものと証明されたされた訳ではないとする。ま -
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ローマ、ヴェネツィア、1960-70年代のアメリカという時代・地理ともに異なる文明を「衰頽」というテーマで貫いた著作。
著者の感覚的で断定的な記述が少なくない。それらがしっかりと腹落ちするかは読者の見識に依るところが大きいように思う。
よく見ると論拠が書かれていることもあるが、そうでない場合には著者の思想や感性を掴む必要がある。
特にアメリカの部分はついていけなかった印象が強い。
一方で、ヴェネツィア衰頽の原因に関する洞察は興味深かった。終章にかけての、通商国家の根本的な脆弱性を一般化した説明は非常に含蓄があったように思う。
そして本書の最たる美点は、歴史研究への向き合い方を示したことで -
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まさしく入門書、という感じの本。
国際政治学の大家である高坂正堯が徹底的なリアリズムに基づいて書いた、国際政治を論ずる上での羅針盤となる不朽の名著である、と称賛すべき一冊だろう。
一方で新たな視座の提供には乏しく、本書を通して著者が伝えていることは、極端に言えば「平和な世界を作るのは難しい」の一言に尽きる。
考えうる政策の例示と批判、ものごとの二面性といった、読んでいてあまり面白くはない著述が続くため人によっては退屈に感じるかもしれない。
このあたりは著者の現実主義ゆえか、それとも国際政治それ自体がもつ複雑さゆえだろうか。
自分としては第1章の後半、第3章あたりは面白かったものの、全体 -
購入済み
項目毎に胆摘に解説されています
元々、朝日新聞の「リーダーたちの本棚」で推薦されていた「文明が衰亡するとき」を買おうと思って、その類書を買ってしまった次第です。が、これも、著者の選んだテーマごとに、内容が盛りだくさん、そして各々、コンパクトにまとまっていて、すごく読みやすいです。
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P54.
陸奥宗光は日清戦争の外交を総括した「蹇蹇録」において「勝者が敗者よりもかえって危険の位置に陥いる危険があるものだ」と書いた。
陸奥宗光は遼東半島を割譲させることに、始めから反対であったようだが、開国以来最初の戦勝に酔った日本人が過大な要求をしており、内政上の考慮で、そうなった。
→日本はその進みうる地に進み、その止まらざるをえない所で止まった
歴史上のバブル
1636年 オランダチューリップバブル
1720年 イギリス南海会社泡沫騒動
→ウォルポール蔵相
1873年 ドイツバブル
→背景に1870年普仏戦争勝利、1871年ドイツ統一 -
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国際政治の基本的な視座を学べる。
理想論ではなく地に足ついた国際政治論。これを読むだけでニュースとかの見方が変わるかな。
軍事・経済・国際機関の3つに分けて、国際政治を紐解く。
軍事に関しては、力による支配も、完全なる軍備放棄も不可能。
経済に関しては、軍事並みに重要なアクターであり、かつそれが暴走しないように取り組む必要がある。
国際機関に関しては、過度な期待は禁物で、あくまで権威による支配の状態が続きやすい。結局は各国家の動向で平和が実現される。
結局国際政治は、今できることをやりながら、すぐにはできないことをできると信じることが大切というのは確かにと思った。 -
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文明が衰亡する原因は何か。
ローマ帝国の場合は、①蛮族の侵入、②ローマを発展させたエリートの減少と奴隷解放による活力と進取の気象の欠如、先見と常識の不足、道徳的・政治的活力の弱体化、③雨に恵まれたよい気候が悪化し乾燥することによる農業の弱体化やマラリアの蔓延、④繁栄をもたらした福祉国家が、逆に税を重くし、社会の担税能力を超える福祉国家化、である。
ヴェネチアの場合は、①新航路の開拓の失敗、②新進気鋭で商業的であった文化の衰退から乱伐からくる木材の不足、である。
現代のアメリカに目を転じると、①都市計画の失敗、②拡大路線に対する諦め、③政府の拡大からくる政府の疲弊など、衰亡の兆候が表れ始めている -
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ネタバレ元京都大学教授・高坂正堯氏によるエッセイ的世界観。著者曰く「私なりの旅行記」です。
約50年前の著作であり、その内容は現在の世界の状況とは多分に異なる部分はありますが、それでもなお、考察の鋭さになるほどと思わされる箇所も多々ありました。
「旅行記」と言うとおり、著者が実際に世界各地で実際に見聞きした、手触りのある物事から、独自の考察を展開していくことを私は期待していました。
しかし、惜しむらくは、その期待に沿う形式であるのは第1章「タスマニアにて」のみでした。
それ以降の章は、筆者の知識や過去の事実を元に論が展開されることが多かったように思います。