高坂正堯のレビュー一覧
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大変面白かった。
話の流れがわかりやすく、サクサク読めるものであると思う。
「こういう特徴があると衰亡する!」みたいなわかりやすい基準を求める人には向かない気がする。
あくまでローマやベネチアはこんな感じだった、それに対して高坂先生はこう考えている、という感じで、視野を広げる、歴史を学ぶことを求めている人には向いていると思う。言い換えれば思考の「材料」を提供してくれているとも言えよう。
特に米国パートは、現在との対比が面白いと思う。40年前はこう考えられていたのか、米国ってなんだかんだ強い国なんだなと私は感じた。
絶対的な何かはないが、少なくとも国際政治においての「嗅覚」は磨かれると思う。
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高坂正堯先生が1994年10月〜12月にかけて放送された、NHK講座テクストをもとに1995年11月に公刊された作品です。個人的にはテレビなどを通じてリアルタイムで知っていた出来事をもとにした考察が多く、取り上げられている内容や考察をより身近に感じることができました。そしてその内容は30年近くが経過した現在でも通じることが多く、参考になるとともに考えさせられる内容だったと思います。また、最後の12章のタイトルが「固定観念を避けて」で、この中で語られている、「固定観念を持つことのデメリット」に考えが及ぶとき、自らのあり方もよく考えて、固定観念にとらわれないようにしないといけないと思い直すのでした。
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講演内容を書籍化したからか、複雑に絡む内容が理解しやすかった.「戦争の世紀」で軍事教練が”戦場で逃げない人間を作り出す訓練‘’ だと説明されていたが、大事な指摘だと感じた.「共産主義とは何だったのか」が最高に楽しめた.団塊世代の小生らは、共産主義に何かしら興味を持って過ごしてきた過去がある.80年代以降、下火になってきた理由が詳細に述べられており、納得できる明快な解説だと感じた.「繁栄の25年」で農民が狡猾さと善良さを合わせて持っているという記述、朝鮮半島からの引揚者であった母が、家を借りる時に農民にかけられた言葉をしきりに言っていたことを思い出した.「引揚者のくせに!」.1947~1972年の空前の経済成長が詳細に語られていたが、その時期に少年時代を過ごした小生は、身近に感じたことが述べられており、懐かしかった.
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1990年の講演内容ですが、これからの我々の社会を考える上で重要なヒントが多く述べられていると思います。
いくつか今の気分で疑問に思う点がありましたのでメモしておきました。
1. 政治とお金と人格は分ける事を認めないと自由は成立しない。とありますが、やっぱりお金に汚いだけの無能な政治家は嫌だなと思います。今の社会ではより倫理観を求められるので、優秀なら何しても良いのか?とも思えないですし、理想を追い求めた共産主義の失敗を考えれば難しい点ですね。
2. 大学まで進む人口が三分の一も必要あるか疑問。とありますが、本書で共産主義が否定された当時でも資本主義が本当に良いのか悪いのか考えなければならないとしており、大学くらい出ないとちゃんと本を読んで考える人間にはなかなかなるのは難しいと思います。東京都の高校無料化や国の大学無料化も、少子化対策を理由にした政治家の人気取りでしかなく、考えられる人間の教育と言う点ではあまり意味がないように思えます。 -
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人は利己的で、国家はその集まり。その国家が複数あつまって構成される世界において平和を実現しよう、或いは平和を妨害する要因を排除しようと考えること自体が無謀であり、非現実的。それでは人は、または国は、世界は、どうすれば争いを"小さく"していけるか。本書の主眼はここに尽きると思う。
どっかの野党みたく真の世界平和が実現される日を夢みるような理想主義者には全く以て無益な本だが、少しでも冷静に現実的に物事を考察できる人には共感できるところが多いはず。国際政治を学ぶ人にとっての入門書と言われている(らしい)のも頷ける。
過去の戦争を多数例に引いて、裏でどういう動きがあったのかを詳しく説明しているので、教科書や下手な解説書を読むよりずっとわかりやすい。
後半は国際連合がどのような役割を果たしているかに可也のページを割いて説明を加えている。
面白いのは、明治の日本人政治家たちは国際政治の本質を理解していたのに、時代がくだるにつれそこがわからなくなり、果ては国家を転覆させたということ。今の政治家はどうだろう。
もう一つ興味深く思ったのは、世論はあてにならないということ。産業革命で交通や技術が発展してことで、民衆が政治に参加するようになり、その力をして国家は大規模化し、やがて帝国主義にもつながっていく。民衆が政治を動かせば正しい方向に発展していくはずだと大見得きって起こしたフランス革命も結局は史上初の徴兵制を設けた末にナポレオンの快進撃に酔いしれたというから皮肉すぎる。老子は庶民に政治を語らせるな、拘らせるなと説いたらしいが、紀元前後のあの頃にすでにこのような達観をもっていたというのもすごい。反対に、あれから二千年経ち、まったく進歩していない中国というのもすごい。 -
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高坂正堯は新潮選書に4冊の著書を残しているが、そのうち最も有名なのは『 文明が衰亡するとき 』だろう。没後20年を機に復刊された本書は高坂34歳の作品で、最も早い時期に書かれたものだが、師猪木正道をして「文字通り一気に読み通した。そしてこの書物の面白さと、密度の高さに驚くとともに、私は今さらながら高坂正堯氏の国際政治学者としての実力に舌を巻いた」と言わしめたように、既に大家の風格を備えている。
隔離された環境下で生きてきたタスマニアの原住民が滅亡した原因は、ヨーロッパ人が持ち込んだ病原菌であるという事実から、 高坂は生体の免疫システムの微妙なバランスに着目する。「人間にとって有害なバクテリアも、より有害なバクテリアを抑制するという機能を果たしている。 だから、それらが絶滅すればさらに有力なバクテリアが人間を苦しめる・・・」これは「悪」を他の「悪」との相対的な関係性において捉えるものであり、様々な「悪」を含んだ多様性こそが「悪」への免疫力を高めるという理解へと通じる。こうした発想は高坂の文明論と国際政治論の根底にも流れている。
高坂の国際政治学は伝統的なリアリストの系譜に連なるもので、勢力均衡を重視するが、それは単なるパワー・ポリティクスではない。単一の勢力による一元的支配の忌避、つまりは多様性の尊重なのである。高坂の父正顕は高名なカント研究者だが、高坂は世界平和を唱えたカントが決して世界国家を志向しなかったのも、国家間の競争、即ち多様性が文明の原動力であると考えていたからだと言う。外部の世界に対して自国の論理の一元的な貫徹を主張しがちなアメリカの強さが、実は内部の多様性であることも見逃さない。
だがこうした多様性への愛は「個性の尊重」や「民族自決」といった抽象的な原理や価値観、あるいはヒューマニスティックな理想主義からくるのでは必ずしもない。多様性が「悪」への免疫力を育み、何より変化や危機への文明の対応力と耐性を高めることに高坂は注目する。その意味で高坂はやはり徹底したリアリストである。一見すると統一感を欠く雑多なオムニバス形式の書物だが、高坂の文明観、国際政治観を貫く思考スタイルが凝縮された名著である。 -
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本書は1981年に書かれた本だが、2023年の今読んでも真新しさを感じる。正に古典。
大きな版図を誇ったローマ文明、日本に似た海洋通商国家ヴェネツィア、現在文化を代表するアメリカを題材に文明が隆盛する事情、衰亡に至る過程と要因を丁寧に、粘り強く書かれている。
特にヴェネツィアは日本に環境が似た資源がない貿易立国であることから、その盛衰の過程は興味深く感じた。
印象残った点は、資源や人口などの確固たる基盤がない国が隆盛するのは、その時々の環境に適応したときであること、しかし環境は必ず変化すること。
ヴェネツィアの場合は、東方諸国の加工品を西洋諸国に転売(反対に西洋からは原料を仕入れて転売)する図式が崩れたとき(東方からはオスマンの版図拡大への武力対抗を迫られ、西方では希望峰ルートの開拓のため独占的な貿易ルートが崩された)であった。ヴェネツィアも希望峰ルートでの貿易へ参画できれば以後の繁栄も続いた可能性があるが、それまでに確立した国の運営体制を続けたため、海上貿易の競争力を維持できなかった。即ち、長期的展望が見通せない場合は、目先の苦労や落ち込みがあっても、変化が必要であるということ。
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1966年に書かれた国際政治についての入門的書籍
平易なことばで冷戦下における軍備のありようと
平和の実現へのとるべき方策が解説されている
2度の大戦を経て勢力均衡から自由貿易という形に
理想の平和は移行したが
自由貿易という概念が隅々まで行き渡ることで
自動的に平和が達成されるわけではないことは
本書が書かれ半世紀を経て
いよいよ庶民にも明らかになっている
どこの誰もが同等の情報を得られるようになっても
経済と民族の制約から諸国民が自由であることは
かぎりなく難しい
現在の全ての軍事的な戦いの原因は
あるいは企業単位の枠組みを超えた争いのすべては
無能な責任者や宗教や経済的利益のせいなのだろうか
核による抑止力は前提として
国際社会からの孤立だけが
国際政治における互いの利益均衡のための手段なのか
全体利益の最大化のため
どこまで自分自身の少なくない損害に目をつぶるか
お上の判断にふんいきで乗るのでなく
無名のいち庶民であっても目先の正義にとらわれず
よりよき「正しい」判断をかさねること
まず「正しさ」について判断しようとすることが
遠大な道の先に軍事的争いのない状態という
おおむね全員の理想とする目標に近づくこととなる