林芙美子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ4分の1まで読み進めた時点で、「不倫話としてあるあるな話だな」と話の展開にどん詰まり感を感じながらも、この先物語はどう転じていくのだろうと気になってしまい読み進めてしまった。
富岡がクズすぎる。クズすぎると思えるくらい富岡の心情変化が丁寧に描かれていた。
富岡と関係を持った女は誰一人として幸せにならず死を迎える。ただ、ゆき子が富岡と心中しなくてよかった。なぜ男は自分の世界を終わらせる方法を、女を殺すことで果たそうとするのだろう。女を己の死の道具にするのだろう。
ぜひ富岡には、すべての女に死なれ置いていかれ、虚しさの中で生き長らえて老いていってもらいたいと思った。
このクズさは、敗戦直後の虚脱感、喪失感という言葉で言い表せられるものなのだろうか?
欲が発火しているみたいな一文がところどころに散りばめられていて、その緩急に心が抉られるような思いがした。
「かうした荒れた旅館の一室で、秘密な女と逢つてゐる事よりも、家の茶の間で、しゆんしゆんと湯のたぎる音をきいてい邦子のそばで新聞に眼をとほしてゐる時の方が愉しいと思へた。何と云ふ事もなく、何故、ゆき子は仏印で死んでくれなかったのだらうと、怖ろしい事も考へるのだつた。
すべて人間の心のなかには、どんな時にも、二つの祈願が同時に存在してゐて、一つはサタンに向ふと云ふ心理があるものだと、富岡は何かで読んだ記憶があつた。」
「息苦しい厠に蹲踞み、富岡は、両の掌に、がくりと顔を埋めてい子供のやうに、をえつして哭いた。人間はいつたい何であらうか。何者であらうとしてゐるのだらうか・・・。色々な過程を経て、人間は、素気なく、此の世から消えて行く。一列に神の子であり、また一列に悪魔の仲間である。」 -
Posted by ブクログ
本を読んでいると、作家や作品への言及が在る場合が多々見受けられる。そういう記述を読んで、作品に関心を覚えて読んでみるという場合も在るように思う。
他作品で言及が在った樺太への紀行が収録されていると知り、入手して読んでみた文庫であった。なかなかに興味深い一冊であった。
1930年の台湾、満州、1931年から1932年の欧州、1934年の樺太、1936年の北京と様々な形で発表された紀行が収められている。瑞々しい感性や自由を愛する気概を持った女性が奔放に何処へでも出掛けて行くという様子、その中での思索というような事柄が綴られた本書である。
表紙にトランクを沢山抱えた女性のイラストが在る。これは欧州を目指した旅のイメージなのだと思う。作中、4つのトランクを持参した旨の描写が在った。(序に、4つ持つのではなく、凄く大きいのを1つにして、小物を入れる鞄を持つ程度の方が動き易かったかもしれないというような話しも在った。)そして本書は、文庫本として紀行関係の文章を集めて編んだということらしい。本書の下敷きになる単行本化何かが在るのでも無いようだ。そこは如何でも構わないと思う。多数の作品を精力的に発表し続けた著者の、伝わっている作品を択んで集めて本にするというのは、それ自体が意義深いことなのだとも思う。
本書を手にしようとした契機となった樺太への紀行を最初に読み、以降は最初から順に読んだ。結局、様々な媒体に順次発表した文章が集められているので、余り順序を気にせずに読むことが出来る。一応の内容的纏まりとなっている中、例えば欧州を目指す旅に関する部分では、順次色々な所を通り抜けて目指したパリに到る時系列で文章が積上げられているので、その順を追う方が判り易い。が、そういうことでもないのであれば、眼に留まった順に読めば善いと思う。方々の雑誌のような媒体に発表された記事という形の文章を集めている訳である。実際、自身は本書を手にした切っ掛けの樺太紀行を最初に読み、以下順次読み進めて何ら支障は無かった訳である。
少し驚かされるのは、1930年代前半、昭和の初めの方というような時期、こうした文章が公にされる媒体が色々と在ったことが示唆され、そういう場で活躍する著者のような人達が多く在ったということで、何か凄く「豊かな文化」というような様子を想うのだ。そして欧州辺りへ空路という現在の様子とは異なるが、シベリア鉄道を利用する旅、船旅がなかなかに充実しているようにも見えるということだ。欧州に限らず、台湾、中国大陸、樺太と、何となく思う以上に旅客輸送の色々な事柄が整備されていることに気付かされる。更に言えば、殊にシベリア鉄道での移動の場面等は、かなり時代を下っても雰囲気は変わらないであろうと思う場面が多々在った。そういう辺りに驚きながら本書を読み進めた。
欧州旅行に関しては、下関から釜山へ船で渡り、朝鮮、満州を経てシベリア鉄道に入り、モスクワを経てポーランドやドイツを経由してフランスに着いているようだ。この時代、経路としては敦賀からウラジオストクへ渡る形も在ったらしいが、著者が択んだ経路もよく知られていたようだ。そしてこの経路での旅の感じが活き活きと伝わる文章なのだが、或いはなかなかに貴重であるようにも思った。
樺太を訪ねる紀行で、当時の稚内の様子が描かれる。未だ屋蓋式防波堤(現在の北防波堤ドーム)が竣工する前の時期である。少し冴えない港町という風情が描かれている。樺太への連絡拠点として伸びている最中の感じだ。やがて辿り着く樺太だが、少し複雑な想いを抱かざるを得なかった場面も在ったようではあるものの、新興の街であった敷香に好感を抱くようになったようだ。凄く率直に、何にでも「素」の状態で向き合い、思ったことを綴っているという感じが好い。
こういうく率直に、何にでも「素」の状態で向き合い、思ったことを綴っているという感じは本書の各篇に共通している。何やらロシア語が飛び交っているハルビンの様子から、パリやロンドン迄、何処でも一緒だ。欧州からの帰路、船が寄港したナポリに著者は立寄っている。その中で、ボンベイの遺跡見物よりも、生きているナポリの街を歩いてみたいとしている。結局、この辺りなのだと思う。動いて、辿り着いた場所で、そこに在るモノ、そこに暮らす人々を観たい、それらに触れたい、そして感じたことを綴って伝えたいというのが著者の「在り方」なのであろう。
非常に愉しく、時間と空間を超え、1930年代の世界の旅を疑似体験出来るような内容の一冊だ。広く御薦めしたい。 -
Posted by ブクログ
去年の12月にラジオで偶然、作家の林芙美子さんの亡くなる4日前に放送された肉声を聴きました。
昭和26年に放送された若い女性からの様々な人生に関する質問に林さんが答えていく内容です。
車の運転中でしかも音質もそんなに良くなかったので内容はきちんと聞き取れていなかったのですが、その語り口はとても優しくかつとても力強いものでした。
聴いたラジオが非常に頭に残ったので、林さんの代表作「放浪記」を軽い気持ちで読み始めたのですが、、読むにはなかなかな覚悟の必要な内容でした汗
苦境から作家で成功するに至ったサクセスストーリー的な単純なものを想像していたのですが、一つ一つの文章表現を理解するのに時間はかかるし時系列も前後入れ替わっているなどしてなかなか読み進めるのに時間がかかりました苦笑
流石に読み終えるのに2ヶ月もかかると途中でしんどくなってくるのですが、何かこう、腕を鷲掴みされながら目を見開いて間近で訴えかけられてくるような凄みが全ての頁に溢れていました。
貧窮のどん底を這い回る日々の中、ある時はカフェのスタンドの陰で、ある時は台所のお櫃を机がわりに、ある時は下宿のささくれだった畳に腹ばいになりながら、書くことを決してやめなかったようです。その執念が随所から感じ取れます。
まだまだ飲み込みきれていない部分も多々ありますが、表現することについて強烈な気づきを得た一冊でした。 -
Posted by ブクログ
まだ林芙美子をよく知らない。
NHK「100分de名著『放浪記』」の回で林芙美子の文章の魅力に目覚めた。
上記番組で指南役を務めた、作家の柚木麻子さんが、とっても新しいんです、今こそ読んでほしいと言っていた意味がよく分かりました。
この本は、その林芙美子の若き日の紀行文を収めたもの。
1930年から1936年の作品。
「放浪」がいよいよ海外へ舞台を移した。
令和の今だって、女一人で海外旅行なんて怖くてできやしない。
ましてやこの時代、女ができることは非常に狭い範囲に限られている。
そこへ一人で旅立つ芙美子に、すっかり魅了されてしまった。
旅の目的があったりしたようだが、それは書かれていない。
だいたい私たちが今、旅行というと、ガイドブックに沿って見るべき名所旧跡を巡ることになるが、芙美子の旅はそうではない。
まだよく理解できていないけれど、松尾芭蕉みたいな「漂白の思いやまず」という気持ちから旅に出るのではないか。
芙美子にとって、旅の空こそが自由に息ができる場所だったのだろう。
気持ちはとても分かるし、私も若い頃はよく旅に出た。でも国内がせいぜい。
芙美子は名所旧跡よりも、そこに生きる人々に興味があった。
感動したものはそのままに、汚いものははっきり汚いと書く。
そうして表現や比喩が秀逸である。
最初の台湾では、出版社の企画で、女流作家たちが講演会をするためのツアーだった。
芙美子さんには窮屈だったらしい。
面白かったのは・・・一つ例を上げさせてほしい。
台湾総督に「どうか皆さんの口から全島へ良妻賢母を説いてくださるように」と言われた時の芙美子さんの頭の中。
ソクラテスか何かの哲学書の中の「禿(はげ)の定義」を思い出した。
一口にハゲと言っても、まだ髪はたくさんあるものの後退している、頭頂部が薄くなっていると「ハゲ」と呼ばれる。
一方、ツルッツルで髪が1本も無くても「ハゲ」と呼ばれる。
髪の本数も程度もまるで違うのに、一口に「ハゲ」だ。
それと同じく、一口に「良妻賢母」といってもいろいろだろう。
どの程度の「良妻賢母」が講演を聴きに来るのか、自分の講演は歓迎されるのであろうか、と書いている。
まず私個人は、その良妻賢母何たらかんたらというセリフに反発を感じ、そういう講演じゃ無いんだよ!と思う。
むしろ逆。
芙美子さんのこれも皮肉と取って良いのだろうか。
次のシベリア鉄道編は、満州事変の起きた年。
危ない。
普通だったら旅行しない。
しかし芙美子さんは、国と個人は別と考えているようだ。
素晴らしいコミュニケーション能力。
しかしそれゆえに、「個人は連帯できるのに国家は対立の構図」に憂える。
これらの旅の後は、もう自由に国境を超えて旅することはできなくなると思う。
旅人・作者はどうやって生きていったのだろうか。 -
Posted by ブクログ
放浪記といえば、森光子さんのでんぐり返しが思い出されるが、原作を読むのは初めてだった。 大正11年から5年間、日記をもとに昭和5年に刊行された放浪記「第一部・第二部」と、敗戦後に発表された「第三部」を収めてある。
これはおもしろい。言葉の運びがとても斬新で読みやすい!
第一部(放浪記以前)
「私は宿命的に放浪者である。」で始まり、「今の私の父は養父である。実直過ぎるほどの小心さと、アブノーマルな山ッ気とで、人生の半分は苦労で埋れていた人だ。母の連れ子の私は、この父と木賃宿ばかりの生活だった。」と続く。
見知らぬ土地を転々としながらの行商生活。芙美子が見聞きした事柄が生々しく伝わってくる。
「烈々とした空の下には、掘りかえした土が口を開けて、雷のように遠くではトロッコの流れる音が聞こえている。昼食時になると、蟻の塔のように材木を組みわたした暗い坑道口から、泡のように湧いて出る坑夫達を待って、幼い私はあっちこっち扇子を売りに歩いた。」
第一部・二部
下女、女中、カフェの女給と、次々に仕事を変えて、困窮すれば友人宅に食べに行き、生活に疲れたら借りた金で旅に出る。
「不運な職業にばかりあさりつく私だが、これ以上落ちたくはない。何くそという気持ちで生きている。」
"芙美子は強し" だが身内には甘く、惚れて捨てられた男への未練は断ちがたい。貧困にあえぐ女性の暗い話なのに、人間味があり滑稽にも思えてつい笑ってしまう。意地っ張りな芙美子を応援したくなった。
芙美子の書いた詩が良い。
特に『朱帆は海へ出た』と『黍畑(きびばたけ)』は好みの詩。
〈注解〉を見ると、日本の作家の本に限らず、外国のものも数多く読んでいたことに驚く。読むこと、書くことは彼女の生きる支え。しかし作家となり食べていくには大変な時代であったこともわかった。
第三部は発禁を恐れて発表されなかった部分を後にまとめたものだと〈解説〉で知り、当時の検閲の凄まじさを思った。
吹き荒ぶ嵐の中で生きた芙美子。
彼女に関わった人にもそれぞれの人生があったことを考えると胸にグッときた。
次は尾道にいた少女の頃の暮らしが書かれた『風琴と魚の町』を読んでみたい。
-
Posted by ブクログ
時系列が…とか人間関係が…など気にし出すと読めないと思うが、一気に読んでしまった。
NHKの番組がきっかけで手に取ったという経緯は恥ずかしいが林芙美子さんに出会えてよかった。
ジェンダー、経済格差、いじめや差別、政治不信などいろいろな課題があるのに放置されている今こそ読む価値があると思う。
昔の絵画(風景画など)を見るとその当時の街の風景や人の息遣いなどを視覚的に感じられることが多いが、放浪記を読むと彼女が生きた時代の東京下町の景色、街並み、地図上の位置関係や風俗が甦るようで、生きていた人々の日々の暮らしやその息遣いまでが手に取るようにわかる。歴史書にはない楽しさがあった。
長編だが、改めて年数を数えると、ほんの数年間であることに驚きを隠せない。著者のことを悪くいう人もいるが、20才前後のわずか数年間の著者の生き様、どんなに貧しく辛くとも、古書を離さなかった(学び続けようとしていた)彼女の姿に感銘を受けざるを得なかった。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ題名のごとく、ひと所で落ち着いて暮らすこと、働くことがない。
それは放浪癖があるわけではなく、働いても貧しい賃金でそのまま働き続けることへの失望から
よりよい場所を求めてのさすらいであり
沈む気持ちを奮い立たせての場所も気持ちもリセットする意味があったのでは無いかと思われる。
途中で関東大震災が起こったと思われる辺りがあるのだけど
そこに大きく触れずに、ちょっと場面に触れて後はいつものような生活になるところが
どれだけ普段の生活から苦しく貧しいものかを思わせる。
第三部の終わりの方で母親が本音をもらすかのように
娘を「むごい子」と言うのがやるせない。
女郎屋に売らなかっただけマシとでも思っていたのだろうか。
自分の暮らしも余裕がないのに、仕送りをしてきた娘に対して「むごい」のはどちらだろう。
せめてもの救いは、今私たちがこれを読めている事だろう。 -
Posted by ブクログ
読むのに1週間ぐらいかかった…。
雑記帳をまとめたものだから、前後関係がうまくつながらず、空白を補うのが大変だった。
この男はだれ!?いつ結婚したの?さっきまで働いていたところはどうなった?など疑問は積み重なる。
ただ、貧しさがありありと表現されていたので、読むのは重苦しいが自分が体験してきたかのように理解できた。
ヨシツネさんの話では「この人を選んだら比較的未来が明るいかもしれない」と思ったけど、灰皿やナイフを投げつけてくるヤバい男を選んでしまうフミコに驚いた。初恋の島の男から始まった男運の無さ(やばい男が寄ってくるというか、彼女が主体的に選んでいる)がずっと悲惨。
貧しくて死にたい、売春をしようか、との思いが綴られても、その後にはケロッと前を向いてるフミコは常人離れしていてちょっとかっこいい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ貧乏ってやつぁこういう事を言うのさね。どこまでもどこまでも追いかけてきて、いつの間にか自分に成り代わって、次の貧乏をうむのさね。自業自得とのたまう人の、なんたる無理解。金と親と別れた男についてのどこまでも続く愚痴。恋愛模様は演歌そのもの。さまようのは、住まいだけでは無いのです。
破滅型の生活、自己生産の貧乏と、持て余した若さと体力は過激思想とよくくっつく。理想の奥深くに昏く光る恨みを籠めて。当時、この書き方で口に出して歩いたら思想犯として逮捕される流れもよく分かった。
ただひたすらの困窮のサイクルの中でこの人はよくぞ文筆家になったものだ。詩に触れ続け、詩人に囲まれてきた方のようで、日記も非常に詩的だけど、啄木のように生活臭が強い。北原白秋が好きでロシア文学を良く読んだようで作品が頻出する。時代的には第一次大戦後、関東大震災の記述もある。だが世の中の出来事の記録よりも、20歳そこそこで、自分のもがき苦しむ精神を、ありのまま書き付けた胆力に恐れ入る。内容的には何の救いも無いのだが、好評を博したという事は、多くの人が共感したということか。
頭の中のBGMはずっと『からたちの花』でした。いや白秋じゃない、陽水のほう。 -
Posted by ブクログ
満州国というものが存在していた頃の、かの地やモスコー(モスクワ)や欧州へ野望や夢を抱いて乗り込んでいった人々を描く短・中編集。今の感覚で読むと、この人たち侵略に罪悪感とか抱かなすぎじゃない? と思ってしまうが、当時の普通の人々の感覚としては、内地で鬱々としているよりも海の外に出てやろう、という気持ちはイキイキした野心として肯定的に捉えられていたのだろう。異国の地で、女性としてのつらさや、男性との立場の差、同性間でも身分の差を感じたり、ということはあるが、侵略される側の人々のことを登場人物たちが慮るのは、表題作の男性二人くらいで、それはひどく一方的なものに終わる。これらの作品を違和感なく読めるようになってしまうような時代になりませんようにと願うばかり。当時のそれぞれの土地の様子や、人々の暮らしは細かく丁寧に描きこまれており、読み応えがある。