林芙美子のレビュー一覧
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林芙美子文学忌、芙美子忌
昭和4年 改造社出版
林芙美子が ご自身の放浪生活の日記を中心とした自伝小説。
私は宿命的に放浪者である。
有名かどうかはわからないけど、そんな一文から始まる本作は、彼女の放浪の記録です。
その根本の原因は貧困だったと思います。
そういう時代であったのかもしれませんが、
生活の土地を変えるとともに 仕事も変える、と言った 全くの根無草と表現できるような生活です。
読んでいて、時々 話が戻るような気がして
同じような転居と仕事の繰り返しだからかと思っていたのですが、
改編とか追記と手を加え続けて どうも日記の日にちも怪しいようです。
そのあたりを気にしないで 芙美子の若かりし頃の苦労と奔放を読み切れば良いのかと思いました。
転居というのは、悪い事ばかりでなく、知らない土地で新規一転とか、悪い縁を断ち切ってとか 人生リセットには有効手段と思うのですが
どうも 芙美子さんは 過去を引きずりながら放浪するんですよね。
そして 理由がわからないほどの母親への固執。
この小説から 森光子さんが どんな舞台を続けていたのか想像しにくいかな。
他の小説を読んでいないので作風の全体像はまだ分かりません。ただ、『放浪記』から受ける印象は、どんな苦境にあっても前へ進もうとする生命力の強さです。文章も感情も率直で勢いがあり、林芙美子という人は、きっと小さくささやくよりも大きな声で語る人だったのではないかと思いました。
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林芙美子の紀行『愉快なる地図 台湾・樺太・パリへ』を読みました。
ノンフィクション作品は久しぶりですね。
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どこへ行くにも、棺桶の仕度なンかいらないじゃないのと、無鉄砲な旅ばかりしていました――一九三〇年、総督府に招かれた台湾から、『放浪記』の印税をつぎ込んで一人で旅した満洲、シベリア鉄道でのパリ行きなど。
肩の張らない三等列車の一人旅を最上とする著者の若き日の紀行を集成。
文庫オリジナル
〈解説〉川本三郎 (目次より)
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1930年(昭和5年)の台湾、満州から1931年(昭和6年)から1932年(昭和7年)の欧州、1934年(昭和9年)の樺太、1936年(昭和11年)の北京への旅行について、様々なカタチで発表された紀行を収録・独自編集して、2022年(令和4年)に刊行された作品です。
■1930年1月
・台湾を旅して
・台湾風景 フォルモサ縦断記
・台湾のスヴニール
・基隆水望
■1930年8月
・林芙美子さんの満州便り
・愉快なる地図 大陸への一人旅ハルビン散歩
・秋の杭州と蘇州
■1931年11月~1932年6月
・『三等旅行記』序
・シベリヤの三等列車
・パリーまで晴天
・下駄で歩いたパリー
・パリーを歩るく
・フランスの田舎
・パリー案内
・ひとり旅の記
・屋根裏三昧
・マッチと酒に寄せて
・三等船室雑話
・ナポリ小景
・マルセイユより横浜までの勘定書
・ソヴェートの冬
■1934年5月
・樺太への旅
■1936年10月
・北京紀行
・北支那の憶い出
・北平通信
■『林芙美子選集第七巻』あとがき
■『私の紀行』序
■解説 川本三郎
旅だけがたましいのいこいの場所――台湾、満洲、欧州など、肩の張らない三等列車一人旅を最上とする著者の若き日の旅……文庫オリジナル。
読んでまず驚かされるのは、昭和初期に、女性が一人で、自費で、しかも貧乏旅行を敢行したという事実そのものの強さ……今よりずっと移動も情報も不自由な時代に、林芙美子は「行きたいから行く」という勢いだけでパリへ、樺太へ、そして北京へ向かう、、、
その無鉄砲さが、読んでいて妙に清々しく感じました……紀行文というよりは旅のメモに近い軽さがあり、深い考察や土地の掘り下げよりも、移動の記録や出会った人々の印象が中心なので、読みやすかったですね。
とはいえ、当時の台湾の街の匂い、樺太の冷たい空気、パリの雑踏……どれも林芙美子の視線を通すことで、昭和の旅情がふっと立ち上がる瞬間がありましたね、、、
豪華な旅ではないからこそ、彼女の生活感や人間味がそのままに滲んでくる印象……深みよりも“勢い”と“生の感触”が残る紀行で、時代を突き抜けて旅に出た一人の女性の、素朴で力強い足跡を味わえる一冊でした。 -
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男なんか二度と当てにするものか! ——誰か私を受け止めてくれる男はいないものか?
書きたいことがありすぎる! ——いくら書いたところで一銭にもならぬ。
もういっそのこと死んでしまいたい! ——冗談じゃない、生き抜いてやる!
作者 林芙美子自身でもあり、実像とは大きく乖離した幻影でもある「私」。お金は無い、書いたものは売れない、今日その日の飯にもありつけない彼女の日々を綴った本作は、絶望と希望・不幸と幸福・暗さと明るさとが綯い交ぜとなっている。未熟で乱暴にも感じる文章からは汗・体臭・痛み・日差しの暑さ・風の冷たさ・空腹・満腹・身体の疲れが感じられる(作者は稚拙さを恥じて何度も手直ししているらしいが)。
生きたいが死んでしまいたい、死ぬのは嫌だから生きていたい——気持ちも所番地も仕事もコロコロと変わる「私」は、まさに「宿命的に放浪者である」。先に成瀬巳喜男監督の映画版(1962)を観たせいか、主演の高峰秀子の声で文章が脳内に再生された。 -
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読書会 課題図書
あまりにも著名な「林芙美子」
でも、じっくり読んだのは初めて
イマサラですね
三部の構成 重複するので???
だったけれど、検閲とかいろいろな事情で
後からつけられたとのこと
『私は宿命的に放浪者である』
極貧の中、それでも上を向き貪欲に本を読み、そして書いた彼女
生活主義というか、食欲・性欲にのたうち回りながらの
若い日々
大正11年から15年の日記風の雑記帳からまとめられた自叙伝
「読書会」では全く違う観点を知って興味深い
ずっと改変されてきたが
最初の改造社からのものが一番いいとか
岩波版との比較とか
≪ 放浪の 日々の苦悩を ただ書いて ≫ -
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林芙美子の海外への旅、紀行文集成。その主な行程は以下のようなもの。
1930年1月 台湾
1930年8月 大連、ハルビン、杭州、蘇州
1931年11月~1932年6月 シベリア鉄道を使い、パリ、ロンドンへ
1934年5月 樺太
1936年10月 北京
最初の台湾行こそ準公的な団体行動であったが、残りは基本的に一人旅。この時代に女性が一人で海外への旅をするというのは珍しいことだったのではないだろうか。文章を読んでも、「何とかなる」との精神でバイタリティーを持って行動していることが良く分かる。
シベリア鉄道の三等列車の旅では、乗り合わせたいろいろな乗客とのちょっとしたふれ合いを語るところが楽しい。
中国への旅では、日本と中国との軍事衝突が起きていた時期でもあり、中国の人たちの日本に対する見方や批判行動などについても言及がされている。この数年後には著者は中国戦線での従軍記を書くことになる。そんなことを想いながらこの辺りの文章を読むと、少し複雑な心境となった。
最近の中公文庫、編集の妙が感じられて、ついつい購入してしまう。本書もそんな一冊。 -
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大正から昭和初期の生活の様子が垣間見ることができ、興味深い。特に赤裸々に貧困した生活を描いているので、当時の物の価値を知るのも意外と面白かった。
貧しい中でも自分の作品(詩、童話、小説)を世に送り出そうとする意欲に感服する。
単に自分の能力に自信がある、ということだけではないのだろう。世に登場する芸術家、作家に共通するもの、目には見えない道筋、運命のようなものを感じる。
当時は、女性というだけでハンディが大きかったと思うのだが、精神力の強さというよりも、生命力の逞しさ、と表現した方がよいのだろうか。
この作品は、森光子の舞台でも有名だし、戦後、映画化もされてきた。特に戦後の復興に際して、彼女のタフな生き方に多くの人びと、特に女性が勇気をもらったのではないだろうか。 -
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●は引用、その他は感想
ブックレビューに”沢木耕太郎や下川裕治の先取りのようだ”というコメントがあったが、自分もそういった印象を受ける。バイタリティーに富んだ人なのだろう。だから、興味があるとそれを実行してしまう。本書では、軍国主義の台頭に嫌悪感を表わしているのに、たぶん同時に語られる愛国心の発露が、この後の従軍記者時代につながるのだろう。一見すると一貫性が無い様に見えるが、本人にすれば一貫しているのだろう。
文庫オリジナルの編集として、パリ→ロンドン→パリという移動を、年代と場所でくくってパリを一つにまとめて文章を配置している。時系列で文書を配置した方が読みやすくなるような気がする。
●台所と云えば、パリーの住宅は、ほとんどアパルト住いが多いので、日本のように、あんなきまりきった台所を所有している家は少い。それに、たいていは戸外のレストランを利用する家族が多いので、大した台所も必要ではないのであろう。日本のレストランが、まだまだゼイタク視されている間は、一家の主婦が台所から解放されると云う事ははなはだ遠い事であろうと考える。
●言葉の通じないせいもあるだろうけれども、全く不思議なインショウになってしまった。何故なら、私の眼にはいったロシヤは、日本で知っていたロシヤと大違いだから。日本の無産者のあこがれているロシヤは、こんなものだったのだろうか!日本の農民労働者は、ロシヤの行った革命にあこがれているのだろうか。―それだのに、ロシヤの土地もプロレタリヤは相変わらずプロレタリヤだ。すべて、いずくの国の特権者はやはり特権者なのだろう。あの三ルーブルの食堂には、兵隊とインテリゲンチャ風な者が多かった。廊下に立って眠った者達の中には兵隊もインテリもいない。ほとんど労働者風体の者ばかりではなかったか。
●黒い龍と云う名を、度々ロンドンの新聞で見るんですけれどもあれはいったい何なのでしょうか。ロンドンの平和論者の一部には大ヤバン国日本とやっつけていますが、(中略)これでは日本も軍隊や右翼から革命が起こるのですかね。厭なことだ。
●上海まで戦争が拡がって行ったようですがいったいどうなるのでしょう。外国に来ていると、毎日の新聞で、日本の評判が悪いのが気になる。全く、上海までも戦争に行かなければならないのですかね。トラファルガル広場の、中国コミンタンの示威運動も、あまりパッとはしなかったけれど、中国婦人の火を吐く愛国の演説には感激してしまいました。ねえ、誰だって国を愛しているのだ。国を愛しきっているのです。 -
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少し前の時代を読むと男性作家が男女関係を書いたものが目立つ気がして、女性作家は何を書くのか気になって手に取った。
読んでみると題の通り、小説ではなく日記だった。ひたすらに飢えていた。読むうちに、当初知りたかった男女観よりも制作の実際に興味が湧いた。
「食事のあと、静かに腹這い童話を書く。いくつでも出来そうな気がして仲々書けない」
「詩や小説を書くと云う事は、会社勤めのようなものじゃありませんのよと心の中でぶつくさ云いわけしている」
そして、音楽。
「私は風呂の中であこまでつかって口笛を吹く。知っているうたをみんな吹いてみる。しまいには出たら目な節で吹く。出たら目な節の方がよっぽど感じが出て、しみじみと哀しくなって来る」
「自由に作曲が出来たら、こんな意味をうたいたい」
その作曲を、およそ100年後の見知らぬ人間がしました。だいぶ遅くなってしまったけど、もしこの譜面がそこから見えるなら筆者にうたってほしい。 -
Posted by ブクログ
第一部〜第三部が縦割りなため時系列がわからず、一つのストーリーとしては読みづらい。話自体とびとびなので、なりゆきがつながらず、ストーリーというよりは筆者の一つひとつの心情を読んでいく感じ。
故郷を持たず、旅を故郷とする筆者の放浪の記録。本当に職も所も転々としている。極貧の中自分で働いて尾道高女を出たと言う筆者の文学への造詣の深さがよく分かる。
力強くたくましく、というが、しょっちゅう死にたいと言ったり、でも母がいるから、ご飯が美味しかったから、etc.やっぱり生きたい、と言ったり、その揺れ動く感じや憂鬱な心情がリアルだと思った。生きるためには食べねばならず、食べるためになんとか働く、ギリギリの極貧生活も、DV男を哀れに思ってつい貢いでしまう男の見る目のなさも、女同士の意地悪さや原始的な匂いのする社会の良くも悪くも生々しい人間くさい感じも、自分とは遠いものだけれど、どことなく共感してしまうところもある筆者のリアルな心情。