林芙美子のレビュー一覧

  • 放浪記

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    日記文学という形式の中に,自ら生計を立てていくことの自覚と,時折現れる詩情が入り混じる。本作のリアリティはいきが良い。

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    2023年12月29日
  • トランク 林芙美子大陸小説集

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    戦前・戦後、日本やロシア、中国、パリなどを舞台にした短編集。
    「雨」、なんとか命からがら日本に帰ってきた兵士が故郷に戻ったが居場所がなかった話が印象的。「いったいこんな焼け野原になるまで、どうして人々は我慢をしていたのか」

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    2023年12月29日
  • 掌の読書会 柚木麻子と読む 林芙美子

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    「柚木麻子と読む」とあるので、一作ごとに解説が入るのかと思ったら、そういう形式ではなかった。
    柚木麻子・編の林芙美子の短編集である。
    こういう作品集は、編者が原作者のどういった部分を好んでいるかで、色合いが変わってくることもある。
    やはり「柚木麻子と読む」で良いのだろう。

    「はじめに」で、林芙美子本人があまり気に入っていなさそうな作品をあえてチョイスした、と書かれている。
    女友達に、ニヤニヤしながらちょっと意地悪をしてみる感じで微笑ましい。
    「おわりに」では、林芙美子の作品では、男女の機微を描いたものより、シスターフットが感じられるものの方が好き、と書かれていて、この好みが『ついでにジェントルメン』を柚木さんに書かせたのかなあと思った。
    男に頼らず、自分の足で立って、自分で稼ぐ女性たち。
    女の味方は最後には女なのだ、との読後感のある作品だと思う。

    「市立女学校」は、作者自身が気に入っていないようだという。どうして?
    林芙美子も女学校を出ていて、このヒロインのさわは本人がモデルなのだという。
    卒業を控えた女生徒たちのあれこれが、瀬戸内の風景とともに描かれる。私はとても好き。
    生徒たちにはまだ他人事だが、女性の教師たちが、教頭や男性教師からのパワハラやセクハラで辞めていく様子を描くのは、彼女たちを待っている厳しい社会の一角をチラ見させているようでもある。
    卒業前は、まだ何にでもなれる「余白」を持っているけれど、社会に出たらどうなるだろう。
    女学校時代は、短いきらめきの季節だ。
    続きの作品というわけではないけれど、「ボナアルの黄昏」では、女学校を出た同窓生たちが学校を出た後、結局どういう運命を辿ったかという、一種残酷な後日譚が披露される。
    最後の「椰子の実」は、死の3年前くらいに書かれた、小説ではなく随筆のようなもの。
    もう書けない、疲れてしまった、どうせ後の時代に生きている人たちが書いたものの方がいいに決まっている、と弱気。
    若い頃は、書けなくなると衝動的に旅に出た。大陸だってパリだって、どこにでも行けた。
    もうそんな遠くには行けないけれど、とりあえず海を越えれば自分の旅心も満足する、と大島に行ってみたら思わぬ再会あり。また書きたいものができた。
    浜辺に打ち上げられて朽ちるかと思われた椰子の実は、また波によって海へと誘い出されるのだった。

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    2023年10月06日
  • トランク 林芙美子大陸小説集

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    ネタバレ

    人生煮詰まると、フッと今いるところから飛び立ちたくなる。
    でもおいそれと、そうも行かない。
    そこをためらわず飛び立ってしまうのが林芙美子だ。
    ただし、芙美子の時代は船旅。
    日数がかかる分だけ出会いもあり、旅情もある。

    この本は、芙美子の小説の中から、大陸に渡った人たちを描いた作品を選び出したもの。
    芙美子は旅の途中にあっても次々と日本に紀行文を送り、日記を付け、旅の思い出もさまざまなエッセイに書き残しているが、そういうものは、言ってみればスケッチ。
    臨場感と新鮮味が命だ。
    そうやって書き留められたたくさんの素描をもとに、一幅の絵画として描き上げる・・・それが小説なのだろう。
    登場する女たちは、みんな、芙美子の分身だ。
    そして、男を観察する目がまことに鋭い。

    『泉』
    パリに赴任した銀行マンの夫に呼び寄せられて、国子は一人、船でマルセイユへ向かった。
    船旅の途中で、パーサーから暗く底光する瞳の青年を紹介される。
    『運命』
    職業婦人は、長く働くほど流行にも敏感になり、洗練されて美しくなる。
    そうして、男は寄り付かなくなってくる。
    男というものは何もできないような女にマウントを取る方がうれしいのだ。
    『黄鶴』
    従軍記者として南京の戦争あとを見に行く、小説家の女性。
    小説ではあるが、芙美子の体験をヒロインに追体験させたような作品。
    『雨』
    仮病を使ってまで生き延びたのに、行くあてもなく雨の中を彷徨う、若い帰還兵。
    『幕切れ』
    満州で芸者をしていた女の問わず語り。
    今は生活のために男に身を売っている。他にどの仕事も身に付かないのだと観念しているが、お客の一人に結婚しないかと言われて動揺する。
    『トランク』
    この本のタイトルも「トランク」だが、旅の象徴なのかと思っていたら、大したスリルだった。
    結局、女たちは何だったの?又針みたいな?
    『漣波(さざなみ)ーーーある女の手記』
    連載途中で亡くなり、絶筆となった。
    この本の中で一番長く、一番面白い。
    生糸会社の重役の奥さま付きの女中として、旦那さまのいるパリへ同行した若い女性の手記。
    船でも汽車でも、奥さまたちは一等、女中は一人で三等。
    守られない若い女には常に、下心むき出しの男たちの目が向けられる。
    言葉の通じない辛さを乗り越え、少しずつ垢抜けて「ワルイコ」になっていく様や、恋の上手なフランス男にコロッと行ってしまう様や・・・
    または上流階級に向ける冷ややかな視線も見ものである。
    絶筆といえど中途半端感はなく、きれいに終わっていると思う。

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    2023年09月22日
  • 清貧の書/屋根裏の椅子

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     林芙美子氏というと、森光子さんの放浪記の舞台のでんぐり返りというイメージしかなく、これまで避けてきた私が、この本で4冊目。良くも悪くも流行作家と呼ばれてきたであろう氏のことが少しずつ分かってきたような気がする。
     この短編集では、主人公や彼女を取り巻く人々の生き様や生活状況(広くは社会の状況-貧困、女性の置かれていた立場など、いろいろな人権上の課題など)が知れ、読み進めるのが辛くなる時が何度かあったが、やめられない自分もあった。
     社会が変容していく中で、未来も見えにくくなっている今。昔を知るべく、建物や風景さえもなくなり変化していく中で、文学として当時の有り様を残された氏の業績は大きいと感じた。
     
     

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    2023年08月19日
  • 掌の読書会 柚木麻子と読む 林芙美子

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    柚木麻子さんの選書ということで手に取った。
    林芙美子さんの本は初読み。
    大正~昭和の女性が主人公の短編集。
    女性のたくましさや潔さが感じられるものが多く、面白かった。
    時代が違っていても、思っていることは案外似ていたりするのかも。

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    2023年07月31日
  • 放浪記

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    NHK百分で名著での紹介に触発され、放浪記を読み進めております(名前は良く知っていましたが、読んだことが無く)。炭鉱の多い西日本各地(門司、下関、戸畑、若松、佐世保、直方等)を転々とする小さな林芙美子(1903年生まれ)と松本清張(1909年生まれ)の小倉での苦しい暮らしが重なります。あの、海が見える、という尾道の記述には(芙美子が女学校を卒業した町でもあり)、小津監督の東京物語の冒頭の風景が重なります。大正時代に書かれた日記を基にした小説(1928年の出版)のようですが、今読んでも、新鮮でかつ様々な町の歴史等を立体的に味わえる本ですね。こんないい小説だったのね、と今更気づかされております、★四つです。

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    2023年07月05日
  • 放浪記

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    これも、ヤマザキマリさんの本棚にあったので読みました。
    明治36年に生まれ昭和26年まで生きた林芙美子の三部からなる日記と詩です。


    (P530より)
    死んじまいなよ。何で生きてるんだよ。
    何年生きたって同じことだよ。お前はどうだ?
    生きていたい。死にたくはござらぬぞ…。
    少しは色気も吸いたいし、飯もぞんぶんに
    食いたいのです。


    十二、三歳のころから下女、女中、カフェーの女給として働き女学校には自分の稼ぎで通い、十七、八歳のころから、義父と母に仕送りをしなければならず、毎日の食べる者にも困窮する生活を送りながら詩と日記を書いています。

    まだ、二十歳にしてはずいぶんと大人びていると思いました。大人にならざるを得なかったのでしょうね。

    いくら貧しくても本は読みたい、詩や小説は書きたいという貪欲な、向上心には撃たれました。

    私が同じ立場だったらとっくの昔に野垂れ死んでいると思いました。

    林芙美子には強靭な精神力、生きる力があったからこそ、この作品は出版され日の目をみて読み継がれているのだろうなと思いました。

    十七歳で独りイタリアに留学されたヤマザキマリさんもその姿をおそらく御自身に重ねて読まれたのだろうと思いました。


    (ページ数不明)
    私には本当は古里なんて、どこでもいいのだと思う。苦しみや楽しみの中にそだっていったところが古里なんですもの。
    だから、この『放浪記』も旅の古里をなつかしがっているところが非常に多い。

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    2023年02月04日
  • 貧乏こんちくしょう 林芙美子作品集

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     林芙美子の短編小説と若干の詩を集めたアンソロジー。
    「風琴と魚の町」と「清貧の書」は1931(昭和6)年、「晩菊」が1948(昭和23)年、「骨」「牛肉」「下町」は1949(昭和24)年の作。他の作品はデータが無く、分からない。
     巻頭の「風琴と魚の町」は、確か『放浪記』(1930)の中でも言及のあった作品で、極貧で親の行商の旅に随行する少女時代を描いた自伝的小説。やはり、この辺りが良い。
     ぎりぎりの、ひどい貧困生活を描きながらも不思議と林芙美子の筆致からは明るさが醸し出されており、人がいかに苦しみ悩んでいようともその頭上には抜けるように青い空が広がり陽光が全てを照らし尽くしている、という、そんな原始的な明るさが、生命の躍動を支えて温かい。不思議なまでに彼女の文体はそんな明るさを放っている。
     文章は名文美文とは遠く、文法的にも怪しげな部分もあるのだが、時折イメージが軽やかに飛躍し、「おっ」と軽く驚かせるような表現がひらめく。それはまさしく文学の、詩の、醍醐味である。
     もっとも、晩年の作品は戦争をくぐり抜け混乱した世相を反映してなのか、やや暗い。「骨」「下町」などは暗い作品だ。それでも、そこにはじめじめとした停滞は無く、どこかに救済の光が隠されているようにも思える。
     何となく、この作家が好きだ。

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    2022年11月13日
  • 放浪記

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    林芙美子の一歳年上で貧困と不幸を絵に描いたような中で生き延び23歳で獄中自殺した金子文子「何が私をこうさせたか」とどうしても比較してしまう。林芙美子の貧乏は確かにそうなのだが、根底が明るい。夢を持てる適度な貧乏なのだろう。大正から昭和の初め、社会に貧富の差意識が生まれた時代。虐待や搾取を受け続けた金子と違い、林芙美子は友達や親切な人たちを引き寄せる星を持っていたということだろう。家を出て女中や女給の仕事をしながら文章を書きそこに熱意を持ち続ける。その健気な頑張りは好感が持てる。そして明るい希望を感じるラストは、現実には連載していた放浪記の好評が上機嫌にさせていたのかも知らないが、この後大成功する放浪記以降の彼女の生活を予感させる。

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    2022年03月18日
  • 放浪記

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    前半、貧しい暮らしぶりを読むにつれ、しみったれた話だなやだやだと思っていたが、次第に引き込まれる。

    すさまじく金がなく寒いひもじいひもじいたべたい苦しい、という暮らしの中での、彼女の生きる力、伸びたい力の強さ、感性の鋭さとみずみずしさにおどろく。

    作家になりたい、書きたくて書きたくてたまらない、という夢を静かに熱く追いつづける。トルストイを読み、心のままにシンプルに書け、という教えを実践して試行錯誤。でも金にならない、私なんて才能がない、だけど書きたい書きたいと渇望。

    大正11年1922年(100年前!)から5年間の日記がベースとのこと。20歳前後。身なりは粗末であったかもしれないが、眼光はするどかっただろう。

    ○裸になると元気になる。

    ○トルストイが伯爵であったことに驚く。(略)トルストイの芸術は美しく私の胸をかきたてる。あなたは、陰ではひそかに美味いものを食っていたんでしょう?(//ふみこ、そこに嫉妬する?私だったらその知性と才能に嫉妬する。人は満たされてないところに嫉妬するのだなと)

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    2022年02月15日
  • 放浪記

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    続けて読んだ林芙美子『放浪記』とリリー・フランキー『東京タワー』

     書かれたのは1930年と2005年、時代は半世紀以上はなれているけれどもなんと似ていることだろう!醸すもの雰囲気のことであって個性はちがうのだけども。

     作者の生い立ち、経験を文学に昇華している
     日記風
     尋常な家庭、両親ではない
     そんななかで親思いの強さがすごい
     芙美子は行商をして育ててくれた養父と実母に
     雅也(リリー・フランキーのこと)は母と母と離婚はしていないが別居している父に
     貧困なる家庭、しかしどん底ならざる文化がただよう
     芙美子は女学校(昔はそんな家庭の子は行けなかったのに)
     雅也は武蔵野美術大学(母の献身的な働きのおかげで)
     実質ひとりっこ、甘えん坊のどうしょうもないわがまま
     いったんは親を棄てたような本人達のハチャメチャな人生
     しかし、ことあるごとに篤い熱い母親への思いをあふれさす、行動する
     本人の行状を記しているようで、その底には母という1人の女性が浮かび上がる
     芙美子の母の奔放的な男遍歴とみえるも正直な情熱
     雅也の母の激しくも秘めた女性の生き方
     つまり現代の女性にとって好もしく見える姿のよう
     両方ともおいしいものがいっぱい、いいものがいっぱいでてくる
     引越し、移動がはなはだしい、多い(放浪癖)
     地方と東京(芙美子は尾道、雅也は小倉、筑豊)
     あげくに東京の魔力にはまっているよう
     東京がやたら詳しい、もの(笑)
     アンバランスな裏打ちのない文化(今の日本人がそうなのじゃないか)
     わたしとしては両方とも好きだなー

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    2021年07月19日
  • 放浪記

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     故 森光子さんが2000回以上も公演を行った舞台の原作。たまたま実家の本棚で見つけ、読んでみたいと積読したまま約20年も経ってしまった。
     一頁目「放浪記以前」という章。
     「私は宿命的に放浪者である。私は古里というものを持たない。・・・故郷に入れられなかった両親を持つ私は、したがって旅が古里であった。それ故、宿命的に旅人である私は、この恋いしや古里の歌を、随分侘しい気持ちで習ったものであった。・・・今の私の父は養父である。・・・人生の半分は苦労で埋もれていた人だ。私は母の連れ子となって、この父と一緒になると、ほとんど住家というものを持たないで暮らして来た。どこへ行っても木賃宿ばかりの生活だった。・・・」
     この悲しく苦労続きだった人生を、しかし詩情豊かに書いていくこの人の文章を私は「好きだ」と思って読み始めた。
     子供のころの思い出「放浪記以前」を経て、東京に来てからの日記が始まる。もともとは愛人を追って上京し、彼の学費を稼いであげたりしたそうなのだが、卒業すると彼は尾道に帰って結婚してしまった。芙美子さんは絶望するが親元は帰る気にもなれず、下女や女中やカフェーの女給などの職を転々としたり出版社に売れない詩や童話を持っていったり、時々上京してくる両親と一緒に行商をしたりして、食べていくだけのお金を稼げたり稼げなかったりの生活を送っていた。
     第一部、第二部は貧しい生活を書きながらも情緒豊かな表現が散らばっている。

    「私は毎日セルロイドの色塗りに通っている。・・・私が色塗りをした蝶々のおさげ止めは、懐かしいスヴニールとなって、今頃は何処へ散乱して行っていることだろう・・・朝の七時から、夕方の五時まで、私達の周囲は、ゆでイカのような色をしたセルロイドの蝶々やキューピーでいっぱいだ。」 
     芙美子さんは意図していなかったかもしれないが、“スヴニール”、“セルロイド”、“おさげ止め”といった具体的な単語一つ一つでさえ、現代の読者がぼんやりとした輪郭しか知らない大正時代に色を付けていく。
     
    (自分を捨てて尾道の因島に帰った愛人を訪ねて島へ行ったとき)「牛二匹。腐れた藁屋根。レモンの丘。チャボが花のように群れた庭。一月の太陽は、こんなところにも霧のように美しい光芒を散らしていた。」

     びっくりするような波乱万丈の人生を送る女性たちが身近に何人も登場する。十二歳の時、満州にさらわれ、その後女芸者屋に売られた初ちゃん。三十歳も年上の亭主の子供を十三歳の時に産み、いつも妾を家に連れてくる亭主と養母のために働き続けている、お君さん。
    アパートの隣の部屋の住人“ベニ”は、不良パパと同居する女学生なのだが、ある日突然そのパパが詐欺横領罪で警察に連行されてしまう。似たような境遇の人達が集まってしまうのか、芙美子さんはその女性たちと姉妹のような絆を感じている。救ってあげることは出来ないが、彼女たちのことを書く時、愛情が感じられる。
    「・・・時ちゃんが自転車で出前を持っていく。べらぼうな時ちゃんの自転車乗りの姿を見ていると、涙が出るほどおかしかった。とにかく、この女は自分の美しさをよく知っているから面白い。・・・」

     芙美子さんのような才女なら、もう少し要領良く生きればそんなに苦労しなくてもよかったのではないかと思いながら第一部、第二部を読んだ。情が深くて、少しお金を貯めると両親に仕送りしたり、本を買ったり、仕事を辞めてふらっと旅に出てしまったりして、その結果何日も食べることが出来ずにいる。

     しかし、第三部を読むと第一部・第二部は比較的きれいなところばかりの抜粋だったと分かる。なぜなら、第一部と第二部は戦前に出版され、検閲を恐れて発表しなかった部分が多く、第三部は戦後に出版され、第一部・第二部で発表しなかった部分を発表しているからだ。
    (第一部・第二部・第三部は時系列ではなく、大正11年から大正15年までの放浪時代の日記を最初に抜粋して「女人芸術」に連載したものが第一部、その後同じ時期の日記から再度抜粋して出版したのが第二部、戦後にもう一度抜粋したのが第三部である。)
     第三部ではすさまじく彼女の極貧生活、思いが吐露されている。犬のように汚い生活。(当時の)夫から振るわれた暴力の実態。第一部、第二部ではあれほど「ああ、愛しいお母さん」と書いていた母親のことを「何をしても下手な人だ」「死んでしまえばいいのに」「あんな義父と別れさえしてくれれば、母と私はまともな生活ができるのに」などと書いている。
     本当に大変だったのだなあと第三部では思った。“私生児”ということも書かれ、複雑すぎる家庭環境から「古里を持たない」ということの本当の意味も分かった(第二部の最後にも詳しく書かれているが)。
     文学に対する彼女の見解も述べられている。「・・・捨身で書くのだ。西洋の詩人きどりではいかものなり。きどりはおあずけ。食べたいときは食べたいと書き、惚れているときは惚れましたと書く。それでよいではございませんか。」
     林芙美子さんは当時の文壇のようなところからは認められなかったようだが、人のまねをせず、“捨身”で自分の生活や思いを吐露した結果、独自のスタイルを築きあげたのだと思う。
     戦前は「貧乏を売りにする作家」や「半年間のパリ滞在をネタにする作家」、戦中は「政府お抱え作家(従軍作家)」など、常にボロカスに言われてきた作家らしいが、47歳で亡くなるまで、売れっ子作家として寝る間も惜しんでフル稼働で書き続け、母親や義父や親族一同の面倒を見ていたそうである。夢がかなった後も、“放浪”と“働き続けること”は変わらなかったらしい。
     本当は自分の赤裸々な日記など誰も人目に晒したくないと思う。林芙美子さん自身も「自分の死後は『放浪記』も絶版にするように」と言っておられたそうであるが、「読まして下さって有難うございました」という気持ちである。

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    2020年09月28日
  • 放浪記

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    ネタバレ

    大正時代、極貧状態にあった女性の日記。金、飯、男、家族、周囲の人間の話と、詩が主。半ば呪いめいた愚痴と、その日に何かあったかを書き連ねた内容。3つの本をまとめた内容になっているが、そのうち1巻目にあたる部分の内容は中々悲惨である。セルロイド工場で人形に永遠と色付けを行っている辺りは特に印象に残った。あまりに生々しかったためか、戦時中発禁処分になった様子。それも仕方ないように思う。金品の貸し借りや人間関係などは随分現代と違うように感じるので、その辺りは興味深かった。しかし、こんな状態でもどうにか暮らしている作者の方のバイタルは現代人には無いものだと思った。

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    2019年07月02日
  • 放浪記

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    林芙美子の若いころの孤軍奮闘ぶりがすごいのだけど、更級日記の作者と正反対に実にさっぱりしていて男性的な文章が気持ちよし。
    お金がほしいのだけど、安定している月給取りの仕事はどうもダメみたいですぐに辞めてしまう林さん。
    カフェ勤めでもヒマだと店の隅っこで本を読みふける林さん。
    とっても母親思いの林さん。
    振られた元恋人に未練があって会いに行く林さん。

    ずっとずっとがんばる林さんのパワーがすごいけど、そういう自分を持てあましつつも、こうするしか仕方がない自分というものがよくわかっていた人だと思いました。

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    2014年03月21日
  • 放浪記

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    第一次世界大戦後に林芙美子が貧困に喘ぎながらも、数々の仕事を経験しながらも自由に逞しく生きて行く姿を描いた自伝的小説。

    さすがに時代を感じる作品であるが、日本が一番日本らしい時代を描いているように思う。貧困を物ともせず、人々が助け合いながら、日々の糧を手にする姿は恥ずべきものではなく、むしろ人間として必死に生きる姿が眩しく見えた。

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    2013年07月25日
  • 放浪記

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    およそ、林芙美子の、前半生の自伝のようなものであるということ。
    今回読んだものは、みすず書房の大人の本棚シリーズにまとめられたもの。
    森まゆみが、解説を書いていて、そちらを読むと、より、理解しやすく感じられました。
    少しは、創作部分もあるらしいのですが、およそ、彼女の日記に近いとのこと。

    すごい生き方だなと、感心して読みました。
    明治生まれの女性の持っている精神力というか、まっすぐな心は、今の私にはできません。
    ある意味、無知なればこそということなのでしょうか。
    この作品が、昭和の初め、雑誌とはいえ、掲載され、人気があったということは、その当時の日本には、かなり、前衛的で、自由な思想の持ち主がたくさんいたのだろうと思います。
    モガ、モボの時代にかさなるのでしょうか。
    日本の社会自体はまだまだ、差別的で、階級差もかなりあったということもよくわかります。
    にしても、林芙美子の個性には、圧倒されます。

    森光子さんの「放浪記」、見ておけばよかったなあ、と今更ですが、思いました。

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    2013年05月04日
  • 放浪記

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    林芙美子の極貧時代を綴った日記。
    書き出しはあまりにも印象的だが、全編通して力強くしなやかな文章が続く。
    間に挟まれる詩もたくましい。
    (2013.1)

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    2013年01月18日
  • 放浪記

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    「下駄で歩いた巴里」を読んだとき、林芙美子って貧乏の印象しかなかったけど流行作家になって旅行してるじゃん、と思ったんだけど、これを読んだら、ああやっぱりすごく貧乏ですごく苦労したんだね、と申しわけない気分になった。こんなふうにずっと食べるにもことかくほど貧乏で孤独でみじめな気持ちだったのかなと思うと胸が痛むくらい。

    何月×日、って日記風になっているけれども、年度はわからないし、とびとびで何年もあいだがあいているようだったりするし、一部~三部とあっても時代順なわけではないし、いったいどういう状況なの?と思うこともあった。作家になったいきさつなどもまったくわからない。
    で、巻末の解説を読んだり、ネットで調べたりして状況を推測したりしてるうち、林芙美子、したたかとか意地悪とかやけに評判悪いなと思ったんだけど、放浪記を読んでいるぶんにはそういうイメージはなく、もちろんたくましくはあるけれど、寂しがりやで繊細で優しいという印象をもった。文章やたくさんの詩も抒情的な感じ。どうしても森光子の舞台みたいな、でんぐり返ししているようなイメージはわかないんだけどなあ……。

    この時代、やっぱり女が職を得るのは難しかったんだろうか。カフェの女給とか女中とかしかなかったのかな。ときどき事務員とかまともそうな職についていることもあるんだけど、続かなかったらしい。地味で単調な仕事はいやになってしまうんだろうか。もし林芙美子に書く才能がなくて、これほどの気力体力、情熱もなかったら、平凡な仕事についてここまで苦労はしなかったのかもしれないなーとか思った。
    なんだかもっと林芙美子を知りたくなった。

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    2012年07月26日
  • めし

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    ネタバレ

    主人公の夫婦がいた天神ノ森
     
     しっとりと雨を含んだ木立ちの緑と、濡れた石畳、母親に手を引かれた幼女が歴史の散歩道の赤レンガを踏んで歩いていく。視界の奥に、カラフルなチンチン電車が横切った。
     阿倍野神社の西人口から、天神の森の住宅街を見下ろしながら、東京から移ってきた三千代と初之輔が住んだ家はどのあたりだろうか――と私は思いをめぐらせていた。
      「はじめは、東京風な、貧しい長屋の感じに受け取っていたが、来て見ると如何にも大阪らしい長屋建築である。どの家にも、ヒバの垣根があり、脊のひくい、石門がある」 神社の階段を降りると、すぐそこが、阪堺線の天神の森駅。北からカーブしてくる線路上に、うっそうとした樹木が覆いかぶさるように繁っているのが天神の森だ。
     天神の森は、紹鴎の森とも呼ばれる。これは、千利休の師・武野紹鴎が、天神の森・天満宮を勧請したことによる。
     あたりは、閑静な昔からの住宅が立ち並んでいるが、夜は静寂があたりを支配し、夜空に浮かびあがる天神の森の影に、忘れていた淋しさがよぎる。
     林芙美子の「めし」は、大阪を舞台に、結婚五年目の夫婦を描いている。ジヤンジヤ ン横丁、戎橋、千日前など、「めし」の看板があふれる親しい町で、主人公たちは、ぜんざいや、まむしを食べ、大虎 のかまぼこを買ったりする。
     林芙美子の、食事の場面の描写にかけては右に出る者がいない。

     そして、夫婦の住む天神の森の状景は、夫との愛に満たされない三千代の、女としてどうしようもない虚無感をいっそう盛り上げる役目を果たして効果的だ。
      「夜の、天神ノ森は、田舎の神社のように、ひっそりしていた。楠の大木が、亭々と そびえて、こんもりと、葉を繁らせている。安産のお箸あげますと、木の札のかかって いる、社務所の窓の燈が、ぼおっと、境内を照している。三千代は、初之輔から、も っと優しい言葉を求めていた。
     この日ごろの、すさびた流れのなかに、女とか、妻とかいったものを流出させていて、 溺れて、息も出来ないのだ」
      子供のない三千代は、子供をもらおうかと思い悩んでいた。天神さんに安産のお箸と は似合わないが、三千代の悩みは、そのまま芙美子の悩みだったかも知れない。
    「三千代は、太い縄を握ったまま、力なく、鈴を鳴らしてみた。切符売場の、小さい売店は店を閉ざしていた。最終の、浜寺駅前行きの電車が、通った。踏切の向うの、写真館の青い燈が、線路を、照している。線路道には、草が光っていた」
     若く、自由奔放に生きる姪の里子を、駅へ迎えに行ったまま初之輔は戻って来ない。ある時は咀fをうらやみ、ある時は;sii*0-,に優しい初之輔を憎みながら、夜の境内で貧しい心を満たす回かを待ちつづけた三千代がへyもたたずんでいる気がする。
     
    女の命燃やし続けて……

      花のいのらはみじかくて、苦しきことのみ多かりき。
     彼女は、まさにこのとおりの生涯を送った。女の命を燃やし続け、花の盛りに忽然と逝ってしまった。「めし」は彼女の絶筆であり、最高傑作のひとつだ。
     天神の森から、恵美須町行きのチンチン電車に乗り、終点で降りると、天王寺公園内美術館横に、芙美子の碑が立っている。
      「昔、通天閣のあったころは、この七十五メートルの高塔を中心に、北方に、放射状の道路があり、国技館や、映画館、寄席、噴泉浴場、カフェーや、酒場が軒を並べていたものだそうひあるぃ 芳太郎は、いつの間にか、里子の腕を取って、歩いていた」。碑には「めし」の節が彫られている。

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    2012年04月24日