【感想・ネタバレ】愉快なる地図 台湾・樺太・パリへのレビュー

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Posted by ブクログ 2023年08月19日

まだ林芙美子をよく知らない。
NHK「100分de名著『放浪記』」の回で林芙美子の文章の魅力に目覚めた。
上記番組で指南役を務めた、作家の柚木麻子さんが、とっても新しいんです、今こそ読んでほしいと言っていた意味がよく分かりました。

この本は、その林芙美子の若き日の紀行文を収めたもの。
1930年か...続きを読むら1936年の作品。
「放浪」がいよいよ海外へ舞台を移した。

令和の今だって、女一人で海外旅行なんて怖くてできやしない。
ましてやこの時代、女ができることは非常に狭い範囲に限られている。
そこへ一人で旅立つ芙美子に、すっかり魅了されてしまった。

旅の目的があったりしたようだが、それは書かれていない。
だいたい私たちが今、旅行というと、ガイドブックに沿って見るべき名所旧跡を巡ることになるが、芙美子の旅はそうではない。
まだよく理解できていないけれど、松尾芭蕉みたいな「漂白の思いやまず」という気持ちから旅に出るのではないか。
芙美子にとって、旅の空こそが自由に息ができる場所だったのだろう。
気持ちはとても分かるし、私も若い頃はよく旅に出た。でも国内がせいぜい。
芙美子は名所旧跡よりも、そこに生きる人々に興味があった。
感動したものはそのままに、汚いものははっきり汚いと書く。
そうして表現や比喩が秀逸である。

最初の台湾では、出版社の企画で、女流作家たちが講演会をするためのツアーだった。
芙美子さんには窮屈だったらしい。
面白かったのは・・・一つ例を上げさせてほしい。
台湾総督に「どうか皆さんの口から全島へ良妻賢母を説いてくださるように」と言われた時の芙美子さんの頭の中。
ソクラテスか何かの哲学書の中の「禿(はげ)の定義」を思い出した。
一口にハゲと言っても、まだ髪はたくさんあるものの後退している、頭頂部が薄くなっていると「ハゲ」と呼ばれる。
一方、ツルッツルで髪が1本も無くても「ハゲ」と呼ばれる。
髪の本数も程度もまるで違うのに、一口に「ハゲ」だ。
それと同じく、一口に「良妻賢母」といってもいろいろだろう。
どの程度の「良妻賢母」が講演を聴きに来るのか、自分の講演は歓迎されるのであろうか、と書いている。
まず私個人は、その良妻賢母何たらかんたらというセリフに反発を感じ、そういう講演じゃ無いんだよ!と思う。
むしろ逆。
芙美子さんのこれも皮肉と取って良いのだろうか。

次のシベリア鉄道編は、満州事変の起きた年。
危ない。
普通だったら旅行しない。
しかし芙美子さんは、国と個人は別と考えているようだ。
素晴らしいコミュニケーション能力。
しかしそれゆえに、「個人は連帯できるのに国家は対立の構図」に憂える。
これらの旅の後は、もう自由に国境を超えて旅することはできなくなると思う。
旅人・作者はどうやって生きていったのだろうか。

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Posted by ブクログ 2023年07月02日

林芙美子の海外への旅、紀行文集成。その主な行程は以下のようなもの。
 1930年1月 台湾
 1930年8月 大連、ハルビン、杭州、蘇州
 1931年11月~1932年6月 シベリア鉄道を使い、パリ、ロンドンへ
 1934年5月 樺太
 1936年10月 北京

 最初の台湾行こそ準公的な団体行動で...続きを読むあったが、残りは基本的に一人旅。この時代に女性が一人で海外への旅をするというのは珍しいことだったのではないだろうか。文章を読んでも、「何とかなる」との精神でバイタリティーを持って行動していることが良く分かる。

 シベリア鉄道の三等列車の旅では、乗り合わせたいろいろな乗客とのちょっとしたふれ合いを語るところが楽しい。

 中国への旅では、日本と中国との軍事衝突が起きていた時期でもあり、中国の人たちの日本に対する見方や批判行動などについても言及がされている。この数年後には著者は中国戦線での従軍記を書くことになる。そんなことを想いながらこの辺りの文章を読むと、少し複雑な心境となった。


 最近の中公文庫、編集の妙が感じられて、ついつい購入してしまう。本書もそんな一冊。

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Posted by ブクログ 2023年02月21日

林芙美子の紀行文をまとめた
オリジナル編集の文庫本。
ハンディで嬉しい。

283ページの本とはいえ
芙美子さんって一文がわりと長いので
なかなか読み終わらなかった。
旅の記憶も濃ゆいしね。

鉄子としてはシベリア鉄道もいいけど
満州鉄道の記録も良かった。
それからパリを拠点にバルビゾンまで
足を伸...続きを読むばしていたなんて!
私が大好きな画家たちの絵を
芙美子さんも同じように愛でていたとは
時を超えて嬉しさを覚えます。

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Posted by ブクログ 2023年01月21日

●は引用、その他は感想

ブックレビューに”沢木耕太郎や下川裕治の先取りのようだ”というコメントがあったが、自分もそういった印象を受ける。バイタリティーに富んだ人なのだろう。だから、興味があるとそれを実行してしまう。本書では、軍国主義の台頭に嫌悪感を表わしているのに、たぶん同時に語られる愛国心の発露...続きを読むが、この後の従軍記者時代につながるのだろう。一見すると一貫性が無い様に見えるが、本人にすれば一貫しているのだろう。

 文庫オリジナルの編集として、パリ→ロンドン→パリという移動を、年代と場所でくくってパリを一つにまとめて文章を配置している。時系列で文書を配置した方が読みやすくなるような気がする。

●台所と云えば、パリーの住宅は、ほとんどアパルト住いが多いので、日本のように、あんなきまりきった台所を所有している家は少い。それに、たいていは戸外のレストランを利用する家族が多いので、大した台所も必要ではないのであろう。日本のレストランが、まだまだゼイタク視されている間は、一家の主婦が台所から解放されると云う事ははなはだ遠い事であろうと考える。
●言葉の通じないせいもあるだろうけれども、全く不思議なインショウになってしまった。何故なら、私の眼にはいったロシヤは、日本で知っていたロシヤと大違いだから。日本の無産者のあこがれているロシヤは、こんなものだったのだろうか!日本の農民労働者は、ロシヤの行った革命にあこがれているのだろうか。―それだのに、ロシヤの土地もプロレタリヤは相変わらずプロレタリヤだ。すべて、いずくの国の特権者はやはり特権者なのだろう。あの三ルーブルの食堂には、兵隊とインテリゲンチャ風な者が多かった。廊下に立って眠った者達の中には兵隊もインテリもいない。ほとんど労働者風体の者ばかりではなかったか。
●黒い龍と云う名を、度々ロンドンの新聞で見るんですけれどもあれはいったい何なのでしょうか。ロンドンの平和論者の一部には大ヤバン国日本とやっつけていますが、(中略)これでは日本も軍隊や右翼から革命が起こるのですかね。厭なことだ。
●上海まで戦争が拡がって行ったようですがいったいどうなるのでしょう。外国に来ていると、毎日の新聞で、日本の評判が悪いのが気になる。全く、上海までも戦争に行かなければならないのですかね。トラファルガル広場の、中国コミンタンの示威運動も、あまりパッとはしなかったけれど、中国婦人の火を吐く愛国の演説には感激してしまいました。ねえ、誰だって国を愛しているのだ。国を愛しきっているのです。

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