最近はあまり小説は読まないが、女優「森光子」の逝去の知らせとともに「放浪記」が取り上げられる中で本書を一度は読んでみないといけないと思い手にとってみた。
しかしこれは「小説」なのだろうか「日記」なのだろうか?
「林芙美子」の原作は昭和3年(1928年)発表だが、その元となった著者の日記は大正11年(1922年)から大正15年(1926年)だという。
「関東大震災」や「虎ノ門事件(昭和天皇狙撃事件)」が大正12年(1923年)だから不安な時代だったのだろう。
世界恐慌の影響を受けた昭和恐慌は昭和5年(1930年)から昭和6年(1931年)にかけてだから、本書が発表されてベストセラーになった時代は、まさに多くの庶民が呻吟した暗い時代だったと思われる。
本書は当時の庶民の暮らしがよくわかるものであり、その精緻な描写はまさに「リアリズム」といえる。
若い女性が飢えと貧困にあえぐなかで強く生きる姿は凄いとしか言い様がないが、その貧しい女性が同時に志賀直哉やチエホフを語る姿は違和感がある。
しかし、本書の巻末の解説を読むと、著者が行商人の娘として生まれながらも無理をして高等女学校を卒業するという異例の人生を歩んだことがわかる。
おそらく当時の日本において、著者のような貧しい家庭環境から知的向上心を失わない人生を歩んだ女性は数少ないと思われるが、それだからこそ、本書の主人公がより一層輝いて見えたのだろう。
本書がベストセラーになり、その後繰り返し「映画」「テレビドラマ」「芸術座」で取り上げられたのもその貧しさの中でも向上心を失わない力強い生き方が強く人の心に訴えたからだと思う。
ただ、本書は90年も前に書かれたものであるから、やはり読みにくい。
いや90年も前の小説が、現在でも読んで強く訴えるものを感じられることを評価するべきなのかもしれない。
本書の主人公が、絶望的な貧困の中でも強く明るく生きる姿には時代を超えた普遍性があると思った。