烏賀陽弘道のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
情報化社会でデマに騙されないために読んでみた。
趣旨としては、時間軸と空間軸で類似の情報を収集し、俯瞰して比較することでフェイクかどうかの判断ができるというもの。分かってはいたが、他人の言葉で聞かされると頭に腹落ちしやすい。
<アンダーライン>
★★★
もし発言者が他者を説得したいなら、「なぜ聞き手である私はあなたを信じなくてはならないのか」の理由を提示しなくてはならない。
★★★
一般に、根拠となる事実が弱いと、修飾語が過剰に強く、大げさになる傾向がある。
★★★★
「記者が何を書いたか」ではなく、むしろ「何を書かなかったのか」に注意を向ける習慣を身につける
★★★★
メディアは「わからない」と言いたがらない
★★★★★
「ファクト」ではなく「オピニオン」
★★★★★
フォロワー数は信用を保証しない
★★★★★
「何か分からないが、重要な要素がまだ発見されていないと仮定するとすべてに合理的な説明がつく」という要素を英語で「the X factor」という。 -
Posted by ブクログ
あまりに当たり前で知っていることばかりだった。
まず敷金の返還について。
引っ越しと退去をしたことがあるのならば、一度くらい敷金礼金についてググったことがあるのではないだろうか?
私はある。
そして本書はググればわかる程度の内容なので、当然知っていることだった。
契約書に敷金をクリーニングに記載があることは多い。
それにガイドラインでこうだから、と交渉すればいい、と本書は述べているが、現実的ではない。
ガイドラインはあくまでガイドライン。別にそれと異なる契約書を作ろうがなんの問題もない。
そこでゴネたら契約できなくなるだけ。
仲介業者も大家も面倒くさい客にそこまでして契約してほしくない、トラブルになることが予想されるからだ。
もちろん軽く変更できないか交渉することはありだと思うが、自分は成功したことがない。
次に裁判について。
これもよく言われていること。
相手に明らかに瑕疵があり、その証明が簡単で、+αの金額を求めない場合は、そりゃ、本人訴訟で十分だろう。
自分もやったが、最初からそんなに心理的負担はなかった。
問題は、判決で勝っても支払われない場合だと思うが、そこは記載がない。
債務名義に基づいて強制執行(差押等の手続)を行っても差し押さえる資金が相手になかったら……そっちが知りたかった。
職質についても、連帯保証人についても、ある程度周知の事実ばかりでためにならない。 -
Posted by ブクログ
【本書の概要】
世の中にはフェイクニュースがあふれている。
以前は新聞・テレビなどの旧メディアが発信者であったが、SNSの台頭により、誰もが気軽に発信できてしまうようになった。そうした世の中では、フェイクニュースを見分ける目を持つことが何よりも大切である。
フェイクニュースの見分け方の基本は、「ファクトを信じること」である。本書ではこれに沿って、具体的な事例を交えながら見分け方の詳細を解説していく。
【本書の詳細】
①ただの主張しかない記事は捨てる
・証拠となる事実の記載がない主張(オピニオン)は全部無視する。
→記事中に主張を補完する根拠(バックデータ、いつ誰が発言したか、等)の無いもの。
・代理話者(コラム、識者、コメンテーターなど)の発言が掲載されているものも無視する
代理話者の話が載っているということは、「裏付けとなる事実の取材ができなかった」という敗北宣言に等しい。新聞社はたいてい、自分たちの主張に沿った内容を発言してくれそうな代理話者を抱えており、自分達がしたい主張の方向に誘導した記事を書かせている。
言論の根拠である事実だけに注意を払う習慣を持とう。
②実名で発信しているかに注意を向ける
匿名者が発信した情報は捨てる。
その人が情報の主体とどのような距離にいるか分からない。中には又聞き情報や空想を喋っている可能性もあり、情報の精度が落ちるからである。同様に、主語がはっきりしない情報も信じないほうがよい。ネットの発言が最たる例である。
ex.) 「事実」は何かをジャッジするためには、反論→再反論(対論という)を続けることで、真実の輪郭をクリアにしていくことが必要である。対論を「正誤、善悪、勝負を決める」ための目的としてはいけない。公に開かれた対論は本来、読者が「何が真実なのか」を考える判断材料を提供するプロセスである。
日本の新聞は筆者の著名が排されているが、これは「新聞社」が記事に対して責任を取るというスタンスであり、読者の反論の相手方は「組織」として担保されている。
③書き手の価値判断が混じった言葉を使った文章には疑いの目を向ける
意気込む、決意を語る、胸を張る、反旗を翻す、反発するといった言葉は、「喋る」ことに対して書き手のニュアンスを加えた言葉であるから、注意して読んだほうがいい。
このような言葉を使いがちなのは、新聞やテレビに限らず、根拠となる事実が弱いと、修飾語を過剰に強く大げさにする傾向が人間にあるからだ。
④ビッグ・ピクチャー(視野)を当てはめる
ある報道がされたときに、その問題を取り巻く背景を調べたりその問題が属する時間軸を拡大することで、異なった視野から情報を見つめ直すのがよい。ビッグ・ピクチャーを当てはめるのは難しい作業であるため、まずは「記者が何を書いたか」ではなく、「何を書かなかったか」に注目する習慣を身につけよう。新聞、テレビ、ネット記事は、「たしかにその記事にウソは書いていないが、本当のことも書かれていない」のである。
⑤フェアネスチェックを持つ
人間は完全なる善人や悪人などいない。大抵、過去の行いと今の言動が矛盾する生き物である。現実の人間を「善人」「悪人」「英雄」など一面的な記述をする情報ほど疑ったほうがいい。
人々は、マスメディアに「現実と反対の、単純化あるいは理想化された物語」を求める。発信する側も「その方が人気が取れる」と、価値判断がそちらに傾斜する。するとどんどん論説が二項対立に寄っていく。これを防ぐために、正反対の立場の記事、書籍に目を通すことで、フェアネスな視点を持つことを心がけよう。
⑥SNSで信頼できる発信者を見分けよう
旧メディア時代、マスメディアで情報を発信できる人の数は限られていた。マスメディア企業自身が、「この人の言うことは、事実という前提で信用していいですよ」という価値を担保し、責任を請け負っていた。
しかし、インターネットの台頭で誰しもが発信できる世の中となり、信用を担保する組織やゲートキーパーがいなくなった。
そんな時代にあって、SNSで信用できる発言者を見分けるコツは以下の通りだ。
・正確に引用をしているか
・言葉の定義が明確か
・専門の著作はあるか
・具体的になんの専門家なのか
コツは、「ニュースが載っている媒体」よりも「発信者は誰か」に注目して情報を信用することだ。また、専門家が事実に正確あるいは中立とは限らないため、なんの専門家かを意識するのがよいだろう。
【感想】
筆者の烏賀陽弘道氏はもともと朝日新聞社の記者であったため、新聞の裏側に熟知した視点から「このように書かれている記事はこうした意図がある」ということを詳細に解説しており、とても参考になる一冊だ。
私自身がなるほどと思ったのは「代理話者」の部分だ。
「代理話者の話が載っているということは、『裏付けとなる事実の取材ができなかった』という敗北宣言に等しい。」と筆者は述べている。
確かに、東京新聞と日経新聞を読んでいると、同じニュースでも扱われ方が全く違う。新聞社によって右か左かの違いがあるので当然ではあるが、右左以前に、記事の方向性が、データ主軸と代理話者主軸(「〇〇で働く△△氏はこう語る」という形式)で真っ二つに分かれている。
結局のところ、「新聞社」というニュースの信頼性が一定程度保障されているメディアであっても、会社の色に沿った言論に誘導されていることが分かる。しかも代理話者形式の記事は、実際に取材を行った上で掲載しているため、厳密には「フェイク」ニュースではなく偏向報道だ。だからなおさらタチが悪い。
(ちなみに、東京新聞は読んでて気持ちがいいぐらい言論の誘導を行っている)
では、旧メディアを無視してネットのニュースだけを信頼するべきかというと、こちらは新聞社以上のウソと偏向報道である。いつの日も真実に続く道は嘘によって舗装されている。
嘘かホントか分からないながらも、より多くの視点から情報に触れ、「真実の輪郭をクリアにしていくこと」が大切であるとあらためて意識したものの、同時に、時間の無い現代人にとっては何ともハードルが高い話であると実感した。 -
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これも2012年ごろに出版されてる本、ようやく読み終わった。たぶん、このころ私はすでに烏賀陽さんをツイッターでフォローしてたけど、時々ふざけたことを言うカエルのおじさん・・という印象。真価を知ったのは、去年くらいから見始めた「一月万冊」でご本人を知ってから・・。安全保障のご本を読んでさらに「こういう方貴重だな」と思うようになった。動画でのおちゃらけにはついていけないところが多いけど・・。
前半「パクリ記事」「えくぼ記事」などの話も興味深かったけど、終盤のアメリカでの取材(インタビュー)に基づいたジャーナリストに関しての解説が良かった。今日、たまたま出先で地元の新聞社の若い記者さんをお見かけしたけど、こういう本読んで「ジャーナリズムとは何か」とかちゃんと考える方とか、おられるのだろうか?下手に読んだら、業務に差し支えると、敬遠されたりするかも・・といらぬ心配をした。 -
Posted by ブクログ
・タイトルは「フェイクニュースの見分け方」だが、どちらかといえば既存マスメディアのニュースの信用度をはかる話ばかりで、フェイクニュースの話題は出てこない。これは「ニュースリテラシーの身につけ方」である
・ここに書いてること全部守りつつ、完全に嘘っぱちなフェイクニュース作られれば対処は難しそう
・ニュースリテラシーに関する本としては誠実だし良い感じだが、看板には偽りがある
・お、6章で発信者の話題になった。ここからはいよいよフェイクニュース特有の話題になるか?
・…が、結局、マスメディア上などで発言する人の信用性の話題にシフトしていった…うーん -
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カラオケの発明は、世界に誇る日本の発明かもしれないが、その発明者は何人もいると言われている。
そんな疑問を多くの人にインタビューの形で正史を造ろうとした試みの本。秘史とはあるが、どこかで聞いた話が多いが、インタビューを通じてカラオケに携わった人の苦労がわかるような本である。
結局のところ、「流し」と呼ばれる人たちが全盛時代の頃、機械で演奏するハード部分と曲のソフト部分を誰が発明したのか、コンテナでカラオケを始めたのは誰か、通信カラオケという形はどのようにして始まったのか、今も曲を作る人たちの現状という4章をベースにコラムで関係の深い人や話を紹介している形である。
カラオケといえども侮りがたし。 -
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いつだったか、ソフトバンクのテザリングについての方針を孫社長のツイッターで呼んだ翌日、朝刊で「ソフトバンク、ついにテザリング解禁」との見出しを目にした。あるいは、小沢一郎のインターネット配信での記者会見をリアルタイムで見た数時間後に、全国紙のウェブサイトでPC画面をキャプチャした写真を見た。このような、まるで間抜けな、理解に苦しむ事態がなぜ起こるか?311以降の僕の疑問に、本書はさらりと答える。なるほど「脳死」しているのか!
テレビ、新聞といったマスメディアが持っていた権力、言い換えると「価値」は、大量情報の即時伝達手段であり、インターネットの出現により、完全にその価値を失っている。インターネットによる情報革命に夢を持つ僕は、このことを好意的にとらえていた。しかし長くジャーナリズムの世界に身を置く烏賀陽氏は、警鐘を鳴らす。「新聞テレビというヨボヨボの老人と、インターネットという、天才かもしれないがよちよち歩きの赤ん坊と。いま私たちの手には、その二つしかないのだ」。
いずれにせよ、あと10年もすれば、今のテレビや新聞はなくなるだろう。インターネット革命はマスメディアや報道にも強烈な影響を与えている。そして今はその革命の真っただ中である、漠然と感じていたこのことを、本書によりあらためて強く認識させられた。 -
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3.11後の新聞のダメさ加減から、著者は「報道は脳死状態だ」と判断を下した。
前半はどこがダメなのかを解説し、後半は今後の報道のあり方について考察している。
新聞のダメな点
1.どの新聞でもほぼ同じ記事を掲載。
写真もほぼ同じだったり、他社のカメラマンが写り込んでいたりもする。
2.セレモニー記事。官庁、企業が設定し、広報したセレモニーを取材しただけの受動的な記事。
3.えくぼ記事。読者にポジティブな印象を与え、被取材者も喜ぶ記事。
いわゆる美談で、どこからも抗議が来ない。
4.カレンダー記事。あれから何ヶ月、何年という記事。
なぜこういった記事が増えたかというと、コスト削減で取材費のかからない記事が喜ばれるようになったから、らしい。
被取材者が報道してほしいことだけを記事にするのではジャーナリストではない、そこを起点になぜそうなのか、本当のところどうなのか、を突っ込んでいくことがジャーナリズムだ、と筆者は言う。
国民の知る権利を代行し、権力を監視するのが本質だ、と憲法の勉強のようなことも言う。
組織が巨大なため、毎日締切のある日刊紙であるため、人材が生かせずうまく機能していないのも原因だそうだ。
ネットの台頭でマスコミの巨大な資本(印刷し配布する、放送するための装置)は不要になった。
しかしネットで報道するだけではタダ働きにしかならず、担い手が続けていけるとは思えない。
今後の報道がどのような形態になるかは分からないが、10年後くらいには新聞の存在価値はほとんどゼロになると筆者は考えている。
上杉隆の「ジャーナリズム崩壊」に比べるとかなり落ち着いた筆運びなのでインパクトはないが、筆者の真面目な姿勢が伝わった。